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第13話

 大嶽丸

 日本三大妖怪に数えられる事もある大妖にして、かつて鈴鹿山で猛威を振るい征夷大将軍坂上田村麻呂に討たれたとされる鬼神である。

 頭に二本の角を備え、あのマッスルシャドーが見上げなければ顔も見れない程の巨体だ。

 しかし突如眼前に現れた大鬼に対し、目を覆い隠すマスクの下に露出している口元は不敵な笑みを浮かんべたままであった。

 逆に冷静でいられなかったのは、御影家当主である。


「大嶽丸だとっ! ばかなっ、危険すぎる! 早く援軍を送るんだ!!」

「黙りなさい!!」


 普段の冷静さをかなぐり捨て緊張を露わにする剣護を一喝したのは、クリスティナであった。

 年齢通りの美女に戻りソファーから立ち上がると、氷の魔女の如き恐ろしき相貌で睨み付け、彼女の怒りに呼応する用に影が揺らめき広がり出した。

 何か、形容できない恐ろしいもの(・・・)が彼女の影の中で蠢いている。

 このままではいけない。

 彼女を怒らせたままでは、何か怖ろしい事が起きるに違いない。

 

「たかが5位にも入れない凡夫は、そこで黙って見ていなさい! ご主人様にとってはあの程度、練習相手は務まりはしても、全力を出すまでもない弱敵なのよ!!」

「だが大嶽丸は、おそらくはAAランクの強敵だぞ!!」

 

 神話生物MCを戦闘力、すなわちMPでランク別けする事で、敵の強さの尺度を分類しているのだ。

 つまりはF~Aの6段階と、A~AAA、そしてS~SSSの6段階を加えた合計12のランクで分けているのである。もっとも過去出現したMCの中では、最強と目されるのはこの大嶽丸に加えて、欧州に壊滅的な被害を齎した地獄の大公爵アモン、アメリカ大陸全土を災禍の渦に巻き込んだ地母神コワトリクエの3体であり、どれもランクはAAと推定されている。

 おそらくとは、MC出現当時は正確にMPを測定する技術が確立しておらず、MPC(ミリタリーポイントカウンター)が開発された後、出現した多くのMCとの比較による推測だからである。

 今まさに現れた大嶽丸は過去最強と目されるMCであると同時に、30年前に渋谷に出現した際には数万人、間接的には数十万人の死傷者を出した怨敵なのだ。

 かつて亡くなった者の中には、御影一族を初めとした多くの能力者の一族に加え、複数名で自爆特攻する事で何とか討伐に成功した剣護の実弟も含まれている。

 寡黙な彼が、ここまで焦燥を募らせるのも無理はないのだ。

 しかし、クリスティナの見解は異なる。


「たかがAAがどうしたというの。ご主人様の前では、そんなもの唯の木偶と変わらないわ」


 剣護の不安など無意味だと一刀両断し、絶対零度の視線で邪魔をするなと威圧してくる。

 このまま強硬に援軍を主張を続ければ、彼女は躊躇なく排除に動くだろう。

 たとえ護国の盾と称される御影一族の当主といえど、クリスティナにとっては無価値という意味では傍の石と変わらない。変わらないのだ。

 少しでも動こうとしたなら、妖しく蠢く無形の影をもって剣護を滅する心算に違いない。

 はてしない緊張に包まれたが、そんな雰囲気を笑い飛ばすかの様に陽気な声で剛毅が笑い出した。


「はははっ、クリスティナも少し落ち着きなさい。剣護殿は義息子を心配して言ってくれているのだよ」

「ですが、それは無用の長物というものですわ」

「もちろん、私もクリスティナと同意見だ。ただ、説明はしても義息子の強さを実際に見ていないから、わからないのだよ」

「はあっ、あれだけ懇切丁寧に説明してあげたのに、ご主人様の偉大さが理解できないとわ……。呆れてものがが言えませんわ」

「はははっ、百聞は一見に如かずとも言うじゃないか。まあ勘弁してやってくれないか。それで、剣護殿。大嶽丸が出てきたのには驚きましたが、我々はこのメインイベントにAAのランクのMCを呼ぶ出す事を目的としておりました。まあ、目的達成という事ですね」


 高価なスーツに身を包み柔らかな本革製のソファーに悠々とすわる剛毅には、気負った所は見受けられない。つまり先程の発言に嘘はなく、現状が想定の範囲内ということだ。

 それは即ち、AAランクのMCの召喚が目的であると同時に、過去最強クラスの敵が現れたとしても、義息子(むすこ)が単独で撃破できると考えているに他ならない。


「……独りで倒せるというのか? あの大嶽丸を?」

「当然。あの程度の敵、ご主人様なら楽勝よ!」

「私も倒せると信じています。またもしもの場合は、このVIPルームから短時間で真闘技場に駆け付ける手段を設けてありますので、どうかご安心ください。それに何より、もう始まっています。今は試合をご観戦ください。もしもの場合はクリスティナが向かいますから」

「むっ……」


 MCとは意思疎通ができない。

 ただ狂った様に人を、人の創りし文明を破壊するだけなのだ。

 VIPルームでの議論の白熱を他所に、大嶽丸は猛然とマッスルシャドーに襲い掛かっていたのである。


「現れたのは過去最強と悪名高きMC、大嶽丸です! はたして我等が無敵のチャンピオンはこの強敵を倒せるのか!」

「30mはあろうかという大嶽丸の巨体が信じられない速さで動き、腰に差していた2剣でチャンピオンに嵐の様な連撃を仕掛けています! ああっ!? 水蛟流の歩術、水蛇(すいだ)で躱していたマッスルシャドーですが、捕まってしまいました!!」


 大嶽丸の繰り出す激しい剛撃の嵐を何とか凌いでいた猛であったが、そのうちの一つ、上方からやや水平に薙ぎ払われた斬撃を避けられず、後方に何十mも弾き飛ばされてしまったのである!


「猛さん!!」

「だっ、大丈夫なの!?」


 常人なら即死であろう剛撃を受けた猛を見て、境子や美華が悲鳴を上げた。

 だが、猛の関係者はというと落ち着いたものだ。


「落ち着きなさい。ご主人様は、あの程度じゃどうにもならないわ。当然、無傷よ」

「でっ、でも!」

「よく見なよ。ほらっ、もう立ち上がっているだろ。どこか怪我しているように見えるかい?」


 厚一の指摘を受けて慌ててモニターを注視すると、そこには悠然と佇むマッスルシャドーの姿があった。傷を受けた形跡はどこにも見受けられない。

 ただし先程の攻撃を受けたと思われる、左肩部分の鎖帷子と思しき金属?が一部壊れていた。

 その下の筋肉には血どころか変色も見受けられず、一切傷付いていない事が明白であった。

 一体あの筋肉は、どれほどの強度をもっているのか想像もできないほどだ。

 猛の健在に、境子と美華は揃って胸を撫で下ろした。


「HAHAHAHA、中々やりま~すね!」


 耳に取りつけてあるインカムの声を広い、天井や地面に設置され、危険時には引っ込む高精度カメラがチャンピオンの不敵な様を映し出していた。

 大獄丸の斬撃など全く堪えていないのは一目瞭然であるが、敵の攻撃を避けられなかった事もまた事実である。見ている方、特に少女達は気が気ではなかった。


「猛さん……」

「よかった~。でもっ、このままじゃ危ないんじゃない!?」

「そんな事ないさ。もう当たらないよ。ほらっ、見てごらん」

「えっ、ええっ!? あっ、本当だ! どういう事よ!?」


 和吾の指摘通り、先程は辛くも大嶽丸の猛撃をやり過ごしていたといった体の猛が、今では余裕綽々で回避しきっているのだ。

 いや余裕で避けるのはまだいいが、いつの間にか空に浮かんでいたり、空中を自在に高速移動していたりと、正直色々とおかしかった。

 美華が驚嘆の声を上げるのも、当然の事である。

 そんな疑問に厚一があっけらかんと答えた。


「簡単さ。さっきまでは無能力、つまり能力を使わず肉体の力だけで戦っていたのさ。でも今は能力を使用したから、和吾の言う通り掠りもしないんだ」

「でっ、でも、マッスルシャドーの固有能力(エキストラセンス)って、肉体強化(フィジカルブースト)でしょ? なんで空飛べるのよ!? おかしいでしょっ!?」


 そう、美華の指摘通り、空を縦横無尽に駆け巡るマッスルシャドーの姿は異常の一言に尽きた。

 ただ身体能力を向上させるだけの能力で空を飛べる?

 そんな事が本当に可能なのか?

 虚空を自在に駆け巡り、いつの間にか大嶽丸に攻撃に転じている猛を己が眼で見ても信じ難き驚天動地の秘技であった。


「HAHAHAHA。伝説の鬼神の強さを見せてくださ~い!」

「おおっと!? チャンピオンが、本日初めて能力を使用しました! 地を! 空を! 縦横無尽に駆け巡っています!!」

「先程は防戦に追い込まれた大獄丸の攻撃が全く当たりません! さすがは我らが無敵のチャンピオンです!!」


 何度己が目で見ても信じられない。

 鬼の巨大な二振りの剣から繰り出される斬撃の嵐を、あの挑発しているとしか思えない高笑いを上げながら、完全に回避しているのだ。

 しかもどういう原理か皆目見当も付かない方法で、器用に空中で何度も方向転換し、時折反撃までして見せているのだ。

 初めてこの光景を見せつけられた人間には、衝撃が強過ぎた。

 

「……何で、あんな事ができるのよ」

「何でって、できるんだから仕方ないじゃない」

「いやっ、できるって、そんな簡単に言われても……」

「お嬢さん、エキジビジョンの際に私が教えた水蛟流は準備運動でしかないと言ったけれど、今使っているのが義息子が編み出した武術、マッスルアーツさ」

「マッスル、アーツ……?」

「水蛟流はいってみれば、常人の身体能力を基に考案された武術さ。超規格外の義息子にとっては、いくつか参考になる技術はあっても物足りないのは当たり前さ。そこで、自分の身体能力を基準とした武術を編み出したというわけさ」

「うそっ!?」

「本当さ。俺も軽い真似事くらいならできる。コツは高速で足を蹴り空気を捉えるんだ」

「ええええっ!?」


 徐に和吾が立ち上がり空いているスペースに行くと、軽く宙に浮いてみせたのだ。

 ただ軽くといっても浮いている間、足は美華の眼では把握できない程の高速で、かつ忙しなく動き続けている。

 空気には抵抗がありマッハを越える程になるど二条に比例して激増するので、自分の体重を支えかつ上昇させる程の力を超高速で足を動かす事によって生み出している、のだろう。

 音の壁を越え、熱の壁を超える程の信じ難き速さをもって……。

 おそらく武術という事だから、空気の壁を効率良く捉え移動する力に変える技術があるのだろうが、常人には絶対に真似できはしない。

 超人の中の超人、一握りの絶対強者にだけに許された超武術だ。

 実演を終えて笑顔でソファーに戻る和吾だが、彼は最低でも聖也の5倍のLVを有する実力者である。

 予期せず実力の違いを、まざまざと見せつけられた格好になったのだった。

 





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