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第12話

 MCによって、日本は最盛期の4分の1以下の人口にまで減少してしまった。

 いつどこに現れるかわからない、MCの襲撃に怯える日々はまさに戦争状態そのもの。

 家を失い逃げ惑う人々、知人や肉親を喪い悲しみ暮れる人々。

 そんな中で多くの不幸が起きた。

 厚一や和吾、そして猛が捨てられたのも、決して稀有な事例ではない。

 むしろ戦時下の如き災禍の渦中では、当たり前に起きる悲劇の1つなのだ。

 

「ご主人様を捨てるなんて、万死、いいえ、例えその存在を何度消滅させたとしても贖えない大罪よ。でも凡人では持て余すのは目に見えていた。結果的にはその判断は間違っていない。最終的にご主人様のためになったから、愚か者共は放置しておいてあげたわ」

「まあ、一般家庭や普通の孤児院にいたら、遠からず猛は死んでいたからね」

「しっ、死んでいたって、どういう事ですか?」

「栄養失調さ。筋肉が異常発達するから大量の食事が必要になる。しかも、肉体に依存した能力を使うから更にエネルギーを摂取しなければならない。僕と出会った時の義息子(むすこ)は、深刻な死の危機に瀕していたんだ」

「私達は能力を使えために、アスリート以上のカロリーを取らなければならない。特に後衛と呼ばれる遠距離攻撃型の能力より、前衛と呼ばれる近距離型、特に肉体を行使する者ほど多量のエネルギーが必要なの事くらいは知っているでしょ」


 能力の行使は唯ではない。

 まだ研究途上で未解明な部分が多いが、脳への負担が大きい事が判明している。

 現段階では立証できていないが、能力の行使の際特別な頭の使い方を強制するので、摂取しなければならないエネルギーの量が増えると考えられている。

 その中で肉体強化者等は、能力を行使した上で運動するので、更に必要な量が増えるというわけだ。

 それを考慮すれば、猛が必要とするカロリーは幼児の時でさえ常人の何倍も必要としたであろう事は、容易に想像できるというものだ。


「瀕死の状態、それもまだ言葉もわからない幼子が生き残るために食料を探し、獣の様な声を上げ暴れていたんだ。僕は義息子を見た瞬間、恥ずかしながら見惚れてしまったんだ。こんな命の軽い世界で、必死に生き残ろうと抗い続ける強い意志に! そして、その意志を体現したかの様な強烈な姿にね!!」

「口惜しいっ!! 私が出会えたのは、ご主人様が義父様の経営する孤児院に入った後ですもの!」

「ははっ、当時の君はまだ小学生じゃないか。それでは駄目だ。僕が最初に出会わなければならなかったんだ!」

「……」


 剛毅(よしたか)に出会わなければ、今の猛は存在しない。

 言外にそう言っているのだ。

 当時の剛毅は自分の会社を立ち上げて10数年。

 能力者の一族、それも御影一族に匹敵する古い歴史を持つ名家に生まれながら欠片も才能を持ち合わせていなかったが、経営手腕はかなりのもので業績は右肩上がりでついには世界に進出を果たし、会社の規模を拡大させている最中であった。

 そんな中、孤児院の経営を行っていたのは、何も慈善事業のためだけではない。

 和吾や厚一等の例からもわかるように、孤児となった能力者を積極的に受け入れ衣食住を提供する代わりとして、将来社のために働いてもらおうと考えたのだ。

 いわば長期計画での先行投資だ。

 当時はMCの対処法が確立されておらず、有能な人材が無為に命を落とす事例に事欠かなかった。

 加えて新人類が誕生し始めたが、まだ社会的に受け入れが浸透しておらず、我が子であっても、いや我が子という名の化物を、忌避し捨てるという悲劇がまかり通っていたのである。

 それに、何とも言えないシンパシーを剛毅は感じたのだ。

 能力が無いが故に捨てられた自分、それとは真逆に能力があるが故に捨てられた幼子達。

 以前から国営民営問わず孤児院は運営されていたが、余裕があるわけではなかった。

 更には戦時下の如き状態で、死傷者は毎週発生し遺児が発生するケースも多々あった。

 只でさえ余裕のない孤児院で、家族から見放された能力者の子供達。

 大人からも、同じ境遇のはずの孤児からも忌みされ無視される、あるいは化物として扱われた。

 家族に捨てられ、国からも見捨てられたのだ。

 世界中が敵だらけに映ったに違いない。


 ならば手を差し伸べよう!

 一族から蔑まれ捨てられた、子供達とある意味同じ業を背負った自分が手を伸ばさずに、誰が伸ばすというのだ!!


 打算と偽善をひっくるめて、剛毅は反対を押し切り孤児院事業に参入したのである。

 それによって義息子に出会えたのは、人生最大の幸運であった。

 奔放で唯我独尊な所のある猛であるが、その義息子の協力のおかげで剛毅の会社が更(・)な(・)る(・)飛(・)躍(・)を遂げたのも事実だからだ。

 もちろん自由闊達であるが一方で義理堅い所もある、そんな人間味のある義息子を愛しているのも、偽りの無い真実だ。

 また、猛にとっても幸運なのは間違いない。

 MC発生下で食料に余裕があるなど、極一部の人間に限られたからだ。

 更に親としても有り難い事に、子供のやりたい事を率先して認める度量が剛毅にはあった。

 そのおかげで、猛は幼くから修行に集中できたのである。

 剛毅でなければ、そんな勝手気ままは許されなかったであろう。

 いわば、2人は奇跡の様な出会いをしたのである。

 過去を回想しながら剛毅は誇らしげに笑みを浮かべた。 

 そんな壮年の男に顔歪め、嫉妬丸出しの視線を隠そうとせずに向けるのは絶世の美女だ。


「……当時の私は能力に開眼したばかりの、何の力の無い子供。理解はしていますが、口惜しくて仕方ありませんわ!」

「ははっ、それはしょうがない。僕と猛は出会うべくして出会ったのだからね」

「くぅ~~~」


 ナイスミドルの余裕の笑みに対し、本気で悔しがる美女。

 話が明後日の方向に脱線してしまっている。

 呆気にとられる人々の間で、美華がクリスティナにいじり回されながらも声を上げた。


「そっ、その後はどうなったんですか?」

「はははっ、その後は簡単さ。検査を実施し猛の体質が判明したので、必要な食事を取らせたのさ」

「十分な食事と睡眠、そして自由に修行できる環境。ご主人様は急激に成長されていった。それも、凡人では、たとえ一生かけても追いつけない程の成長をね」

「……そこまで、ですか」

「聖也君、君の階梯とLVはいくつかね?」

「私は第2階梯のLV88、最大MPは80000です」

「低いわね~。ご主人様は3歳の時には既にあなたを上回っていたわよ」

「なっ!? そんな、馬鹿なっ!!」 


 あり得ない!!

 そんな思いが強かったが、聖也を見つめるクリスティナの目はどこまでも事務的だ。

 淡々と事実を告げているだけ、それ以外に判断のしようがないくらい冷淡な表情である。 

 それでも聖也が受け入れられないでいると、クリスティナが更なる驚愕の事実を突き付けてきた。


「このVIPルームの中で義父様を除くと、自分のLVは何番目だと思う?」

「それは……」 

  

 突拍子の無い質問に答えに窮し、聖也は周りを見渡した。

 この場に居合わせたのは8名。

 そこから無能力者である剛毅を除けば7名、それで自分の順位はどこかという問いだ。

 まず実父とクリスティナは除外する。

 遥か高みにいる父と、その父すら上回る女帝。この2人には勝てる気どころか、抗する気も起きやしない。

 残るは同年代、しかも自分より年下で、何度か行内で見掛けた、あるいはMCの迎撃戦で見た顔だ。

 となれば、現能力者ランキングで査定されているはずだ。

 マッスルシャドーの様な規格外を除けば、1位であるはずの自分が負けるはずがない。

  

「それで、何番目からしら?」

「3番目だと思います」

「それは上から、それとも下から?」

「もちろん上からです」

「だめね、不正解」 

「なっ、何故ですか! 私がこの中で、父上とあなた以外の者に劣るというのですか?」

「その通り。うちの下僕1号と2号の方が、遥かにあなたより強いわ。あなたは下から3番目なのよ」

「なっ!?」

 

 自分が劣っている。

 年下で、かつ、能力者ランキングでも下位の者に!?

 混乱する聖也に対し、厚一や和吾は余裕綽々の笑みを浮かべた。


「はあっ、今までの話の流れからある程度推測できないかな。猛は孤児で、僕達も孤児。雄忍CEOに幼い頃に引き取られ、競い合いながら努力してきたんだ。あの猛と一緒にだよ?」

「俺達はそれこそ名家と呼ばれるあなた達よりも、厳しく苦しい修行を積んできた。その自信がある」

「馬鹿なっ……」

「認めたくないだろうけど事実さ。和吾君も厚一君も、少なくとも君の5倍以上のLVがある」

「私やご主人様にいたっては10倍以上よ」

「5倍、10倍?」

「うそっ!?」


 聖也だけではない。美華や境子も驚愕を禁じえなかった。

 それほどまでに差があるとは思いもよらなかったからだ。

 それでは、あの能力者ランキングは何だったいうのだ!

 聖也の表情から考えを察した厚一が、小馬鹿にしたように告げる。


「能力者ランキングなんかで、全力を出すわけがないだろ。てきとーにやったに決まってるじゃないか」

「部隊向けのランキング戦もほぼ不参加だったしな」

「何故だ! どちらのランキングも上位になれば、学園内での特権や報奨金も得られたはずだ!」

「そんなもの必要ないさ」

「俺達はそんな事しなくてもここがあるし、収入を得る手段は他にもあるからな」

「つまり、実力を隠し通していたという事か。では何故、今話す? いや、その必要があるという事か……」


 まだ何か言いたそうな息子を制し、嘘は許さんとばかりに、御影総帥が眼光鋭く睨み付けてきた。

 現代を生きる武士、それも護国の盾の象徴たる御影剣護がだ。

 強烈なプレッシャーに高校生組はたじろいでしまうが、その眼光を真正面から受け止めている大人達は別だ。

 剛毅はうっすら笑みを浮かべ、クリスティナにいたっては余裕の表れか艶然と微笑んでいさえいる。


「もちろん、御息女の件でこちらの実力を見せる必要があったのは事実です。ですが、それだけではありません」

「現状を、私達との実力差を知らしめる必要があったからよ。まっ、その話は後ね。今はご主人様の事よ!」

「ええ。ある意味、そのためにメインイベント組んだといってもいいでしょう。おってお話しさせて頂きます」

「……わかった。まずは雄忍殿の御子息の秘密が先という事だね」

「そう、その通り。まず第1にご主人様の事を考えてなくちゃね! 今までの話からご主人様と圧倒的な強さは理解していると思うけど、ご主人様は日を追うごとに、いえ、時を追うごとに強くなっているの! そう、今この瞬間もね!!」

「義息子は5歳の時点で第3階梯に至りました」

「馬鹿なっ!?」

「うそ!?」

「それほどのものか……」

「その時得た能力の名前は、筋肉革命(マッスルレボリューション)。その能力は筋肉だけじゃなく、己が肉体を自分が望んだ方向に進化を促すというものよ」


 沈黙が訪れた。それもあまりの衝撃によってだ。 

 努力もさることながら、5歳で第3階梯に至るという途轍もない才能。

 古の御代より御門を守護してきた御影一族にあってさえ、聞いた事がないほどだ。

 開いた口が塞がらない聖也はもちろんの事、剣護でさえ驚愕を隠しきれなかった。

 そして、その破格の能力にも戦慄を禁じ得なかった。

 肉体の進化を促す?

 それも自分が望んだ方向に!?

 それに加え、3歳の時点で息子の力を越えられ、5歳では剣護でさえ至っていない第3階梯に到達しているのだ。

 では、今の彼はどこまで至っているのだ?

 前人未到の領域にいるであろう青年の事を想うと、剣護の体が小刻みに震えた。


「義息子の得た能力はとても優秀だ。でも、それだけじゃない」

「ご主人様はトレーニングが好きで、そして戦う事が大好きなの! 言い換えれば自分を強くする事が趣味で、その強さを、自分がどれほど強くなったか実感したいのよ!」

「英雄として生れ落ち、望外の能力を得てもなお慢心する所か、得た力を十全に使い加速度的に強くなっていった。義息子は進化を繰り返し、今では素のままで肉体強化者(フィジカルブースター)を圧倒するまでになったのだよ」

「人を越えた超人。英雄を越えた英雄。いうなれば超英雄(オーバーヒーロー)、あるいは超越者って所かしらね」

「超英雄……」


 ようやく謎が解けた。

 強いはずだ。

 強過ぎるわけだ。

 彼は神話の英雄(ヘラクレス)に例えられる肉体を持って生まれただけではく、更には固有能力(エクストラセンス)を操る才能さえも与えられたのだ。

 それに加えて、飽くなき強さを求める彼の性格だ。

 才に溺れず、ただ只管に強さを求め、おそらくは人生の大半を高みに至るために費やしきたのだ。

 生まれながらの英雄たる彼がだ!

 進歩を続け、ついには肉体を進化させるという絶大な能力を得、更に成長が加速したのだ。

 誰も追いつけぬ速度で、全てを置き去りにして!! 

 そして戦闘に特化した体に進化させ、ついには恐竜の剛牙も炎も雷も効かぬ肉体になったのだ。


「ははっ、はは。勝てないわけだ……」


 自らの負けを受け入れた聖也の、乾いた笑いが木霊した。

 諦念を含んだ声を漏らしてしまうのは無理もない。

 美華や境子にしても、猛の信じ難き秘密に強い衝撃を受けていたのだ。


「まっ、あなた程度じゃ一生かかってもご主人様には追い付けないわね」

「聖也君より義息子の方が、成長するのがはやいからね」

「くっ」

「あらっ、ちょうどよく着いたみたいね」


 クリスティナの言葉に促されモニターを見ると、ようやくエレベーターの降下が止まったようだ。

 腹一杯にT-Rexの肉を貪ったマッスルシャドーが降りた先には、メタリックな輝きを放つ金属で覆われた、見渡す限りに続く広大なエリアだった。

 おそらく四方数Kmはあるだろう。

 高さにしても数十、いや100mはくだらないであろう途轍もない広さだ。


「……ここはっ?」

「ここが真闘技場。義息子がある程度満足に力を発揮できるだけの、空間と強度を持たせてあるんだよ」

「それだけじゃないわ。ここはMCとの戦闘を想定して造ってあるの。人間よりも遥かに巨大なMCが出現しても問題ないように、そして破られないように忍コーポレーションの技術を結集して設えてあるのよ」


 いつの間にか幼女に変じたクリスティナが無い胸でふんぞり返っているが、周りから何も返ってこなかった。彼女の発した聞き捨てならないセリフに捕らわれ、それ所ではなかったからだ。


「MC!?」

「馬鹿なっ!」

「そうMCよ。ご主人様のメインイベントの相手はMC。それも、余興の時よりも圧倒的に上の相手よ」

「……そんな事が可能なのか?」

「技術の進歩を舐めないでもらいたいわね。できるから言ってるのよ。まあ封建的な家にいるとわからないかもしれないけど、技術的には戦守学園でMCを出現させる方法の応用よ。目的の敵を召喚する事まではできないけど、凡そ目的とする強(・)さ(・)のMCを呼ぶ所まで可能になったわ」


 一体どれほど驚かせば気が済むのか。

 剣護は本日何度目かわからない程の驚愕で目を見張った。

 剣護だけではない。

 聖也や境子はもちろん、美華にいたっては情報過多で上手く咀嚼できず、目を白黒させる事しかできなかった。


「そんな事より、よく見ていなさい。出るわよ!」

「なっ!?」


 忍者装束から零れる筋肉をこれ見よがし見せびらかしながらマッスルシャドーが中央まで歩み寄ると、突如、床に設けられた陣が発光したではないか!!

 目も暗む圧倒的な光量の光が消えた後には聳え立つ大いなる怪。

 身の丈十丈、30mを越える巨体に、背と両脇に3本の劔(つるぎ)を携えし大鬼であった。


「……大嶽丸」


 日本の神話に名を遺す大妖にして、三十年前渋谷事件として未曾有の死傷者を出した、あの忌まわしき大事件を引き起こした、鬼神が現れたのである。






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