第11話
マッスルシャドーの圧倒的な力によって一撃で葬り去られたティラノサウルスは、大勢のコック達に解体され、調理されていた。
しかも、コロシアムの中央の床が開き下層に降りる巨大なエレベータの中で行われていたのである。
その中で猛ことマッスルシャドーはというと、次から次に運ばれる料理を貪り尽くしていた。
「メインイベントが行われる真闘技場に付くまでの今しばらくの間は、皆様はご自由にお過ごしください。チャンピオンも試合会場に向かうまでの束の間の休息を取っております」
「先ほど戦ったT-Rexのステーキ、美味しそうに食べてるねっ!」
ご丁寧にエレベータにもカメラが設置してあるようで、大量の肉があっという間にチャンピオンの腹に入るのを実況中継している。
目で見ても信じられない大量の肉が運ばれてきては、瞬く間に消えていった。
正直トリックかと疑いたくなるような光景だ。
「なんとも見ているだけで満腹になりそうですね」
「チャンピオン、お味は如何ですか?」
「HAHAHAHA、ベリーグッドでーすね! ワニの様な、鶏肉の様な感じでーす。あっさりしていて、いくらでも食べられまーす!」
「おおっと、筋肉質で硬いと思われたT-Rexが意外や意外、とても美味しいようですね」
「ステーキの他に炭火で焼いたり煮物にしたりと、コック達も工夫を凝らしています。見ているだけの私達にも一口別けてもらいたいところです!」
司会の会話もそっちのけで、質問に答えると猛は猛然と肉に齧り付いている。
そして、一瞬で平らげると別の肉を標的に襲い掛かる。
人間大の体積があっという間に消えていく様を、幼女と化した美女は頬を染めて眺めていた。
「ああ、ご主人様! そんなに喜んで頂けるとはっ!! ご主人様が食い応えがありそうとおっしゃったので、甦らせて正解でしたわ! ティラノもご主人様の一部になれて幸せでしょう!」
「ええ……」
信じられない研究の動機をぶっちゃけられ、VIPルームでは美女への株がだだ下がりであった。
いや、そもそもご主人様なんて公言している時点で推して知るべしである。
長年日本の頂点に君臨していた実績やその恐るべき実力は疑う余地もないが、なんというか残念な美人である。まあ、今は美幼女であったが……。
幼女の有り様で発情しフェロモンを振りまいているのだから、始末に負えない。
「ご主人様にもっと喜んでもらうために、もっと甦えらせなくてはっ! 次はギガノトサウルスかスピノサウルスか……。いえっ、いっそメガロドンの方がいいかもしれないわねっ!!」
「もうすぐ草食竜ランドを開く予定だろう? そちらに支障をきたさないだろうね?」
「義父様、この私がミスをするとでも? 開園間近の今、私も私のチームのやるべき事は既に完了しておりますわ」
「ははっ、さすがだね。うん、君が間違いを起こす等とは夢にも思っていないよ。あくまで確認の意味さ。ただ、私は君の義父ではないがね」
「ふふふっ、確定事項ですから。今から読ばせて頂いても、早いか遅いかの違いでしかありませんわ!」
「君の中だけ、ではね」
「あらっ、ふふふっ」
「ははははっ」
笑顔で笑い合ってはいるが、その実目は恐ろしいほどに真剣だ。
いや、むしろ危険な色を孕んでいるといっても過言ではない。
どうやら猛に対してはお互い大甘なようだが、2人の反りはあまり合わないようだ。
大人であるし表面上は仲良くしているが何か気に食わない、そんな所だろうか。
このままではけん制し合って埒があかないと、厚一が意を決すると無理やり割って入った。
「CEO! マッスルシャドーの強さの秘密を話すんじゃありませんでしたか?」
「!? そうだ! 境子のお兄さんが来たら、話してくれる約束だったよね?」
美華もここぞとばかりに話に乗っかった。
境子にしても、猛の強さには興味津々である。
それは聖也にしても御影総帥にしても同様であった。
能力を行使せずとも雷も炎も通じない、あの無敵の肉体を如何にして作り上げたのか?
正直疑問は尽きない。
剛毅もクリスティナも具に周りの雰囲気を読み取ると、不毛な争いを一時棚上げした。
「ふぅ、そうだったね。メインイベントも始まっていないしちょうどいいか。マッスルシャドー、義息子の強さの秘密だったね。クリスティナもいるし、説明し易いね」
先程まで目と目で火花を散らし合っていたのに、今度は目で会話して無言の内に頷き合っている。
反目する部分はあるようだが、猛の事が好きという点においては共有できる部分もあるのだろう。
今度は絶世の美女に変じたクリスティナが言葉を紡いだ。
「ご主人様の強さ。固有能力は、極ありふれた肉体強化。一見すれば希少能力持ちである私や御影に勝てるわけがないと、錯覚する愚か者もいるかもしれない」
「でもそうじゃない」
「そう、誰であろうと、ご主人様には勝てはしないのだからっ!!」
「何故、義息子には誰も勝てないのか? そうだね、端的に言えば、僕達とは立っているステージが全く違うのさ」
「ステージ……?」
歌う様に諳んじる様に、お互いがお互いの説明を補完し合っている。
事、猛に関していえば息が合わない所か、仲が悪いのが演技とさえ思えてくる様だ。
美華が思わず発した疑問も直ぐ様答えてくる。
「LVや階梯、そしてMP。身体能力は勿論の事、反射神経や動体視力、何もかもが凡白な人間とは一線を画しているのよ!」
「言ってみれば、人類を超越しているのさ。能力を使わない状態でさえね。聖也君、君は朧気ながらも実感していないかい? 実際に戦っているのだから」
「……そうですね。先程は負けた悔しさから大言壮語を吐きましたが、正直に言えば何をすれば通じるのかさえわかりませんでした……」
神妙な口調で問われた聖也が応えた。
聖也自身も冷静になれば、彼我の実力差が分からない程愚かではない。
今まで御影の次代を担う本家の長子として、甘やかされた事自体は否定できぬ事実ではあったが、愚鈍な男ではない。むしろ、自分の足りなかった部分を受け入れ反省できる美点を持っているようだ。
「ですが、御2人の説明はまだ核心に触れていません! 何故それほどマッスルシャドーが強いのかという根本的な部分が分からないのです!」
「未熟な所もあるけど、血の巡りは悪くないようね。それに反省もできる、か……。ご主人様や私からすれば塵芥に過ぎないけど、諦めなければあなた程度には成長できるんじゃない?」
「……生命帰還に評価してもらえるのなら、息子の資質も中々のようだ。聖也! 精進を怠るな!」
「はっ、はい!」
「それで、雄忍殿の御子息は、何故そこまで違うのかね?」
「詰まる所、義息子は生まれながらの英雄だったのさ」
「ご主人様は英雄なのよ」
「「「ヘラクレス?」」」
「ミオスタチン関連筋肉肥大、って聞いた事ない?」
「?」
「ミオスタチンとはタンパク質の一種で、筋肉の発達を抑制する作用があるのさ」
「ミオスタチン関連筋肉肥大とは一種の病気なのよ。先天的にミオスタチンの生成が少なかったり、筋細胞が受容できない場合があるの。そのせいで筋肉が異常に発達し、常人の筋肉量のおおよそ1.5~2.0倍に達する……、なんて事が起き得るのよ」
「記録によれば、生まれたその日に自分の足で立つ事ができた子もいるそうだよ」
「「……」」
今の話から察すれば、まさに猛は生まれつきの英雄という事になる。
生まれからして特別で、他者とは隔絶した筋肉という名の力を天から与えられたのだ。
ただし、そうはいっても一般人の2倍程度の筋肉量である。
英雄といっても、あくまで人間の尺度で測ればの話だ。
その程度では先程の聖也との戦いや、ましてやT-Rexに圧勝した常軌を逸した力の説明にはほど遠い。
「彼が生まれながらの英雄である事は良く解りました。ですが、それだけでは私の奥義を能力を行使せずに防げた理由にはなりません。何を隠しているんです?」
「はははっ、別に隠してはいないさ。義息子の力を一度に言っても混乱するだろうから、順序立てて説明しているにすぎんよ」
「それに坊や、短期は損気よ。ご主人様の強さの秘密を教えない、なんて一言も言っていないでしょう? あなた程度でも理解できるように話してあげているんだから、黙って聞いていなさい」
「くっ」
余程猛の秘密が気になるのだろう。聖也は窘められてもまだ逸る気持ちが抑えられないようだ。
そんな様をいつの間にか美華と境子の間に陣取り、二人を弄りつつ眺めるクリスティナの瞳はどこまでも冷めていた。人というより、路傍の石に向ける程度の関心も持ち合わせていないのだろう。
つい先程、聖也を少しは褒めたようにも見えたが、ただ正当な評価を下したにすぎず、口にした言葉の通り塵芥程度にしか思っていないのだ。
そんな中、兄に助け船を出すわけではないが、猛の強さの秘密が知りたいとクリスティナに玩ばれながらも境子が疑問の声を発した。
「そっ、そのっ、猛さんにはまだまだ秘密があるんですよね?」
「義息子は天から類稀な肉体を与えられただけじゃない。固有能力を行使する才能も得ていたんだ」
「ご主人様は生まれたその場で能力を発現し、看護師の腕を振り払い飛び跳ね、走り回ったそうよ」
「すごい……」
「もっとも良い事ばかりじゃない。ごく普通の無能力の両親には、義息子は化物にしか見えなかった。生んだ女性は発狂し、その日の内に孤児院に送られたそうだ」
「「「っ!?」」」
「何を驚いてるんだい? 一般人から僕達の様な新人類が生まれた場合、受け入れられずに捨てられる事があるなんて、良くある事じゃないか? ありふれた悲劇ってやつさ」
「猛だけじゃない。俺も厚一も孤児だ」
「「「……」」」
生まれたその日に捨てられるという猛の悲劇に続き、厚一や和吾もまた孤児であったと淡々と事実を告げた。境子や美華は彼らが家族から見捨てられた過去を、本来なら受け入れがたい不幸を余りにもあっさり告白するものだから、逆に固まってしまった。
それは、名家の長子として厳しくも温かく育まれた聖也も同様であった。
辺りに重苦しい沈黙が降りた。
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