第10話
「あなたは……?」
「……」
絶世の美女を前にして、罵られた側の聖也ができた事は呆けた様に問い返す事だけだった。
しかし、美女の方はただ凍てつく様な冷めた瞳で青年を侮蔑するだけであった。
威圧すらしていないのに、無価値とでも断じるかの様な絶対零度の視線だけで、聖也の全身の毛は泡立ち、身は竦んでしまった。
格が違う。
ただその場に佇んでいるだけで、存在自体が違うのだと理解させられてしまったのだ。
そんな哀れな息子を助ける様に剣護が重い口を開いた。
「……クリスティナ。クリスティナ・ツラノーヴァ・橘。久しぶりだな、生命帰還」
「なっ!?」
苦々しい口調の中に僅かに含まれていた。
その感情の名は畏怖。
信じ難き事に護国の盾とも称される一族の長が、感情を表さない寡黙な武士とさえ思えた男が、心の色を隠しきれず吐露してしまったのだ。
そんな壮年の剣士に視線を移しても、美女の蒼き瞳には何ら変化は見えなかった。
「あら、久しぶりね。御影……、何だったかしら。あっ、そうそう、元万年2位さんだったわね。でも今は5位にも入れていないんじゃないかしら?」
「……7位だ」
「父上っ!?」
能力者ランキングは20歳以下の若手を比較したもの以外に、もう1つのランキングが存在する。
それは、年を経てもなお能力を喪失せずに残った全能力者を対象にしたランキングである。
通称”裏ランキング”と呼ばれるものがそれだ。
通常の能力者ランキングが公開になっているのに対しこちらは完全非公開であり、知っているのは対象者自身と一握りの者達のみである。
また対象者も己の順位は知っていても、他者の順位も名前も知らされておらず、徹底した情報統制がなされているのである。
何故なら裏ランキングは、その国が保有する能力者達の真の順位を表しており、言い換えれば国の戦力そのものを表しているのに他ならないからである。
MC相手には近代兵器は通じないのは勿論の事、上位の能力者であれば銃火器はいうに及ばず、爆弾やミサイルだって何等かの手段で無効化できるようになるのだ。
MC出現から世界の総人口は最盛期の約5分の1、20億人にまで減衰し、かつ今なおMCの脅威に晒される状況にあっても、人同士の争いが無くなる事はなかったのである。
愚かな事に国連は形骸化し、各国で戦力や技術を秘匿し合っているのだ。
いつの世も人の争いは無くならない……。
残酷で虚しくもあるが、それが現実なのだ。
「7位、ね。御影一族の党首とあろうものが、ずいぶん零落れたものね」
「何をっ! 父上の知り合いとはいえ、失礼だろう!!」
「やめよ」
「しかしっ」
「やめよ!!」
「……父上」
「その者は裏ランキング1位。この日の元で、並ぶ者もおらぬ強者だ。私は10年前より後塵を拝し、今では更に差が開いているのだ。彼女には私の不甲斐なさを誹る権利がある」
「そんなっ!? 馬鹿な……」
最強だと信じて疑わなかった父の告げた真実が、聖也を容赦なく打ちのめした。
目の前の美女が裏ランキン1位?
しかも父が10年前から2位以下で、今では5位にも入れていないなど到底信じ難き内容だ。
だが、それを告白したのは他ならぬ自分の父、剣護だ。
昔から嘘はおろか、冗談を言う所でさえ目撃した事がない実直な父だ。
だからこそ、先程の内容は真実なのだ。
次々と明らかになる事実に驚かされ続けている所に、美女が更なる爆弾を投下した。
「まっ、顔を合わせないから5位からは外れている事はわかってたけどね。情けない、護国の盾の名前も返上した方がいいんじゃないかしら?」
「……返す言葉もない」
「はあっ、張り合いがないわねー。あっ、それと勘違いしているようだけど、私は2年前から2位なのよ」
「馬鹿なっ! あなたの群体をも凌駕する者が現れたというのかっ!!」
あの剣護が、知らず声を荒げていた。
それほど、目の前に立つ絶世の佳人が、誰かの後塵を拝するなど想像もできなかったのだ。
「私はただ1人を除いて、他の誰かに負けるつもりはないわ。そう、私のご主人様を除いてね」
ツンドラの氷雪を想わせる雰囲気が消失すると、愛おしそうに巨大モニターに映る人物を見つめ出した。
鬼女が女神に変じたのかと思える程の豹変ぶりである。
そして、画面に映っている人物は唯1人である。
現代に蘇りし恐竜を容易く屠り、大勢のコックが慌ただしく解体処理からのステーキを作るのを待ち侘びながら、観客にサービス満点のマッスルポージングを披露している人物だ!
「馬鹿なっ!? 忍雄殿の御子息が、あなたを倒したというのか?」
「そう、私のご主人様ね。私の群体はおろか生命の樹さえ打倒し、全てを超越してくれたわ。あんな雄姿を見せられたら、屈服せずにはいられなかったわ」
美女は艶然と微笑みながら猛烈な色香が周囲に振り撒いた。
天使もかくやと言うべき美しくはあるが、どこか浮世離れした美女が、愛を司る女神に変じたのだ。
クリスティナの真に恋しているといった様に、そして相手が猛がという事実に美華は驚きを露わにし、 境子も表面上は冷静を保っていたが、内面では少なからぬショックを受けていた。
女の感からか、少女達の変化を敏感に感じ取った美女が追い打ちをかけてきた。
「すごかったわ~。ご主人様の太いものが私の中をかき乱しぐちゃぐちゃにしたの。あまりの喜びで昇天しそうになったわ」
「なっ、ななっ!?」
突拍子もなく赤裸々に体験談を語りだす美女に少女達は驚愕し、ついでその卑猥な内容に顔を赤らめた。
緊迫した雰囲気だったのが、一気にピンク色の妄想空間に変わってしまったのだ。
そんな中、またかよといった風にお互いを見合い、ため息を吐き肩をすくめ合うと、厚一と和吾が話を補足し出した。
「あなたの腹をぐちゃぐちゃにしたのは、マッスルシャドーの太い拳でしたね。痛みと出血多量で気を失いかけたんでしょ」
「ついでに言えば、あの大怪我はあなたじゃなければ死んでましたよね?」
「……下僕1号、2号!」
「「はいっ!!」」
春麗らかな野が突然極寒の地に変わった。
怜悧な刃の如き視線が厚一達を貫き、無形の重圧が緊張を強いた。
「下僕共が余計な口を挟むな! 私は今、ご主人様との目くるめく愛の日々を語っていたのよ!」
「あの、どちらかというと殺し合いの日々じゃないでしょうか?」
「あれは、血で血で洗う地獄の様な凄惨な試合だったかと……」
どうやら見解の相違というには、あまりにかけ離れた認識のずれがあるようだ。
実際の出来事としては、厚一達の主張通りの身も凍る様な凄絶な決闘が行われたのだけは間違いない。
間違いないのだが、クリスティナにとっては主従の契りを結ぶんだ、聖なる愛の儀式であったのだ。
「はあっ、盆暗共では、私とご主人様の大いなる愛は理解できないようね。まっ、それはいいとして……」
「あっ」
もはや彼女の独壇場であった。
話をぶった切り、少女達が座るソファーの前に移動すると、徐に美華の顎に手を掛け上を向けさせたのだ。
「遊んでいるようでいて、その実男慣れしていない。容姿も発育もまあまあね。誘うようでいて、初心でされるがまま。なるほど、面白いわ。あなた、名前は?」
「りょ、燎原美華です」
「こっちはどうかしら?」
「……」
境子も美華と同様にクリスティナに上を向かされ、至近距離から瞳を覗き込まれた。
内奥まで見通すかの様な女帝の瞳に。
「無駄に伸び過ぎた髪。それに、目を覆い隠すのは減点ね。それに瞳が淀んでいるわ。素材は良いようだけど、雛以前の殻に閉じ篭っている状態ね。はあっ、ご主人様もこんなののどこがいいんだか……」
「っ!?」
的確に境子の状態を言い表してみせた。
恐るべき慧眼である。
陰気な内面を言い当てられ、恥ずかしさからか境子は頭を下げたがったが、顎に当てられた手が許してはくれない。
そんな境子の様子を機敏にに察したが美華が助けを出すが、
「境子の事を悪く言わないでっ!」
「……」
女帝の炯眼に射られ、美華はすごすごと退散する羽目になってしまった。
そんな中、クリスティナに驚くべき変化が現れた。
いきなり妙齢の美女になったかと思うと、今度は一転して可憐な美少女に変化したではないか!
そして、その変化が止まらない。
刻一刻と千変万化に姿を変えながら、言葉を発生ない少女に眼光鋭く宣告した。
「私はご主人様の母であり、姉であり、妹でもある。先輩であり、同級生であり、後輩でもある。そして恋人であり、妻である。ありとあらゆる女性としての役割を私は兼ねる事ができ、またそうである事を望んでいるの」
「……」
「私はご主人様こそが全てであり、それ以外は路傍の石よ」
目の前に居るのは、得体の知れない存在だった。
それもこれまでの人生の中であった事の無い突き抜けた人物だった。
だがそれも、童の如き容姿から白髪の似合う老女にまで変身して見せるのだから、先程の宣告を本気でやるつもりなのだろう。
恐るべき能力。
いや、真に恐るべきはその在り様だ。
猛のためなら、何者にもなってみせるという確固たる意志が、今の境子には眩しかった。
「だからこそ、ご主人様の害となるものは、この私が許さない。例えそれが、ご主人様が望んだものだとしてもね」
至近距離から叩き付けられる、絶世の美女からの相手を射殺さんばかりの眼差し。
その目が物語っている。
例え猛自身が望んだ事だとしても、お前がお荷物のままなら排除すると!!
これは警告だ。
それも面前で意図も隠そうともせずに行われた、明け透けで分り易い警告だった。
「っ……」
「どうしたの? 何も言い返さないの?」
おそらく、事前に境子の能力や境遇、更には性格等事細かく調べ尽くしているのだろう。
異端の能力を制御できずに蔑まれ、一族から冷遇され続けている日常を。
そして、罵倒され続けた事で卑屈になり、髪で目を覆い隠し、下を向いてばかりになった事を……。
普段の境子なら一言も発せられず、俯いたままであったろう。
そんな事は、クリスティナも百も承知である。
では何故こんな挑発を行ったかというと、まだ隠されたメッセージがあるからだ。
お前がお荷物なのは分かり切っているが、いつまでお荷物でいる気なのか?
折角猛に選んでもらえたというのに、その幸運を手放す気なのか?
もし変わる気がないのなら、そんなものは猛には必要ない!
ああ、これは警告であると同時に試練でもあったのだ。
私を試しているのだ。
そう、今までの私は要らない!
要らないのだ!
要るのは、変わろうとする私。
前を向き、猛を信じて走り続ける私なのだ!!
正直、顔を上げるのが怖かった。手も震えた。
睨み付けてくる人、自分に悪感情を向ける人を見返すのが、どうしようもなく怖かった。
でも、でもここで変わらなくちゃいけない!
今までの卑屈な自分に別れを告げるために!
そして、そんな情けない私を選んでくれた猛のためにも!!
境子は震えながらも徐々に顔を上に向け、ついにはクリスティナを真っ向から見つめ返した!
「わっ、私は駄目な人間です。でも、変わりたい! 自分のためにも! そして、こんな私を選んでくれた、猛さんのためにもっ!!」
「……」
重たい沈黙が続いた。
時間にしたら二十秒にも満たない僅かな時間であったろう。
しかし、唯でさえ人を見るのが苦手な境子が無形の圧力を掛けるクリスティナと真正面から対峙したのだ。
体感時間は何十分、いや、何時間にも匹敵する程であった。
生まれたての子鹿の様に体を小刻みに振るわせながら、境子が気丈に耐え続けていると、やがてクリスティナは瞳を和らげると、僅かに口元を綻ばせた。
「……まっ、合格としておきましょうか」
「あっ、ありがとうございます!」
「勘違いしないで。あくまで今の所は合格という意味よ。この先害になると判断したら、容赦しないわ」
「それでもありがとうございます。わっ、私、がんばりますね!」
「境子! よかったね!」
美華と境子が手を取り合い喜びを分かち合った。
その頃、美女の闖入でカオスと化したVIPルームを置き去りに事態は動いていた。
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