第9話
突如、闘技場の床の一部が開き2つの巨大な円柱状の檻がせり上がってきた。
巨大な檻の中にいるのはもちろん、恐竜の中でも最強の呼び声高き肉食竜、ティラノザウルスである。
闘技場に行き成りつれてこられた怒りからか、はたまた空腹からくるものなのか、姿を見せた途端に大きな咆哮を上げた。
それは、人間の根源的な恐怖を呼び覚ますのに十分な程であった。
たちまち会場ではパニックに陥った様な悲鳴が、あちこちから鳴り響いた。
「皆様、ご安心ください!! T―レックスはご覧のとおり檻から出られません。試合中檻から出たとしても、闘技場の周囲を囲む超硬化ガラスを破れません!」
「防御系の能力者達にガラスを強化させ、更に防御結界を張らせているから、突破される可能性は皆無だよ!」
「当競技場では開業以来、今まで一度たりとも観客席に被害を出した事はございません!」
「またそれを誇りとして、安全管理に努めているので、どうか安心して観戦してねっ」
よく見れば司会の言う通り、いつの間にか闘技場の周辺、超硬化ガラスの近くに複数の能力者と思しき顔を隠した者達が点在し、夫々が能力を行使しているようだ。
突然の巨大モンスターの登場に恐慌状態に陥りかけた観客達も、冷静なアナウンスに少しずつ落ち着きを取り戻したようだ。
「それに、試合を行うのは我らがチャンピオンです! 常勝不敗、向かう所敵無しのチャンピオンが、たかが蜥蜴の親玉に負けると思いますか?」
「むしろ普通に試合をしたら圧勝過ぎて賭けが成立しないので、あえてエキジビジョンマッチとして色々趣向を凝らしているんだよ?」
自信たっぷりの顔にユーモアを孕んだ口調によって少しずつ笑いが起こり、観客達もようやくこの世にも珍しい闘いを観戦する気が起きてきたようだ。
世にも珍しい?
当然だ。恐竜の復活など今まで聞いた事も見た事も無かったからだ。
VIPルーム内でも困惑が広がっていたが、事情をしる剛毅がにこやかな説明し出した。
「あれはうちの生命帰還が主任を務めるチームの成果の一つで、絶滅した生物を甦らせる事に成功したんですよ」
「……生命帰還」
今まで一切の感情を現さなかった御影総帥の顔が、その名を口ずさんだ際にわずかに揺れた。
細やかな変化からは詳らかには読み取れなかったが、何か思う所のある所作からは、おそらく面識があるのだろう。
忍雄だけはその変化に気付いたようだが、敢えて指摘する事もせず、にこやかに話を続けた。
「MCには近代兵器が通じませんが、生身の攻撃は通りますからね。肉体の強さでいえば、地球史の中でも恐竜はかなりのものです。もし利用できるならMCへの対抗手段にもなるかもしれない。いうなれば恐竜兵計画ですね」
「へえ~、すごいねー。忍コーポレーションって、そんな研究もやってたんだ」
「何故そんな事を? 僕達能力者では力不足だといいたいのですか?」
無邪気に感心する美華とは反対に、未だ立ち直れぬ聖也は噛付くように詰問した。
まあ、聖也の疑問ももっともだろう。
能力者達の数が増えMCへの対処もできるようになり、ようやく人口の減少に歯止めがかかった所なのだ。わざわざ恐竜を現代に復活させる必要がどこにあるというのだ。
そんな聖也に対し、あくまで剛毅は大人の対応を見せた。
「もちろん日本だけに限っていえば、聖也君の言う通りこんな計画は全く必要ないだろう。MCの出現はこの神游島に集中しているし、しかも出現した全てのMCは短時間に撃破されている。能力者達の実力を疑うなんて馬鹿げた考えは、背信に等しいとさえ思っているよ」
「それならっ……」
「話は最後まで聞き給え。世界を見渡してごらん。日本は逸早くMCへの対策ができたおかげで最も被害が少ないが、その他はどうなった? 近隣のアジア諸国はもちろん、アフリカや中東、欧米の国々の被害は大変深刻なものだったのは、君も知っているだろう?」
日本の現在の人口は約4千万、最盛期の3分の1といった所だ。
では世界各国はどうかというと、日本と比べ物にならない被害を受けた国が大多数を占めている。
5分の1などまだいい方で、中には10分の1、最悪な所では滅亡した国さえもあるのだ。
「非常に幸運な事に、日本皇国には遥かな過去からこの国を守り続けてきた者達がいた。世界でも古い歴史を持つ国々の中には、君達御影一族と似た存在がいる国もあった。しかし、そうじゃない国は? どうなったのかは、君も知っているはずだ」
「……なるほど。世界的に見れば能力者の数が足りていないとおっしゃりたいのですね?」
「その通り、まだまだMCに対抗するには不十分なんだ。その不足分を埋める計画の1つが、この恐竜兵計画というわけだ」
「失礼しました。忍雄CEOは日本以外の国々事も考えていらっしゃったのですね」
「私も世界中に従業員を持つ身だからね」
もちろん綺麗事ばかりではない。
MCの脅威に晒される今、安全とは金になるのだ。
この神遊島の様に、地下都市を形成するのは生半可な労力では済まない。
多くの人々が今もなお地上で暮らし、いつ何時命を落とすかもしれない恐怖に怯えているのだ。
そんな状況でMCの脅威に晒されずに暮らせるとしたなら、それを商いとしてできるなら、これ以上に有益で儲かる物はないといっても過言ではないだろう。
何を隠そう多数の能力者を抱える忍コーポレーションの事業の核の1つが、安全保障なのである。
今回の計画は事業拡大に向けた試作という一面もあるのだ。
「さてさてー、今回は強過ぎるチャンピオンに、いくつかハンデを背負ってもらいます!」
「ハンデその1! 時間制限です。もし五分以内に倒せなかった場合、チャンピオンの負けとさせて頂きます!」
「そしてハンデその2! 皆様、モニターの上部をご覧ください」
闘技場の各所に設置されたモニター、そしてVIPルームの巨大モニター内の上部にはいつの間にか、マッスルシャドーやティラノサウルスの顔をデフォルメした様なものが浮かんでいるではないか。
更には顔の横には数字が並んでいる。
「この数値は夫々の戦闘力、すなわちMPを表示しています。我らがマッスルシャドーが10万、2頭のTレックス達は、おおよそ1万~2万といった所でしょうか」
「あたしの奥の手でさえ4万なのに……。どうりでこっちの攻撃が通用しないと思ったわ」
「実力不足、か……。私では敵わないはずだ」
聖也が第2階梯を発動し、奥義を使った場合でさえMPは8万程度である。
自分の攻撃が全く通じず、一方的にあしらわれたのも当然かとようやく納得し掛けた所に、更なる衝撃の発言が飛び出した。
「ちなみに、チャンピオンはこの状態で固有能力を発動していないよ! いわば素の状態の戦闘力がこのMPなのさっ!!」
「うそっ!?」
「馬鹿なっ! そんな事あり得ない!!」
「チャンピオン、ためしに肉体強化を発動してみてください!」
「HAHAHA、OKでーす!」
サイドトライセップス、横向きになってつま先立ちし上半身を正面に向けつつ、袖のない忍者装束から露わになった筋骨隆々の上腕三頭筋をこれでもかと見せつけるとあら不思議、モニターに表示されているマッスルシャドーのMPが跳ね上がっていくではないか!
20万、30万、40万と跳ね上がり続けている。
最終的には80万を越えた辺りで強化を解いたのか、下がり出し元の10万に落ち着いた。
「ははっ、はははっ、敵わないはずだ」
「強過ぎでしょ……」
「すごい……」
美華は驚愕冷めやらず、聖也はあまりの差に自虐的に笑う事さえ失敗した。
逆に、境子は隔絶した能力を有する猛の雄姿を恍惚とした表情を浮かべた。
「先程の試合でもそうでしたが、チャンピオンには能力の使用を禁じさせて頂きます。つまり、MPが少しでも上昇したら負けとなりますので、予めご了承ください」
「チャンピオンには、制限時間と能力禁止という2つのハンデを背負って頂きます!」
はっきりいって無茶苦茶である。
観客席のあちこちからどよめきが起きる。
能力を禁止して恐竜と闘う?
そもそも闘いになる以前に、喰われるだけではないのかという疑問さえ沸いてくる。
沸いてくるが、闘うのはあのチャンピオンである。
何ら能力を行使していないのに、理解不能のMPを有する人外の超越者だ。
「私のっ、試合も、能力を使わなかったのか……」
「もちろん。使わなくたって楽勝で勝てる相手に、使う必要がどこにあるのさ?」
「只でさえ手加減していたのに、マッスルシャドーが能力なんて使ったら、君なんか簡単に死んでいたんだよ?」
「手加減?」
顔を青褪めさせ、理解したくないとばかりに首を振ったが、現実は非常であった。
剛毅が淡々と事実を口にした。
「ふざけていたかもしれないが、義息子は君を死なせないように、壊さないように非常に気を使っていたのだよ。能力無使用でも、君相手では手加減しても何が致命傷になるかわからないからね」
「……」
「落ち込む必要はない。手加減状態でさえ義息子と勝負になる相手は、世界中探してもおそらく数えられる程度だろうからね」
もはや慰めの言葉さえも聖也には届かなかった。
御影の長子として、時代の日本を護る者として修練を積んできたはずなのに、ただ敗北しただけでなく、手加減された上に大怪我しない様に気遣われていたのだ。
目の前が真っ暗になり、今にも倒れそうにさえなってしまっている。
「この試合をよく見ておきなさい。どれだけ手加減されたのかが、よく解るだろう」
「……はい」
聖也は必死に歯を食いしばり、VIPルームには重苦しい沈黙が流れた。
境子も兄に言葉を掛けようかと思ったが、今の自分が慰めたりしたら逆効果になるだろうと、結局は何も発する事ができなかった。
お調子者な所がある美華にしても、掛ける言葉が見つからないようだ。
和吾も厚一も傷口に塩を塗り込む様な事をせずただ沈黙を保ち、聖也の父たる剣護も息子の成長を見守る心算からか、敢えて黙し続けた。
だがそんなVIPルームの沈黙などお構いなしに、闘技場では話が進んでいく。
「それでは現時刻をもって、賭けを終了させて頂きます!」
「チャンピオン! おそらくこれから人類史で初めて恐竜と闘う事になるわけですが、今の心境はどうですか?」
「HAHAHA、私の敵じゃありまーん! さっさと倒して、ステーキの具材になってもらいまーす!」
「おおっと、早くも勝利宣言か!?」
「白亜紀最強の呼び声高き肉食恐竜も、チャンピオンは眼中に無しかぁー!!」
会場が熱気と興奮に包まれ、試合の開始を今か今かと待ち望む声が広がった。
観客達の期待に応えようと司会達も声を張り上げた。
「皆様の期待に応えていってみましょう! エキジビジョンマッチ、第2試合!!」
「前代未聞の闘いの決着は、一体どうなるのか? 試合、開始~!!」
大きなうねりとなった歓声の声を皮切りに、ついに檻が開け放たれた!!
柵に邪魔されて近寄れなかった肉目掛けて、我先にと2頭のティラノサウルスが走り出したのだ。
全長13mにもおよぶ恐竜の突進である。
その恐怖は如何程のものか……。
しかも、能力を封じられたままの状態でだ。
自分だったら絶対にやりたくないと消沈したままの聖也に、厚一が徐に言葉を掛けた。
「よく見ておけよ」
「えっ?」
「よく見とけって、言ったんだよ! 勝負は一瞬で付くからさっ!」
何を言われたのか理解できない。
勝負が一瞬?
固有能力が使えないのだ。普通に考えればT-Rexの勝ちである。
だが厚一達の様子から察するに、あの大男の勝利を微塵も疑っていなかった。
MPは確かに戦闘力を表しているが、肉体の強度を示しているわけではないのだ。
例えば美華や聖也の奥義のMPが高まったのは、MPが発動した能力の威力を示しているだけだからだ。
気で身体強化できる聖也と異なり、美華の場合でいえば身体能力や強度は一般人より遥かに頑健だが、それでも常人の域を出ていない。
つまり、咬合力8tとも目される恐竜に咬まれれば、簡単に死んでしまうのだ。
聖也だとて能力が使えないのであれば、肉体は人間の範疇だから結果は変わらない。
待っているのは確実な死である。
だが、あの大男はどうだ?
爽やかな笑みを浮かべ両腕を掲げると、ゆっくりと自分から恐竜に向かって歩いていくではないか!
しかも大口を開き、噛付こうとする恐竜を前にしても歩みを止めない。止めはしない。
そのまま2頭同時といったタイミングで、両腕の半ば以上まで巨大な咢に飲み込まれてしまった!!
「「きゃあああっ!?」」
少女達の悲鳴と同じくして、自殺としか思えないマッスルシャドーの行動に、そしてティラノサウルスに両腕を噛付かれるという凶事を前にして、凄惨な結末を想起して会場中から絶叫が上がった。
聖也も理解できずに、思わず声を荒げた。
「何をしているんだっ!? 自殺する気か!」
「いいから黙って見とけって。一瞬で終わるって言っただろう。あれはわざと噛付かせたんだよ」
「能力が使えないのだから、人間の体など恐竜ならいとも簡単に噛み砕けるはずだっ!!」
「そりゃ普通の人間、普通の能力者の話さ」
「だけど、マッスルシャドーは違う。君とは遥か彼方、別次元のステージに立っているのさ」
和吾と厚一の話を聞いても聖也には納得がいかなかった。
確かにあの大男の強い。強過ぎるといってもいいぐらいだ。
だが、人間には自ずと限界があるのだ。
モニターのMPが全く動いていない事から、このぎに及んで能力を使用していない事がわかる。
どういう仕掛けでMPがあれほど高いか解らないが、人間の肉体は恐竜に比べたら遥かに脆い。
脆いはずなのだ。
何故ならMPとは戦闘力を表しているのであり、肉体そのものの強度を示しているのではないのだから。
彼等の確信には到底賛同できず、こうなってしまえば敗北しかないだろうと、すぐにでも両腕を千切られ重傷を負うであろうと眺めていたが、じきに何かがおかしい事に気付く。
動かない。動かないのだ!
マッスルシャドーがではない。2頭の恐竜が食い付いたまま、動かないのだ。
「おおっと、これはどうした事だっ!? チャンピオンの頬ずりしたくなる様な、太い腕に噛付いたT-Rexが全く動かない!!」
「誰しもが腕を噛み千切られる未来を想像したことでしょう! ですが、現実は小説よりも奇なりとはよくいったものです! 今まさにチャンピオンの力が、現実が、空想を超越していっているのです!!」
「おおっと、ようやく動きがあったね。2頭の頭が持ち上がり始めた! いやっ、これはチャンピオンが腕を持ち上げたんだ!!」
そこからは文字通り一瞬であった。
聖也をもってして、霞んで正確には捉えきれない剛速で腕が振り下ろされ、ティラノサウルスが地面に叩き付けられた!!
それも大地を陥没させる程の、己が目で直に見ているのにさえ信じられぬ怪力をもってだ!
側頭部から地面に衝突した恐竜は、爆ぜたかと思われる程の大量の血と脳漿をまき散らし、一瞬で絶命したのである!!
「終~了~!! 終わってみれば、たったの1撃! チャンピオンの超人的な怪力には、さしもの最強恐竜も太刀打ちできなかったみたいだね!」
「チャンピオンのMPも変化しておりません! 能力無使用のまま、T-Rexを瞬殺したのです! さすがは我らがチャンピオン! 無敵の筋肉の前には、かの名高きティラノサウルスの牙でさえ、太刀打ちできませんでしたっ!!」
力無く横たわる2頭の口から引き抜かれた両腕は、恐竜の大牙に噛付かれた痕跡が何処にも見えない。
理解不能、頭が現実を直視するのを拒否したくなる事態であったが、ただマッスルシャドーの勝利が揺るがないという事だけは、何とか聖也にも飲み込む事ができた。
だが拭い切れぬ恐怖があった。御影の後継者としては恥ずべき事であったが、自分を遥かに超越した男の慮外の力には畏怖の心が目覚めたのだ。
「……化け物……」
「あらっ、情けない。御影の次代がこの程度なら、護国の盾も返上しないといけなくなるわね」
「「「!?」」」
いつの間にかVIPルームには白衣を着た美の化身とでも形容すべき、蒼い眼をした金髪の絶世の美女が立っていたのだった……。
励みになりますので、もしよろしければ感想や評価、お気に入り登録等をして頂ければ幸いです。




