第三章 旧地下鉄、黒い水位
旧地下鉄保守区画の入口は、商店街の裏手にあった。
表から見れば、何の変哲もない業務用の鉄扉である。
雨に濡れた路地の奥。排気口の低いうなり。古いビルの外壁に貼られた剥がれかけの点検予定表。錆びたインターホン。扉の横には、都市交通局の小さなプレートがついている。
**幻都アガルタ都市交通局
旧地下鉄保守課
関係者以外立入禁止**
ただし、その朝、プレートの文字は薄れていた。
都市交通局。
旧地下鉄保守課。
関係者以外立入禁止。
それらは読める。
だが、下の管理責任者名だけが消えている。
**管理責任者 ――**
霧生仁は、そのプレートを見て舌打ちした。
「徹底してやがるな」
黒江透子が、透明な傘を畳みながら言った。
「個人名だけを選択的に削っています。役職名、組織名、機能名は残る」
「嫌な世界の作り方だ」
「はい」
その横で、倉科悠斗が鍵束を取り出していた。
作業服の上に防水ジャケットを羽織り、ヘルメットを小脇に抱えている。顔色はまだ良くない。黒い封筒で名前と痛みを突き返された後、完全に回復したわけではない。
それでも、彼の手つきは確かだった。
古い鍵束の中から、迷わず一本を選ぶ。
鍵を差し込み、少し持ち上げるようにして回す。
がちゃり。
鉄扉の奥で、古い機械が目を覚ますような音がした。
「地下は、鍵の癖まで残るんだよ」
倉科が言った。
霧生が眉を上げる。
「急に職人っぽいこと言うな」
「職人じゃない。整備士」
「似たようなもんだろ」
「違う。職人って言うと、なんか頑固でかっこいいだろ。俺はシフト表に追われる雇われ」
「現実的でよろしい」
倉科は、少しだけ口元を緩めた。
だが、扉を押し開けた瞬間、その笑みは消えた。
下から、冷たい空気が上がってきた。
地下鉄特有の匂い。
鉄錆、古い油、湿ったコンクリート、電気設備の焦げた匂い。
その奥に、別のものが混じっている。
水。
ただの雨水ではない。
重く、暗く、名前を吸うような水の匂い。
レイは、入口の前で足を止めた。
真昼も、同じように息を詰める。
階段の下から、低い水音が聞こえた。
ぽたり、ではない。
ざあ、でもない。
もっと深い。
都市の底で巨大なものがゆっくり回っているような音。
倉科はヘルメットを被り、ライトを点けた。
「ここから先、足元滑る。壁際の黄色い線より内側を歩け。水に触るな。名前が怪しくなったら、すぐ言え」
霧生が言う。
「お前が現場指揮みたいになってるな」
「地下は俺の職場だから」
「じゃあ任せる。ただし無理したら怒る」
「怒る人多すぎだろ、このチーム」
真昼が小さく手を上げる。
「私も怒ります」
「白瀬さんまで」
「倉科さんはすぐ自分を後回しにするので」
「何で分かるんだよ」
「部屋を見ました」
「プライバシー」
「姪御さんのキーホルダー、工具箱につけてる人はだいたいそうです」
倉科は、工具箱を持つ手をわずかに固くした。
そこには、小さな黄色い電車のキーホルダーが揺れている。
ひよりからもらったものだ。
倉科は、苦い顔をして言った。
「……白瀬さん、刑事より見るとこ細かいな」
「記録者なので」
「怖い職業だな」
「よく言われます」
少しだけ空気が緩んだ。
だが、階段の下の水音が、その緩みをすぐに押し流す。
霧生が点呼した。
「霧生仁」
「いる」
「黒江透子」
「います」
「倉科悠斗」
「いる。旧地下鉄保守課。まだ地上側にいる」
その言い方に、真昼が反応した。
まだ地上側にいる。
彼はもう、自分で境界を意識している。
地下へ降りるが、まだ地上側。
名前を持って、生者としてここにいる。
「御影レイ」
「いる」
「白瀬真昼」
「います」
「藍沢」
通信から、藍沢環の声が返る。
『藍沢環。記録保全部側、接続維持しています』
「よし。降りるぞ」
鉄扉の向こうへ、一行は入った。
*
階段は、いつもより長く感じた。
地下へ降りるコンクリートの階段は、壁の蛍光灯が半分以上消えている。生き残った灯りも、青白く揺れていた。手すりには赤茶けた錆が浮き、ところどころに古い点検シールが貼られている。
だが、その点検者名が消えていた。
**点検者 ――**
**承認者 ――**
**作業責任者 ――**
日付は残っている。
チェック項目も残っている。
不具合内容も、交換部品も残っている。
人の名前だけがない。
真昼は、その一枚一枚を見ながら降りた。
全部を書きたい。
全部残したい。
けれど、今書き始めたら、階段から戻れなくなる。
だから、視線だけで記録する。
後で書く。
消えなければ。
自分の名前も、記録する力も、後で残っていれば。
レイが横から言った。
「白瀬真昼」
真昼は、すぐに返す。
「御影レイ」
「今、少し遠かった」
「すみません」
「謝らなくていい」
「でも、助かりました」
「僕も、呼んで戻ってるから」
階段の下で、倉科が振り向く。
「お二人さん、いちゃつくなら地上でやってくれ」
真昼が即座に言う。
「相互呼称です」
「便利な言葉だな」
「命綱です」
「命綱なら仕方ない」
霧生が低く笑った。
「倉科、慣れてきたな」
「慣れたくないけどな」
階段を下りきると、保守区画の通路に出た。
旧地下鉄の裏側。
乗客が通る駅構内ではなく、整備士や保守員が使う通路である。
天井には低い配管が走り、床には黄色い誘導線が描かれている。壁際には工具棚、古い交換部品の箱、非常用ライト、排水ポンプ制御盤。
その奥に、黒い水があった。
通路の先、床の低い部分に溜まっている。
水たまりというには広い。
浸水というには静かすぎる。
光をほとんど反射しない。倉科のヘルメットライトを当てても、黒い布のように沈んだまま、表面だけがわずかに揺れた。
そこから、一段ずつ水位が上がっている。
階段の方へではない。
無名駅方面へ向かう通路から、こちらへ押し寄せている。
倉科がしゃがみ、床の水位計を見た。
透明な筒の中に、黒い水が上がっている。
目盛りには数字だけがある。
だが、隣に貼られていた古い手書きのメモから、担当者名が消えていた。
「昨日の夜より、三センチ上がってる」
倉科が言う。
霧生が聞く。
「三センチって危険なのか」
「普通の水なら、まだ余裕。でもこれは普通じゃない」
「黒いからか」
「黒いだけじゃない」
倉科は、ライトを水面へ向けた。
「水が流れてる方向が逆だ。ここの排水は地上側のポンプへ抜ける。なのに今は、奥から押し返してる」
透子が言った。
「無記層側からの逆流」
「言い方は分からないけど、たぶんそれ」
倉科は、工具箱から白いチョークを取り出し、床の端に水位線を引いた。
**現在水位**
そう書きかけて、手が止まる。
彼は、一瞬だけ自分の手元を見る。
チョークの文字が、少し滲んだ。
**現在――**
倉科は、舌打ちした。
「倉科悠斗」
自分で言った。
声は低い。
「旧地下鉄保守課。まだ地上側にいる」
チョークの文字が安定する。
彼はもう一度書いた。
**現在水位 倉科悠斗確認**
真昼は、その背中を見た。
痛みを覚えながら、名前を使う。
倉科は、名前を呼ばれるだけではなく、自分で名乗っている。
痛いけど俺の名前だ。
あの言葉は、まだ続いている。
藍沢の声が通信から入る。
『倉科悠斗さんの自己呼称により、保守区画記録が一部安定しました。地上側記録との接続を維持しています』
倉科が眉をひそめる。
「俺、今、何かの設備扱いされてる?」
『いいえ。現象上、有効な地上側アンカーとして記録されています』
「それも設備っぽい」
霧生が言う。
「諦めろ。俺たち全員、今は半分くらい備品だ」
「嫌な現場だな」
「だから名前を言うんだよ」
通路の奥に、古い駅名表示板が見えた。
倉科は、そこへ向かう。
真昼とレイも続いた。
表示板は、旧地下鉄の保守用ホームへ出る手前にある。通常なら、作業員用に現在位置と接続路線を示している。
だが、今はおかしい。
路線番号は残っている。
**旧三号線**
**連絡線 7**
**保守通路 B-2**
番号、記号、矢印は残る。
しかし、駅名がない。
**――**
**――**
**――**
まるで、駅が自分の名前を忘れたようだった。
真昼は、息を呑む。
「ここまで」
透子が頷く。
「駅名は、地名と人名の中間です。人の生活と結びつきすぎている」
レイは、表示板を見上げた。
旧地下鉄。
番号だけが残る地下。
名前のない駅。
A-00という番号が、また視界の端に浮く。
ここでは、番号の方が強い。
路線番号は消えない。
保守通路番号も消えない。
駅名だけが消える。
名前は、弱い。
番号は、強い。
それが、地下全体から囁かれているようだった。
真昼が言う。
「御影レイ」
レイは、少し遅れて返した。
「白瀬真昼」
「遅い」
「ごめん」
「遅いと怒ります」
「さっきから怒ってばっかり」
「怒る理由が多いんです」
倉科が、表示板の下にある旧式端末を操作した。
「ここから保守記録が見られる。ネットから切れてる古い端末だから、逆に残ってるものがあるかもしれない」
端末は、緑色の古い画面だった。
倉科がキーを叩く。
指先は慣れている。
古いメニューが表示される。
**保守履歴**
**事故報告**
**閉鎖区画点検**
**未処理記録**
倉科は、事故報告を開いた。
画面が一度、黒くなる。
それから、古い記録が浮かび上がった。
**旧地下鉄閉鎖区画内転落事故**
**発生日:二年前**
**区画:旧三号線 保守通路 C-04付近**
C-04。
レイの呼吸が止まった。
透子の表情も変わる。
真昼は、鞄から非公開記録端末を取り出した。
「古河千景さんの」
「はい」
透子が答える。
「オメガが最初に殺したレイ系同魂者の記録です」
端末画面の文字が揺れた。
**対象者名:古河――**
そこで止まっている。
古河千景。
その名が、完全には表示されない。
倉科が歯を食いしばった。
「またかよ」
彼は端末を叩きそうになって、止めた。
代わりに、自分の胸を押さえる。
「痛いな」
霧生がすぐに聞く。
「どこだ」
「胸。あと、右手。古い作業手袋をしてる感覚がある。俺のじゃない」
レイも同じものを感じていた。
右手。
濡れた作業手袋。
懐中ライト。
ヘルメットの内側にこもる息。
地下水の匂い。
足音。
自分のものではない恐怖。
古河千景。
彼は、ここにいた。
普通に働いていた。
自分を普通だと思おうとしていた。
知らない記憶を病気だと考え、地下の仕事で疲れているだけだと思い込み、メモ帳に何度も自分の名前を書いた。
古河千景。
古河千景。
古河千景。
レイの視界が、保守区画からずれた。
*
水の音。
ヘルメットライトの白い円。
古いコンクリートの壁。
反射ベストの胸元が湿っている。
手袋の中で、指が冷たい。
作業確認票に、名前を書かなければならない。
ペンを持つ。
古河。
そこまで書ける。
千景。
少し遅れて書ける。
書いた文字を見て、安心する。
まだ自分の名前だ。
まだ覚えている。
まだ誰かに取られていない。
背後で、傘が開く音がした。
地下なのに。
雨は降っていないのに。
ばさり。
振り向く。
黒い傘。
顔は見えない。
黒い刃。
光らない。
声が聞こえる。
あなたも、私です。
違う。
そう言いたい。
自分は古河千景だ。
古河千景。
古河千景。
古河千景。
言葉にする前に、刃が入る。
痛みは、肉体の痛みだけではなかった。
名前を書いた紙が、内側から破られる。
自分の人生が、誰かの手で閉じられる。
古河千景。
その名前が、暗い水の中へ落ちていく。
*
「御影レイ!」
真昼の声で、レイは戻った。
膝が少し落ちていた。
倉科が肩を掴んでいる。
霧生が正面にいる。
透子は端末を見ながら、レイの瞳孔と呼吸を確認していた。
「御影、返事」
霧生の声。
レイは、息を吸う。
「御影レイ。いる」
真昼が言う。
「白瀬真昼。います」
倉科も続いた。
「倉科悠斗。旧地下鉄保守課。まだ地上側にいる」
その言葉で、レイの足裏が床へ戻る。
通路の冷たいコンクリート。
黒い水の匂い。
今の自分の身体。
レイは、保守端末を見た。
対象者名は、まだ薄い。
古河――。
真昼が非公開記録を開く。
だが、声には出さない。
彼女は、古河千景の記録を開き、紙のノートへ書いた。
ゆっくり。
濡らさないように。
震えないように。
**古河千景。消さない。**
書いた瞬間、保守端末の対象者名欄が、一瞬だけ濃くなった。
**古河千景**
表示された。
ほんの数秒。
すぐにまた薄れる。
しかし、見えた。
レイも、倉科も、透子も、見た。
霧生が言った。
「記録。今、全員見たな」
「見ました」
透子が答える。
「古河千景の名前、一時表示。市警記録に反映します」
真昼は、ノートを閉じなかった。
その名前がまた薄れないように、ページを開いたままにする。
レイは、端末の薄い文字を見つめた。
古河千景。
自分だったかもしれない少年。
同じアニマを持ち、地下で働き、名前に違和感を覚え、それでも普通に生きようとしていた青年。
オメガが最初に殺した、レイ系同魂者。
レイの胸の奥で、古河千景の恐怖がまだ揺れている。
黒い傘。
黒刃。
自分は古河千景だ、と言おうとした口。
レイは、唇を噛んだ。
「古河千景は、僕じゃない」
誰も、すぐには何も言わなかった。
レイは続ける。
「僕だったかもしれないけど、僕じゃない」
その言葉は、地下の湿った空気に落ちた。
強い宣言ではなかった。
まだ震えている。
それでも、はっきりしていた。
「古河千景は、古河千景です。僕の中に記憶が入ってきても、僕が痛みを感じても、殺されたのは僕じゃない。古河千景です」
真昼が、静かに頷いた。
「はい」
透子も言う。
「その区別を維持してください。ここから先、その線が何度も揺れます」
「分かっています」
倉科が、少し乱暴にレイの肩を叩いた。
「いいじゃん。ちゃんと言えてる」
「痛いです」
「痛くても戻るだろ」
「倉科さん、意外と荒い」
「地下育ちだから」
「地下ってそんな場所なんですか」
「いや、適当に言った」
真昼が、少しだけ笑った。
霧生も短く息を吐く。
だが、すぐに表情を引き締めた。
「倉科、ゲートは?」
「この奥。保守通路C-04を抜けると、旧閉鎖区画。さらに先が無名駅方面」
「C-04って」
真昼が言う。
倉科は頷いた。
「古河千景の事故記録と同じ区画番号。偶然じゃないだろうな」
彼は端末を閉じ、通路の奥へライトを向けた。
黒い水は、すでに足首の高さ近くまで来ている場所がある。
床の黄色い線が、ところどころ水に沈んでいた。
倉科は、工具箱を持ち直す。
「ここから先は、本当に足元気をつけろ。黒い水に靴先つけるな。名前が薄れるだけじゃ済まない気がする」
「気がする、で充分怖いな」
霧生が言う。
「地下は、嫌な予感を信じた方が生き残る」
「今度は本物の地下格言か」
「これは本物」
一行は、保守通路の奥へ進んだ。
壁の表示は、進むほど壊れていく。
駅名はない。
区画名もない。
残るのは番号。
**C-04**
**B-2**
**連絡線 7**
**旧三号線**
番号だけが、暗い壁に浮いている。
真昼は、番号の横にある空白を見ながら歩いた。
ここにはかつて、誰かがいた。
誰かが点検した。
誰かが記録した。
誰かが帰った。
誰かが帰らなかった。
その誰かの名前だけが、今、消えている。
通路の突き当たりに、巨大な防水ゲートがあった。
旧地下鉄の閉鎖区画へ続くゲート。
厚い鋼鉄製で、中央には大きな丸いハンドルがある。周囲には警告灯、古い認証端末、手動開放用の工具差込口。
その上の表示板には、かつて行先が出ていたはずだった。
今は、
**――方面**
とだけ表示されている。
無名駅。
その名すら表示されない。
倉科は、ゲートの前に立った。
ヘルメットライトが黒い水面を照らす。
水は、ゲートの下の隙間からにじみ出ている。
ただ漏れているのではない。
向こう側から、押している。
何かが、開けろと言っているように。
藍沢の通信が入る。
『ゲート向こう、無記層反応が上昇しています。開放すると、旧地下鉄側の記録欠落が一段進む可能性があります』
霧生が聞く。
「閉じたままだと?」
『水位上昇により、別経路へ溢れます。市街側へ戻る可能性が高い』
「開けても閉めても面倒か」
『はい』
「なら、開けて進むしかねえな」
倉科が、工具を差し込んだ。
だが、ハンドルは動かない。
「固い」
「手伝うか」
霧生が近づく。
「いや」
倉科は首を振った。
「これは俺がやる。旧地下鉄保守課の仕事だ」
「お前、本当に無理するなよ」
「してる」
「おい」
「無理してるって言えるうちは、まだ戻れる」
倉科は、ハンドルに両手をかけた。
胸の奥に、また痛みが走る。
倉科悠斗。
その名前が、黒い水に引かれそうになる。
地下が囁く。
番号でいい。
保守員でいい。
旧地下鉄の担当者でいい。
名前などなくても、作業はできる。
水位は測れる。
ゲートは開けられる。
役割だけで充分だ。
倉科は、歯を食いしばった。
「倉科悠斗」
ハンドルに力を込める。
「旧地下鉄保守課」
金属が軋む。
「まだ地上側にいる」
ハンドルが、少し動く。
「倉科悠斗」
さらに回す。
「痛いけど、俺の名前だ」
ゲートの内部で、古いロックが外れる音がした。
がこん。
重い音。
通路全体が震える。
黒い水面に波紋が広がる。
真昼は、ノートを胸に抱いた。
レイは、表示板を見る。
**――方面**
その空白の奥から、巨大な水音が聞こえた。
これまで聞こえていたものとは違う。
近い。
深い。
街の地下すべてが、ひとつの喉になって水を飲み込んでいるような音。
ざあああああ、と。
底のない音。
ゲートが、ゆっくり開き始める。
隙間から、冷たい黒い風が吹いた。
水の匂い。
鉄の匂い。
古い事故記録の匂い。
名前のない駅の匂い。
その奥に、ホームの影が見えた。
照明はない。
だが、闇の中で何かの表示がわずかに光っている。
次発表示。
行先はない。
時刻もない。
ただ、白い文字が一瞬だけ浮かんだ。
**次発:――**
そして、消えた。
霧生がライトを構えた。
「点呼」
誰も文句を言わなかった。
「霧生仁」
「いる」
「黒江透子」
「います」
「倉科悠斗」
「いる。旧地下鉄保守課。まだ地上側にいる」
「御影レイ」
「いる」
「白瀬真昼」
「います」
「藍沢環」
『記録保全部側、接続維持』
霧生は頷いた。
「行くぞ。名前を落とすな」
ゲートの向こうから、巨大な水音がさらに大きくなった。
無名駅方面への道が、開いた。




