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多元人格アルファ―幻都アガルタの自分殺し―  作者: 秋月キアラ
第四巻:御影遥真とR-■■
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第十二章 御影遥真

 次発ホームは、戻る者を簡単には帰さなかった。


 足元の床が波打つ。


 古いホームのタイルが、黒い水面に変わりかけている。靴底が濡れているわけではないのに、一歩踏み出すたび、どこかで水が跳ねる音がした。


 ぽたり。


 ぽたり。


 遠くで、倉科悠斗の声が通信越しに聞こえる。


『退路、まだ生きてる! でも早くしろ、こっちの改札も変な表示出てる!』


 霧生仁が怒鳴る。


「全員、足を止めるな! 表示を見るな、写真を見るな、番号を見るな!」


「見るなと言われると見たくなる人がいます!」


 真昼が必死に言うと、霧生が振り返らずに返す。


「お前だろうが!」


「自覚はあります!」


「なら見るな!」


 そんなやり取りをしている間にも、ホームの空中に浮いていた家族写真が、次々に裏返っていく。


 父の顔だけが黒く抜けた写真。


 母と子だけが残された写真。


 子どもの顔が白く消えた写真。


 保護者欄がR-■■へ置き換わった書類。


 母子手帳。


 出生届。


 入学願書。


 緊急連絡カード。


 それらが水面の上を漂う木の葉のように、真昼たちの周りを回り始める。


 写真の裏には、文字が浮かんでいた。


 父。


 保護者。


 観測者。


 加害者。


 守護者。


 逃亡者。


 記録者。


 呼称保持者。


 A-00安定化因子。


 真昼は、歯を食いしばった。


「因子じゃない」


 誰に言うでもなく、そう呟いた。


 レイは、霧生と真昼に支えられながら歩いていた。


 自分の足で歩いている。


 だが、時折、膝から力が抜けそうになる。


 それは疲労だけではなかった。


 次発ホームそのものが、彼を引き戻そうとしている。


 R-■■。


 父の記録。


 根の保護者記録。


 次発表示が、彼の背後で何度も明滅する。


 **次発:R-■■**


 そのたびに、レイの胸の奥で何かが引かれる。


 父を知らなければならない。


 奥へ行かなければならない。


 戻ってはいけない。


 戻らなければならない。


 矛盾した力が、同時に体を引っ張る。


「御影レイ!」


 真昼が叫ぶ。


「白瀬真昼」


 返事はある。


 すぐ後ろから、藍沢環の声が飛ぶ。


「自己名応答は維持。ですがR系列反応、さらに上昇しています。次発ホームの崩壊ではありません。中心記録が開きかけています」


 透子が端末を見ながら言う。


「中心記録?」


「R-■■の深層側から、こちらを引いています。おそらく、御影遥真氏の残響が反応した」


「今かよ」


 霧生が低く吐き捨てる。


「逃げてる時に、わざわざ真相を開くな」


 次の瞬間、ホーム全体が大きく揺れた。


 前方の退路が、一瞬だけ遠ざかる。


 倉科が確保しているはずの改札が、霧の向こうに沈むように見えた。


 背後では、久我瀬玲央と観測応用部門の職員たちがまだいる。


 彼らも、足元の変化に警戒していた。


 だが、久我瀬だけは違った。


 彼は、次発表示を見上げていた。


 興味深そうに。


 待ち望んでいたものを見るように。


「R-■■中心記録が開く」


 久我瀬が言った。


「これが、御影遥真の残した本当の成果か」


 霧生が振り向く。


「黙ってろ」


「主任刑事。今ここで退けば、二度と同じ条件は揃わないかもしれません」


「知るか」


「都市規模の記憶災害を防ぐ鍵が、そこにある」


「高校生の足元が崩れてる現場で言う台詞じゃねえ」


 霧生がレイの腕を引く。


 だが、その瞬間、レイの胸元にしまった手紙が青白く光った。


 レイが息を呑む。


 父の手紙。


 **レイ。

 お前はアルファではない。

 私の息子だ。**


 紙の文字が、次発ホームの光に反応するように浮かび上がる。


 同時に、ホームに漂う写真の一枚が裂けた。


 紙が破れる音ではない。


 記録が開く音だった。


 視界が白くなる。


 真昼は、地面を踏みしめようとした。


 だが、足元が消えた。


 落ちる。


 そう思った瞬間、彼女はレイの名前を叫んだ。


「御影レイ!」


「白瀬真昼!」


 返事は、白い光の中で聞こえた。


 次に見えたのは、十年前の雨だった。


     *


 旧地下鉄の入口に、雨が降っていた。


 夜。


 街灯が濡れた舗道を照らしている。


 細い雨。


 傘を差しても、肩口が濡れる雨。


 御影遥真は、黒いコートを着て立っていた。


 顔は見えた。


 完全ではない。


 輪郭は少し滲んでいる。


 だが、真昼には分かった。


 御影遥真。


 写真の中で黒くなりかけていた父。


 手紙を書いた人。


 R-■■の奥に沈んだ名前。


 彼は、携帯端末を片手に、旧地下鉄入口へ向かっていた。


 その端末に、短い通知が表示されている。


 **A-00正式収容審査、再開。

 保護者同意不要。

 R系列接続異常により、緊急対象化。**


 遥真の顔が、硬くなる。


 彼は端末を閉じる。


 そして、雨の中を歩き出す。


 場面が揺れる。


 今度は、観測局内の会議室。


 白い壁。


 長い机。


 数人の職員。


 その中に、若い久我瀬玲央らしき男の姿がある。


 今より少し若く、目の冷たさも今ほど完成されていない。


 だが、言葉は同じだった。


「A-00は、このまま家庭内へ置くには危険です」


 若い久我瀬が言う。


「家族呼称による安定化は確認されています。しかし、それは一時的な抑制にすぎない。R系列との接続が強まれば、御影レイという社会的呼称は保持できません」


 遥真が立ち上がる。


「勝手に決めるな」


「御影先生。これは都市防災上の判断です」


「レイは災害物ではない」


「アルファ症例です」


「私の息子だ」


 その言葉が、会議室の空気を一瞬変えた。


 だが、若い久我瀬は引かない。


「その感情が、あなたの研究を歪めています」


「研究など、いくらでも歪めてやる」


 遥真の声は低かった。


「息子を番号で呼ばせるくらいならな」


 場面がまた揺れる。


 旧資料館地下の研究室。


 まだ埃はない。


 机の上には資料が散らばり、壁には新しい地図が貼られている。


 アガルタ地下層。


 零番線。


 R-Root。


 A-00。


 遥真は、端末に向かっていた。


 目は充血している。


 何日も眠っていない顔だった。


 画面には、幼いレイの反応値が表示されている。


 自己名応答。


 母親呼称反応。


 父親呼称反応。


 A-00刺激反応。


 R系列接続反応。


 数値は赤く揺れていた。


 **A-00置換リスク上昇**


 **自己名境界侵食**


 **R系列保護者記録共鳴**


 遥真は、端末を叩くように操作する。


「違う」


 彼は呟く。


「レイはA-00じゃない」


 端末の表示が変わる。


 **R系列遮断案:失敗**

 **母親呼称補強:一時安定**

 **父親呼称補強:不安定**

 **保護者記録側からの逆流あり**


 遥真は、壁の地図を見る。


 そして、机の端に置かれた家族写真を見た。


 佳乃。


 幼いレイ。


 自分。


 その写真の自分の顔の端に、すでに黒い滲みが始まっている。


 彼はそれを見て、すべてを理解したように目を閉じた。


「そうか」


 声は疲れていた。


「私が、近すぎる」


 真昼は、その残響の意味をすぐには理解できなかった。


 だが、藍沢が息を呑む気配がした。


 記録の中にいるはずなのに、藍沢の声が聞こえる。


「御影遥真氏の父性記録が、R系列との接続媒介になっている……」


 透子の声も重なる。


「レイさんへのA-00置換を防ぐには、媒介を切る必要があった」


 残響の遥真は、端末に最後の式を書き込んでいた。


 **H.M. record sink / R-Root temporary barrier**


 日本語のメモ。


 **父親記録をR系列へ沈め、A-00化を遮断する。

 ただし帰還条件未確定。

 佳乃の呼称継続が必須。

 レイへは伝えない。伝えれば自己境界に外傷を残す。**


 真昼の胸が痛くなった。


 伝えなかったことが、すでに傷になっている。


 でも、その時の遥真は、伝えることもまた傷だと思っていた。


 どちらも傷だった。


 どちらを選んでも、レイは傷ついた。


 遥真は、机の引き出しから封筒を取り出した。


 レイへ。


 手紙を入れる。


 手が震えていた。


 彼はしばらく封筒を見つめ、そこへ額を押し当てるようにした。


「すまない」


 その言葉は、誰へ向けたものだったのか分からない。


 レイへ。


 佳乃へ。


 自分へ。


 それとも、名前そのものへ。


 場面が変わる。


 御影家の寝室。


 幼いレイが眠っている。


 佳乃は廊下の向こうにいる。


 遥真は、布団の横へ座る。


 写真で見た姿そのままだった。


 彼は、眠るレイの頬に触れない。


 触れたいのに、触れない。


 代わりに、声で呼ぶ。


「レイ」


 幼いレイは眠っている。


「御影レイ」


 返事はない。


 遥真は、それでも何度も呼んだ。


「レイ。御影レイ。お前は、御影レイだ」


 声が少しずつ崩れていく。


「誰が何と言っても、それだけは忘れるな」


 真昼は、佳乃が撮った写真の意味をようやく知った。


 あれは別れの写真だった。


 佳乃自身は、それを分かっていなかったかもしれない。


 でも、遥真は分かっていた。


 戻れないかもしれないと知っていた。


 そして、それでも行った。


 場面は雨の旧地下鉄へ戻る。


 遥真は地下へ降りていく。


 手には黒いタグのついた鍵。


 H.M. / R-Root Archive。


 彼の背後で、改札の表示が揺れる。


 **保護者名を入力してください**


 遥真は、自分の名前を入力した。


 御影遥真。


 だが、表示は変わる。


 **R-■■**


 遥真は、少し笑った。


 疲れた笑いだった。


「なら、持っていけ」


 彼は言った。


「私の名前で足りるなら」


 改札が開く。


 遥真は、その奥へ歩いた。


 そこには、R系列記録の黒い水面が広がっていた。


 無数の父の声。


 無数の保護者記録。


 守る者。


 捨てる者。


 観測する者。


 殺す者。


 抱きしめる者。


 名を呼ぶ者。


 名を奪う者。


 遥真は、その中心へ向かって歩いた。


 黒い水が膝まで上がる。


 腰まで上がる。


 胸まで上がる。


 彼は、最後に地上の方を見た。


 そこに誰もいない。


 でも、彼には見えていたのかもしれない。


 佳乃。


 幼いレイ。


 食卓。


 朝。


 椅子。


 アルバム。


「佳乃」


 遥真は呟いた。


「呼び続けてくれ」


 そして、黒い水に沈んだ。


     *


 次発ホームへ戻った。


 いや、戻ったというより、記録と現在が重なったまま、全員が立っていた。


 ホームは崩れ続けている。


 だが、その中心に、御影遥真の残響が立っていた。


 顔は完全には見えない。


 黒く滲んでいる。


 それでも、声ははっきりしていた。


「私は正しくなかった」


 その声は、父の声だった。


 研究者の声でもあった。


 疲れた男の声だった。


「だが、レイを番号で呼ばせたくなかった」


 レイは、動けなかった。


 その言葉を聞きたかったのかもしれない。


 でも、聞いたからといって救われるわけではなかった。


 番号で呼ばせたくなかった。


 だから、自分の名前を沈めた。


 だから、帰らなかった。


 だから、佳乃は十年待った。


 だから、レイは父の記録を知らずに育った。


 だから、今もR-■■が動いている。


 その全部が、一つの言葉で許されるはずがない。


 レイは、声を絞り出した。


「なら」


 喉が痛い。


 胸が痛い。


 怒りが、悲しみが、混ざって形にならない。


「なら、帰ってこいよ」


 次発ホームの家族写真が一斉に揺れた。


「番号で呼ばせたくなかったなら、帰ってきて自分で呼べよ」


 レイの声が震える。


「母さんに全部背負わせるなよ。僕に何も言わないで消えるなよ。守ったつもりで、十年も置いていくなよ」


 真昼は、唇を噛んだ。


 レイは泣いていない。


 でも、その声は泣いていた。


「帰ってこいよ、父さん」


 遥真の残響は、しばらく黙っていた。


 黒い顔が、少しだけ揺れる。


 そして、静かに答えた。


「帰り方を、忘れた」


 その言葉は、あまりに弱かった。


 真昼は、胸が詰まった。


 これは、劇的な父の告白ではなかった。


 万能の解決でもない。


 R-■■へ沈んだ人間の、壊れかけた答えだった。


 帰り方を、忘れた。


 名前を沈め、記録を沈め、父としての自分をR系列へ差し出した結果、遥真は自分がどこへ戻ればいいのか分からなくなった。


 御影遥真。


 父。


 研究者。


 外部協力者。


 R-Root Archive。


 保護者呼称保持者。


 R-■■。


 それらが絡み合いすぎて、帰るための道が消えてしまった。


 レイは、奥歯を噛んだ。


「忘れるなよ」


 遥真は答えない。


「父さんが忘れたら、僕はどうすればいいんだよ」


 佳乃の声が通信越しに入った。


 ノイズが多い。


 それでも、聞こえる。


『レイ』


 レイは返事をしなかった。


 ただ、遥真の残響を見つめている。


 佳乃の声は続く。


『レイ、聞こえてる?』


 真昼がレイの腕に触れる。


 今度は、触れても崩れない。


「御影レイ」


 レイは、やっと息を吸った。


「白瀬真昼」


 藍沢が端末を確認する。


「R-■■中心記録、安定値低下。長く保ちません」


 透子が言う。


「遥真さんの残響をこれ以上引き出すと、誤結合が進む可能性があります」


「つまり?」


 霧生が聞く。


「今、救出はできません」


 霧生は、苦い顔をした。


「できないことばかりだな」


「はい」


 藍沢が静かに言った。


「ですが、御影遥真氏の意志は確認されました。A-00化を防ぐため、自身の名前と研究記録をR系列へ沈めた。これは、R-■■の再解釈に必要な記録です」


「再解釈?」


 真昼が聞く。


 藍沢は、レイを見た。


「御影遥真氏は、R-■■そのものではありません。ただし、R-■■の中に沈んだ名前です」


 真昼は、その言葉を胸の中で繰り返した。


 R-■■そのものではない。


 R-■■の中に沈んだ名前。


 御影遥真。


 それが、この章でようやく掴めた真実だった。


 遥真の残響が、また揺れる。


「レイ」


 声が遠くなる。


「戻れ」


 レイが歯を食いしばる。


「またそれかよ」


「戻れ」


「父さんは?」


「まだ」


 遥真の声は、黒い水に引かれていく。


「まだ、呼ぶな」


 真昼の背筋が冷えた。


 その言葉は、どこかで聞いたものと重なった。


 まだ呼ばないで。


 名前を呼ぶことで壊れる人たち。


 今、遥真もその側にいる。


 レイは叫びそうになった。


 だが、佳乃の声が届いた。


『レイ、帰ってきなさい』


 レイの表情が歪む。


『今は、帰ってきなさい』


 佳乃は泣いているのかもしれない。


 声が震えている。


 でも、揺らいでいない。


『お父さんを置いていくんじゃない。あなたが戻らないと、探しに行けない』


 レイは目を見開いた。


 置いていくのではない。


 戻る。


 探すために戻る。


 それは、レイが必要としていた言葉だった。


 遥真の残響も、同じように言った。


「戻れ」


 レイは、震える息を吐いた。


「……分かった」


 遥真の顔は、さらに黒く滲む。


 それでも、声は最後にもう一度届いた。


「お前は、私の記録じゃない」


 レイは、涙をこぼさなかった。


 ただ、目を閉じて答えた。


「僕は、御影レイ」


 真昼が続ける。


「白瀬真昼」


 佳乃が通信越しに呼ぶ。


『レイ』


「いる」


 次発ホームの崩壊が、さらに進む。


 久我瀬たちの姿が、白いノイズの向こうで揺れている。


 彼らもこの中心記録を見たのか、見ていないのかは分からない。


 ただ、久我瀬の顔には、焦りではなく、強い関心が浮かんでいた。


「御影遥真は、遮断材として自分を使ったのか」


 彼は呟く。


「やはり、R-■■は制御に使える」


 霧生が怒鳴った。


「まだ言うか!」


 だが、久我瀬の声は崩れない。


「A-00を確保すれば、同じ遮断を再現できる可能性がある」


「黙れ!」


 真昼は、怒りで視界が熱くなった。


 遥真が正しかったわけではない。


 彼の選択は、レイと佳乃を傷つけた。


 R系列を不安定化し、後のK-117やC-04、O-00の記録にも影を落とした。


 その可能性を、今見た。


 それでも、遥真は息子を番号で呼ばせたくなかった。


 その意志まで、利用派は材料にしようとしている。


 真昼はノートを開いた。


 崩れるホームの中で、膝をつきながら書く。


 **御影遥真は、正しくなかった。

 だが、レイを番号で呼ばせたくなかった。

 自分の名前と研究記録をR系列へ沈め、A-00化を遮断した。

 結果、帰れなくなった。

 R系列は不安定化し、後の記録にも影響を残した。

 守った。

 傷つけた。

 どちらも消さない。**


 ペン先が紙を強く削る。


 藍沢がそれを見た。


「白瀬さん、その記録は」


「非公開です」


 真昼は言った。


「でも、消しません」


 藍沢は、何かを言いかけて、やめた。


 代わりに頷いた。


「必要な記録です」


 霧生が叫ぶ。


「全員、撤退! これ以上ここにいたら足元がなくなる!」


 倉科の声が通信に入る。


『こっちの改札、半分閉じかけてる! 急げ!』


 レイは、最後に一度だけ振り返った。


 遥真の残響は、黒い水の向こうに沈みかけている。


 顔は見えない。


 手も見えない。


 ただ、声だけが残っている。


「レイ」


 レイは答えた。


「父さん」


 遥真は何も返さない。


 レイは続けた。


「まだ、許さない」


 真昼は息を止めた。


「でも、忘れない」


 黒い水面が揺れた。


 それが返事だったのかどうかは分からない。


 レイは前を向いた。


 佳乃の声が導く。


『レイ、帰ってきなさい』


「帰る」


 真昼が隣に並ぶ。


 透子が退路を指示する。


 藍沢がR系列反応を監視する。


 霧生が最後尾で久我瀬たちを牽制する。


 次発ホームは崩れ続けている。


 R-■■の中心記録は閉じていく。


 御影遥真は、まだ沈んでいる。


 救えなかった。


 でも、少しだけ分かった。


 父は、レイを観測対象としてだけ見ていたわけではない。


 息子として守ろうとした。


 そして、その守り方は間違っていた。


 その二つが、同時に真実だった。


 ホームの出口が近づく。


 黒い水が足元を追ってくる。


 レイは、母の声に返事をしながら走った。


「いる」


 もう一度。


「いる」


 名前を持ったまま、彼は帰る。


 父を許すためではない。


 父を救うためでも、まだない。


 まずは、自分が戻るために。


 御影レイとして、地上へ戻るために。

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