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多元人格アルファ―幻都アガルタの自分殺し―  作者: 秋月キアラ
第一巻:エミー・グレイス・ハーパー
3/10

第二章 特異殺人対策室

 クラブ《ミラー・ルージュ》の赤いネオンは、朝になるとひどく安っぽく見えた。


 夜の雨に濡れていた時は、まだ華やかさの残骸があった。水たまりに反転した店名は、壊れた宝石のようにも見えた。赤い光が路地の壁を染め、古い鏡のような窓ガラスを照らし、通り過ぎる客の顔に一瞬だけ別人の影を被せていた。


 だが、午前十時を過ぎた歓楽街に、そうした魔法はもうなかった。


 ネオン看板は消え、店の壁には雨染みが浮き、剥がれかけたポスターの端が風に鳴っている。隣のビルの室外機からは濁った水が滴り、古い排水溝は夜の名残をまだ吐ききれずにいた。


 路地には黄色い規制線が張られていた。


 その向こうで、鑑識の白い手袋が動いている。


 ブルーシートはすでに撤去されていた。遺体もない。だが、そこに人が倒れていたことだけは、路地の空気に残っていた。


 血は洗い流されていない。


 雨で薄まった痕跡が、石畳の隙間に黒ずんで残っている。赤ではなく、黒に近い。水と泥と油と混じった、人間の体内から出たものの色だった。


 黒江透子は、透明な傘を畳んだ。


 雨はもう止んでいたが、建物の庇からはまだ水滴が落ちている。彼女の黒いロングコートの肩に、細い水が一筋だけ走った。


「朝の歓楽街ってのは、何度見ても救いがないな」


 隣で霧生仁がぼやいた。


 特異殺人対策室の主任刑事。くたびれたスーツに古いコート、顎には剃り残しのような無精髭がある。煙草はやめたと言っているが、ポケットからはいつも禁煙用の飴の袋が覗いていた。


「夜には救いがあるような言い方ですね」


 透子は言った。


「酒がある」


「救いではなく麻酔です」


「似たようなもんだ」


 霧生は肩をすくめ、規制線をくぐった。


 透子も続く。


 路地は狭い。


 人ひとりが傘を差して歩くには十分だが、二人がすれ違うには肩を引かなければならない。左手には店の裏口。右手には空き瓶のケースと古い室外機。奥へ進むと、わずかに右へ曲がり、大通りへ出る。


 被害者は、その曲がり角の手前で倒れていた。


 逃げれば、大通りまで十数メートル。


 助けを呼べば、誰かに声が届いたかもしれない。


 けれど、声は届かなかった。


 あるいは、届いたとしても間に合わなかった。


「黒江さん」


 若い女性刑事が声をかけた。


 綾瀬直央。配属されてまだ半年ほどの刑事で、特殺室の中ではもっとも常識的な反応を残している。短めの黒髪をきちんと整え、雨上がりの路地でもスーツに皺を作らないよう立っていた。


 ただし、その顔色はあまりよくない。


「現場確認、ひと通り終わっています。鑑識の牧野さんが、遺留品を確認中です」


「遺体は?」


「灰原先生のほうへ。司法解剖は午後からになるそうです。ただ、現場での初見では……」


 綾瀬は言葉を選ぶように一度止まった。


「刃物による刺創、または切創と思われる傷が複数。ただし、出血量と傷の見た目が合わない、と」


「合わない?」


 霧生が眉を上げた。


「はい。出血は致命的に見える。でも傷口そのものに、普通の刃物で切った時の抵抗痕が少ないそうです」


「つまり?」


「私には、まだ分かりません」


 綾瀬は正直に答えた。


 透子は、現場中央に視線を落とした。


 血痕。


 水たまり。


 擦れた靴跡。


 倒れた時に片手をついたような跡。


 そして、その近くに置かれた小さな証拠番号札。


「遺留品は」


「バッグ、壊れた折りたたみ傘、赤いヒール片方、星形のピアス片方、スマートフォン。財布とパスポートもバッグ内にありました。現金も残っています。物取りではなさそうです」


「星形のピアス」


 透子は繰り返した。


「はい。片方だけです。もう片方は被害者の右耳についていました」


「逆です」


 低い声が、足元のほうからした。


 しゃがみ込んでいた牧野佐和が顔を上げた。鑑識官。髪を後ろでまとめ、白い手袋の上にさらに薄い保護フィルムをつけている。表情は穏やかだが、視線は物証だけに向けられる種類の鋭さを持っていた。


「右耳についていたのが片方。現場に落ちていたのは左耳用。留め具が壊れています。事件時に外れた可能性もありますが、破損具合から見ると、以前から壊れかけていたようです」


「よく分かるな」


 霧生が言うと、牧野は淡々と返した。


「壊れたばかりの金具は、もう少し断面がきれいです。これは古い。何度か応急処置されてます」


「そんなことまで分かるのか」


「分かることしか言ってません」


 牧野はピンセットで小さな透明袋を持ち上げた。


 その中に、星形のピアスが入っている。


 安物だった。


 高価な宝石ではない。薄い金色の金属に、小さな人工石が嵌め込まれている。けれど雨に濡れたあとも、その星は微かに光を返していた。


 透子は袋越しにそれを見つめた。


 被害者が最後に持っていた星。


「彼女のものですね」


「おそらく。控え室に同じデザインの小物入れがありました。衣装係の証言でも、エミーさんが長く使っていたピアスだと」


 エミーさん。


 牧野の口調には、特別な感情はなかった。


 だが、名前で呼んだ。


 透子はそこだけを記憶した。


「現場写真、見せて」


 牧野がタブレットを差し出す。


 そこには、到着時の路地が映っていた。


 倒れた女性。


 濡れた金髪。


 赤いヒール。


 黒い水たまり。


 青白い現場灯に照らされた肌。


 顔は加工で伏せられている。だが、生きていた時に笑うのが上手い人間だったことは、なぜか分かった。口元の筋肉のつき方か、舞台化粧の残りか、姿勢の名残か。透子には断定できない。


 ただ、倒れてなお、彼女の身体には舞台を知る人間の線が残っていた。


「エミー・グレイス・ハーパー」


 透子は名前を口にした。


 誰かに聞かせるためではなく、自分の中の記録に入れるためだった。


「二十六歳。アメリカ国籍。クラブ《ミラー・ルージュ》所属のショーダンサー。間違いありませんね」


「現時点では」


 綾瀬が答えた。


「在留カード、パスポート、店の関係者の証言が一致しています。身元確認は進行中ですが、ほぼ確定かと」


「ほぼ、ではなく、確定したらすぐ報告を」


「はい」


 霧生が路地の奥を見た。


「犯人は?」


 綾瀬の顔が曇る。


「目撃証言では、黒い傘の人物がいたと」


「人相は」


「それが……全員、曖昧です」


「酔客ばかりか?」


「酔っていた人もいます。ただ、店の裏口に近い防犯カメラにも映っていました」


「映ってたなら話は早い」


 霧生はそう言ったが、綾瀬の表情は晴れなかった。


「御堂さんが確認しています」


     *


 クラブ《ミラー・ルージュ》の店内は、すでに営業停止状態になっていた。


 赤い照明は落とされ、客席の椅子はそのまま。テーブルの上には片づけられたグラスの跡が丸く残っている。ステージには黒いカーテンが半分だけ閉じていて、そこから舞台の床が覗いていた。


 夜のあいだ、そこに音楽があったとは思えないほど、店内は静かだった。


 その静けさの中で、情報分析官の御堂圭吾がノートパソコンを前にしていた。


 眼鏡をかけた細身の男で、スーツの上から灰色のパーカーを羽織っている。警察官というより、徹夜明けの技術者に見えた。手元には監視カメラの映像データ、店のネットワーク機器、外部ストレージ、いくつものケーブルが並んでいる。


「御堂」


 霧生が声をかける。


「見られるか」


「見られます。ただし、気分は悪くなります」


「死体映像か?」


「いえ。映像そのものがです」


 御堂はキーボードを叩き、画面をこちらへ向けた。


 映像は白黒に近かった。


 店の裏口へ続く通路。時刻は午前一時四十二分。画面の左端に、バッグを持った女性が映る。


 エミーだ。


 私服の上に大きめのコートを羽織り、片手には壊れかけた折りたたみ傘。舞台の華やかさはない。けれど、歩き方には癖があった。右膝を少し庇っている。


 彼女は裏口を出る。


 映像が切り替わる。


 外の路地を映した防犯カメラ。


 雨で画面が滲んでいる。


 エミーが歩く。


 数秒後、画面奥に黒い傘が現れる。


 透子は息を止めた。


 黒い傘の人物は、最初からそこにいたように立っていた。


 傘。

 黒いコートらしき輪郭。

 細い身体。

 年齢、性別、背格好は判断しにくい。


「停止して」


 御堂が映像を止める。


 霧生が画面に顔を近づけた。


「顔は?」


「ここです」


 御堂が拡大する。


 傘の下。


 顔があるはずの場所。


 そこだけ、映像が潰れていた。


 ブロックノイズではない。


 雨粒やピントずれでもない。


 周囲の壁、傘、路地、エミーの輪郭は見えている。なのに、顔の部分だけが黒い霧のように崩れていた。映像処理でモザイクをかけたようにも見えるが、境界が自然ではない。ノイズが顔の形に沿っているのではなく、顔という情報そのものを嫌っているようだった。


「改ざんか」


 霧生が聞く。


「その可能性を疑って、元データ、バックアップ、店内サーバー、クラウド保存分、近隣店舗のカメラ、道路管理カメラ、全部確認中です。今のところ、この人物の顔だけ同じように潰れています」


「誰かが一括で消した?」


「できなくはないですが、妙です。映像データの改ざん痕が残っていません。圧縮ノイズでも説明がつかない。むしろ、カメラが最初からその顔を記録できなかったように見えます」


 綾瀬が小さく息を呑んだ。


「そんなこと、あるんですか」


 御堂は即答しなかった。


 代わりに、眼鏡を押し上げる。


「普通は、ありません」


「普通じゃない場合は?」


 霧生が聞く。


「うちの部署に回ってきた時点で、普通じゃないです」


「正論だな」


 霧生は飴を口に放り込んだ。


 透子は映像を見続けていた。


 黒い傘の人物が、エミーに近づく。


 エミーが後ずさる。


 音声はない。


 だが、口の動きはわずかに見える。


 エミーが何かを言っている。


 その直後、黒い傘の人物の右手が動いた。


 映像が乱れる。


 一瞬、画面全体が暗くなる。


 次の瞬間、エミーが倒れている。


 黒い傘の人物は、彼女を見下ろしている。


 それから、路地の奥へ消える。


「犯行の瞬間が抜けている」


 透子は言った。


「抜けているというより、映っているのに見えない、と言ったほうが近いです」


 御堂が別の映像を開く。


 近隣店舗のカメラだった。


 違う角度から、黒い傘の人物が映っている。


 やはり、顔だけが潰れている。


 別のカメラ。


 さらに別のカメラ。


 道路管理カメラ。


 タクシーのドライブレコーダー。


 どれも同じだった。


 黒い傘。

 黒い輪郭。

 顔だけが、ない。


「目撃者の証言も同じです」


 綾瀬が言った。


「傘は黒。服も黒っぽい。声を聞いた者はいません。身長や性別については証言が割れています。背の高い男だったと言う人もいれば、細い女だったと言う人もいます。若かったと言う人も、年齢が分からなかったと言う人も」


「顔を見た者は?」


「一人だけ、『見た気がする』と。でも思い出そうとすると、頭痛がすると言っています」


 霧生が透子を見る。


「黒江。どう見る」


 透子は、すぐには答えなかった。


 画面の中の黒い傘を見ていた。


 記録できない顔。


 思い出せない人相。


 刃物らしき傷なのに、凶器の痕跡が曖昧。


 被害者のスマートフォンに残された奇妙なメモ。


 これらを、通常の殺人事件として処理することはできる。


 映像は改ざん。

 目撃証言は雨と混乱。

 傷口は特殊な刃物。

 メモは被害者の精神状態。


 いくつもの説明を重ねれば、現実の枠には押し込められる。


 だが、押し込めるほど、枠のほうが歪む。


「普通の殺人ではありません」


 透子は言った。


 綾瀬が喉を鳴らした。


 霧生は、予想していたように眉を動かしただけだった。


「出たな、特殺室向けのやつ」


「現時点では断定しません。ただ、映像欠損の種類が気になります」


「境界案件か」


「それも断定しません」


「断定しないが、否定もしない」


「いつものことです」


 霧生は短く笑った。


「じゃあ、いつも通りにやるか。死人がいる。現場がある。犯人がいる。幽霊だろうが境界だろうが、報告書には名前がいる」


「ええ」


 透子は頷いた。


「まずは、被害者の生活を洗ってください。店、関係者、交友関係、金銭、逃亡準備の有無。怨恨か、偶発か、計画か。通常捜査で拾えるものを全部拾います」


「それで黒い傘が幽霊だったら?」


「幽霊にも、現れる場所と理由があります」


「刑事みたいなこと言うな」


「ここでは刑事です」


「嘘つけ。半分は医者で、半分は観測局の亡霊だろ」


 その言葉に、綾瀬がわずかに反応した。


 透子は表情を変えなかった。


「亡霊なら、もう少し睡眠を必要としない身体がよかったですね」


 霧生は肩をすくめた。


 御堂が別の画面を開く。


「黒江さん。被害者のスマホですが、削除済みメモを復元しました」


「内容は」


「英語です。短いメモがいくつか。ダンスの振付、店を出る準備、連絡先、劇場名。それと、これ」


 画面に文字が表示される。


 Rain boy again.


 透子は、その文字を見た。


 雨の少年。


 単なる夢のメモかもしれない。


 詩的な表現かもしれない。


 被害者の知人かもしれない。


 だが、その三語は、路地に残った血痕よりも奇妙に感じられた。


「作成日時は」


「事件の三日前、午前三時十八分。上書き削除されていますが、完全には消えていませんでした。その前にも似た記述があります。Rain boy. Japanese school. Window. Mother’s voice. 断片的です」


「日本の学校。窓。母の声」


 透子は小さく繰り返した。


「被害者の交友関係に、少年は?」


 綾瀬が資料を見る。


「現時点では不明です。店関係者からは、日本人の未成年と親しくしていた証言はありません」


「では、このメモは後回しにしないでください」


「重要ですか」


「重要かどうかを決めるには、捨てないことです」


 透子は画面から目を離した。


「御堂さん。アガルタ市内で、今回の事件について異常に早い投稿、削除された投稿、目撃情報、被害者名に紐づく検索、黒い傘に関する書き込みを拾ってください」


「もう始めています」


「早いですね」


「褒められるより先に嫌なものを見つけました」


 御堂は別のウィンドウを開いた。


 そこには、個人運営の取材サイトの管理画面らしき断片が表示されていた。


 《アガルタ観測録》。


 透子はその名前を見たことがあった。


 都市伝説、旧地下鉄、失踪事件、学校の怪談、行政発表に載らない小さな事故。それらを、妙に熱心に追っている学生のサイト。


 管理人は、白瀬真昼。


 アガルタ学院高等部二年。


 地方紙記者・白瀬航平の娘。


「不正アクセスですか」


 透子が言うと、御堂は心外そうに顔を上げた。


「違います。数分だけ公開状態になった下書きのキャッシュです。本人がすぐ非公開に戻していますが、検索クローラーに拾われていました」


「内容は」


「まだ断片ですが、昼休みの学校内での会話メモと思われます」


 御堂は画面を拡大した。


 そこには、箇条書きの文章が残っている。


 ――夜見坂事件。

 ――被害者名:エミー・グレイス・ハーパー。

 ――黒い傘。

 ――御影レイ、ニュースを見て「僕がひとり死んだ」と発言。

 ――意味不明。要確認。

 ――本人は関わるなと警告。

 ――「何を知っている?」→回答なし。


 霧生が口の中の飴を噛み砕いた。


「御影レイ?」


 綾瀬が資料端末を操作する。


「アガルタ学院高等部二年。十七歳。母親は御影佳乃、アガルタ市立中央図書館郷土資料室勤務。父親は……十年前に行方不明扱い。御影遥真」


 透子の指が、ほんのわずかに止まった。


 御影。


 遥真。


 その名前は、古い資料の中にあった。


 境界観測局にいた頃、何度か見た名前だった。


 アガルタ地下史。

 名前欠落現象。

 境界記録の欠損。

 そして、幼少期検査記録の欄にあった別の名前。


 御影レイ。


 透子は表情を変えないようにした。


 霧生は見逃さなかった。


「知ってる顔だな」


「知っている名前です」


「どっちの」


「両方」


 空気が少し重くなった。


 綾瀬が不安そうに二人を見る。


「御影レイは事件関係者なんですか」


「現時点では不明です」


 透子は答えた。


「ただ、被害者の死亡が報じられた直後に異常な発言をしている。被害者との接点がないか確認する必要があります」


「高校生ですよ」


「高校生でも、知り得ないことを知っていれば聴取対象です」


「容疑者として?」


 綾瀬の声には戸惑いがあった。


 透子は、彼女を見た。


「証言者として。容疑者として。観測対象として」


 綾瀬は黙った。


 その三つを並べることの重さを、まだ完全には理解できていない顔だった。


 霧生が言った。


「任意で呼ぶか」


「ええ。学校と保護者に連絡を。未成年です。手順は踏みます」


「白瀬真昼は?」


「彼女にも話を聞きます。ただ、先に御影レイです」


「理由は」


 透子は、画面に残るメモを見た。


 僕がひとり死んだ。


 その言葉。


 それは、ただの不謹慎な冗談にしては、嫌に正確だった。


「彼の言葉は、被害者ではなく、自分の死について述べています」


 透子は静かに言った。


「そしてこの事件は、犯人の顔だけが記録されていない」


 御堂が画面を閉じた。


 店内の古い鏡に、透子たちの姿が映っていた。


 黒いコートの女。

 くたびれた刑事。

 若い刑事。

 鑑識官。

 情報分析官。


 その奥に、赤いステージがある。


 誰も踊っていない舞台。


 透子は、そこに一瞬だけ金髪の女性が立っているような錯覚を覚えた。


 もちろん、錯覚だ。


 錯覚として処理できるものは、錯覚として処理する。


 けれど、捨てない。


 それが、この街で生き残るための最低限の手順だった。


     *


 アガルタ市警察局の特異殺人対策室は、庁舎の三階の奥にあった。


 刑事部の他部署から少し離れた、古い会議室を改装したような場所だ。廊下の蛍光灯は一本だけ点滅していて、壁には過去の事件の資料箱が積まれている。入口のプレートには、正式名称ではなく小さく「特殺室」とだけ貼られていた。


 署内では厄介者部署と呼ばれている。


 猟奇事件、宗教絡み、記憶障害、説明のつかない映像欠損、証言の矛盾、境界観測局から回ってきた面倒な案件。


 普通の部署で扱いたくないものが、ここへ来る。


 その代わり、ここにいる人間は、普通の部署では拾い上げられないものを捨てない。


 夕方、御影レイはそこへ来た。


 制服姿だった。


 黒に近い紺のブレザー。白シャツ。銀灰色のネクタイ。細身で、色素の薄い少年。表情は少ない。怯えているようには見えない。


 だが、怯えていないわけではない。


 透子は、取調室ではなく、小さな面談室を使うことにした。


 白い壁。

 長机。

 椅子が四つ。

 録音機。

 監視ではなく記録用のカメラ。


 窓はない。


 未成年の任意聴取として、学院側の教員が同席する案もあったが、レイ本人が「話すなら一人で」と言った。保護者への連絡は済んでいる。母親は仕事を早退して向かっている途中だったが、レイは先に始めて構わないと淡々と言った。


 普通なら止めるべきかもしれない。


 だが、時間を置けば置くほど、この少年は自分の中の情報を閉じる。


 透子はそう判断した。


 霧生は壁際に立ち、綾瀬は記録補助として隅の席に座った。


 レイは透子の向かいに座った。


 姿勢は悪くない。


 視線も逃げない。


 ただ、部屋に入ってから一度だけ、自分の右手を見た。


 透子はそれを記録した。


「御影レイさん」


 透子は録音機のスイッチを入れた。


「私は黒江透子。アガルタ市警・特異殺人対策室の犯罪心理分析官です。これは任意の聴取です。あなたは答えたくない質問には答えなくて構いません。途中で保護者を待ちたいと言っても構いません。理解していますか」


「はい」


 声は静かだった。


「今日、あなたを呼んだ理由は分かりますか」


「エミー・グレイス・ハーパーの事件ですか」


 綾瀬のペンが止まった。


 透子は、レイを見た。


「彼女の名前を知っていますね」


「ニュースで見ました」


「どのニュースで?」


「昼休み、教室で」


「それ以前には?」


「知りません」


 即答だった。


 嘘をつく者は、必ずしも迷わない。


 真実を言う者も、必ずしも自然ではない。


 透子は声の速度、目の動き、指先の緊張を見る。


 この少年は、被害者名を口にした時、わずかに喉を動かした。


 罪悪感。


 嫌悪。


 恐怖。


 あるいは、痛みの記憶。


「御影レイ。あなたはエミー・グレイス・ハーパーを知っていますか」


「知りません」


「会ったことは」


「ありません」


「クラブ《ミラー・ルージュ》へ行ったことは」


「ありません」


「夜見坂歓楽街へは」


「通ったことはあります。でも、あの店には行っていません」


「彼女の関係者に知人は」


「いません」


「では」


 透子は、机の上に一枚の紙を置いた。


 《アガルタ観測録》のキャッシュから印刷した下書き断片。


 レイは視線だけをそこへ落とした。


 真昼の名前は伏せてある。


 ただし、発言は残している。


 ――御影レイ、ニュースを見て「僕がひとり死んだ」と発言。


「なぜ、彼女の死を自分の死として表現したのですか」


 レイは黙った。


 霧生が壁際で腕を組む。


 綾瀬はペンを持ち直した。


 沈黙が十秒続いた。


 透子は急かさなかった。


 沈黙を急かすと、人は用意した嘘を言う。


 急かさなければ、時々、用意していない真実が出る。


「言葉の選び方を間違えました」


 レイは言った。


「どういう意味ですか」


「不謹慎なことを言った自覚はあります。謝罪します」


「謝罪は求めていません」


「では、何を?」


「説明です」


 レイは透子を見た。


 その瞳は、十七歳の少年のものにしては静かすぎた。


「説明しても、信じないでしょう」


「信じることと、記録することは別です」


 透子は言った。


「私は記録します。証拠として扱うかは別です」


 レイの表情が、ほんの少しだけ動いた。


 それは驚きではない。


 警戒が形を変えたような動きだった。


「妄想だとは言わないんですか」


「必要があれば言います」


「今は?」


「まだ情報が足りません」


「便利ですね」


「ええ。断定を急がないことは、便利です」


 霧生が少しだけ笑った。


 レイは笑わなかった。


 透子は続ける。


「あなたは、エミー・グレイス・ハーパーの最後の言葉を知っていますか」


 レイの指が、机の下でわずかに動いた。


「報道されていません」


「聞いていません。知っていますか、と聞いています」


「……最後の言葉があったかどうかも分からないでしょう」


「現場の音声は取れていません。目撃証言もありません。だから、あなたが知っているなら、それは重要です」


「なぜ僕が知っていると思うんですか」


「あなたが、自分の死として語ったからです」


 透子は机の上に手を置いた。


「それと、もう一つ。被害者のスマートフォンに、削除されたメモが残っていました」


 レイは目を伏せた。


「“Rain boy again.”」


 その瞬間、レイの呼吸が乱れた。


 ほんの一拍。


 見逃すには短く、記録するには十分な乱れだった。


 綾瀬も気づいたらしく、ペン先が紙の上で止まった。


「雨の少年」


 透子は訳した。


「あなたは、この言葉に心当たりがありますか」


「ありません」


「今、反応しました」


「英語が聞こえたから」


「英語は苦手ですか」


「得意です」


「では、なぜ?」


 レイは黙った。


 透子は待った。


 壁の時計の秒針だけが音を立てる。


 それから、レイがゆっくり息を吐いた。


「見ました」


「何を」


「彼女が死ぬところを」


 綾瀬が息を呑んだ。


 霧生の顔から軽さが消える。


 透子は声の温度を変えなかった。


「どこで見ましたか」


「夢の中で」


「事件のあと?」


「たぶん、同時です」


「同時」


「僕は寝ていました。でも、彼女の視点がありました」


「彼女の視点」


「雨の路地。赤いネオン。壊れた傘。黒い傘の人物。黒いナイフ」


 霧生が一歩動いた。


 その言葉のいくつかは、まだ報道されていない。


 壊れた傘。

 黒いナイフ。

 赤いネオンの映り方。


 透子は手で制した。


 レイから目を離さない。


「続けて」


「彼女は逃げようとしていました。店を出るつもりだった。バッグにはパスポートと現金と、古いノートがあった。星形のピアスの片方は壊れていました。右膝が痛かった。赤いヒールが濡れて重くなっていた」


 綾瀬の顔が青くなっていく。


 それらも、捜査資料にある。


 報道には出していない。


「最後に、何と言いましたか」


 透子は聞いた。


 レイの目が、机の木目から離れなかった。


「私はエミーよ」


 声は小さかった。


 だが、はっきりしていた。


「もう一度」


「エミー・グレイス・ハーパー」


 その名前を口にする時、レイの顔が少し歪んだ。


 傷が痛んだような顔だった。


「誰に言いましたか」


「黒い傘の人物に」


「その人物は何と言ったのですか」


 レイは目を閉じた。


 透子は、彼の瞼の動きを見た。


 記憶を探している。


 作り話を構成しているのではない。


 少なくとも、彼自身はそう信じている。


「私はお前だ」


 レイは言った。


 部屋の空気が冷えた。


 その言葉だけが、どこか別の場所から入ってきたようだった。


 霧生が低く呟く。


「犯人が?」


「はい」


「意味は」


「分かりません」


 レイはそう答えた。


 嘘ではない。


 ただし、全部ではない。


 透子は続ける。


「あなたは、被害者の視点で見たと言いましたね」


「はい」


「では、犯人の視点は?」


 レイの顔が、初めて明確に強張った。


 綾瀬が透子を見る。


 なぜそれを聞くのか、分からないという顔だった。


 透子は、レイから目を離さない。


「ありますね」


 沈黙。


「御影レイ。あなたには、加害者の記憶もある」


 レイは右手を見た。


 朝、目覚めた時と同じように。


「……あります」


 霧生が息を吐いた。


 綾瀬はペンを握り直した。


「説明してください」


 透子は言った。


「右手に、ナイフの重さがありました」


 レイはゆっくり話し始めた。


「黒い刃です。金属じゃない。光を反射しない。握っているのに、柄の形がはっきりしない。ただ、切るものだと分かる。彼女が下がる。足元が滑る。膝が悪い。逃げきれない。僕は……犯人は、一歩近づく」


 言葉の途中で、レイの一人称が揺れた。


 僕。


 犯人。


 透子は記録する。


「刺した感触は」


「あります」


「どこを」


 綾瀬が思わず顔を上げた。


 未成年に聞くには酷な質問だった。


 だが、透子は聞いた。


 この少年を守るためにも、疑うためにも、曖昧なままにはできない。


「喉」


 レイは言った。


「それから、胸。たぶん一撃ではない。雨が強くて、彼女が声を出せたか分からない。でも、最後に名前を言った。言おうとした。名前を覚えて、と」


 透子は心の中で、資料と照合した。


 まだ正式な解剖結果は出ていない。


 だが、現場初見と一致している。


 首元。

 胸部。

 複数の損傷。


「あなたは、その時どこにいましたか」


「自室です」


「誰か証明できますか」


「母が家にいました。夜中は寝ていたと思います」


「あなたが外出していない証明は」


「ありません」


 霧生が口を開く。


「正直だな」


「嘘をついても意味がないので」


「そのわりに、肝心なところは隠す」


 レイは霧生を見た。


「肝心なところ?」


「犯人の顔だ」


 部屋の空気が、さらに硬くなった。


 透子は、レイの反応を待った。


 彼はすぐには答えなかった。


 やがて、薄く唇を開く。


「ありません」


「見てないのか」


「見ています」


 霧生が眉を寄せる。


「どっちだ」


「見ています。でも、思い出せない」


 レイは自分の額に手を当てた。


「黒い傘。黒いコート。声。ナイフ。手の動き。雨の匂い。全部あります。なのに、顔だけがない」


 透子は、映像の黒いノイズを思い出した。


 監視カメラに映らない顔。


 目撃者が思い出せない顔。


 レイの記憶にも存在しない顔。


 同じ欠落。


「どうないのですか」


「黒い」


「影?」


「違います。影なら、影として見える。これは、塗り潰されている」


「誰かが記憶を消したように?」


 レイは透子を見た。


 その目に、初めて警戒以外の色が混ざった。


「あなたは、そういうことがあると知っているんですか」


「質問しているのはこちらです」


「そうですか」


「あなたは、どう考えていますか」


 レイは少し笑った。


 笑いというより、疲労に近い表情だった。


「僕の記憶から、誰かが自分を消した」


 綾瀬が小さく呟いた。


「そんな……」


 透子は、彼女を止めなかった。


 常識的な反応は必要だ。


 この部屋には、異常に慣れすぎた人間だけがいてはいけない。


「御影さん」


 綾瀬が口を開いた。


「あなたは、自分が犯人だと思っていますか」


 レイは綾瀬を見た。


 その問いは、透子が聞くよりもまっすぐだった。


 若い刑事の声には、疑いと心配が半分ずつ混ざっていた。


「身体は違います」


 レイは答えた。


「でも、記憶はあります」


「それは、犯人の記憶ですか」


「分かりません」


「では、被害者の記憶は」


「あります」


「あなたは、どちらなんですか」


 レイは黙った。


 その沈黙は、これまでで一番長かった。


 やがて彼は、静かに言った。


「どちらも僕です」


 透子は、指先が冷えるのを感じた。


 この答えを、どこかで知っていた気がした。


 別の少年。


 白い検査室。


 録音機。


 左手首の識別バンド。


 先生、僕の名前を呼んでください。


 その声を、透子は記憶の奥へ押し戻した。


 今、目の前にいるのは御影レイだ。


 過去の失敗ではない。


 同じように扱ってはいけない。


 だが、甘く扱ってもいけない。


「あなたは被害者を何と呼びますか」


 透子は聞いた。


 レイが眉を動かした。


「何と?」


「彼女です。あなたの言う、被害者の記憶を持つ女性。殺されたショーダンサー。あなたは彼女を何と呼びますか」


「……僕です」


 透子は、すぐに言った。


「違います」


 レイの表情が止まる。


「彼女の名前を言いなさい」


 部屋の時計が一秒を刻んだ。


 レイは口を開いた。


 だが、言葉は出なかった。


 エミー・グレイス・ハーパー。


 その名前を、彼はさっき言った。


 最後の言葉として。

 情報として。

 証言として。


 しかし、今は違う。


 被害者を自分ではなく、彼女として呼ぶために言え、と言われている。


 それだけで、レイは言えなくなった。


「同じ魂かもしれない」


 レイは言った。


「同じ記憶がある。彼女の痛みも、恐怖も、僕の中にある。なら――」


「なら、彼女はあなたですか」


「そうです」


「違います」


 透子の声は、強くはなかった。


 だが、逃がさない声だった。


「あなたが彼女の記憶を持っていることと、彼女の人生をあなたのものとして扱うことは違います」


「僕には区別がつきません」


「つけなさい」


 綾瀬が息を止める。


 霧生も口を挟まなかった。


 レイは、透子を見ていた。


「あなたは僕を疑っているんですか」


「疑っています」


 透子は即答した。


「同時に、あなたの証言も必要だと思っています。あなたが被害者の記憶を持っている可能性も、加害者の記憶を持っている可能性も、妄想の可能性も、犯行関与の可能性も、すべて記録します」


「便利ですね」


「ええ」


「人間を資料みたいに扱う」


 その言葉に、透子の瞳がわずかに細くなった。


 レイは気づいた。


 気づいた上で、続けなかった。


 透子は静かに答える。


「資料として扱われた人間を、私は見てきました」


 部屋の空気が変わった。


「だからこそ言います。あなたが彼女を『僕』と呼ぶ限り、彼女の名前はあなたの中に沈みます」


「沈む?」


「あなたが全部を自分として処理すれば、彼女は記録されません。証言にもなりません。事件の被害者ではなく、あなたの症状になります」


 レイの顔が、わずかに歪んだ。


 それは怒りかもしれない。


 痛みかもしれない。


「彼女は症状ではありません」


「なら名前を言いなさい」


 透子は言った。


「彼女は誰ですか」


 レイは、唇を動かした。


 エ。


 そこまで出かけて、止まった。


 赤いステージが脳裏に開く。


 壊れかけた星形のピアス。


 古いダンスノート。


 明日から私の名前で踊る、と言った声。


 そして、雨の路地で倒れる身体。


 僕がひとり死んだ。


 その言葉が、自分の中でどれだけ暴力的だったのか、まだ完全には分からない。


 けれど、今、それを言い直すことだけはできなかった。


 名前を呼ぶには、彼女を自分から切り離さなければならない。


 切り離した瞬間、その死は、ただの記憶ではなくなる。


 自分の中に流れ込んだ痛みではなく、彼女の人生が奪われた事実になる。


 レイは、言えなかった。


 沈黙が落ちる。


 透子は、それを記録した。


 御影レイ。

 被害者の最後の言葉を知る。

 加害者の感覚を語る。

 犯人の顔のみ記憶欠落。

 被害者名を情報としては言える。

 しかし、被害者を他者として呼ぶことができない。


 危険。


 脆弱。


 重要証言者。


 容疑性あり。


 保護必要性あり。


 観測対象。


 そのどの言葉も、目の前の少年を十分には表せない。


「今日のところは、ここまでにしましょう」


 透子は録音機を止めた。


 レイが顔を上げる。


「終わりですか」


「任意ですから」


「僕を帰すんですか」


「今は」


「危険かもしれないのに?」


「あなたがですか。あなたにとってですか。それとも周囲にとってですか」


 レイは答えなかった。


 透子は資料を閉じた。


「どれも可能性があります」


「なら、拘束すればいい」


「あなたはそれを望んでいるのですか」


 レイの目が揺れた。


 ほんの少し。


 母の声を思い出したのかもしれない。


 ここでは御影レイよ。


 透子はそう推測したが、言わなかった。


「御影レイ」


 彼女は、彼の名前を呼んだ。


 レイが反応する。


「あなたは、今夜ひとりで夜見坂へ行かないこと。黒い傘の人物を見た、夢を見た、記憶が流れ込んだ、右手にナイフの感覚が戻った。その場合は、すぐ連絡してください」


「警察に?」


「私に」


 透子は名刺を一枚、机の上に置いた。


 黒江透子。

 幻都アガルタ市警察局 刑事部特異殺人対策室。

 犯罪心理分析官。


 レイは名刺を見た。


「あなたは、僕を人間として扱うんですか」


 透子は少しだけ黙った。


 それから答えた。


「扱うために、疑っています」


「優しくないですね」


「優しさだけで人を救えたら、私はここにいません」


 レイは名刺を取った。


 その指先は、少し冷えて見えた。


 面談室の外で、足音が近づく。


 御影佳乃が到着したのだろう。


 レイは一度だけ、扉のほうを見た。


 その顔が、初めて年相応に見えた。


 少年の顔。


 自分の異常を説明しきれず、それでも家に帰る場所だけはまだ失っていない顔。


 透子は、その顔を記録した。


 観測対象としてではなく。


 人間として。


「最後に一つ」


 透子は言った。


 レイは立ち上がりかけた姿勢で止まった。


「あなたが今、言えなかった名前。次に会う時までに、言えるようにしてください」


「命令ですか」


「助言です」


「警察の?」


「医師の」


 レイは何か言いたそうにした。


 だが、言わなかった。


 扉が開き、綾瀬が御影佳乃を案内する声が聞こえた。


 レイは名刺を握りしめたまま、部屋を出ていった。


 残された面談室で、霧生が低く言った。


「どう見る」


 透子は椅子に座ったまま、録音機を見つめていた。


「危ういです」


「犯人か?」


「分かりません」


「証言者か?」


「おそらく」


「被害者か?」


 透子は、しばらく答えなかった。


 面談室の白い壁が、雨の日の病室に似て見えた。


 白い識別バンド。

 名前を呼んでほしいと言った少年。

 記録から消えかけた声。


 透子は目を閉じ、すぐに開けた。


「少なくとも」


 彼女は言った。


「このまま放置すれば、次の被害者になります」


 霧生は飴の袋を取り出し、ひとつ口に入れた。


「次があると思うか」


「あります」


「根拠は」


「犯人は、エミー・グレイス・ハーパーを殺しただけではありません」


 透子は、机の上に置かれた資料を見た。


 黒い傘。

 記録できない顔。

 黒い刃。

 雨の少年。

 そして、被害者を自分と呼ぶ少年。


「犯人は、彼女の名前を消そうとしています」


 霧生の表情が沈んだ。


「じゃあ、俺たちは?」


 透子は答えた。


「消される前に、記録します」


 窓のない部屋の外で、雨がまた降り始めた。


 庁舎の壁を叩くその音は、夜見坂の路地の雨とよく似ていた。

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