第22話:物理証明VS存在証明
魔改造による不良品ばかり作ってきた私。
けれど、今回ばかりは確かな勝算があった。試作を重ね、徹夜で回路を組み上げ、理論値は最高。
成功したはずだったーーなのに。
「なっ! 粘着弾が、通じないですって……!?」
ただの粘着弾ではない。カトレアの秘蔵の毒薬を触媒にし、ノアの膨大な魔力を「固形化」して閉じ込めた、独自開発による最新鋭の拘束弾。
だが、着弾した瞬間に粘着弾は激しく弾け、絡みつくはずの軌道を描いた直後、水たまりのように崩れ落ちた。
「魔力を練り込んだ弾の効果もない、固定化も一切効かない……まさか、魔力の無効化!?」
特殊な装甲が使われているのか、単純な魔力ではーー私の魔導具では太刀打ち出来ない。
「お嬢様、客室へお戻りください。……これ以上は、危険です」
大きな盾を持った人形は、私たちの前方に配置し、魔力障壁を展開し続ける。強固で分厚い、ノアの魔力を注いだ巨大な盾は、リトニア号の前方を包むように展開される。
そんな堅牢な盾を築くノアが、短く拒絶に近い声を上げる。あの無機質で無表情な助手の額を、玉のような汗が伝う。
「……ノア、貴方……魔力量が、激減していませんこと……?」
「……まだ、大丈夫です。ですから、今のうちに早く……っ!」
魔力量の最大測定値10を誇るノアが、ただの防御で疲労するなど有り得ない。無効化されているだけじゃない。
ゴーレムの装甲が障壁そのものを溶解させるように、見えざる”未知の力”で中和し、ノアの障壁を溶解している。そしてノアは、障壁を再構築する。
ピシリ、人形が軋む音が聞こえた気がした。
ーー無謀な消耗戦。
(ノアの魔力は数値だけじゃない……)
純度、精度、強度の高さも表している。
「ありえない、どんなに計算したって辻褄が合いませんわ……」
(こんなの私の知る正常な数値ではない)
「……明らかな異常ですわ」
「敵の未知なる力……”古代魔力”による侵食も、この出力であれば防御は可能です」
目の前の敵は、周囲の魔力そのものを「侵食」させている。壊すではなく、侵食ーー溶解するなど、本来は起きえない事象。
「この場は僕が必ずお守りします。……無理だと判断した場合は、撤退も考慮に入れますので」
「……分かったわ。この場は貴方に任せる。だから、絶対に無茶だけはしないで」
何一つ、通らない『理論』に、悔しさが喉の奥で燃える。回復剤があったって、肉体まで消えたら終わりだ。修復不可能になる前に、体制を整えるのが先。
(可能性を再構築する、最適化をはかる。ーー今はこれしかない)
ノアは短く「拝命しました」とだけ答え、私は車内へと飛び込む。
魔道具師としてのプライドはズタズタだ。無力という現実。私の「正解」を嘲笑うように消え去った粘着剤。
だが、暗い思考に飲まれている場合ではない。唇を一度強く噛み締める。熱く刺す感覚が現実を確かなものにする。
”古代魔力”という未知なる力を持つ相手にどこまでやれるかは分からない。ただ、今はこの物理という原始的な解決法、その可能性に賭けるしかなかった。
「この手は使いたくありませんでしたけれど……やるしかありませんわね」
使い手にも負担が大きく、また”武器”自体も、まだ不完全品だ。
「技術者は何度でも試行するーー停滞だけはしてはならない。……ええ、そうですわよね、それが、リトニア家の家訓……そして、私の矜持ですわ」
目の前の脅威に対する恐怖心はある、けれど、それに塗り潰されないよう、私は教えを唱える。
クリアになる思考、乱れていた心拍数もやがて落ち着き冷静さを守り戻し、私は車内の制御モニターへ手を伸ばした。
「……レオン、アレを使う時が来たわ」
外部通信機越しに、最前線に立つ彼の背中に呼びかける。レオンは抜剣すらしていない。ただ、漆黒のジャケットをはためかせ、凪いだ瞳で静かに敵を見据えていた。
「そうですね……ですが、あの大剣は、まだ『空腹』ですよ」
「“起動している時間の合計が3分”……それが限界よ」
「……なるほど、3分ですか」
静止していたレオンの肩が、愉しげに揺れた。凪いだ瞳に闘志が湧き出す。
「十分すぎる。むしろ、その3分さえあれば、確実にあれは倒せる。
――お嬢様。貴女の作った初の『魔導武器』……どうぞ、その真価を、世界に見せつけてやりましょう」
私の技術と、私財を注ぎ込んだーー最高傑作。
最終手段のための保険ーー私の最後の切り札。
ーー覚悟は決まった。
私は操縦席の青年を怒鳴りつける。
「フェリクス!! 緊急発射ボタンを押して!」
「了解っ! 最強騎士サマの『本気』、ここで見せてもらわなきゃ、やってらんないからね!」
フェリクスが防護カバーを跳ね除け、真っ赤なボタンを握った拳で強く叩く。
ーーダンッ!!
リトニア号の左右にある重装甲が、蒸気を大量に噴き上げながら左右にスライドさせる。
ーーガガッ、ゴォォオオ!!
物々しい音を立てる車体からの駆動音。
ーーッガシャン!!!
展開されたのは、二つの巨大な補助ブレード。重力制御魔法が刻まれた、禍々しいまでの銀色の刃が煌めく。
「レオン、貴方に任せるわ」
「拝領。――来い、喰い散らかす時間だ」
レオンが背負っていた、大剣『無骨』を頭上高くに掲げた。射出された二枚の補助ブレードが、磁力に引かれるように大剣の両脇へと向かう。
ーーガシャッ!!
世界を噛み砕くような金属音を立てて連結された。
本来の役割を果たす瞬間……ただの鉄塊だった一枚刃が強度を増し、三昧の凶悪な刃が強靭さが増した。
『無骨』改めーー
「ーー『断頭台』」
レオンが、獰猛な死の笑みを浮かべる。
それまでの軽薄な態度は消え去り、戦場は彼が放つ圧倒的な威圧感によって支配された。
(……これが、レオンの本気……)
理屈を、魔力を、バグを、そのすべてを上から圧し潰す――絶対的な“物理法則”という名のルール。レオンが大剣を正眼に構えた瞬間、連結部から黄金の魔力光が噴き出した。
「執行モード、展開ーー」
魔力を物理変換し、剣自体の重量を増幅させたそれは、魔力を“燃料”にして物理を強化する兵器。
「この刃が下す『物理証明』の後に、苦悩は残りはしないーー」
禍々しい魔力が刃を纏う。――起動。刃が“喰らい始める”。
レオンの一歩は重く、筋力を最大まで引き上げた脚力で、一気に距離を飛ばし、前方へ駆け上がる。
ーードガッッ!!
大地をひび割れさせた足跡。土煙と共に爆ぜさせる。先ほどまで粘着弾を受け流していた敵が、初めて「恐怖」を感じ取ったかのように動きを停止させる。
だが、遅い。
私が定義した“3分”――その制約下で導ける最適解は、すでに計算済み。
『ギロチン』は、獲物を喰らい尽くすまで、終わらぬ『貪欲』で牙を剥いた。
「――さあ、絶対的な力にひれ伏せ」
ーーザンッ!!!
レオンの静かなる闘志と共に、『ギロチン』が足元の関節へ振り下ろされる。空間そのものを切り取るような剣筋を描き、逃げ場を失った敵を「座」ごと圧し折る。
ーーメキッ、キキッ……
ひび割れ出す関節部から響く破壊音ーー魔力に起因する現象のみが崩壊したことが確認された。
核での衝突による反動が生じ、単純な質量による慣性が増幅され、加速した剣が地へと振るわれた。
バチバチ、導線が飛び出し断面からは火花が散って行く。
――ドオォォン!!!
抉れた大地に倒れる無機質な巨体の残骸から光が爆発する。煙で視界が一時的に白く染まった。
「如何でしょうか、お嬢様」
ヒュウっと流れる風に、白煙が霧散した。
片足を無くし崩れた大型ゴーレムの姿、それに対峙し振り返るレオンの不敵な笑みが私の瞳に映る。
――“私たち”の刃に、世界がひれ伏したのだ。
「っええ、やりましたわね!レオン!!流石ですわ!」
その閃光の中で、私は見た。
最高に頼もしい、世界最強の騎士が、私の作った「技術」で世界を塗り替える瞬間を。
ーーーーーーー
ノアの観測記録(Log-022)
【検証兵器】 複合魔導大剣『断頭台』
ーー『物理証明』の発動を確認。
【出力】 計測限界を突破。周囲の魔力環境において物理法則優位状態を確認。
【観測】 レオンの「3分間限定・無双モード」を観測。
【結果】 一体目ゴーレムの片脚損傷を確認しました。
……お見事です、現場監督。
【次回予告】
『23話:計算式、あるいは法則の上書き』
お嬢「ドリルで穿ってハンマーで叩き直しますわ!!」
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