心にもないことを。
あそこで、一人泣いてる女の子。
あそこで、一人うずくまる男の子。
僕にはわかる。
何がそうさせるのか。
本人でもわからない、心の移り変わり。見つけきれない感情の機微。
いつの日からか、こんなことができるようになった。
別段、人の事を見ていたわけではない。
特別、目が良いわけでもない。
僕自身、こんな力があることに戸惑い、正直にいうと迷惑している。
他人の心、それが見える。
その人が今、深層心理で何がしたいのか、それを見ることができる。
こんな力を、僕は必要としていなかった。
僕には好きな女の子がいた。
誰がどう見ても垢抜けていない、可愛いのか美人なのか、判然としない相貌。不細工ではない。コミュニケーションが苦手な、少し勉強ができて、運動がそれなりに苦手なあまりに普通な女の子。
こんな力を手に入れてしまった所為で、僕は彼女の思い人を知った。知ってしまったのだ。
何故か、いつも僕の視界に入り、どうしてか必ず僕の事を影ながら支えてくれている彼女の心のなかを。
出来ることならみたくなかった。知りたくなかった。
彼女が、僕の親友に、好意を抱いていたなんてことは。
今も隣にたって、僕に話しかけてくる友人。
この友人はなにも悪くない。ただ、僕と一緒にいるだけ。僕を友人と呼ぶクラスの中でも唯一の存在。何が楽しくて僕なんかといるのかは、正直わからない。
とりわけイケメンなのだが、男の僕は、正直テレビで出てそうな顔だと思う程度に整っていると認識している。
女子受けもかなり良いようで、僕の知らないところでは告白されたり断ったりをしている。らしい。
全て伝聞。本人からの弁なので、わざわざ信じない理由もなかった。
何故ことわるのか、その理由はついぞ聞いたことがないが、何やら好きなやつがいるらしい、しかしどうやらその子には好きなやつがいるらしい。
僕には全く関係ないが、顔がよくても恋が実ると確証があるわけではないと知れて、不躾にも安心した。
そんな、気さくで優しく、かなり女子力的なものが高めな友人を、僕の好きな人は好きらしい。
ここで一つ付け加えておきたい。
僕の心を見る力、これはしゃべったことのない人にしか有効ではない。
一度も会話を交わしたことのない、赤の他人の心、それだけを見ることができる。
その事からもわかるように、僕はその友人の心を見ることはできないし、好きな人と話したことがない。
学校に入学してから話したことのある人間は、担任とその友人、あとは部活の勧誘で声をかけてきた上級生の大体約六人のみ。
クラスメイトのほとんどの心は透けて見える。
どす黒い人間関係も、ピュアな初恋も、捻じ曲がった好意も、素直な友情も、隠している交際も、傾ける情熱も、全て見て、知っている。
そんな中で、彼女の心は見ていて楽しかった。
些細なことで驚いて、小さな優しさに素直に感謝して、嫌悪することを断罪するように拒絶して、人の話を真摯に受け止め、眠くなるような講演会で多くを学んでいた。
幼いときからの友人と今でも変わらず仲良く遊んでいるらしい。その友人も、彼女を大切な人のうちの一人としてとらえていて、とても幸せな環境で生きていることが見てとれた。
あ、別にストーカーをしているわけではなく、教室にその友人が彼女を迎えに来たとき、見ただけですよ?
仲良く過ごして、小中を卒業し、高校も同じ場所に通うことができ、二人は今まで通りの楽しい毎日を送っていたらしい。
買い物にいったりブールにいったり、高校生という制約の減った環境を、二人は楽しんでいた。
そんなある日、友人が好きな人がいるという。
彼女は驚き名前を聞いた。
愕然とする。その名は、自分が想い、慕う人と同じだったからだ。
この時、彼女は決めた。
「絶対にこの恋は秘密にする」と。
友人の恋を応援するため、自分の心に蓋をした。
鈍くしまったその蓋を、彼女が開くことはその後ない。
心が読める。
それだけで、人の心を変えることはできない。
人の恋を知り、自分の恋を諦めた少女。
強い人だと感心した。
自分には出来ないと尊敬した。
ただ、理解できなかった。
何故そうなるのか、その程度なのか、正直、分かりたくなかった。
彼女の心に浮かぶもの。
友人を応援する。その後付けに、僕と付き合うことが付則されていた。
自分の思い人である僕の友人と、彼女の友人が付き合うことになったとき、僕と付き合っていたらなにかと都合が良い。そう考えられていた。
すこし、胸が痛くなるのを感じた。
実用品の類なんだなあと。
そして、そんな理由で男と付き合おうと考える彼女に落胆した。
こんな程度の尻軽なのか、と。
恋愛経験も肉体経験もないことは、百も承知だった。それでも自分の好きな人が、こうも簡単にそういう風に考える人間だと知ることは、思春期真っ盛りの高校生男子には、辛いところがあるのだった。
考えただけで、実行に移しているわけでないこともまた事実なので、何となく微笑ましくもあるのだが。
しかし兎に角そんなわけで、僕の好きな人は僕の友人が好きなのだ。
僕の友人が、いったい誰を好きなのか、僕には検討もつかないが特定の女子と仲良くしているところはあまり見たことがない。
基本的に僕の隣にいて、不意に会話をふってくる。それに僕が応じ、会話に発展する。僕から話題を提供することはあまりない。そんな感じに毎日を過ごしていた。
スクールカーストには所属していない。
上とも下とも話さない。くだらないとは思わない。これが社会の縮図足る、学校のあり方だと理解している。
僕の友達は、上に所属している。引き込まれた形だろう。
僕の想い人は、下。
特徴のない彼女は、アピールすることもなかった。
そんな彼女の友人は、誰とでも話す気さくな人。正直嫌いになれないタイプだ。
自分の好きな話題に食いつき、どんな人とも仲良くする。一目おいている存在だ。
心が読めるからこそ、尊敬できることもある。
そんな風に思えたのはこの人のお陰かもしれない。
でも僕には、不器用なりに頑張る女の子が、可愛く愛しくみえた。
僕の友人は、告白された。
いつも通りの気さくな誘いかたで、呼び出された友人は素直に応じた。
人のこない薄暗がり。
本心からの想いに、友人は目をそらし、苦々しく拒絶の言葉を紡いだ。
目に涙をため「ごめんなさい…」そう言って走り去る女の子を、友人は呆然と眺めていた。
友人が告白を断るのを見るのはこれが三度目。
毎度毎度、何をそんなに気にしているのだろうと疑問に思う。
人の心をぶつけられたこともない僕には、さっぱり解らない心の乱れと、友人は戦っているらしい。
そんなに辛いのなら断らなければ良い。
そう思った。
ので言ってみたら「お前の考え方にはいつも驚かされるよ」と、苦笑いで却下された。
自分の友人の告白が失敗したことを知った僕の想い人は、一緒に沈んでいた。
こんなに可愛い子と付き合わないなんておかしい、なにか理由があるはず。
そうぐるぐると思考しているのが見てとれる。
そして、この子が無理なら私なんて不可能だ…。
そう、露骨に絶望していることも。
何を考え何を思い、人がどう生きているのかを、僕はいつも見ている。
しかし今度ばかりはわかっていなかった。
僕の友人が、まさか、
「私、お前のことが好きなんだよ」
こんなことを言い出すとは。
告白を断って三日後。
何の気なしに断った理由を聞いた。
初めての話題に友人である「一 花」は困惑し、弁当を食べる箸を止める。
「なんで女の子と付き合わなきゃいけないんだ」
私はノーマルだと深々とため息をついた。
イケメン過ぎるがゆえ、女子から告白されることが多い花にも、色々と思うところがあるようだった。
共学なのに、男子より女子にもてる女子。
不憫ですらあった。
そんな折、じゃあお前の好きなやつは男なのか、と、すこし感嘆混じりに言うと飛んできた発言が、
「私、お前のことが好きなんだよ」だった。
何をご冗談を。
それだけいってスマホを見ながらパンをかじる。
花は安堵のような、落胆のような、微妙なため息を吐いて箸を動かす。今日君の家行ってもいい?
何をいうかと思えば、いつも通りの遊びの提案。いいよ、じゃあ帰りコンビニよるわ。
パックのジュースを飲み干し、本日の昼食は終了した。
僕は決心した。
明日、告白しよう。
友人の告白から二週間が経ち、心の傷は消えていた。
友人を励ますため、空元気で振る舞っていた彼女は、思い込み療法的に治癒していった。
そして、彼女は僕の友人である花とお近づきに為るため、僕に明日、告白しようとしているようなのだ。だからされる前にしてやろう、そう決意した。
青い便箋に、「放課後、教室にいてください。 」その一文と、名前を綴った。封筒にいれ、朝の早いうちに学校に行き、下駄箱にいれた。
喋ったこともない相手に手紙を送るという不思議を、ドキドキしながら行った。
時間が経ち、教室に現れたその人は、動揺していてすこし可笑しい。
今日は先に帰ってくれ、用がある。
珍しいな、じゃあお言葉通り先帰るわ。
そんな感じで花と別れ、教室にいる。
確かに、その子もいる。
放課後になって一時間以上が経過した。ようやくクラスから人がいなくなり、二人だけになった。
心臓の鼓動が、肋骨を叩き、耳にまで響いているかのようにうるさい。
手足が震え、立ちあがるのも一苦労だ。
その子も立ち上がってこちらに向かってくる。面と向かう。目を見た。視線が揺らぎ、心を殺しているのがわかる。
心はまだ見える。恐れている。深読みのしすぎだろう。
僕は微苦笑し、一つ息を吐く。
まずは感謝の言葉。ここに残ってくれたことにお礼をいう。そして、本題。自分が、君の事を好きなのだと告げた。そして最後に、
「僕と、付き合ってください」
そう付け加えた。
答えを決めかねている。
僕は思った。やはりこの子も優しい子だと。
そして返ってきた返事に納得した。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
「そっか。じゃあ、仕方ない。ありがとう、残ってくれて。もう遅いし送るよ」
鞄をとり、あるきだす。
もうその子の心は見えないけれど、きっと申し訳なく思っているのだろう。断るがわの気持ちなんて、僕にはやはり理解できない。
僕が告白をして、二ヶ月が経った。
未だに心の声は見えている。
だからこそ、これは腹いせだった。
放課後の帰り道。暮れかけの夕日は世界を真っ赤に染める時間。
「なあ花」
「なにさ」
「お前、僕のこと好きなんだよな?」
「なに、いきなり」
「いや、友達の願いを叶えるのは友人の勤めなんじゃないかなってさ」
「付き合ってくれるってこと?」
「周りから見たら、僕が君に付き合ってもらってるように見えるだろうけどね」
「本気で、言ってんの?」
「冗談で済ませたければ、手を離せばいい」
「……それは、ずるいな…」
「…じゃあ、そういうことで」
僕の恋心は終わった。
だから友人の恋に付き合ってやろうと、そう思ったのは事実なのだ。
腹いせになってしまったのは、たまたまなのだ。
「ねえ、私のこと、好き?」
「まあ、いままだ友人って感じかな」
花は僕の答えにむくれた顔になる。
「じゃあさ」
はっとなにかを閃いたようで、顔をずいっと近づけてくる。
「んっ…!?」
「んん……っはぁ…」
「なにすんっ!?」
「これで、友達脱出」
これからこの彼女と、過ごすのか。
大変そうだと、少しため息が漏れた。
次の日。僕と花の交際は、クラスに知れ渡っていて驚きを隠す女子生徒のなかには、僕を袖にした子も混じっていて、申し訳ない気分になった。
その日の放課後、涙の後がある便箋が下駄箱に入っていた。
「おめでとう」
そう綴られた青い便箋は、僕の送ったもので、何度も読み返された後があって……。
「なにそれ」
花が後ろから声をかけてくる。
自分の頬を伝う涙の理由が、僕にはわからなかった。
「泣いてんの?」
心配してくれているのは彼女だ。
でも、僕はどうやらまだ、告白を断られたことを受け入れきれてなくて、断った彼女は、断った事を後悔していたのかもしれないと、自分勝手な妄想で、鈍く微笑みながら涙をぬぐう。
「花」
「なに?」
振り向いて、彼女の頭に手を回し、強引に口付けをする。
「んっ…はっ……んん……」
彼女の唇を割き、舌を挿し入れる。口のなかを撫で、舌を絡める。
無理矢理にでも、手紙の事を忘れようと。
長く、交わしたキスを終え、唇を離す。
少し荒くなった呼吸が、艶かしく、彼女を彩る。
帰ろうか。
「うん」
赤く火照った頬を手で覆い隠して、花は昇降口を出た。
手にしていた手紙を、僕は丸めてゴミ箱に捨てた。
コメントとか、待ってる。




