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未来のコンビニ  作者: 臥亜


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2/10

第2話「感情保存ボトル」

 そのコンビニは、必要なときだけ現れる。


 少なくとも、彼女はそう思った。


 深夜一時過ぎ。

 女は、スマートフォンを握りしめたまま歩いていた。


 画面には、ひとつのメッセージ。


 ――「話したいことがある」


 既読はついている。

 だが、返事はない。


 三時間前に送ったきり、何も動かない。


 終わるのかもしれない。


 その予感だけが、胸の奥に沈んでいる。


「……どうしたらいいの」


 呟いた瞬間、視界に光が差し込んだ。


 見覚えのないコンビニ。


 白く、均一な光。


 なぜか、目を逸らせなかった。


 店内は静かだった。


 音が、ない。


 レジの奥に、店員がひとり立っている。

 こちらを見ているが、何も言わない。


 女は、ゆっくりと棚へ歩いた。


 並んでいるのは、見たことのない商品ばかり。


 「三秒だけ先が見えるガム」

 「夢共有カード」

 「未来メモ」


 そして、その隣にあった。


 透明な小瓶。


 中には、淡く光る液体が入っている。


 ラベルには、小さく書かれていた。


 「感情保存ボトル」


「……保存?」


 手に取る。


 軽い。

 だが、中の光はゆっくりと揺れている。


 裏面には、短い説明。


 ――“このボトルには、感情を保存できます”


 意味は、わからない。


 だが、その言葉だけで十分だった。


 今、この瞬間の感情を。


 消えてほしくない気持ちを。


 あるいは――


 消えてほしい気持ちを。


 女は、しばらくそれを見つめたあと、レジへ向かった。


 外に出る。


 夜の空気が、少し冷たい。


 女は、ボトルを見つめる。


 どう使うのか、直感でわかる気がした。


 そっと目を閉じる。


 胸の奥にある感情を、意識する。


 不安。

 期待。

 執着。


 そして――好き、という気持ち。


 ボトルの中の光が、わずかに強くなる。


 それだけだった。


 何かが“抜けた”気がした。


 胸が、少しだけ軽くなる。


「……あれ?」


 不安が、薄れている。


 苦しさが、消えている。


 代わりに、静かな空白だけが残った。


 女は、そのまま家へ帰った。


 翌日。


 約束のカフェ。


 彼と向かい合って座る。


 いつもなら、胸が締め付けられるはずだった。


 だが――


 何も感じない。


 不安も、期待も。


 好き、という気持ちすら。


 ただ、状況だけを見ている。


「……あのさ」


 彼が口を開く。


「正直に言うね」


 女は、ただ頷いた。


「別れようと思う」


 その言葉は、はっきりと聞こえた。


 けれど――


「……わかった」


 それだけだった。


 涙も出ない。


 引き止める気持ちもない。


 ただ、受け入れるだけ。


 彼の方が、少し驚いた顔をした。


「……いいの?」


「うん」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 帰り道。


 女は、あのコンビニの前に立っていた。


 ガラス越しに店内を見る。


 同じ光。

 同じ店員。


 そして――


 入口の横に、子どもがいた。


 静かにこちらを見ている。


「……ねえ」


 女は声をかける。


「なんで、こんなに楽なの」


 子どもは、少しだけ首を傾げた。


「置いてきたから」


「……え?」


「さっきの、ボトルに」


 女は、手の中の小瓶を見る。


 淡く光っている。


 そこに、何かがある。


 確かに、ある。


「じゃあ、これ戻したら……」


 言いかけて、言葉が止まる。


 子どもは静かに言った。


「そのままにする人もいるよ」


 責めるでもなく、促すでもなく。


 ただ、“選択”だけを示す。


 次の瞬間、子どもの姿は消えていた。


 女は、ポケットからレシートを取り出す。


 ゆっくりと開く。


 『購入商品:感情保存ボトル』

 『保存内容:愛情・不安・執着』

 『現在状態:未返却』


 女は、その場に立ち尽くした。


 軽いまま、生きることはできる。


 苦しくならない。


 迷わない。


 だが――


 それでいいのかは、わからない。


 手の中のボトルは、静かに光っている。


 コンビニの光も、同じようにそこにある。


 何も教えない。


 ただ、“選んだままの世界”を残すだけだ。


 女は、しばらく動かなかった。


 やがて、ゆっくりと歩き出す。


 ボトルを握ったまま。


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