44.デキレースの裏側
王都にある王城の最上階、テラスから庭を一望できる広間に続いて控えの間があり、さらにそこにある鏡の奥に隠し部屋があった。
最上階は王族と宰相のみ使用が許されるフロアで、そこに至るまでの警備は厳重、使用人でも両陛下が許可した信頼のおける者しか足を踏み入れることができない。
厳重警備な上に場所まで秘密な小部屋の使い道は、ズバリ転移魔法である。
魔法植物から作る燃料が動力なのだが、おそろしく燃費が悪く便利なのに汎用性の低いこの仕組みは、今のところ両陛下とナミル、フジしか知らないトップシークレットだ。
五年ほど前にナミルとフジが開発し、改良を試みるも他に優先すべき事案が多く進んでいない。研究棟でオープンな開発をするには懸念事項が多く、すぐ国家の収入に繋がるわけではないので後回しにされていた。
唯一の転移先は、離宮の森にあるナミルの家の一室だ。毛むくじゃらのまま、人目につかず兄王と協議するために開発した。
ナミル邸からは国内数カ所の拠点を結んで行き来できるようになっているが、相変わらず燃費が悪い。ここ二月余りは稼働率が上がり過ぎて、備蓄燃料も使い切りそうな勢いだ。それでも、国家の大きな転換点となる今、ケチる訳にはいかない。
「アラ、いらっしゃい。遅かったんじゃない?」
明るい声はロアンヌ王妃だ。
「はいどうぞ、焼きたてです。こんな時間に食べ過ぎると、美容に悪いですよ」
手のひらサイズの小さな包みを渡すと、王妃は持参していた箱に入れる。
「ですから、明日のお茶の時間に頂くわ」
箱は密閉している限り時間が経過しない保存用、高価だが需要のある魔法道具の主力商品だ。それを地方の出来立て焼き菓子を味わうために使う王妃は、けっこうな食いしん坊さんである。
毎回、転移先で手に入れた菓子を持参するのが、毛むくじゃらでなくなったナミルの新しい挨拶のようになっている。
「始めよう」
やりとりが終わるのを待って、国王が言った。
両陛下とナミル、それにナンネン宰相。この国ルーモスを動かす四人は、時折こうして夜半にひっそりと控えの間で情報を共有して舵取りの打ち合わせをする。
小さな国でも人間が複数いれば意見が食い違うもので、国王と言えど鶴の一声で運営できるほど単純ではない。国王が国家の方針を示し、貴族議会で大筋を調整し、各部署が詳細を詰めて実行する。
言葉だけだとスムーズだが、方針を曲解されて一部に都合よく調整され、無茶ぶり込みで現場に丸投げもままあることで、許容と軌道修正で最終的な着地点を探るのだ。予算が大きく利権の分かりやすい事業では、残念ながら国民のためという本来の目的を見失いがちになるものも少なくない。
大戦から百年以上が過ぎ、平和に慣れ過ぎた世代は周囲三つの大国の脅威を実感する機会も無く、地位と権力に慣れた者は国家の繁栄や民の安寧は努力対象ではなく当然で、興味の対象は国内での自分の地位や財産にのみ向けられた。
ルーモス固有の魔法植物の栽培やそれらを使った商品に絶対的な自信を持ち、どれほど強大であっても他国は希少な道具や薬のために頭を下げるしか無いと信じられてきたのだ。
しかし近年、各国がそれぞれ研究や開発を進めていると明らかになった。魔法植物の栽培は特殊でも、やり方が分かればそれほど難しくは無い。薬や商品も、全くマネが出来ない商品でもない。
魔法植物も元は自生しているので見分けられれば採取は可能だし、製品だって作り手に必要なのは知識と技術で、魔法や魔力といった特殊能力ではないのだ。設備投資と人材育成で再現可能なら、国力のある国が自前で挑戦するのももっともな話で、時代は移り変わっている。
これまで同様に専売特許と高をくくり、胡坐をかいているうちに足元をすくわれかねない。もう、いくらも優位ではいられないのだ。
そう危機感を持ち、協力体制を築こうと今回の共同事業が開始されたのだが、残念ながら井の中の蛙で面白く思わない輩がいて反発も激しい。
親世代の攻略が難しいなら次期国王たる王子を支える基盤づくりをしようと、妃選びと頭の固い貴族たちの子世代のアップデートのために合宿選考を企画した。
「ふむ、しかし離宮合宿の成果は素晴らしい。王子妃シルベーヌが見事に次世代の中心を担う少女達を掌握してくれました。特にデュワーズ公爵令嬢の変貌ぶりは、嬉しい誤算です」
デキレース企画側のナンネン宰相が資料を示しながら感想を述べると、
「ええ、成績という目に見える評価でシルベーヌには敵わないと自覚してもらうといった当初の目標を早々に達成したばかりか、ブランテール・デュワーズ自身が気づきを経て努力してくれました。それに、彼女を慕っていたエリーゼ・ラフロイグ侯爵令嬢にも大きな影響を与えています」
王妃もシルベーヌからの報告書を手に補足し、さらにサヴァランからの報告内容も紹介した。
「それに平民と見下していたチェルシー・ボウモアとも、共通の関心である服飾関連や流通など協力関係も出来つつあるようですし、研究棟のサヴァランからはサーシャ、ポルテ両名についてもそれぞれの特技を活かして共同事業にも積極的に取り組んでくれていると報告を受けていますよ」
ふむふむと、デキレース結果を共有して満足そうだ。
「あと、完全に予想外で大金星な成果を上げたのは、ラミー・グレンリベットだな」
国王はキレイな顔で、弟に向かって意味ありげな目くばせをした。
「確かに大金星ですよ、兄さん。俺の恩人ですからね、生涯かけて大切にします」
動揺もせず平然と言い返されて、国王は少し寂しそうだ。
「はあぁ。あの一生懸命であどけなかった弟が、しばらく話ができない間にすっかり図太くなってしまったものだ。嘆かわしい」
言葉とは裏腹に、兄弟共に嬉しそうだ。
「早く、本人とご両親の了承を貰ってくださいな。貴族の婚姻は、手続きに時間がかかるわよ」
「承知しておりますよ、義姉上。グレンリベット伯爵には、手紙を送ってあります。離宮の晩餐会で直接確認しますよ。いや、感触から言ってまず大丈夫でしょう」
ははは、と嬉しそうに笑う義弟を不思議そうに見ながら、
「感触だなんて・・・あのテの子には、ハッキリ説明しないと伝わりませんよ?」
扇を口元に充てて、ポソリと言う。
「いや、だからしっかりプロポーズしました、って。本人了承済みなので、大丈夫ですよ」
「聞いていませんけどね」
むすりとスネ気味なのは、兄である国王だ。
「せっかくアドバイスしてやったのに、その後の報告が無いのは職務怠慢じゃないか?」
出来の良い弟に頼られたい兄は、既婚の先輩としてプロポーズと産前産後は大事だとかねてから力説していた。
「すみません、兄さん。おかげで上手くいきましたよ」
照れ隠しもあって、取ってつけたように返答する。
「まあいい、王宮で預かっているバランタイン公爵家の歴代夫人が身に着けていたアクセサリーを持って行け。離宮の晩餐会で使えるよう、ドレスと一緒に贈れば良い」
それってもう、事実上の婚約発表じゃないだろうか。まぁ、せっかく覚悟を決めてくれたラミーの逃げ道を塞ぐには、良さそうな贈り物だな。
「ありがとう、兄さん」
イチャコラをからかうのはこれくらいにして、晩餐会に向けて流れを確認する。メインは王子妃の決定、ガーナミルの復帰、それに伴う新体制の発表、この三つの宣言だ。
今回は王家主催と言っても妃候補者とその保護者、議会の主だった有力者のみを対象とした小規模なもので、主に候補者の保護者たちを納得させるのが目的である。
ここで有力貴族筆頭を押さえて翌月以降の貴族議会を掌握しなければ、まだまだ支えが必要な新事業を落ち着いて育めない。他にも、これまで反対されてきた国内の教育や宮城など公的機関での雇用方法の見直しなど、新時代に向けて進めたい事業が停滞してしまうのだ。
お城で家来にかしずかれて贅沢三昧していると思われている王族だが、実際は日々頭を悩ませながら自分たちの理想とする国づくりのために奔走している。平和も発展も勝手にはやってこないのだ。
「ここで細かな指示まで出せないからな、裁量を与えて信頼するしかない」
「クランとシルベーヌには、まだまだ苦労をかけるわね」
「お二人は相性が良いですから、数倍速で処理してくれますよ」
けっこうスパルタな宰相は、離宮を取り仕切るウレシックと共にルーモスの支柱ナンネン一族。地味で目立たず人当たりの良い凡人ルックスを隠れ蓑に無茶ぶりを繰り返すが、本人たちはその何倍もの仕事量を平然とこなす怪物なので、王族と言えど誰も逆らえない。
「やるしかあるまい。ここは自分たちの国で、私たちは王族だ」
望んで得たものでは無いが、生まれながらに課せられた使命がある。勝手な期待や羨望を煩わしく思い、理不尽だと拒絶したくなったことも無いとは言えない。それでも結局は逃げられない。いや、逃げたくないのだ。
生まれ育ったこの小さな国、そこにある自然や建造物、文化、蓄積された知識や技術は代々、祖先が努力を重ねて守り伝えて来たもので、それらを自らの堕落や怠慢で途切れさせたくないから。この国で懸命に暮らす民を、裏切りたくないから。
「では、クランとシルベーヌへの指示はこれで。ウレシックにはフォローを頼もう。王都からの参加者に対しては、宰相に一任する」
「は、心得ました。あとはお任せください」
国王が決定事項を示すと、宰相は恭しくお辞儀をした。
大人たちは未来のため、今やるべきことを常に模索しながらもがいている。知恵を出し合い、失敗を繰り返しながら、信じるもののために。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「それぞれの進路にむけて」
王子妃も内定し合宿終了が近づいてくる。妃を選ばなかった少女たちの、進路選択なお話。




