43.筆頭公爵家の攻略
シルベーヌは魔法植物を使った特殊な餌を与えながら、指先に乗せた青い小鳥に向かって何やら話している。
何度かやり直して納得し、開けた窓へ促すと、小鳥は空に向かって羽ばたいていった。
「伝言鳥なんて、面白いものを考えるわね」
隣のクラン王子を振り返り、にっこりと笑う。
「そうだね。まだ課題はあるけれど、興味深い取り組みだな」
お茶を飲みながら、一緒に鳥が去った方を眺めている。
最近は少し落ち着いてきて、以前ほどブラックではない。次々と仕事に追われるピークは過ぎて、ややゆとりのあるペースになってきた。喜ばしいはずだが、ほぼずっと二人きりなのに仕事関連で話すのに慣れ過ぎて雑談のテンポが掴めず、どこかぎこちない二人だった。
本格的に技術交流が始まって、各国それぞれの技術者たちも希望の部署に配置され、通常業務と共同事業に取り組むことになった。
まず温暖な気候で果樹や穀物の栽培が盛んなマーデ・カイからは農業研究者を派遣し、魔法植物の栽培と原料への加工工程で協力する。いずれはマーデ・カイ国内でも栽培と加工を担うことを目標としている。
次に森林と鉱物資源の豊富なゴツイデからは精密機器の技術者を派遣し、魔道具の研究と量産の工程で協力する。工程の効率化を図ったり、いずれ分業や新商品開発を担うことを目標としている。
最後に観光と教育が盛んで海洋産業や造船・貿易に力をいれるオーキネンからは薬学の研究者を派遣し、魔法植物を原料とした薬の研究と製造の工程で協力する。ゴツイデと同じく、分業・新薬開発を目標としている。
それぞれ目指す分野の組織に所属し、研修を重ねて改革案を練り実行していく。必要なものを融通するよう取り決めをされているし、今後の成果についても共有資産として投資や利益配分について当面の折り合いはついているが、必要に応じて見直していく予定だ。
そんな未来に向けた光溢れる研究棟で、サーシャは引き続き働くことを希望している。サヴァラン女史は博識でとても頼りになる上司であり、気さくで面倒見がよく、これまで周囲で見たことの無い、目標としたい女性。そんな人の片腕になれるなら嬉しいし、面談では給与の提示もそれなりにあったので、弟妹の教育費くらいは仕送りができそうだ。
「サヴァランさん、会議資料が揃ったので運んでおきますね」
「ありがとう、サーシャ。ついでに・・」
「コーヒーも開始前と一時間後に配達してもらえるよう、依頼済みです!」
「さすが、頼りになる助手ね」
「お任せください。でも、前みたいに遅刻はしないでくださいよ?」
「あら、もう貴女に任せても大丈夫じゃないかしら」
「評価はありがたいですが、責任者不在はマズイでしょう」
「ううん・・・、じゃあ貴女の役職でも申請しましょうか」
「正当な評価なら謹んで拝命します」
「ふふ、言うようになったわね。今日は遅刻しないわ、冷めないうちにコーヒーも飲みたいもの」
仕事中、単なる事務的な業務連絡だけじゃなく、軽口を言い合うのも楽しい。
父母はまだ当分、現役で活躍できそうだから、現在宛の無い娘の婚家への期待なんて捨てて、送金を元手に弟を跡取りに育てたら良い。他人の財産をあてにするより、己で努力する方が確実で建設的だ。
親の希望する資産家貴族に嫁いだところで、顔色を窺って機嫌を取り、実家への援助を乞う日々なんて想像するだけで気が重い。三歩下がって主人を立てる貞淑な妻を見下している訳ではなく、自分には向いていない生き方だと確信がある。
現陛下の勢力が優勢になれば、これまでの身分だけ貴族はこの先淘汰されていくだろう。身分も男女も関係なく、努力は報われるべきものだ。でないと、誰も頑張らなくなって結果的に全て沈んでしまうだろう。
ポルテも同じく、仕事を続けること希望している。当面は研究所で補佐を、平民への教育機関整備が本格化すれば、そちらに関りたいと思っている。
自活できる給与があるなら結婚は必ずしも希望しないので、ご縁があれば考えようかな?くらいの気持ちだ。
家事に家業の手伝い、その他『このくらい』と見下される誰がやっても良いが誰かがやらないと回らない日々の雑務、それらを当たり前のように女というだけで押し付けられ、給金も無しで働かされ続けた実家の食堂時代を思えば、自由な選択肢があるだけで人生のモチベーションが違う。もっと広い世界があると知り、努力で勝ち得る機会を得た。
「ポルテサン、試験用ノ紙はドコ、アリマスカ?」
「手に持っている小さい方ですか?」
「ソウ、コレ。スモル、ノホウ」
「スモル、オーケー。奥の棚です、ご案内しますよ」
技術交流が始まって日常的に外国人と接し、習ったばかりの言葉を交えてコミュニケーションをするのも新鮮だ。サーシャのように流暢には話せないが、伝わると嬉しい。
在庫の場所を説明して、一階にあるメールボックスの確認に行く。各部署から本館や温室など離宮内の他の場所へ届ける物、王都や他の都市、また他国など離宮外へ届ける物を仕分けしたり、逆に届いたものを部署別に分けて急ぎの物は届けたりするのもポルテの仕事だ。
基本的には送りたいものがある人が、届け先別になった指定場所に置いておく。そうすると離宮内を巡回する定期馬車の担当者が持って行き、届け先に置いてくれる。離宮外宛は本館に集められて最寄り都市のアサギへ一括して送り、そこから届け先や形状、急ぎか否かで再び仕分けられ、馬車や騎馬、鳥を使って各地へ送りだされる仕組みになっている。
この定期便馬車が行ってしまうと、急ぎのものは自ら届けるしかない。特に離宮外宛は本館へ持参するとアサギ行の便に追いつけるので、たまにダッシュする機会があった。
見ると、回収済みのはずの箱に、ポツンと置かれた王都行の発送物。定期連絡用の袋に入ったソレは、今日が発送締切だったもの。
「まったく、この担当者は・・・!」
遅刻常習犯というか確信犯というか、五回から三回に一回は回収時間以降にそっと置いてある。注意しても悪びれず、毎回スイーツで懐柔してくる困り者だった。
ポルテは袋を持って本館のメール室を訪ねると、
「あら、ポルテじゃない。どうしたの?」
ブランテールが声をかけて来た。珍しく地味で装飾品の一つも無い、パンツスタイルだ。
「定期便に間に合わなかったのを持ってきたのよ、王都行きの書類。ブランテールこそ珍しいんじゃない?こんなところで」
「ホホホ。私も最近、荷受けや発送の手伝いをしているの。アサギ行きの馬車に同乗することもあるのよ」
技術交流が本格化すれば今よりも協力国との荷が増えると予測されるので、流通面での対応をしているらしい。
これまで離宮と外の間には週二便の定期便しか無かったから、交流開始と同時に、まずは週五便になった。それでも離宮から最寄りの中継地であるアサギまでだから、アサギから各地への連携を模索中なのだ。機密性が高く急ぎ案件も多く発生するので、こちらも周辺三国と協力体制を築かなければならない。
その責任者がワイアン氏で、今はアサギに駐在しているそうだ。
「ラミーのように馬には乗れないけれど、御者は出来るようになりたくて練習しているのよ。いつか役立つかもしれないでしょう?」
貴族令嬢が御者になって一人で出かけるなどまずありえないから、役立つ日が来る確率は低いかもしれない。それでも楽しいのか、万一の時に出来ることが多いほうが良くない?と、積極的だ。
以前の威圧するような迫力ではなく、頼もしく堂々とした輝きがある。ポルテが持参した書類を受け取り、今日もアサギへ同行するのだと嬉しそうに笑った。
あの、与えられてナンボな強欲ぶりからは想像もつかなかった姿である。学習の成果でもあるだろうけど、ワイアン氏が関わっているのも大きな理由かもしれない。自覚はなさそうだが、愛は偉大だとポルテは思う。
「そうね、出来ないより出来た方が、いざと言う時に役立つと思う」
「ホホホ、ですから、その荷もお預かりしましてよ?」
堂々と差し出された手に、持ってきた荷を託す。
「ありがとう、お願いします」
製品出荷と違い、アサギ行きの荷物はそれほど多くは無い。荷積みを終えると御者と並んで座り、ブランテールが手綱を握る。
離宮を出て谷を渡り、山道を下る。しばらくは一本道で、途中に二カ所ほど真新しい小さな小屋がある。先月から兵士が常駐し、見回りを強化するようになったのだ。
麓にある小さな村を抜けてしばらく進むと、街道に出る。ここからは道幅も広くなり、それまでほとんど無かった人や馬車の姿を見かけるようになる。畑や牧場など、人の手が入った風景に変わっていく。
それらを眺めながらしばらく行くと、周囲をぐるりと石壁に囲まれた都市が見えて来た。
身分証と馬車の所属証明書を提示して門をくぐり、整備された街並みの石畳の道を進んで、中央に近い柵に囲まれた石造りの立派な建物が見えてくる。一階部分に馬車のまま通り抜けできる道のようなスペースが二つあり、その一つに入ると頑丈な扉の前で馬車を止めた。
警備をしている男が一礼し、扉を開ける。中から中年の男女二人が出てきて、積んできた荷物を中に運ぶ。ブランテールと御者も手伝って運び終えると、運び入れた荷の一覧を渡した。
「ブランテール様、上でワイアン様がお待ちです」
始めて同行した日に、二階にあるワイアンの執務室へ通されて以降、毎回のお約束になっている。
御者が持ってきた荷物一覧と持ち帰る荷物をチェックする間、ブランテールはワイアンと鳥を使った伝達の試行錯誤に付き合う。
二階の一角は鳥小屋に改修されており、大小さまざまな鳥が飼われていた。世話をするのはライアンの遠縁にあたる少年たちで、後妻に息子が誕生して実家に居づらくなった兄弟だ。
オウムやカラス、ハトやスズメに似た鳥たちは、みな同じような青い羽。すべて元は野鳥、野山で魔法植物を使った特殊な餌で餌付けする。羽が青く変色し、呼べば反応する個体を集めて訓練していくのだ。
伝書鳥は古くから使われてきたが、この特殊餌を与えながら訓練すると、体力が向上して寿命も延び、伝言や会話が可能になると分かった。
「いつもありがとうございます、ブランテール嬢。貴女が来てくださると、とても励みになります」
ワイアンはいつも感謝と労いをくれる。必ず手を止めて一緒にお茶を飲み、仕事のあれこれを話してくれるのだ。
相談より雑談に近いが、一緒に考えて知恵を絞る時間は楽しくて充実している。たまに脱線が過ぎると、食事から生活面のプライベートな話題に発展することもしばしばだ。そのせいで、ワイアンは朝が苦手で何度も起こされないと目覚めないとか、トマト料理は好きだが生は食べられないとか、ブランテールは鏡を見ると百面相のような顔面筋肉体操をしてしまうとか、靴を履くのは必ず右からで、うっかり左を先に履いてしまったらやり直すとか、どうでもいい情報量も増える一方だった。
そうして得た小ネタを、実は二人ともこっそり大事に反芻していたりする今日この頃。ワイアンにとって高嶺の花に思えたブランテールと、ブランテールにとって恋愛対象圏外だったワイアンは、今日も雑談を交わしつつ、互いに距離を詰めていると気付いていない。
そこへ、青い小鳥が窓から飛び込んできた。ワイアンとブランテールがいるテーブルの上に舞い降り、幼児のような高い声で伝言を伝える。
「オ似合イデスヨ、オ二人サン。モウ結婚シチャエ!」
シルベーヌの本音爆発な伝言に、二人は赤らめた顔を見合せた。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「デキレースの裏側」
国王夫妻と宰相、ナミルのルーモス大人の密談。




