42.王子妃と公爵夫人
各国から技術者や研究者が派遣され、共同事業が始まって半月あまり。歓迎の宴から業務開始、関係者の生活対応に至るまで、驚くほどスムーズだった。
実際に業務が始まると微調整も必要だったが、大きなトラブルは無く、意欲に溢れた勤勉な人材が増えたことで、離宮全体が活気づいて滑り出しは好調と言える。多少の言葉の壁があるものの、個人単位でのコミュニケーションもなかなか活発なようだ。
身構えていたシルベーヌやクランも拍子抜けしながら両陛下に報告すると、各国内でこの事業が利用され、それぞれいい感じに換気できたらしいと知る。
この離宮では小物なネズミ捕りくらいしか無かったけれど、貴族が絡んだ地下組織を暴いたり、二枚舌を使い分けていた重鎮の息子を処分したり、悪徳商人連合に亀裂を入れて瓦解させたりと、国家運営の健全化のために様々なシナリオが用意されて無事に上演を終えたそうだ。
ご近所国トップの横連携に感心しながら、将来トップを担う二人は、まだまだ学びと思い切りは大事だと襟を正した。
その一方で、キャパオーバーによるフリーズが起きている。
長年、貧乏で引きこもり自給自足生活をしていた伯爵令嬢に、ここ一年弱の濃密さと環境変化は刺激が強すぎたのかもしれない。
借金返済のために就活をしていたのは確かだが、最低時給より少しでも高い仕事を探したつもりが、いきなり社長秘書にスカウトされ、同時に夫人になるよう求婚されたようなものだ。
「大丈夫?ラミー」
シルベーヌがラミーの視線の先で、手をかざしてヒラヒラと上下させる。が、反応はイマイチで、何度試しても心ここにあらずな感じ。
物憂げに俯き加減で静止したままの美少女は一枚の絵画のようだが、その脳内はバグだらけである。
昨日はどうやって帰ったのか、記憶が曖昧だった。ランチの後は、棚の整理をした気がする。手間はかかるがマニュアル判断の単純作業で頭を使わないから、むしろ機械的に出来て捗ったかもしれない。
とりあえず、離宮合宿終了後の就活は成功したハズ。ナミル殿下本人から、新事業の補佐を依頼されたのだ。目標の借金返済も、かなり目処が立ったんじゃなかろうか。
そのついでみたいに、婚約とか結婚とか言ってた気がするけど、現実味が無さすぎる。
夢?空耳?
あまり読んだことないけど、童話か小説と混同しているのかもしれない。
今朝は、初めて寝過ごして朝食に間に合わなかった。侍女が声をかけてくれた気もするけど、何と答えたのか記憶が無い。休日で助かったけれども、こんなに覚醒が曖昧なのは初体験だ。
儚げな見た目で誤解されやすが、昔から身体は頑丈だし寝起きも良く、食欲減退なんて考えられないし体力にも自信がある。貧乏生活が続いても、これまで体調を崩した記憶すらないのが自慢なくらいだ。
それなのに・・・・。
シルベーヌの指示で侍女たちに身支度をされて隣の私室へ招かれ、促されるまま人形のように窓辺にある椅子に座らされても、まるで他人事のよう。レースのカーテンが揺れるのをぼんやりと見つめながら、昨日の棚整理と同じく機械のように一定のペースで皿に盛られた小粒のチョコレートを口に運ぶだけだった。
「あらあら、汚れているわよ?」
シルベーヌはそのペースを乱さぬように手を取り、そっと指先を拭う。
「さあ、キレイになったわ。そんなにチョコレートばかり食べたら、肌が荒れるわよ?」
包み込むように握られた手から体温が伝わり、ラミーは目の前で微笑むシルベーヌを認識すると、徐々に意識が戻ってきたようだ。
「うわ!シ、シルベーヌ、いきなり何??」
その反応に呆れながら、ため息を一つ。
「もうお昼よ?軽食を頼んであったの、届いてるけど食べる?チョコ食べ過ぎて入らない?」
食べかけのチョコレートが乗った皿と、空になった紅茶のカップが目に入る。と同時に、ぼんやりしていた記憶を巻き戻して高速再生を始める。
覚醒したラミーはやっと、今日は休日でナミルとピザランチをしてから一日経過し、シルベーヌの私室にいることを理解した。
「お茶を淹れなおしましょうか」
結局、侍女の増員をしなかったので、妃候補たちについていた使用人は研究棟か宿舎のヘルプで多忙を極めており、室内には二人だけだ。おかげで、ほぼ確定の王子妃も、休日昼間は侍女無し生活をしている。
席を立ったシルベーヌはしばらくして、軽食と紅茶を持って戻ってきた。
優雅な手つきで紅茶を注ぎ、サンドウィッチとスコーンの入った皿をテーブルに置く。サンウィッチは蒸し鶏やハム、色とりどりの野菜が挟まれて断面がキレイだ。スコーンにはベリージャムとクロテッドクリームが添えられている。
ラミーはうっとりとした視線を向け、女子向けメシテロ効果抜群なビジュアルで、昨日の夜からろくに食べていないのを思い出す。チョコレートは無かったことになった。
「ガーナミル殿下がバランタイン公爵を後継するのは聞いたわよね?それでラミーが婚約も了承したって聞いたけど、本当?」
ブフッ!
直球な質問に、思わず紅茶を吹く。咄嗟に向きを変えてシルベーヌにもランチにもかからなかったことは、褒めて欲しい。
「違ったの?両陛下を通して報告を貰ったのだけど、まさか誤報?」
青ざめるシルベーヌに、ラミーの方が驚く。
気を取り直して、ラミーは先日のやり取りを伝える。業務補佐のついでのように公爵夫人を勧められて、勢いで了承したまま肯定されているだけだ。
ふむ・・、とシルベーヌは状況を整理して考え、
「それは、殿下が悪いわね」
バッサリと言い切った。
全く、いくら時間が無いからと言って、仮にも女性を口説くトコロをあれこれ端折り過ぎでしょう。でも、ラミー相手にのんびり構えていたら国家計画が数年単位で遅れてしまうのも事実。
険しい顔で唸ること数分、シルベーヌはラミーに向き直る。
「ラミーはガーナミル殿下が好きよね?」
真剣に聞かれて、答えるよりも先に顔が真っ赤になる。
「・・・・うん」
小さく絞り出すような返事と共に、頷いて肯定する。
「とても本気に聞こえなかったかもしれないけど、それはプロポーズなの。来月末の晩餐会で新組織発表があるからって、だまし討ちみたいな意思確認だけれどね」
そうしてハッキリキッパリと状況を説明する。
「まず、ガーナミル殿下はラミーの仕事を評価している。これは間違いないわ。それから人柄も好ましく思っている、これも王室会議で公表しているから確定次項よ。ここまでは良い?」
吸い込まれそうなアメジストの瞳をクワっと開いて聞き入る姿は、可愛らしさの奥に妙な迫力がある。ラミーは自分に言い聞かせるように、こくこくと大きく頷いた。
「で、来月末に正式発表される新組織で、殿下は公爵位について新事業の責任者に就任する。これも決定事項なんだけど、同時に王弟の復帰は貴族にとって大きな意味があるのよ。分かる?」
迫力の美少女に見つめられながら、シルベーヌは淡々と語って問いかける。ラミーはしばらく考えて、答えを出した。
「ええっと・・・公爵夫人の座を狙って混乱が起きるかもしれない?」
「正解。王子妃募集の反応を見れば分かるように、いきなり男性の独身高位貴族が現れたら、餌を争う池の鯉よろしく無節操な輩が娘や親戚を売り込みに来るでしょうね。でもぶっちゃけ、そんな輩の相手をしている余裕は無いの。そこで、ラミーの出番よ」
ふむふむと話を聞きながら流れを脳内で反芻していた美少女は、名指しで点目になった。シルベーヌは気にせずに続ける。
「新星のごとく現れた新公爵には、すでに離宮で意気投合して心に決めた伴侶がおり、余人に入る隙は無いらしい。と、印象付けて牽制したいの。仮にも伯爵令嬢だし、何よりその外見はモブを黙らせる効果バツグンだし、王子妃候補として教育を受けた今はどこに出しても恥ずかしくない淑女よ!」
「・・・それはつまり、私が殿下の虫よけという・・」
シルベーヌは、ちょっと悪い顔でにっこりと笑う。
「言っておくけど、名目上とか仮に、とかじゃないから。もちろん、ラミーが嫌なら無理強いはしないけど、本音を聞かせて?」
シルベーヌの言葉を何度も反芻して噛みしめて、ラミーは自分自身に問いかける。ナミルさんが好き。これは揺らがない。
けれども、話が大きすぎて心臓がバクバクする。事業責任者の補佐?は、ともかく、公爵夫人??
改めて聞いても、どこか自分からは遠い世界の話みたいで現実感が無い。
「えっと・・・ナミルさんに認めてもらえたのは嬉しくて、仕事を続けられるのも有難いんだけど・・・・公爵夫人って言われても遠い話過ぎて実感無いっていうか、まだ他人事みたいな気がしてる」
名ばかりの伯爵令嬢で借金返済しか考えていなかっただろうから、降って湧いたような話に実感が無いのだろう。が、仮にも貴族生まれでこの美貌、おまけに一流の教養を身に着けて合格を貰った今、努力で勝ち取ったと自慢しても良い結果にどうして尻込みするのか分からない。
「ねぇ、ラミー。あなた私の友人よね?」
「?そう、だと思ってるけど、違ったの??」
凄まれた勢いにビビって、後ずさる。勘違いと指摘されたら、泣く。
「どうしてそんなに自信無いの!友人よ、しっかりして!!」
「うう、よがったぁ」
安堵して、うる目の涙に変わる。
「本っ当に話が進まないわね、もう質問を変えるわ。『はい』か『いいえ』で答えて」
涙目のまま、こくりと頷く。
「念のため、最初から聞くわ。ガーナミル殿下が好き?」
「はい」
「オッケー。合宿後も、新事業で殿下と一緒に仕事したい?」
「はい」
「オッケー。殿下を私生活でも支えたい?」
「・・・支えたい、けど・・・シルベーヌみたいに自信無い」
「あのね・・・、そこでどうして私が出てくるの?」
「一緒にいると楽しいけど、面倒見てもらってばかりなの。シルベーヌがクラン王子を助けるみたいに、上手にリードしたりフォローしたり出来ないわ。褒めてもらっても対等に並べる気がしないし、頼って貰えないかもしれない」
シルベーヌは呆れたように笑いながら、ぎゅっとラミーの手を握った。
「ここだけの話よ?王妃陛下から聞いたんだけど、殿下がラミーのことを話す時は、口調も表情も優しくなるそうよ。大事な人だ、っていつも仰るんだって」
また頬が上気していく。嬉しくて、乾き始めたのにまた涙が滲む。
「ラミーはどう?殿下を大事な人だと思う?」
ぐしゃぐしゃの顔が恥ずかしいけれど、目をそらさずに大きく頷いた。
「うん、それって勇気が湧いてこない?私はクランが好き。だから支えになりたいし、王子妃や王妃になる努力は惜しまない。絶対の自信なんてないけど、正解も決まっていないんだから今から心配したって無駄でしょう?むしろ失敗ゼロなんて不可能だと思うしね」
言いながら、ハンカチで優しくラミーの目元を拭ってくれる。
「だから、ラミーはもっと自信持って良いの。自分が信じられないなら、私が保証するから。それに、親友が公爵夫人になってくれたらすごく心強いわ」
数日後、脳内会議をしてもぐるぐるするだけで、答えは出ないと悟った。
森の研究所に通う日々は変わらず、ナミルさんもフジさんも留守がちだ。新組織発表時までに常識をひっくり返すような研究成果は出ないけれど、既存品の効率化と経費削減になりそうな結果は得られつつある。逆転ホームランが打てれば花を添えらるだろうが、送りバントや盗塁も未来へつなげる立派な努力だ。
夕方、ひょっこり帰宅したナミルさんに誘われ、二人でキリシマに乗って森を駆ける。
「急に悪いな、どうしても貴女に伝えたいことがあってな」
「構いませんが、どこに行くんですか?」
至近距離の会話にドキドキするけれど、その温もりに安らぎも感じる。
「ああ、前に行ったところだ」
「私とですか?」
「そうだ。ムードがどうとか叱られたが、俺はどうもそういったことが苦手で他に思いつかなかった」
ついたのはいつかの花畑、緑の森に囲まれたオレンジの空の下、色とりどりの花が咲いていた。ひらりと馬から降りると、ラミーの手を取って抱き寄せるように降ろす。そうしてラミーの前に跪き、手を差し出した。
「愛しいラミー嬢、俺と生涯を共にしてくれませんか?」
これだけはっきりと意思表示をされたら、もう恥ずかしがっている場合じゃない、照れ隠しも必要ない。必要なのは覚悟だけ、逃げ道を探すより腹をくくりたい。
「はい。私で良ければ、喜んで」
ラミーはナミルの手を取り、正面切って返答した。真っ赤になっているだろう顔が、夕焼けに照らされていて良かったな。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
気に入って頂けたらイイネや評価などポチってくださると、とても励みにまります。
毎週金曜 6:20 更新中。次回、「筆頭公爵家の攻略」
研究棟女子と、ブランテール&ワイアンのお話。




