41.就職先内定
淡い金糸はひとつにまとめ、服は飾り気のない動きやすさ重視のラフスタイル、ラミーは厩舎の馴染みと他愛のない会話をしながらキリシマを連れ出し、森へと駆ける。楽しく清々しい、出勤ルーティン。
ラミーがそんな新しい日常に馴染むのに、淑女教育や接待実習のような時間はかからなかった。
倉庫や家畜小屋、温室などの建物群を抜けると一気に速度を上げ、川に沿って北上し、浅瀬で渡ると森を抜け、僅か三十分ほどですっかり通いなれたポツンと一軒家にたどり着く。
必要な時に呼べば戻るので、キリシマは玄関前に乗り捨て状態。荷物や鞍を外すと、勝手にどこかへ行ってしまう。奔放なようだが、ラミーかナミルが呼ぶと必ず戻ってくる利口で律儀な暴れん坊である。
ラミーは慣れた手つきで開錠し、
「おはようございまーす」
勝手に中へ入って行った。所定の場所へ自分の荷物を置いて、周囲を確認する。今日も無人のようだ。
やることも道具や備品の扱い方も一通り習って、留守は任せるとお墨付きを貰っているので、仕事をするだけなら問題はない。
「なんだ、今日も誰もいないのね」
ここ最近、ナミルと顔を合わせると心拍数が上がるので、不在だとほっとする。けれど、少し寂しい。
しょんぼりを自覚したラミーは切り替えるようにキッと顔を上げて、パシンと頬をたたいて気合を入れた。
「今は試用期間、しっかり働いて内定貰わないと借金返済できないんだから!」
これが人を好きになるという感情、両親や使用人、講師、シルベーヌたちやクラン王子、研究棟や畑、厩舎で知り合った誰とも違うとハッキリわかる。
自分なのに自分じゃないようで、気持ちの振り幅が尋常じゃなく大きい。幼少期から誉め言葉は受け流し、明日の食料に関わるから常に冷静を保って、愛だの恋だのは両親のような特殊個体かフィクションにしか存在しないと思っていたの。
けれどシルベーヌと友人になって、クラン王子を想う気持ちで努力を続ける姿を見ると、実在する感情だと理解できたし不可能を可能にするくらいの原動力にもなるスゴイ力だとも思ったわ。
そう、実在すると分かっても、あくまで他人事だったの。それが存在を知っていくらも経たないのに、自分の中から湧き上がるような感情だったなんて、恥ずかしいのに制御もままならないなんて信じられない!
「ちょっと寂しいけど、ナミルさんが今日も留守で良かったわ。好き、だけど遠い人だしね」
ラミーは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、業務を開始した。
この家の中は初めこそ雑然とした印象だったが、一緒に仕事をするようになると、けっこうしっかり管理されていると分かる。
ざっくりしているように見えて、温室の世話や在庫管理、研究の進め方の一つ一つに、毎日や週イチ、月イチのルーティンがあるのだ。一人でやっていたから細かな表示は無いが、在庫は使う場所を基準に数カ所に分類してあるし、消耗品は手に取りやすい手前に古いものが来るように配置されている。書類や資料も無造作に積まれているようでも種類別の山になっていて、確認や見返す必要のあるところは折り曲げた紙を仕切りに挟んであったりする。
毎日欠かせないのが温室の世話と研究途中の経過観察で、週に一回はよく使う在庫の確認と補充、月一回は定例報告書の作成とデータ整理である。
その他に依頼された仕事や独自の研究などがあり、以前はナミルが作成し、今はラミーが作成と管理をする予定リストとして共有している。目的や目指す結果を理解しているが念のため言葉にして確認して詳細を詰めるものの、リスト内容はシンプルだ。
・形状別実験、結果報告書送付
・温室、新規三種
・棚移動
「まずは経過チェック、それから温室ね。報告書までは午前中にしておきたいし、急ぎましょ」
ラミーは現在研究中の実験体が並ぶ机に移動すると、観察項目に沿って記入していく。数値や形状、さらには気になった事柄も備考欄に記す。
『貴女の観察眼は素晴らしい、計測は早いし細かな違いを見つけるのが上手だ』
ナミルが誉めてくれたことを思い出し、思わず噛みしめそうになった笑顔の残像を払いのける。
「一つ目と二つ目の数値は予想通りね、四つ目以降が興味深いわ。期待通りなら、もっと予算を下げられるかも」
知識をつけて仕事をするのは、楽しいと思う。新しい発見や誰かの役に立つ結果を出せると、やりがいを感じるし、もっとやりたいと欲も出る。
この離宮に来るまで、日々の食料調達や住居修繕なんかの目先の問題ばかりに必死で、将来を考えるなんて思いもしなかった。仮にも貴族に生まれたのだから、いずれは親の決めた誰かに嫁ぐのが一般的だと知っていても、うちみたいな社交界さえ出られない貧乏没落家には縁のない話だと思っていた。
だからと言ってなんとか仕事をして収入を得ようとしても、目につく範囲の仕事しか知らず、かろうじて読み書きができる程度の小娘が、自分や家族の食い扶持を稼げるとも思えない。
若さを武器に外見を取り繕って見初められたとして、愛想良く貞淑な妻になれる自信も無い。だから色んなことを、始める前から諦めていたんだなと思う。いや、生きる道に選択肢があることも知らなかった。
「うん、絶対にナミルさんに認めてもらって、ここで働き続けたいわ」
観察日誌を書き終えてムン!っと鼻息荒く気合を入れると、次のルーティンをこなすため温室に向かう。
栽培中の魔法植物の世話を一通り終えて、リストの『新規三種』をこなすために確認する。ナミルが入手した新しい苗が三種、物置棚の下段に置いてあった。
一口に温室と言っても原料になる魔草を大量生産する場と違って、ここは室内をいくつかのスペースに区切ってある。最新の装置を備え、気温はもちろん湿度や日照時間も区画ごとに変更可能なのだ。
新しく手に入れた苗は、産地に近い条件で量産可能か、違う気候でも育つのか、また育つなら変化があるのかを実験する。
魔法植物は森や草原に自生しているものだが、畑で量産するのは難しい。たいていは枯れたり腐ったりしてしまうし、育っても花や実をつけないことも多い。
しかし、量産出来れば安定して薬や道具を作る材料に出来て値段も抑えられる。稀に温暖地原産の草を寒冷地での育成に成功して魔法強度が上がる、なんて好ましい成分変化が確認されることもある。
膨大で地道な作業を続けるからこそ、手にできる成果で喜びだ。
という訳で、新しい苗は原産地の気候を中心にその他の気候にも分けて植える。種類別に日誌を作成し、必要事項を記入しておく。
けっこう時間がかかってしまったので、急ぎ戻って午前中のノルマと決めた報告書を確認すると、すでに完成されて送付のみの状態だった。
「さすが、シゴデキなナミルさん」
ながめて感心し、帰りに送付先である研究棟へ寄ることにして、一息つこうとキッチンへ向かった。
ボタン一つで出る水を専用のポットに入れて、これまたボタン一つでしばらく待つとお湯に変わる優れもの。ティーポットに茶葉をいれて注ぎ、カップと一緒にテーブルに運ぶ。
責任者不在でも、なかなか福利厚生の充実した職場で、毎日新しく昼食とおやつの用意がされている。今日はマーデ・カイの第二都市で人気というシーフード・ピザだ。薄い円形の生地に香辛料のきいたソース、イカやエビ、ハーブを乗せて焼いたもの。具材違いで三枚もある。
このランチ保管に使われているのも魔法道具で、モノを入れて閉めると次に開けるまで時間が経過しないという便利な箱だ。さすがに三枚は多いので、どれにしようか迷っていると、
「お、今からランチか?」
しゃがみこんだ頭上に、久しぶりの低音イケボが響いた。ギクリとしたラミーが振り返って見上げると、上着を脱いでシャツの袖をまくったラフスタイルのナミルが、ニカっと笑った。詳しく聞いたこともなければ実物を見たわけでもないが、この家には国内各地へ行ける転移装置があるらしい。
なので、帰宅は玄関からとは限らず、私室方面な場合も多かった。
「俺も一緒に食いたいな、ちょうど貴女に話もあるし」
なんか、心臓飛び出そう。頬が上気していくのが分かる。このまま顔を合わせるのは恥ずかしいけど、そらすのも失礼かしら!?
ぐるぐる回転する思考と反対に、身体は固まって動かない。
「こ、こんにちは・・」
焦って出て来たのは、まぬけな挨拶。そうして続くネタも思いつかず、普通にしたいが、もう普通が何かも分からない。
「ああ、ピザ美味そうだろ?昨日行ったマーデ・カイの店の人気メニューで、迷って全部買ったヤツ。貴女と全種制覇したい、ってのもあったしな」
ははは、と笑いながらラミーを立たせて、ピザ一枚と戸棚から出した自分のカップを取り出して渡すと、今度は引き出しからピザカッターを取り出す。
「向こうで切るか」
残り二枚とカッターを持って、ラミーを促した。
向かい合わせに座った二人。テーブルには三枚のピザ、ティーポットにカップが二つ。ナミルはピザをカットし、ラミーがお茶を淹れた。
緊張で挙動不審な美少女は見ていて面白いが、からかうのは大人げない。
「まだ温かい、冷める前に食おう。魚介に香辛料、俺が好きで選んだんだが、もしかして苦手だっただろうか?」
海の無いルーモスではほとんど使われない食材だから、配慮が足りなかったかと思い至る。が、
「大丈夫、食材で苦手なものはありません。離宮にきてから勉強も兼ねて様々な料理を頂きましたが、他のどなたかが苦手でも私が食べられなかったものは無かったです。むしろ、どれも珍しくて美味しかったですよ」
ソコは全くと言っていいほど心配無用だった。まぁ、グルメには程遠い自給自足生活が長かったから、調理されて出されるものなら何でも有難い。
「それは良かった、ぜひ食べてみてくれ」
ナミルが勧めてくれたピザは、どれも美味しかった。特にピリっと香辛料のきいた刺激のある味は、クセになりそうだ。食べながら話してくれたマーデ・カイの漁や香辛料の話も楽しい。明かりを灯して集まってくるのを獲るとか、同じ仲間の実でも丸かじり出来るくらい甘いものから小さなカケラでもヤケドしそうなくらい辛いものまであるとか、授業で習った知識がより鮮明になっていく。
「じゃあ、どうやって見分けるの?」
「分かりやすいのは、色だな。赤が辛くて緑や黄色が甘い。たまに緑でも激辛があったりするがな」
「それ、料理人が困るんじゃない?」
「ははは、その通り。まぁ、激辛は小さいんだそうだ。実際にかじってみる料理人もいるが、現地じゃ激辛に当たると幸運が訪れる説もあるぞ」
「そうなの?じゃあ、辛いのはむしろ大当たりなのね」
気付けば、以前のように普通に会話していて、ラミーはふと思い出した話を振ってみる。
「そういえば・・・何か私にお話しがあるんでしたっけ?」
楽しそうに会話をしていたナミルは、そのままの上機嫌で肯定する。
「ああ、そうだったな・・・」
周囲を見回し、滞りなく仕事がすすめられていると確信し、改めて正面からラミーを見据えた。
「シルベーヌから聞いていると思うが、今度、国の新事業として魔法植物部門に一層の力を入れることになって、その責任者に正式に私が任命された」
静かで力強い声に、
「はい、おめでとうございます」
なるべく平静を装って返事をした。
「そこで、貴女には私の補佐をお願いしたい」
ごくりと唾をのんで、
「はい、光栄です。謹んでお受けします」
精一杯真面目な顔で回答する。やった、職場確保だ!
「ついでに王族を離れて長く空位になっているバランタイン公爵を継ぐことになったんだが、そっちの補佐も頼みたいと思う。どうだろう?」
「はい!私で良ければ喜んで!!」
公爵家で補佐?そんなの、倍速で借金返済できそうじゃない!?
「具体的な役どころだが、公爵夫人はどうだろうか」
「はい、もちろん光栄で・・・・す・!?」
あれ?ちょっと待って・・・?
「貴女の了承が得られて安心した。今すぐでは無いが・・・・貴女のご実家とも話し合ってまずは婚約、結婚は少なくとも成人してからが良いだろう」
え?婚約?結婚??いきなり、何をどうして・・・・ボン!
混乱から妄想に入り、知識として知っていた誓いのキスで、ラミーは爆発した。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「王子妃と公爵夫人」
シルベーヌとラミーがメインのコイバナ?モドキ。




