40.面倒な仕事と決意
「この方、次には決着をつけましょう」
シルベーヌが以前から集めている『ヤバイいかも人物リスト』に記された一人の男、特徴は次の通り。
”長身でやせ型の中年男性、暗めの金髪、ゴツイデの従者”
”背が高く金の長髪、ノリが軽くて愛想が良い”
”暗い色みの金髪で長身、従者なのに単独行動が目立つ”
共通点も多く、思い描く人物像を認識しやすい。初めて訪れた時、案内した研究棟内で一人はぐれていた。方向音痴だと言い、実際に道を聞かれた者も多いが、軽いノリで魔法植物の保管や研究資料の場所についての話題を巧みに誘導する。ジョークが好きで憎めない印象を、故意に作ろうとしていた。
苦労して条件を見直し詳細を詰めて動き出した周辺国家との共同研究開始を前に、このような人物を見過ごすわけにはいかない。
セキュリティの厳しいこの離宮で他国と共同研究を行うと決まってから、協力国に対していくらかの緩和がなされた。本来であれば敷地内に入る全員の事前登録から訪問申請、許可されても当日の荷物や身体検査がある。しかし、協力国に対しては毎回の検査を簡略化し、御者や従者などの使用人については人数の規制だけで申請免除をしたのだ。
信頼の証として譲歩を示し、柔軟に対応することでより良い結果が望まれると期待を込めた。
だからと言って、さすがに関わる全ての人間が上部の決定を尊重して心から忠誠を誓い、滅私奉公してくれるほど甘くはない。皆、原則は己のために行動するのだから。
「まったく、頭が痛いわね。これからも人の選別が日常的な仕事になるのは、気が重いわ」
俯いて書類と格闘しながら、シルベーヌが愚痴る。
「苦労をかけるね、お茶をどうぞ」
王子が手ずから淹れたお茶を、机の端に置く。シルベーヌははっとして顔を上げた。
「!・・・ごめんなさい。聞かなかったことにしてくださる?」
穏やかな声に相変わらずのキレイな真顔、目の前の人は生まれながらにその責を負っている。自分から支えたいと志願しておきながら、軽率な発言だったと反省。
「大丈夫、愚痴くらいいくらでも僕が聞くよ。人を選別しているんじゃなくて、まっとうな人が普通に働ける環境整備をしているだけ。僕たちは現場に出られない分、十分なパフォーマンスを発揮してもらえるよう人や設備を整えて結果を出しやすいようにするのが役目だから。ね?」
ー生まれ持った僕の役目は変わらないけれど、君が一緒にいてくれるから心強いんだーなんて心情は秘めたままだったが、そんな心の声をこめた王子に見つめられて、シルベーヌは蒸発した。
真顔で至近距離はムリ。なんかうっすら笑顔要素とか混ざってるし、破壊力倍増してる・・・。
その日、ゴツイデからの客人を迎えたのはチェルシーだった。
「ようこそ、お越しくださいました。歓待の準備が整っておりますので、まずはおくつろぎください」
にこやかにお辞儀をして先頭に立ち、案内しようとすると、
「いえ、急な申し出に快く答えて下さり恐縮です。申し訳ありませんが、あまり時間がありませんので、このまま研究棟へ向かわせて頂きたい」
突っ立っているだけの初めて見る研究者の代わりに、慣れた調子で対応する従者は仰々しいくらいに長身の腰を折り、愛想良く答える。
「では、サヴァランに取次ぎを・・・」
言いかけたチェルシーを遮って、
「お気遣いなく。何度か来ているので場所はわかります。いくら私でも、そこに見えている建物ですから迷いませんよ。今回は宿舎の確認だけですから、私どもだけで大丈夫。研究棟で受付の方に声をかけますよ」
お忙しいあなた方にお手数はかけられない、見知っていただいた方々もいらっしゃいますしご心配は無用です。
爽やかに明るくツラツラと言葉を並べて、ゴツイデからの客人は半ば強引に二人だけで研究棟に向かった。
そのやりとりを少し離れてみていたラミーは、研究棟へ先回りしてサーシャとポルテに来訪を伝える。この美少女は身体能力が高くスピードはピカ一で、ゆっくりと歩いてくる客人より数分早く研究棟に到着して使命を果たす。
が、見た目は人目を引くし性格は素直過ぎるので、内偵や工作には全く向いていない。その身体能力を使えないのは惜しいが、引き返してシルベーヌに伝えるとお役御免である。
ゴツイデの従者の狙いは、機密保管庫とも言える東第三書庫だと検討はついていた。そこへいく道順は多少入り組んでいるが、特に警備は無い。鍵さえ開けられれば、侵入は容易いだろう。
従者は宿舎に案内されながら、見知った者に気軽に声をかけている。
「やあ、またお邪魔していますよ。腰の具合はいかがですか?」
「ぼちぼちだな。まぁ悪くならんだけ良しとしておくよ」
「そうですか、お大事になさってください。ああワタシですか?今度ウチの国から来る研究者が、ちょっと珍しい宗派の頑固者でね。滞在中に過ごす部屋を気にしてるもんで、ワタシが確認にきたんですよ。面倒ですが気兼ねなく研究に取り組んで欲しいですからね」
「そうか、アンタもご苦労なことだ」
ははは、と笑い合ってすれ違う。
研究棟を抜けて宿舎棟に入り、案内してくれた使用人が、二階の個室の一つを開けた。
「こちらのフロアが貸し出し予定の個室です。レイアウトなど多少の違いはありますが、他の部屋も広さや備品はほとんど変わりません」
「ほとんど・・・とは、多少の違いはあるということですか?」
黙ってついてきて突っ立っているだけの研究者にかわり、ここでも従者はにこやかに訪ねた。
「ええ。たいていは左右対称になっていたり、柱の位置で多少、寸法の違いがある程度ですが、机や書棚を交換した部屋では備品まで全く同じではありません。デザインや大小、レイアウトが異なっております。壁紙を張り替えた部屋もありますから雰囲気は違って見えるかもしれませんが、使用する分には大きな差異は無いはずです」
「左様ですか。しかし念のため、他の部屋をみせてもらっても構いませんか?いや何分こだわりの強い研究者ですから、中途半端な報告をして機嫌を損ねる訳にもいかず・・・」
わざとらしいため息やオーバーなリアクションで訴え、従者は使用人から鍵を預かり、貸出予定の個室を検めることになった。
案内の使用人が去ると、従者は用心深く周囲を探る。まだ使われていないフロアに人がいないのはもちろん、原則仕事中の昼間は宿舎棟内に残っている者はほとんどいない。
時折、箒やバケツを持った清掃担当の姿が見えるくらいで、とても静かだった。
「貴方はこのフロアにいて、万が一、誰か来たら対応してくださいね。ワタシは用を済ませてきます」
従者は主であるはずの研究者に指示をしながら預かった鍵を渡し、そっと部屋を出て行こうとした時、階段を下りてくる気配と誰かの話し声が聞こえた。
「アラ、私ったら鍵を返すのを忘れていたわ。この後、会議に出ないといけないからポルテから返しておいてくれない?」
ピンク色のフワフワ髪の小柄な少女は、サヴァラン女史の助手でサーシャと言ったか。一緒にいる少女は、あまり記憶にない。
「ええ?それって機密書庫の鍵じゃない!冷静で真面目なサーシャも、そんなウッカリがあるのね。いいわよ、預かるわ」
「意地悪言わないで。忙しかった、と言っても言い訳だけど」
「あまり使われていないし使う人も限られているから、多少返却が遅れても困る人はいないでしょ」
「まあね、じゃあよろしく!会議の準備もあるから、行くね」
鍵を手渡して、サーシャは慌てて階段を下りていく。
「転ばないようにね!」
ポルテは声をかけて、ふふ、っと笑った。
そうして階段を降りようとしたところで、
「しまった、主任にケース取ってきてって頼まれていたんだった!」
大きな声で失敗を主張して、さらにサービス情報を提供する。
「んもう~・・、また五階まで行かなくちゃならないじゃない。もうちょっと早く思い出したらよかったわ」
言いながら、預かった鍵をポケットに入れる仕草をして、故意に床へ落とす。敷かれた絨毯のせいで、音は響かない。ポルテはそのまま慌てた素振りで、階段を昇って行った。
少女の姿が見えなくなったのを確認して、長身の従者はそっと落としていった鍵を拾う。ニヤリと笑うと素早く移動し、自称方向音痴は誰にも会わないよう細心の注意を払い、一度も迷わずに最短距離で東第三書庫の前に立った。
周囲に注意を払いながら拾った鍵を取り出し、鍵穴に差して回す。カチリと小さな音を立て、静かに扉が開いた。
従者はするりと滑り込むように入ってそっと扉を閉めると、用心深く周囲を見回す。天井に近いところに窓があって、そこから柔らかく光がさしていた。奥の方は陰になっていて暗いが、明かりが無くても様子を見る程度なら困らない。
それほど大きくはない部屋、奥にいくつかの書棚と扉付きの物入れが見える。キレイに整頓され、埃も目立たないので清掃も行き届いているようだ。
従者は整理された書棚に近づくと、手近なところから物色を始めた。
”空間移動魔法””不死の妙薬””人心を掌握する魔法””爆薬の作り方””戦争必勝魔法具のすべて”etc.
チートで物騒なタイトルばかりが並んでいる。パラパラと中をめくってみると、材料や作り方が書いてあるようだが、従者には内容が理解できなかった。
「・・・フ、フフハハハ。お宝ばかりじゃないか!これで間違いなく、私も地位と金が手に入るぞおっ!!」
思わず声が出てしまい、自分で口を塞ぐ。それでも漏れる笑いを押し殺しながら、従者はダボダボの服の下にそれらを仕込んでいった。欲張って足にも括り付けたから、なんとなく動きもぎこちない。
国家事業の代表と大きな顔はしても、所詮は小娘たち。詰も甘いし警備ひとつとっても穴だらけ、チョロいものだ。収穫に満足して部屋を出ようと扉に手をかけた時、
「それを持ち出して、どうなさるの?」
陰になっていた場所から、少女が一人立ち上がった。ラミーの報告を受けて先回りしていた、シルベーヌだ。
「な、おま・・!」
従者は手にかけていた扉を勢いよく明け、飛び出そうとした瞬間、兵に行く手を阻まれて、あっけなく捕まった。
「機密文書持ち出しの現行犯ね、残念だわ。連れて行ってちょうだい」
シルベーヌが命じると、従者は引っ立てられていく。ついでに事情を聴くため、宿舎の個室にいた自称研究者もお縄となった。
これで例のリストに記された全員のチェックは終了、リストに上がった人物のおよそ二割は思い過ごしと判断、半数は注意勧告で問題行動をやめたが、三割は実際に拘束、処罰された。
個人的に資料や植物サンプル等を持ち出そうとした者は罰金と今後一切の入国禁止、離宮内の平民や格下の者に対して暴力や高圧的な態度をとった場合も同様の処分が下された。
新たに罰則を明記した協定書が作成され、悪質なものについては極刑もあり得ると協力国で共有されると、己の身分や年齢に過剰な評価で周囲に忖度を強要していた価値観の旧人たちの、小娘たちの新事業と侮る空気感は急速に薄まった。
この離宮内では小物しかかからなかったが、良好な関係を築くルーモス国王と周辺国トップの皆さまは、子供中心の新事業を餌に各国内でも清掃人事が行われて風通しが良くなったとか透明性が増したとか。
「私も、まだまだね」
シルベーヌは窓の外、遠く空を見上げて伸びをした。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「就職先、内定」
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