39.森の専属助手
寒さの厳しい北部にある離宮も、夏の盛りを迎えようとしている。晴れれば日差しは強いが王都に比べれば標高もあるので格段に涼しく凌ぎやすいし、時々の雷雨をやり過ごせばずいぶんと過ごしやすい。
王子妃候補の詰め込み授業を終えて全員が試験に合格し、デキレースと知った上でシルベーヌを婚約者と認め、就活に繋がる職業体験を始めてから約四か月。少女たちはそれぞれに経験値を上げながら、己の望む進路を見極めようとしていた。
合宿解散後の人材活用については、王妃の命を受けてシルベーヌとクラン王子が実績や本人との面談で調整している。魔法植物について周辺国と共同で進める事業を整理し、国内の組織をあらためるためだ。
新組織は来月末の王家主催晩餐会で国内外に発表される予定で、新事業の責任者はもちろん、これまでの役職も全体的に若返りを目指している。
反発が予想されるので事前調整が必要なのだが、あまり時間が無い。このあたりは十分承知の王妃が中心となって、少ない人材であちこち根回したり、組織の若返りや女性登用についての世論を活性化させたりと、王家支持の協力者に動いてもらっているらしい。
小国といえども一つの国家、そこに暮らす人々は千差万別だ。比較的のんびりした国民性ではあるものの、男性優位や貴族制度による身分差は多くの者が持つ当たり前の感覚、いわゆる常識とされる考えの基本のようなもの。
それらを覆す人事は、慎重さも必要なのだ。
さて。その合宿後の元王子妃候補たちについてだが、だいたいの方向と役割が定められつつある。
学問ラブなサーシャは研究棟でサヴァラン女史に師事し、研究開発や雑事に忙殺されながらも仕事に推し活にと幸せそうだ。
女性が勉強することに否定的な環境で育ったので、思い切り好きなことが出来る今が楽しくて仕方がないらしい。その吸収力はとどまるところを知らず、わずかな期間にすっかり居場所を確立している。
本人も希望しているので、合宿終了後も引き続き研究棟勤務になる予定だ。
文句ばかりの残念令嬢だったブランテールやエリーゼも今では別人のように前向きで、以前から好きだった服飾や装飾品に魔法植物を活かせないかと本気で研究してみたり、人材確保のための教育機関設立にも意欲を見せている。
その教育機関に最も期待を寄せているのが、平民のポルテだった。同じ平民で女性蔑視の傾向が強い家庭とはいえ、希望すれば家庭教師を雇うのも可能な大商会のお嬢様であるチェルシーとは異なり、幼少期から生きるために働く合間を縫って独学を続けてきた彼女にとって、公的な教育機関は思いつきもしなかった仕組みなのだ。
お金や時間が無いから、親の理解が無いからと諦めなくても、誰にでも平等に学ぶ機会があって自立できる道筋を示される、子供自身の可能性に国が投資してくれたら救われる者も多いだろう。
始めは女を見下す父や兄を見返してやりたい一心で来たが、今では研究棟の仕事にも慣れて楽しくなってきたし、自分と同じような境遇の子供たちの力になれる仕事も、やりがいがありそうだと感じでいる。
そうして皆が生き生きと自分の道を探して自分の力で進んでいる姿を見ると、ラミーは空っぽの気分になり、ため息が出るのだった。
「アラ、貴女はガーナミル殿下のところで働くのではないの?」
執務室の奥にある応接室で、面談中のシルベーヌが問う。
「・・・うん、誘ってくれたからそうしようと思うけど、合宿が終わった後も雇ってくれるかしら」
現在、ナミルの研究室は非公式で、国の組織図にも載っていない。そこにキリシマと散歩のついでに手伝う程度の仕事をしに行ったところで、何の実績になるのか。
借金返済を目指す身としては、継続的に程よい給金が支給される職場を確保する必要があるのだ。それがこの合宿で頑張る意味なのだから。
ナミルのことは好きだし一緒にいたいし仕事を手伝うのは楽しいけれど、一番重要なのはお金が稼げるかどうか。
「・・・はあ~」
そこまで聞いて、今度はシルベーヌがため息を漏らした。
「貴女には説明不足だったわね、ごめんなさい」
真顔で謝ると、
「まだ発表前の機密だから内緒にしててね?」
と笑って人差し指を口にあてた。
「ガーナミル殿下が表に出てこなかったのは、表向きには不治の病と言われた難病のせいなの。実際は研究の失敗で人前に出られない姿になってしまったからよ。それを貴女が解決したんでしょ?」
改めて聞かれて、ラミーは初めてナミルと会った日を思い出した。
最新機能付きの森の中の一軒家で暮らしていた、謎の毛むくじゃら。ウウ、と唸るような声を出すだけで話もできないけど、人嫌いのキリシマが懐いていた。見た目の迫力と違って、敵意は皆無、どころか優しくもてなしてくれたっけ。そうそう、チョコレートが美味しかったんだ。
それでフジさんと会って毛むくじゃらになった経緯を聞いて、眉唾な解毒?方法を聞いて・・・・って。
ボン!
続きを思い出して、ラミーの顔面が爆発する。
プスプスと音を立てて固まっていると、漂う黒煙をシルベーヌが扇子で払ってくれた。
「急にどうしたの!?」
思い出は脳内再生だけで、口から洩れては無かったらしい。
「落ち着いた?」
聞かれて反射的に、ラミーはこくりと頷く。
そうだ、思えば初対面で私からキスしたんだった!いや待って、あれは試したことのない方法だと聞いたから力になりたくて、異性の口づけなら協力できるな、って深く考えもせず動いてしまっただけ。うう、今は絶対ムリだ、モフモフだから出来たんだわ!きっとそう。
ぐるぐるとラミーの脳内は忙しそうだが、シルベーヌは少し待つだけで特にツッコミはしなかった。
「じゃあ続きを話すわね」
コホン、と小さく咳払いをする。
「貴女のお陰で、殿下が人前に出られる姿になって話せるようになったと聞いたわ。だから王族としての義務も果たしたいと、新組織では魔法植物部門全体の研究責任者に内定しているの。特に魔法植物を使った魔道具の研究開発部門担当ね。ちなみに、魔法薬学部門の担当はサヴァラン女史よ。国家事業の柱を王弟殿下が担う、ってわけ」
何とも大きな話で、ラミーはナミルが表舞台に返り咲ける嬉しさの反面、遠い人になってしまったようで少し悲しくなった。
「そっか・・・、そんなに偉い人になっちゃうのか。もう気軽にチョコ貰ったり出来ないかな、寂しくなるなぁ」
どうしてなのか、返答する声が震える。なんとなく正面を向いているのが辛くなって俯くと、しばらくしてぽたりと大粒の雫がスカートに落ちた。
ナミルは気さくで優しくても、立場も責任もある大人の王族だ。本来であれば、社交界にも出られないラミーのような貧乏伯爵令嬢など、会って話すことすら無かっただろう。
少し考えたら分かることなのに、当たり前の現実にショックを受ける自分にも驚く。
そんな目の前で落ちていく美少女の肩を、シルベーヌはガシリと掴んで、迫力のある微笑みを向けた。
「ラミー、話は最後まで聞いて?」
何か黒いモヤみたいなのを背負ってる、怖い。
「あのね、ガーナミル殿下は新組織の責任者なのよ?組織と言うのだからモチロン一人じゃないのは分かるわよね?国家事業の柱として、少なくない人材が必要になるでしょうね。で、責任者はその組織の人事権もあるの。貴女はその殿下に、誘われたのでしょう?」
シルベーヌの言葉を俯きながらかみ砕いていたラミーは、ふと顔を上げる。
「じゃ、じゃあ、私もそこで働かせてもらえるってこと?」
「うふふ、そうでしょう、もちろん」
「国家事業ということは、お給料もその・・・弾んでくれたりとか??」
期待の込もった懇願するような眼差しは守銭奴のソレなのに、無駄に清らかに輝いて見えるのは美少女補正だろうか。
「それは・・・国家の大きな収入源になる分野ですもの、業績次第で伸びる可能性が高いんじゃないかしら」
ラミーはキラキラエフェクト全開の笑顔で、ガッシリとシルベーヌの手を握った。
「ありがとう!ホントにありがとう、シルベーヌ!!これで安心できるわ。私、頑張る」
「うふふ、別に私が何かした訳じゃないわ。でも、そうね・・・」
少し考えて、
「ラミーは来週から、ガーナミル殿下の研究室を専任で担当してくれる?貴女のこちらでの仕事は、他の人員で賄うわ。クラン以外には私の専属助手と伝えておくから、晩餐会までは話を合わせてね」
パチンと茶目っ気のあるウィンクに、笑顔で応えた。
応接室を出て自室に戻ったラミーは、すっかり元気になっていた。どんよりしていた気持ちも晴れて、意欲も湧き出してくる。
一生懸命勉強して、たくさん役に立てるようになろう。一緒にいられるのは嬉しいけれど、仕事なんだから大好きなナミルに迷惑かけないように、浮ついてないで気を引き締めなきゃね!
バシン、と勢いよく頬を叩く。
その後、夕食に向かった食堂で会ったポルテとチェルシーに、憑き物が落ちたようだと笑われた。
「そうかも!だって、長年の問題が解決できそうだもの」
ラミーは一人前をペロリとたいらげ、デザートを三つも完食した。
執務室は相変わらずの残業続き、シルベーヌは来週からのラミー異動の体裁を整え、書類にサインする。
その紙を見つめて、また大きなため息をつく。
「やっぱりウィンク程度じゃ通じないわよね、ラミーには。この合宿、就活だけじゃなく婚活も兼ねてるって王妃陛下が仰ったでしょうに」
紙をピンと弾いて、決済箱に入れた。
「私が、信頼できる仲間が欲しい、って言う意味も、あんまり分かってないわよね。私の親友なんだから、未来の王妃の親友よ。それなりの身分がある方が何かと便利なの。面倒な仕事ばかりなのに、愚痴言う相手もいないと困るじゃない」
王弟殿下の妃と、筆頭公爵家の公爵夫妻が味方だと、とっても心強いのよ。信頼出来る人材は多いに越したことは無い。
最上位の地位に決定権はあっても、実行するのは個々の役職についた人であり、その人が束ねる組織なのだ。そんな実行力が薄いと結果は出ないし、貴族への不信にもつながる。
人の数だけ正解が存在するような事柄を取捨選択するのは、本当に難しい。決定権を持つ責任者なんて貧乏くじを引いたのだから、なるべく報われたいと努力を重ねるしかないのだ。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
気に入って頂けたらイイネや評価などポチってくださると、とても励みにまります。
毎週金曜 6:20 更新中。次回、「面倒な仕事と決意」
研究棟でよからぬことを考える客人を、協力して撃退するお話。




