38.幸せの種はすぐそこに
”私の可愛い娘、ブランテール。
クラン王子が離宮へ行ったと聞いたよ、優しくしてもらっているかい?
仏頂面だけど頭は良いから、面倒なことは全て任せて安心できるね。
ああ、彼の顔もお気に入りだったね。毎日見られて、幸せだろうと思う。
他の候補者など、敵にもならないだろう。
王家ももったいぶらずに、早く宣言して欲しいものだ。
ああ、結婚式が今から楽しみでならない。きっと全国民がお前の美しさに注目するだろう。
嫁ぐ姿を想像すると寂しくて泣けてしまうが、王家と我が公爵家は幸いにもすぐ近くだから…つらつら云々。”
「お父様は相変わらずね、恥ずかしいったらないわ」
ブランテール・デュワーズ公爵令嬢は侍女を従え、部屋で大きなため息をつく。いつも同じような、内容の無い手紙。
以前ならプレッシャーだった親の言葉も、今ではバカバカしく見える。自分の実力を認めて努力をし、王家や他国の要人と直接触れ合う機会が増え、視野と世界が広がった。絶対だと思っていた親や侯爵家は、強大国に囲まれた小国の小さな世界の常識でしかなかったのだ。
こんなものに怯えて苦しんでいたなんて、ホントにバカらしい。地に足をつけた努力を重ねるようになってから、親の言動を疑えるようになった。
その庇護下ですべてをお膳立てしてもらっている間は信じて疑わなかった唯一の常識は、努力を嫌って甘えていた自分にも都合が良かったものだ。成功は当たり前、失敗は周囲の準備不足、自分は命令するだけで何の努力もせず、失敗した時は責任をなすりつけて叱責し、成功の賛美は自分のもの。
貴族の頂点はそれが当然だと信じていたが、本当の頂点である王家は想像を絶する努力をしているのだと知った。そして結果を出すためには多くの協力者が必要で、その人たちも身分に関係なく心を持った人間だ。
考えて指示を出す、環境を整える、結果に責任を持つための身分であり、肩書である。そうして目指すのは個人の利益ではなく、国益なのだ。
「返信をお書きになりますか?」
紅茶のカップを下げた侍女が、手紙用の紙を示す。
「そうね、用意してくださる?」
侍女はそっと季節の花があしらわれた紙と、愛用のペンを差し出した。
”親愛なるお父様へ
お気遣いありがとうございます。
私は元気に過ごしております。
課題は難しいですがとてもやりがいがあり、自分でも成長を実感できます。
クラン王子も他の候補者たちもとても努力されており、近くで拝見していると勉強になりますし、励みになります。
最後まで努力を重ね、成長した姿をお見せできるよう邁進いたします。
お父様もぜひ、私の目指す道を応援してください。”
「まぁ、こんなものかしら。次の定期便で送ってくださいな」
ブランテールは書き上げた手紙に封をして、侍女に渡す。かしこまりました、と一礼して出て行くのを見送った。
頻繁に届く実家からの手紙には、三回から五回に一回のペースで返信をする。脳みそガチガチな公爵には、娘からの手紙くらいで軟化する訳ないが、返信が一切ないのもあれこれ勘ぐられて面倒だ。
しかし今の段階でバカ正直に、王子妃は諦めたとか魔法植物の服飾分野への転用に興味があるとか知らせたところで、こちらの益になることは一つもないと断言できる。
「次に会った時には、はっきり伝えられるかしらね」
ノックの音がして、先程出て行った侍女が戻ってきて告げる。
「ワイアン・サンダー・ハイランドパーク様がいらっしゃいました。会議室でお待ちです」
また?
魔法植物に関わる窓口を担当している貴族令息だが、よくこの離宮を訪れては面会要請がある。技術交流者の受け入れが迫っているので確認事項が多いのは確かだが、手紙でも済む内容も多いのに、直接、報告や相談に来るのだ。
「ああ今日もお美しい、お会いできて光栄です、ブランテール嬢」
そうして用途に応じて統括のシルベーヌや研究棟窓口のサーシャ、備品発注管理のチェルシーらと面会したあと、必ずブランテールに面会を要請し、花や菓子、アクセサリーなどを贈ってくれる。
旅先で目についたから、王都で流行っているから、たまたまやついでアピールだったのが回を重ねるごとに、貴女に似合うと思ったから、貴女に持っていて欲しかったから、などと言ってくるようになった。
物を貰うことには慣れているし、すでに高級品も希少品もたくさん持っているから、目新しさは感じない。けれど、仕事上の助言や励まし、また苦労を乗り越えた結果を共に喜びながら差し出されると、見慣れた物でも価値あるものに思えた。
「これ、姉が勧めてくれたお茶で、疲れがとれて病気になりにくくする効能があるそうです。試してみてください、良かったらまたお持ちしますよ」
屈託なく笑うが無骨で平凡な容姿、ぶっちゃけオッサン認定だったはずが、だんだん好感が持てる気がしてくる。よく見ると、可愛らしいかもしれない。
「つい根を詰めて仕事をしてしまうので、嬉しいわ。いつもありがとうございます」
「いいえ。貴女のお役に立てるなら、喜ばしい限りです。そう言えば、先日の魔法植物を使ったドレスの案はたいへん興味深かったのですが、その後いかがでしょう?試作品が出来ましたらゼヒ、お声がけいただきたい」
温かいとか涼しいとか水や汚れをはじくとか、機能性とデザインを併せ持つドレスを作ってみたい言った。思いつきの雑談の段階で、まだ何も手つかずだ。
「ほほほ、試作どころかまだほとんど手つかずでしてよ。汚れをはじく植物の組み合わせはあるのだけれど、どのようにドレスに活かせば良いか浮かばなくて」
「左様ですか・・・」
ワイアンは首をひねり、悩ましい表情をする。
「縫いつけるわけにもいきませんしね・・・液体なら生地に手書き模様を入れるか・・・いっそ、染料に混ぜて生地を染められたら早そうですね」
ははっ、と照れるような笑いを、ブランテールが勢いよく遮る。
「それですわ!染めた生地があれば、デザインは広がりますもの。機能と発色、肌触りも気になりますわね」
あれこれと勢いづいて溢れる案を、手近な紙にメモを始めた。
「でしたら、私の領地は染物を得意とする集落がありますので、詳しい者に聞いておきます」
ワイアンはドンと胸をたたき、役に立てるのが嬉しくて、つい顔が綻んだ。
その見慣れたはずの笑顔に、ブランテールは少しドキリとする。彼は親切で頼りがいのある仕事の先輩、信頼できる仲間。これは打ち合わせで、胸が早鐘を打つのは良案が出て話を進められるのが嬉しいからですわ。ワタクシの理想はクラン王子や陛下のような繊細系イケメンですもの、万が一にもあり得ませんことよ。
と、ブランテールにはまだ思い込みは残っているようで、気づけば幸せに近づける種はすぐ近くに芽生えようとしているのだが、自覚するにはもうしばらく時間が必要らしい。
そうして今までは気にならなかったが、ふと、いつも貰ってばかりだと気付き、なんとなく手近にあったハンカチを差し出す。
「いつも頂いてばかりね。これ、課題の刺繍ですけれど、よろしかったらお使いになって?」
ワイアンの顔が輝き、たかがハンカチ一枚を大仰に喜んで受け取った。
「おお、貴女が手ずから刺繍してくださったハンカチを頂けるとは有難い。大切に使わせていただきますよ」
あまりに喜ばれ過ぎてムズ痒く、ブランテールは思わず目をそらしてしまったが、ワイアンは上機嫌のまま去って行くのだった。
その様子は、侍女を通じて三階の執務室へも共有されていた。
ワイアン・サンダー・ハイランドパーク、侯爵家の三男で現在は王宮勤めの文官。親切で面倒見の良い、集団では少し損をするタイプかもしれない。
ハイランドパーク侯爵家の現当主の祖母がデュワーズ公爵家出身、王都に本宅、ルーモス西部に領地があり独自の染色技術を擁する。時期当主は長男、領地経営は次男が行っており、三男のワイアンは家も領地も相続予定なし。
「これってデュワーズ家に婿養子入りしても、問題なさそうよね?」
侍女の報告を受けて、シルベーヌはクランに相談中。
「ハイランドパーク家はデュワーズ公爵派閥の中でも穏健派で、ワイアンを含む兄弟仲も悪くない。根回しは必要だが、ワイアンが時期デュワーズ公爵となってくれれば、こちらも話が進めやすくなるだろうな」
「では、むしろ積極的に後押しして時期公爵の座を勝ち取ってもらいましょう。ブランテールはまだ、外見の優先順位が高いようね。相性も良さそうだし、良い雰囲気なのにもったいないわね。幼稚な価値観は早く捨てるべきよ」
元残念令嬢が大化けしてラッキーなところに、侯爵家一人娘としても国家の未来に関わる大仕事をしてもらえそう。上手くいけば、筆頭貴族を攻略できる。コレは陛下にも一報入れて、協力を仰がないとね。
日々の仕事に忙殺されながらも、未来の組織作りと人脈確保にも気を配る二人は、実質おせっかいキューピッドも担うようになってきている。
身分に関係なく能力重視の人事を目指してはいるが、王室中心の貴族社会において、血統だの伝統だのは思った以上に影響が大きい。
また、現在の身分制度を完全に切り崩してしまっては、新体制を動かすのは困難だろうと想像がつく。権力で粛清すれば早いかもしれないが、それだと恨みの買うし恐怖心から本当の意味での協力は得られなくなる。結果として弱体化してしまうのだ。
ただでさえ周辺国に比べて国土も人口も弱小だから、今以上に弱るのは対外的に危険でもあるだろう。面倒でも地道に体制を整えるべく、努力を重ねるしかない。
「楽しそうだね、シルベーヌ」
仕分けた書類をまとめて棚に仕舞い、クランが隣の机に戻ってシルベーヌを見つめながら問いかける。
「楽しいわよ?みんながそれぞれ幸せになれる未来って、素敵じゃない」
対してシルベーヌは、クランを直視すると平静を保てないので視線を移さず、手元の書類をチェックしながらの返答。
「ただでさえ忙しいのに、また仕事が増えるよ?」
からかうような口調、敢えて書類をみていてもまだ視線を感じる。
「友人の幸せと将来の効率のためなら、やるしかないでしょう」
わざと素っ気なく答えたが、
「貴女らしくて、素敵だ」
そんな優しい言葉に、思わず視線を合わせてしまう。
・・・静かな微笑みなのに、美しすぎる。時間差で頬に血が上る。不自然に視線をそらし、自分にだけ向けられる優しい言葉と微笑みの破壊力を、改めて実感した。
「こ、国民の幸せのためですからね!」
さあチェック終わり!早く訂正して手紙出さないと!!
大きめの声と勢いよく引き出しを開ける動作で恥ずかしさを紛らわせるシルベーヌを、クランは可愛らしいと思った。近づいて触れ合い、反応を楽しみたいと思ったけれど、仕事中なので自粛する。
それで正解、扉をノックする音が聞こえシルベーヌが入室を促す返事をすると、侍女が書類を持って入ってきた。
シルベーヌと確認しながら、様々な書類を手渡したり受け取ったりしている。冗談で泣き言を言うくらいには忙殺される日々だが、生き生きと楽しそうだ。
正面からの正攻法だけでなく、企んだり追い込んだりと腹黒い一面も合わせて、幸せの種も蒔いている。待ち遠しい実を結ぶ未来を、皆で喜べる日を想像しながら。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「森の専属助手」
ラミーとシルベーヌがメインのお話。




