37.初心者だもの
三人で三階の執務室前まで来て、クラン王子はシルベーヌに耳打ちする。
「僕、先に着替えて・・」
くるよ、と言い終わるより先に、腕をガシっと掴み、
「ダメよ!」
怒りではなさそうだが、必死な表情で食い入るように見てくる。その迫力に負けて、大人しくドレスのまま執務室へ入った。
「そのまま、ちょっと待ってて」
気を取り直したシルベーヌがそう告げて、スタスタと自分の執務机に向かう。ラミーは言われるがまま立ち尽くし、クランもどこか所在無げに立ったまま。
ガサゴソと書類の間から小さな袋を引っ張り出すと、ラミーの前に戻って差し出した。
「コレ、大至急ガーナミル殿下に届けてくれない?」
ラミーはその名を聞いた瞬間、ドキリとする。
「とても大事で、急ぎの用件なの。貴女ならキリシマでスグでしょ?」
シルベーヌの意図は分からないが、柄にもなく震える手で袋を受け取り、こくりと頷いた。ぎゅっと抱きしめて、耳元で囁く。
「うふふ、よろしく。元気になるチョコでも食べてきてね」
ラミーは一気に、頬が赤らむのが分かる。
「な、ちょ、ちょっと、シルベーヌ!」
上手く出てこない言葉の代わりにシルベーヌを引きはがし、
「急ぎなんでしょ?行ってくるわ」
くるりと踵を返して、バタンと大きな音を立てて扉を閉め、少しぶっきらぼうに言い捨てて出て行った。
「あらあら、淑女の行動ではありませんねぇ」
微笑ましい気持ちで見送って、クラン王子を振り返った。
「ごめんなさいね、そんな格好のままでお待たせして」
そのまま、どこか意を決したような顔でシルベーヌは王子に近づき、先程、ラミーにしたようにぎゅっと抱きしめると、クランは自らの両手のやり場に困っていた。
小柄で華奢なラミーは抱きしめると肩越しに首や背中が見えるけれど、クランは大柄ではないがシルベーヌよりは背が高いので、抱きしめるというより抱きついた状態になる。
「シ、ルベー・・ヌ?」
驚いたクランに呼ばれた名が、想像以上に近くで聞こえる。っていうか息遣いも近くない?目の前には襟のレースと胸元を飾るリボン生地、だけど伝わる感触はラミーみたいに柔らかくない。
シルベーヌは、自分のドレスとお揃いのレースを見つめたまま、声を絞り出した。
「ドレスのクランになら恥ずかしくないかな、って思ったの。ラミーと同じように緊張しないで自然に触れ合えるかも、って思ったのよ」
いざ実行してみると、おかしいわよね?突拍子もない考えよね?クランが戸惑っているのも分かる、でも私が一生懸命に考えた方法で、精一杯勇気を振り絞ったの。
でも今、すんごく後悔してる。何やってんの!って、自分でツッコミたくなるもの。ほんの少し身体を離して、俯いたまま言い訳を探してしまう。
「ご、ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわよね、変なお願い聞いてくれてありがとう」
ラミーばかり焚きつけて、自分が動かないのはダメだと思って考えたんだけど、思い切りハズしてるじゃないのよ、恥ずかしい。
ひらめいた瞬間は名案だと思ったの!キレイでいつも冷静なクランに触れだるなんて、普通にさりげなくなんて意識すればするだけ緊張して勇気が出ないんだもの。一緒に仕事して誰よりも分かり合える感覚が嬉しかったけど、いつもすぐ傍にいるのに手も触れないのは寂しいと思ってしまったの。
離れている時は辛いと思わなかったのに、近くにいると欲が出るなんて自分でも驚いたわ。でも、そんな欲をはしたなく、それもこんなカタチでぶつけられても困るわよね。
ああ・・・無かったことにしたい、穴があったら入りたい、時間よ戻れ~・・・。
なんてぐるぐる思考を巡らせていたのは、実際にはほんの短い時間。自分の暴走を悔やむシルベーヌだったが、しっかりクランには伝わったようだ。
言い訳をしながらじわじわと距離を取るシルベーヌに一歩を踏み出し、優しく抱きしめる。
僕も、君が婚約者に決まって嬉しかったし、一緒にした仕事も楽しくてやりがいがあった。過酷な中でも二人の時間を過ごせたから頑張れたし、触れてみたいと思ったのも同じだよ。
なんて丁寧な説明はとても出来なかったので、一言だけ絞り出す。
「好きだよ、シルベーヌ」
え?今、何が起こってるの??
クランが私を抱きしめて・・・好きだと言ってくれてる?
これって私の気持ちが伝わって、クランも応えてくれたってことで桶?
そっと顔をあげると、いつもの真顔は少しだけ緩んで、色白の頬にほんのり赤みがさしている。王子はお揃いの髪飾りを揺らして、困ったように付け加えた。
「だけどドレスじゃ決まらないから、改めてプロポーズさせてね」
はにかんだ笑顔でさらりと言われ、シルベーヌは爆発炎上後に撃沈した。
一方、ラミーは久しぶりにキリシマで駆けながら、モヤっている。
シルベーヌを始めとした候補者の少女たちは先日の国際会議において、それぞれが何かしらの担当責任者として働いたが、ラミーだけは終始固定の役目が無いフリーな立場だった。どこもパンク寸前の激務だったからフリー人材無しでは破綻していたかもしれず、臨機応変なヘルプ要員はどこでも重宝された。
が、終了後の報告会で責任者を担った他の少女たちが役目を果たして実績を上げる中、自分だけこれといった成果が無いと気付いてしまったのだ。
ぼんやりしたり、ふわふわと思考が飛んでしまうことも多く、ミスが続いた。オマケにこれといって誇れる得意分野も無いから、何も任せられなかったのだろう。
だから、これが私にしか出来ない仕事。誰より早く届けられる自信はある。
けど、それだけってみんなに比べて弱すぎない・・・?それに、仕事でロクに役に立てなかったのに、ナミル殿下に会える口実が出来て嬉しいとか、お花畑化してない??
そんなラミーとは反対に利口な黒馬は、すっかり道も覚えてしまったようで、モヤりながら黙って手綱を持っているだけで目的地まで連れて行ってくれる。森を抜けた一軒家が見えてくると、会える嬉しさと自分でもよく分からない恥ずかしさが混ざって、変な顔をしている気がした。普段からあまり鏡は見ないし、鏡に映る自分をどうこう思ったことは無いけれど、今は見たくないとハッキリ言えるわ。
家の前で馬から降りて、ラミーはパチンと頬を叩く。
「切り替えよう、今日はおつかい!これはお仕事!!」
キリっと眉を上げて、ずんずんと玄関へ歩いて行った。
魔法道具を使って施錠されたドアも、何度か行くうちに開錠方法を教えてもらったので、勝手知ったるなんとやら。慣れた手つきで開けると、
「こんにちは、お邪魔しますよ~」
そっとドアを開けて、研究や実験の最中でも邪魔にならないよう、静かに中に入る。散らかった室内で、ナミルは一人で机に向かい、時折頭をガシガシとかきながら何やら書き記しているようだ。そっと近づくと、悩んで書いては線で塗りつぶし、また書いては塗りつぶすのを繰り返している。手紙か報告書かレポートか分からないが、煮詰まっているであろうことは分かった。
「あの・・・、お邪魔してます。良かったら、お茶でもいれましょうか?」
声をかけられて驚いたのか、ビクリと反応して振り返る。
「貴女でしたか、気付かず申し訳ない。そうだな、気分転換するとしよう」
振りむいたナミルの顔を見ただけで、なんだか熱くなってきた。コレはダメなやつ、距離を取らなければ!咄嗟の判断でラミーは立ち上がろうとするナミルを制して、そそくさとキッチンへ向かう。
「お茶くらい、私にいれさせてください。突然お邪魔してスミマセン、キリの良いところまで進めて下さって構いませんよ」
「そうか、ではお願いしよう」
ナミルも、こんな至近距離に人が近づくまで気づかなかった自分に驚いている。仮にも騎士団でほんの一時期とは言え、団長まで務めたのだ。気配には敏い方だと自負していたが、現役を退いて随分と経つせいか、考えたくは無いが年のせいか、衰えてしまったのだろうか。
・・・いや、それは無いな。先月、王都へ行った時に久しぶりに町へ出た時だって、視線は感じられたしスリにも気づけた、何より城内での王妃の不意打ちだって躱せたからな。
「ああ、そうだ。手紙で知らせた、フジの土産を食おう。貴女と食べたいと思って、俺もまだ開けていなかったんだ」
キッチンへ近づいてくるナミルに、お湯を沸かすラミーの心臓がペースアップしている。その場から逃げたくなるような衝動を持て余し、茶葉を量る手が震えたが、持ち前のバランス感覚でぶち撒けは回避できた。
すぐ隣で、戸棚からチョコレートの入った箱を取り出すナミルに変に思われたくないので、頑張って平静を装うよう試みる。
が、
「嬉しい!たのちみにちてました」
発音は不自然で、めっちゃカミカミ。ああ、恥ずかしすぎる・・・。
「はは、こいつは確かにちょっと値の張るおやつだが、そんなに緊張することないぞ」
ラミーはどう返答すれば良いのか分からなかったので、黙々と作業を続けた。集中しているフリで誤魔化したのだ。
「ほら、キレイだろう?」
チョコレートの箱を開けて、見せてくれる。ミルクチョコを中心に、ビターやホワイトを使ってマーブル模様を描いたものや、幾何学模様を描いたもの、ドライフルーツや色とりどりの砂糖菓子で飾られた一口大のチョコレートが、美しく並べられていた。
「うわあ、すごい!」
二人分のお茶を淹れ終えたラミーが、思わず見惚れて夢中になる。
「これは俺が持っていこう、貴女は、そのお茶を頼む」
テーブルは半分、本や実験器具に占拠されていたので、片付いた方に並んで座った。向かい合って正面から相手を見るのも緊張するが、隣同士というのもまた緊張感がある。ナミルは以前と変わらないのに、自分だけが赤面したりドキドキしたりして挙動不審で恥ずかしい。本当に、自分でもどうしてこうなってしまうのか分からなかった。そして、やっと今日の用件を思い出し、おもむろに立ち上がる。
「あ、あの。今日は仕事で来たんです、これ、シルベーヌから預かってきました」
小さな袋を差し出すと、ナミルは受け取って中身を覗いて確認し、同封されたメモを見て、
「ふむ、確かに受け取った、ありがとう。シルベーヌ嬢に融通してくれて助かったと伝えて欲しい」
何か機嫌のよくなるものが入っていたらしく、嬉しそうに笑った。
「まだ時間は大丈夫だろうか?良ければ、このあと少し、資料の整理を手伝って欲しいのだが」
その提案は、願っても無い。
「はい、大丈夫です。いっぱいお手伝いします!」
一緒にいられるのも嬉しいし、役に立って自信を取り戻したい。最近、うっかり流されそうになってるけど、私には借金返済という使命もあるのよ。なんとしてもここで認められて、割の良い仕事に就かないと詰むんだから!
休憩後の片づけを済ませると、美少女は鼻息荒く気合を入れて腕をまくる。ナミルの指示に応えてサクサクと仕事をこなしていると、
「少し元気が出たようだが、あまり気張り過ぎるな」
立ち上がった拍子に頭をポン、と軽くたたいていく。ちらりとナミルの背中を見やって、書類の束に目を戻す。
「ちょっと最近、たるんでたんで気合入れてるだけです。みんな得意分野を見つけているのに、私だけ何も無いから焦ります」
「ああ、王妃の進める女性への就職斡旋か。ロアンヌ様も面白いことを考えてくれる」
追加材料を取って戻り、窓に向かった机に並べて椅子に座る。ちょうどテーブルで作業するラミーの後ろに、背中合わせの位置だ。その距離にドキドキしているのを知られたくないので、アメジストの瞳は書類をガン見。ナミルは、その必死さも可愛らしく見えた。
「合宿終了までに希望する本人と勤め先が認めれば、就職できるそうなんです。借金返済のためになるべく給金の良い職場を希望しているんですが、私はこれが得意だと言えるものが無くて・・・」
ラミーは言いつつ、仕分けた紙から必要な数値を抜き出して別紙にまとめていく。けっこう手際が良くて、文字もキレイでまとめ方も上手い。
「ほう・・、それなら一つ提案なんだが、俺の仕事を手伝うってのはどうだ?」
ラミーは動きを止めて、ナミルを振り返る。ここでの助手は楽しいし、キリシマに乗って出勤なんてアガる。
「それ、素敵ですね」
キラキラエフェクトが、グラデーションのように強くなる。同時にモヤも晴れて、お土産のチョコレートも貰って、ほくほくで帰路についた。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「幸せの種はすぐそこに」
ブランテールとワイアンのラブ序章と、執務室のシルベーヌ&クランのお話。




