45.それぞれの進路にむけて
「ええ、よくてよ」
シルベーヌの鳥伝言、「結婚シチャエ!」に触発されたのもあり、悩みに悩んで勇気を振り絞ったワイアンは、当たって砕け散る覚悟でブランテールにプロボーズし、冒頭の返事を貰った。
頬は赤、頭は真っ白、赤勝て!白がんばれ!赤、リードしています、白もがんばってください・・・棒読み気味の少し幼いアナウンスが異界から聞こえそうなくらい動揺している。
「ほ、本当ですか?」
立てた片膝をぎゅっとつねって赤く腫れるほどの痛みも、ぼんやりとしか感じない。
「ですから、良いと言っているではありませんか!恥ずかしいので何度も聞き返さないでいただきたいわ」
不機嫌そうに顔を背けるが、耳まで赤い。
与えられる任せて纏い続けた贅を凝らした肉を脱ぎ捨て、残ったのは二つの豊満なふくらみ。棘のある言葉と吊り上がった鋭い瞳は、知力を得た鋭い剣と麗しく魅惑的な微笑みを使い分ける。
長い手足に洗練された所作、派手な色彩やデザインもセンスよく着こなし、威風堂々な仕上がりの公爵令嬢は、新たにツンデレ属性なる魅力を獲得していた。
パチパチパチ・・・。
パラパラと拍手が起こり、隠れて見守っていたシルベーヌが姿を現すと、
「おめでとう、とてもお似合いよ」
微笑んで二人を、会議室へと促した。
エリーゼ・ラフロイグ侯爵令嬢、ラミー・グレンリベット伯爵令嬢、サーシャ・ハクシュー伯爵令嬢、豪商の令嬢チェルシー・ボウモア、食堂の看板娘ポルテ・タリスカーと、王子妃候補の少女たちが揃っていた。
そこで改めてワイアンを紹介され、
「この結婚は王家承認が確定していますので、あとは公爵夫妻を説得しなければなりません。舞踏会では、皆さんのお力添えをお願いしますね」
シルベーヌが暗にやるべきことを含ませて微笑むと、少女たちから了承の意味も込めて、祝福が贈られたが、まだ身の振り方が決まっていないエリーゼは、祝福はすれど、焦りと寂しさを押し殺すので精一杯だった。
ブランテールは、エリーゼを視線の端に捉える。歪だったかもしれないが、ずっと傍にいて自分を立て続けてくれた友人。ワイアンを警戒していたけれど、一途で誠実だと知ってからは応援してくれていた。いや、応援というよりもブランテールをひたすら肯定してくれただけかもしれない。
向き合ってきたつもりで一方通行だったのだと、その表情を見て理解した。なんだか、気まずい。
一礼してワイアンだけを退室させると、シルベーヌは全員を見渡して言った。
「良い機会なので、もうしばらく時間をください。残り三カ月ほどになった合宿の今後について、一緒に確認しておきましょう。その前にもう一つ、これは晩餐会で発表される内容ですが、みなさんには先に報告したいと思います」
正式発表まではオフレコで、と前置いて続ける。
「ラミーも近く婚約を発表予定なの。こちらも伯爵夫妻から正式な返信はまだだけど、王家の承認は確定で、相手は現王の弟でガーナミル・クレイ・ルーモス殿下」
「ええっ!?」
「王弟なんていたの?」
「いつの間に」
どよめきと衝撃、ラミーに視線が集中した。何からどう言っていいものか、しどろもどろの本人に代わって、シルベーヌがざっくりと説明する。
「殿下は自身の体調による理由で、この離宮の禁足地に隠れ住んでいたそうよ。出会いは偶然、ラミーが体調回復に協力して公務復帰できる状態になるついでに愛も育まれた、ってトコロかしらね」
「ひゃああっ!」
「な、そんな物語みたいな出会いある?」
「さすがズレていても美少女、侮れないわね」
さらにざわめいて注目を浴びたままのラミーの回答は、やはりしどろもどろで何の説明にもなっていない。
パンパン、とシルベーヌが大きく手を打つと、静寂が訪れた。
「はい。その殿下は王族を出て、長く不在のバランタイン公爵を継ぐ方向で調整中よ。だからまだ、ここだけの話でお願いね」
全員の了承を確認すると、一呼吸おいて、再び話を始める。
「この有意義な合宿で、私を含め三組の婚約を進めることになります。その結果、今後も王家、公爵二家の極めて重要な位置で協力関係を築けることを嬉しく思います」
少女たちは、互いに目を合わせた。頷いたり緊張したり、時間がゆっくり流れるのを感じる。
「この合宿終了後ですが・・・。先日からの面談で、サーシャとポルテは研究棟で引き続き働く、その他の方々は一度帰宅して家族と調整、で進めていきます。私も引き続きこちらで働きますので、ご家族との話し合いが終わりましたら、王家までご一報くださいな」
忙しい中の緊急招集は、以上で解散となった。
皆、それぞれの持ち場へ戻って行く中、曖昧な笑みで見送ってポツンと残っているのはエリーゼだ。
「良かったら、私の部屋で少しお茶に付き合わない?」
シルベーヌがポンとエリーゼの方をたたく。
「え、ええ」
シルベーヌ・バルブレア伯爵令嬢。親が要職についているわけでもない、自分たち身分の低い社交界のその他大勢。見た目も平凡で身に着けているドレスや宝飾品も地味な年代物が多いし、いつも一人で勉強している冴えない子だった。
なのに、何一つ敵わないどころか、もっと高い視点で全く違うものを見ているのだと知って、小さな自分を恥じた。
部屋に通されて勧められた椅子で待っていると、茶器を持ってシルベーヌが現れた。
「お待たせしてごめんなさいね。今は侍女も出払っていて、いつもの茶葉が見つけられなかったの。代わりにコーヒーをと思ったのだけど、あまりやらないから淹れ方がうろ覚えで・・・」
あはは、と笑うシルベーヌに、
「あの・・、でしたら私が淹れましょうか?ワイアン様がお好きだとかで、ブランテール様もよく飲まれるんです。というか、仕事場で私が出来ることってそれくらいしかなくて」
謙遜より自虐の濃い表情で、エリーゼが立ち上がる。
「まあ、それは助かるわ!私にも教えて下さる?」
隣に立ってひとつずつ手順を確認し、一緒にコーヒーを淹れる。豆によってコクや酸味、香りが違うこと、熱湯より少し冷めた湯の方が合うこと、ミルクや砂糖の他に、生クリームやバニラアイスも美味しいことなど、エリーゼが知っている知識を伝えると、シルベーヌは興味深そうに頷いて聞いている。
「眠気覚ましの飲み物じゃなかったのね!私、仕事が終わらない夜に何も入れずに飲むことが多かったから、そんなにバリエーションがあるなんて知らなかった。とても美味しそうだわ!今度は準備しておくわね」
自分は見下して来たのに、実力差を思い知らされた後も偉ぶる様子は無い。どころか、他人の長所をよく見て認めてくれる。
しがらみや忖度でなく、個人の努力や成果を評価してくれる。人の上に立つ、という地位の本当の意味を教えてくれたように思う。
「いえ、たまたま知る機会があっただけです。こんなことしか出来ない自分が、情けないです」
大好きなブランテールには吐けない弱音を、思わず吐露する。
これまでブランテールと共に同じ道を歩いてきたけれども、最近はワイアンやチェルシーと新規物流の構築や魔法植物の染色布に夢中過ぎて、専門知識に乏しいエリーゼはついていけない。
ますます格好よくなってさらに大好きなブランテールと一緒に頑張りたいと思うのに、知識も技術もどれほど努力を重ねても追いつかないのだ。
能力の限界、それを時々突き付けられる。言葉で非難されるわけでもない、居場所を奪われるわけでもない。
提起された問題点に改善案を求められても応えられない、確認作業も指示された本を探すことは出来ても、自ら探して読み込んで回答を得ることはできない。わからない、自信が無いことが続くと否定さなくても居心地は悪くなってしまう。
仲間として一緒にはいてくれるが、役に立てている実感がないのが辛い。
ワイアンやチェルシーとなら会話も弾むのに、ずっと一緒だっただけの自分には相槌を打つことしかできないことが寂しい。
エリーゼはポロポロと、不安を言葉にする。シルベーヌはただ黙って聞いていたが、冷めたコーヒーを一口飲んで、ゆっくりと話し始めた。
「以前、ブランテールに話を聞いたんだけど、貴女に感謝している、って言っていたわよ?」
え?と、エリーゼは沈んでいた顔を上げた。
「頼んだことを嫌な顔ひとつせずにやってくれるし、細かなことも手を抜かない、って。ワイアン氏のいるアサギに通うようになってからは特に好き勝手しているから、頼りにしているけど振り回してばかりで悪いと思っているようね」
「そうなの・・・ですか?」
「ええ。ここでは互いに対等であることを尊重するようにしてきたけれど、使用人のように接してしまっていると気に病んでいたわ」
「そんな!むしろそれは、アタクシの能力が及ばないから迷惑をかけているんです!」
ガタンと勢いよく立ち上がり、訴えるような目でシルベーヌを見る。
「落ち着いて、座ってくださいな。貴女方は、互いに遠慮して誤解しているようですね」
クスクスとシルベーヌは笑う。
「私から見ても、貴女方は互いを思いやる親友です。以前より、よほど健全な関係で素敵だと思うわ。だから正直に答えてくださる?貴女は今後、どうしたいのか」
それからも、シルベーヌはエリーゼに言葉を尽くす。仕事や役職はその人に合っていることが大事で、資質や得手不得手を考慮して与えられるもの。組織で仕事をするのだから、リーダーも担当者も必要なのだ。組織の中で上下関係になっても対等に意見したり互いに尊重することが必要で、リーダーばかりいても実務は回らない。
「要は向き不向きと相性なの。語学が堪能な人ばかりいても予算を組めないし、発想が豊かで多くのアイデアを出しても実行して形にするのはまた別の能力よ。その点、貴女とブランテールは相性が良いわね。彼女の助手として働くのもどこか別の希望する部署で働くのもいいし、結婚して子を産んで育てて夫や家門、家庭のために尽くすのも立派な生き方だわ」
エリーゼは黙って聞いてくれてはいるが、どこか不安そうなまま。
「それにね、女性だからと仕事か結婚かの二択になるのもおかしいと思うのよ。どちらを優先するかは選べるようにしたいし、そのための制度の整備や人材育成は必要だけどね。それに年齢や環境も変わっていくのだから一度決めてずっと同じようには出来ないじゃない?貴重な人材は有効活用したいの。だから緊張せずに、今やりたいことや、この先どうしたいか希望があれば、ぜひ聞かせて欲しいの」
仕事バリバリのやる気満々でも怪我や病気で出来なくなったり、介護や子育てで外で働く余裕が無くても交替してくれる人が現れたり、年月で必要がなくなったりするじゃない?男性は責任者に、とか、女性は家庭の事をとか言う人が多いけど、能力なんて個人差だしね!それに女性は責任者に向かないとか言いつつ、王妃様にはあれこれ押し付けてるし、公務より家庭優先などありえないと意味分かんない。結局、ハッキリした正解なんて無いから、自分たちに都合の良い解釈を押し付けてくるだけなのよ!
ついでに色々と鬱憤が小爆発を起こすシルベーヌの姿に、エリーゼは安心したらしい。真っすぐに目を見て、想いを告げた。
「アタクシ自身が結婚してもしなくても、望んでくださるなら、ブランテール様のお側にいたいわ・・・」
その答えを待っていたように、微笑む。
「アサギにあるワイアン氏の事務所、伝票整理に荷の仕分けや鳥の世話まであるから、人手が足りなくて困っているそうよ。鳥小屋のある仕事場で雑務だなんて、侯爵令嬢は嫌かしら?」
確かに、以前なら臭くて格好悪いと馬鹿にしただろう。けれど今は、表面的な印象など己の見栄でしかなかったと理解してる。ましてやその事務所は、ワイアン氏とブランテールが楽しそうに一生懸命尽くす職場だと、よく知っている場所だ。
専門的なことは分からなくても、新しいことに挑戦を続けるブランテールと同じ職場で、彼女の役に立つことができるのは嬉しく誇らしい。
誰にどう思われるかよりも、自分がやってみたい、と思う気持ちの方が強かった。
「嫌だなんてとんでもない!光栄です、一生懸命頑張ります!」
エリーゼが元気を取り戻し、ブランテールの希望も同時に叶えられて、シルベーヌは安堵する。王室主導の事業とはいえ、小さな物流拠点で大貴族の令嬢が率先して働くのは、性差や身分差の認識を変える一助になるだろう。
それぞれの希望と現実が一致すれば、効率も上がって結果も期待できるはずだ。
「良かったわ、今後もよろしくね」
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「プレッシャーと安心感」
若者たちと親世代のお話。




