35・王都周辺の春と夏
少し時期を戻して、こちらは王都外れのグレンリベット邸。少女達が試験に合格して実地研修を始めた頃、概ね手紙に書いた通り、ラミーの心配をよそに穏やかで順調な日常が繰り返されていた。
愛娘が合宿に旅立った当初は毎日のように、寂しい、会いたい、でも我慢しなきゃとグダグダ言っていたけれど、舞踏会用の衣装や合宿用の備品調達を引き受けていたメイグリロ商会が定期的に顔を出して御用聞きをしてくれ、近所の人々が住居の修理や食事の世話を焼いてくれるとなると、ゲンキンでお花畑な伯爵夫妻はみるみる元気を取り戻していく。
季節は寒風が沁みる冬から芽吹きの季節を過ぎ、暖かな風が王都に咲き誇る花々の香りを運ぶようになっていた。
一人娘の貧乏伯爵令嬢ラミー、柔らかな金糸の髪にアメジストの大きな瞳、外での作業も多く金も手間もかけないクセに透き通るような白い肌を持つ、繊細な彫刻のように美しい少女。おとぎ話のような結末を夢見る両親のもと悲壮なまでの覚悟で自立を目指し、いつも険しい顔の美少女は畏怖の対象でもあったようで、近所の人々は遠巻きにするだけで寄り付かなかったが、いなくなってからはお人よしで誰でもウエルカムな夫妻に、良い形でハイペースに馴染んでいったようだ。
貴族同士の戦いにはボロ負けの連続で身ぐるみはがされたお花畑なラミーの両親は、運営が苦しくなって家財や事業を売却することはあっても、大きな増税で領民を苦しめることはなかったのだ。納税の遅延、未払いになってしまった時も、伯爵自ら恥も外聞もなく王家に謝り倒し、支払期間を延期してもらったり、一部免除してもらったりしていた。
そのおかげで、猫の額ほどの領地だが、今もよく治められて領主である伯爵家には領民は皆、協力的なのだ。
やがて新緑の季節から緑が徐々に濃さを増し、日差しの強さを感じるようになる頃、メイグリロ商会は何度か同行していた末息子のベイク・ダース・メイグリロを伯爵家で執事見習いとして置いてくれないかと提案、使用人不足と高齢化に不安のあった伯爵は、喜んで受け入れたのだ。
なんたって見習い期間は執事への報酬は無償、かつ食料や日用品を指導料の代わりに毎月納入するという好条件。
愛娘のラミー不在で寂しさを補うべくラブラブ度が増していた伯爵夫妻だったが、数週間の体調不良を経て食欲増進に歯止めがきかなくなった夫人が妊娠安定期に入っているとわかり、これは今後の経済力と人手不足も一気に解決だと諸手を挙げての大歓迎しかない。
隣の大国オーキネンを拠点とする大商会、公正で誠実な取引と各国上流階級である顧客を筆頭に、大手ブランドから専門工房まで幅広い信頼を得る安定した老舗だ。一時期、他の新興商会に出し抜かれたとか騙されたとかで失速したが持ち直し、昨今さらに地位を向上させている。そのオーナーはもちろん、息子たちメイグリロの三兄弟の有能ぶりも各国に届き、この先も末永く安泰と絶大な信用がある。
そんな大商会が何故、外国の貧乏貴族であるグレンリベット家に尽くしてくれるのか。さすがに心配になったグレンリベット家執事のセレバスが質問すると、オーナーが、『昔、先代にお世話になったのですよ』とだけ答えてくれた。
現執事のセレバスは先代の頃からグレンリベット家に仕えてはいたが、当時は雑用メインの下働きだったので詳しくは分からない。けれども、先代の人柄を知る者として、納得できる回答だった。
誰にでも平等で誠実、目立つ業績はなくても実直に仕事をこなし、寡黙だが情け深くて家族や使用人はもちろん、困っている人には迷い無く手を差し伸べる人。
だからどこかで出会って困っていたなら手を貸しただろうことは容易に想像できたが、こんな形で恩返しをされるとは予想外だ。手を差し伸べた相手はたいてい、のど元過ぎればなんとやら、だったし、先代もそれを分かっていて尚、困っている人を見捨てなかったのだが・・・。
たった一人の同僚マリエラと血の涙を流しながら耐え忍んだ甲斐があったというもの、若く優秀な執事見習いが来てくれるだなんて、貧乏伯爵家にも良い追い風が吹いてきた気がしてしまう。
実際に見習いのベイク・ダースが来てからは、グレンリベット家の収支が格段に改善された。見習いとは名ばかりの即戦力、帳簿や記録を見ただけであらゆる事態に対応してくれる。それも勝手にではなく、伯爵やセレバスに分かりやすく質問を投げかけて答えてもらい、その意思をきちんと反映して進めてくれるのだ。
「前から気にはしていたんだけど、どう処分すれば良いかわからなくて」
と伯爵が数年単位で放置していた問題や、
「なんとか処理は済ませたものの、記録が間に合わず・・」
と執事が見なかったことにしていた領収書や契約書の控えなども、物凄いスピードで仕分けてファイルし、不要なものは処分して、書庫や執務室周りもみるみるうちに片付いていく。
そうして新たに領地内から男女各一名ずつを使用人として雇い、妊婦のケアと屋敷の維持に手が回るようになった。
「ベイク、さすがに君の働きで無償は申し訳ない。あまり多くは出せないが、受け取ってはくれないだろうか?」
何度か申し入れをしたけれど、
「一年間は見習いとして勉強させてください」
と、にっこりかわすばかり。ベイク本人も、父であり商会オーナーであるガルボ・ゼロ・メイグリロも、
「以前、お世話になったのは私の方ですから」
と、同様の回答だった。
のほほんとするばかりで、難しいことからはのらくらと逃げ回るグレンリベット伯爵だったが、自宅の使用人すらまともに養えないのはマズイと一念発起。
これまでからは考えられない程真剣に、仕事に向き合うようにった。
が、突然やる気になったトコロで実力がアップする訳ではないので、ベイクを頼る形にはなるのだが。
「私が代わりに問い合わせましょうか?」
苦手な相手への交渉を察して提案されても、
「いや、これは私の仕事だから逃げてはいけない。気持ちは嬉しいけれどやってみるよ、ありがとう」
踏ん張って向き合うようになった。生来、気弱なだけで頭が残念なわけではない、その気になれば出来ることも増えていく。そして出来るようになれば自信になり、優しいだけの伯爵に少し、頼りがいが見えるようになった。
晴れて気温も上がる日が増え、時々激しい雷雨の季節が訪れる。新しい侍女が黄ばんで味気の無いカーテンを、涼し気な意匠のレースをあしらってリメイクを済ませた頃、王宮から一通の招待状が届く。
”陽の月 紅の週七日
離宮本館にて晩餐会を催します
ご出席ください”
受け取ってビビリ散らかした伯爵はベイクに相談、順を追って確認しながら、夫人は馬車での長距離移動は難しいと見送り、伯爵のみ出席の返信を送って準備を進めることになった。
頑張る気はあっても小心者、前向きなの〇太とド〇えもんのようで微笑ましい。
こちらも少し遡り、シルベーヌに業務を引き継いで王妃が王宮へ戻った頃。連日の貴族会議で、議題は進んだり停滞したりしていた。
「ではこれら治水の件はこれまでと同様に各領主の主導によって進め、費用の三割を国が負担することとする。その他詳細については別途資料を参考にしていただき、月に一度は進捗報告を行うように。次に王子妃選考についての現状を、王妃陛下よりご報告いただきます」
シンと静まって王妃を注目する。その目は人によって単なる好奇心の者もいれば、結果ガチ勢の者やガチ勢に連なる利権期待勢の者いる。やや重い空気の中、王妃は静かに話し始めた。
「先月で王妃教育の講義を終え、基礎力判定テストを実施した結果、見事に候補者全員が合格ラインを越えてくれました。今月からは実地の課題を与え、それぞれが希望する分野を中心に取り組んでおります。課題解決に対する意欲や結果はもちろん、人柄や適性を総合的に判断し、離宮合宿が終了する八か月後の樹の月までに妃を決定、翌地の月にこの王宮で正式なお披露目を行います。皆様には今しばらく、見守って頂けるよう願います」
王妃の報告後も続く沈黙を破ったのは、ブランテールの父、デュワーズ公爵だ。
「そ、それでは我々はただ、結果を待つだけという訳ですかな?」
最初でこそ遠慮がちだったが、話し始めると不満が押し寄せるようにとどまるところを知らない。
娘だけではなく講師や侍女にまで差し入れをしたのに返信も礼も無い、娘からの返信も途中から判を押したように当たり障りのない内容ばかりで数も減っているが外部との接触を規制しているのか、試験で優秀な結果を出したはずの娘に決まっているのなら早く発表した方が良い、そもそもうちの娘を差し置いて王子妃に相応しい者などいないだろう、他の娘に決まるなどありえない、もし他の候補者だと言うなら簡単に立ち入れない閉鎖された場所で公平性に欠けた審査のせいだ、等々。
立て板に滝のような水を浴びせる勢いでまくしたてるので、言い終えた公爵は肩で息をしている。
それに追随し、王子妃の後ろ盾として魔法植物の新規事業の利権を狙うデュワーズ公爵派の援護射撃が続く。
「ワタクシめもデュワーズ公爵の心中をお察ししますぞ!貴族筆頭のご身分に華やかな容姿、明晰な頭脳に誰にも臆することの無い度胸もお持ちのご令嬢以外、王子妃に相応しい令嬢などおられまい」
「さようですとも!そもそも、どこかの馬の骨には務まらぬ重責。どのような試練にもブランテール嬢は打ち勝っておられるであろう、そのご様子を見られないとは残念でなりませんな。いやはや、万が一他の令嬢が選ばれるなんてことになれば、不正を疑ってしまいますよ」
「万に一つも無いような事例を心配しても仕方がないでしょう、我々は王子妃ブランテール嬢を共にお支えし、共に次代の国家を盛り立てていこうではありませんか」
これは王家に対する圧力だろうか。やたら強固な結託を見せつけられ、王妃はため息を殺して冷たい視線を送るのも我慢し、あくまでも冷静な対応を試みる。
「気が済みましたか?まず贈り物の件ですが、仕送りか全体への激励であれば問題は無いと再三に渡りお話した通りですし、返送にかける労力もありませんので有効活用いたしました。もし希望する結果を望んで送っているのであれば、賄賂と解釈して失格となりますが確認が必要でしょうか?」
ぐっっ。貰えば返すのが礼儀ではないか!賄賂などと人聞きの悪い、事情を察するのが大人であろう!!
「それから離宮への送付物ですが、危険物以外は即日、宛名の通り届くよう手配されておりますし、離宮からの発送物も機密以外は制限を設けておりません。この機密漏洩に関しても妃候補者へは口頭説明で理解を得られたと判断しましたので、念のため書面へのサインはお願いしましたが、手紙や他の発送品に対しても開封チェックは行っておりません。まだ試験は続いておりますし、他の候補者の方々と同様に、令嬢は課題へ真剣に取り組んでいるだけではありませんか?」
むっ。幼少よりワシに逆らうような子では無かったわ!他の小娘共と同列に扱うな!!
「あら、納得いただけないようですわね」
王妃はついに我慢できなくなり、小さなため息を漏らしながら思案する。
「では夏に離宮で中間報告会を行いましょう。候補者の家人と、貴族議会の役員を招待いたしますわ。別途ご案内しますので、お待ちください。よろしいでしょうか?」
すっかり興奮状態だった面々も、やっと皆の前で認める気になったのかと落ち着きを取り戻し、
「いいでしょう、楽しみにしておりますよ」
デュワーズ公爵は皆を代表するように、既に勝ち確のドヤ顔で自信たっぷりに頷いた。
ー同じ残念人物でも若者は素直ね、生まれ変わった娘を楽しみにしていらっしゃい。
王妃は『絶対アカン』を選んで自信満々に能書きを垂れる一流貴族へ憐みの眼差しを送りながら、増えた仕事の段取りを考えている。
離宮のシルベーヌやクラン王子と連絡を取り合って夏の晩餐会を企画し、同時進行で国王と共に復活したガーナミル王弟殿下の使い道を考える。離宮禁足地の小さな恋の芽を確実に育てるようシルベーヌに指示しつつ、事業拡大と新体制発足に向けて暗躍を始めた。
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あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「打ち上げ女子会」
会議を終えた妃候補たちと王子の、女子会のお話。




