34.始まりの予感
いよいよ明日、小国ルーモスを囲む三大国の使者がやってくる。少女達接待係の、本格的なデビューだ。シルベーヌとクラン王子が中心となり、少女たち全員が別館の広間に集合し、それぞれ準備を進めていた。
気丈に振舞ってはいても特にシルベーヌの緊張は張りつめ過ぎて切れる寸前、それでも頑張る彼女の何とか力になりたい。そう思い、いつも口数が少ないクラン王子は、二人だけの執務室で『シルベーヌ、無事にこの会議が終わったら、僕が出来ることなら何でも願いをかなえよう』と、約束したのが昨日の夜。
感動したシルベーヌは思わずクランに抱き着いて感謝の涙を流し、最後まで勤められるよう改めて奮起し現在に至る。
午前中にバスカー商会、リンチバーグ商会の二つの商会と定期出荷分のチェックと荷積みを済ませたばかり、これまでなら業務終了して昼から畑に向かうところを、初めて自分たちがメインで行う交流会準備に緊張を隠せない。
まずは顔合わせと来月から開始予定の技術交流に関する最終確認で、半日ほどで終了予定だが、ゆとりを持って丸一日を充てることにした。
遠方からの移動を伴うので前後は宿泊とし、全行程は二泊三日。宿泊、食事、会議は全て別館で行う。来客はそれぞれ外交関係の責任者と技術関連の責任者、それに随行者を含めて各国それぞれ四、五名の十三名だ。移動にはさらに身の回りの世話をする従者や護衛も付いて一国あたり三十名ほどに上るが、さすがに今の施設で全員を受け入れるのは不可能なので、会議に出席する者以外は近隣の町で待機してもらうことにしている。
今回は事前に打ち合わせをした日時でそれぞれの町まで迎えの馬車を出し、各国の代表のみ離宮敷地内に滞在してもらう。これまでずっと隔離施設で外部との直接交流をしていなかったので、事業拡大とと共に今後の課題である。
幸いにして、この季節は晴れの日が多い。馬車での山道移動も、爽やかで心地よいだろう。緊張しながらも楽しみが増しているのは、ブランテールだった。元から肝が据わっているトコロはあったが、やはり華やかな場所が得意なようで、努力で得た実力を実感する今は取り巻きがいなくても確かな魅力がある。堂々とした立ち居振る舞いは、以前ならでしゃばり感が目立っていたが、今はスケジュール把握はもちろん、関わる人の立場や性格も把握して急な変更への対応もスマートにこなす安心感がある。
「ああ、こちらでしたか、ブランテール嬢。明日のアサギへの馬車の手配ですが、到着が午後にずれこみそうだと、さき程先方より連絡がありました。今から変更可能でしょうか?」
「マーデ・カイの出席者ね?全員かしら?」
「はい、代表出席者四名です」
「そうですね・・・予定通りの馬車を午後まで待ってもらうよう手配いたしますわ。ご安心ください」
「ありがとうございます!」
「いいえ、こちらこそいつも無理を聞いていただいておりますもの、感謝しますわ。特に始めは、ワタクシの要領が悪くて迷惑をかけてばかりでしたものね」
「それは私の方が長く働いているので、知っていることが多かっただけですよ」
どこかためらいがちな笑顔で去って行ったのは、ワイアン・サンダー・ハイランドパーク。侯爵家の三男で、王宮勤めをしている。今回の事業拡大計画で賓客接待の窓口的な役割を担い、このところよく離宮に出入りするようになった。
実はブランテールのデュワーズ公爵家に連なる一族で以前からブランテールを知っているだけに、正直当初はビビっていたのだが、最近は緊張もほぐれて信頼できるビジネスパートナーになりつつあるようだ。
以前のような派手なだけの主張の激しい装いから一転、原色を上手く差し色に使う、彼女らしくも洗練された着こなしは流行をけん引する公爵令嬢にふさわしい。離宮での過酷な生活は贅肉を減らす効果があったにも関わらず爆乳は健在、元から背が高く手足も長い。抜群のスタイルは人の多い会場でも思わず目を引くおかげで、分担した仕事の担当者からも、緊急時も探しやすく相談にもすぐに対応してくれると評判も上がり、印象はガラリと変わった。
まぁ、ブランテールにしてみれば、特に目立つ外見でもないワイアンは記憶のカケラにも無さそうで、事実、デュワーズ家で盛大に開催される誕生日パーティには毎年花とプレゼントを持参していたし、過去に何度も社交の場で遭遇しているのに、初めて離宮に訪ねて来た時、『初めまして』と挨拶するありさま。
別に見た目は悪くない、むしろ中の上くらいと平均を多少なりとも上回る容姿だと自覚しているワイアンだったが、極上クラスの王子や陛下しか見えていないブランテールにとっては、その他大勢に過ぎなかっただけだ。
以前のSレアを引き当てるためだけに重課金しているようなブランテールには怖くて認識されたくなかったが、今回、仕事を通じて改めて知り合ったブランテールは眩しく魅力的で、こうして会えるのは嬉しい。ゲンキンなものだが、忙しいだけだった仕事も前よりずっとやりがいを感じている。これが王子妃候補としての修行の成果ということは、ますます自分は眼中にないのだなと自覚するしかない。いや、王家の教育と本人の努力の結果なのだから、手のひらを反すように好意を持つのも厚かましいだろうか。
なんてモヤられていることなどブランテール本人には全く伝わっていないが、彼女至上主義なエリーゼの目はごまかせなかったらしい。
「ちょっとブランテール様、大丈夫ですか?」
つつつ、と近寄ってきたエリーゼが、こっそりと呟く。
「あらエリーゼ、聞いていたの?馬車の変更なら私が厩舎へ連絡しておくから、心配しないで大丈夫よ。午前中に戻って昼からモエギへゴツイデの迎えに行ってもらおうと思っていたけど、まだ馬車にゆとりがあるから別便を仕立ててもらうわ」
自信のある笑顔で説明したが、エリーゼがかぶせ気味に否定する。
「違います、ワイアン様ですよ!ブランテール様に気があるんじゃないかしら?」
心配するエリーゼにホホホと笑って、
「それはありませんわ、まだ会って間もないただの仕事仲間でしてよ」
完全否定したのだが、ドスのきいたヒソヒソ声で否定し返された。
「何を仰っているんです、ハイランドパーク侯爵家の三男で昔からパーティでも散々お会いしていらしたじゃないですか。ブランテール様のお誕生日には、いつも大きな花束とプレゼントを渡されていましたよね?」
エリーゼに指摘されて記憶を探るブランテールだったが、誕生日パーティに花束やプレゼントを貰うのは当たり前だったし、異性の取り巻きがいたのは覚えているが、身分や容姿で自分より劣ると判断した人を見分ける気も無かったので、全く印象にない。
「・・・あら、そうだったかしら?ワタクシ『はじめまして』とご挨拶した時も、何も仰らなかったけれど」
「それは・・・立場上、否定できなかっただけだと思いますわ」
「まぁ、ワタクシったらとんだ失態ですわね。次にお会いしたら、謝罪しておきます。教えて下さってありがとう、エリーゼ。貴女は頼りになりますね」
他人からの指摘に過剰反応していたのに、この素直さはどうだろう。苦悩の末に間違いを認めて正していく勇気を持ったブランテールは、本当に魅力的な淑女になった。が、『惚れてるんじゃないか説』に関してはイマイチ伝わり切っていないとやきもきするものの、これ以上ここで掘り下げている場合でもない。初めて自分たちが国際交流の矢面に立つのだから、個人的な感情より優先順位は仕事が上だ。切り替えよう。
「ブランテール様に頼っていただけるのは光栄ですわ。またゆっくり、お話したいです」
「ええ、夕食までに片付くよう頑張りましょう」
お仕事モード発動。軽く会釈を交わし、互いの担当する場所へと戻って行った。
一方で最近ミス連発だったラミーは、別室で一人作業中。シルベーヌに会議資料の最終チェックと備品の確認を頼まれたので、いつもより気合を入れて書類をにらんでいたが、ふと思い出されるのはナミルのからかうようなセリフやわざとらしいドヤ顔だった。
「・・・うわあ!」
思い出しては赤面して、振り払っては仕事をする。
「ダメだ、脳内を占拠されてるみたい。なんなの、もう」
ため息をついてふと窓を見ると、遠くにキラリと光が見えた。快晴の空に輝いて見えたそれは、大きな蝶のようで、まっすぐに近づいてきたかと思うと、すいっと開けた窓の隙間から入ってラミーの頭上で止まる。わずかに輝き増して姿を変え、ひらりと手のひらに落ちて来たのは、白くて薄い小さなカードだった。
”親愛なるラミー
元気にしているか?
フジが色々なチョコレートを土産にくれた
国際会議が終わったら一緒に食べよう
待っている
ナミル”
簡素な文章は見覚えのある達筆、他愛のない知らせなのに胸がドキドキして何かで満たされていく。そして、会えない時間が寂しかったのだと気付く。思いがけず言葉が届いたこと、気にかけてくれたこと、一緒に食べようと言ってくれること、私を待っていてくれること、その全てが嬉しい。
僅か数行のカードを何度も読み返し、そっと頬を寄せてみる。触られた時の大きな手を思い出すと、また頬が紅潮してしまう。
コン、コン、コンとノックの音が聞こえて同時に扉が開く。ラミーが飛び上がるほど驚いてまだ赤い顔のまま振り返ると、シルベーヌがするりと部屋へ入って優雅に素早く扉を閉めた。
「あら、タイミング悪かったかしら?うふふ」
動揺するラミーはバレバレの動作でカードを後ろに隠し、平静を装うのに失敗する。
「え?あ、別にタイミング悪くなんて無いよ?ふ、ふつーに仕事してただけだし」
明らかに挙動不審だ。
「シ、シルベーヌこそどうしたの?この、頼まれたチェックならもうすぐ終わるわ。え、と。終わったら会議で使う部屋へ運んでおくわよ?」ダイジョーブ、ワタシ、チカラモチダシ。
続く言葉も上ずって、何かありましたと言わんばかり。
シルベーヌは微笑んだままラミーに近づいて、正面からぎゅっと抱きしめる。
「そんなに緊張しなくていいじゃないの、ラミー。気分転換も必要かな、って久しぶりにチョコレートの差し入れに来ただけだから」
そうなんだ、と気と手の力が緩んだところで、シルベーヌはラミーの持っていたカードを抜き取ってサクっと目を通すと、身体を離して丁寧にカードを返す。
「って、違うお菓子の方が良かったかしらね?」
ば、ばれた!?ってか、どこまでバレちゃったの?ナミルさんのことは国家機密だからシルベーヌは知らないハズ・・・だけど、確定王子妃だから実質王家の一員で実はこっそり会ってるコトもバレてたり・・・する方に一票。
この笑顔、それに元から王子妃選抜デキレースの企画側!
見るからに平凡で害のなさそうな笑顔、そうよ、一番のクセモノだったわ。
「私は嬉しいのよ?ラミー、貴女が心を動かす相手に出会って」
そうね、シルベーヌには勝てないなぁ。
「はいこれ、疲れに効く差し入れ」
出された一口チョコレートを頬張ると、甘さが癒しをくれる。
「いつでも相談に乗るわよ、ガーナミル殿下のコト。他の子たちには、まだ内緒でしょ?」
ぶふっ、ぐっ!
「・・ちょ、やっぱりバレてるのね!?って、私とナミルさんはそんな関係じゃな・・」
顔を真っ赤にして反論するラミーを、シルベーヌは楽しそうにあしらう。
「はいはい、また今度、ゆっくりお話ししましょう。時間を作って、連絡するわね!」
ー全く、殿下も貴重な伝達魔法で私信だなんてやるわね!
うふふ、と、シルベーヌは一人で納得すして、するりと扉を開けて音もなく去っていく。
ラミーはぎゅっと勢いよくカードをポケットにしまうと、残りの仕事をかつてない集中力で片づけた。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「王都周辺の春と夏」
ラミー不在のグレンリベット邸と王宮での貴族会議のお話。




