33.初めてのキモチ
本館三階、王室専用フロアの執務室に補助机が導入され、シルベーヌの助手をクラン王子が務めるようになった。互いに仕事の相性も良く、見事な連携で処理ペースは非常に速い。国家事業なのに王子がメインにならないのは、いずれ王家直轄から分離したいと考えているから。拡大をはかる事業を国家運営しながらいつまでも面倒みられない、というのが本音である。
「シルベーヌ、先にこの手紙に目を通してくれるかい?」
侍女が届けてくれた手紙の束をクランが仕分けし、国王からの親書を確認して手渡した。
「陛下から?急ぎの案件かしら」
受け取りながら、文面をざっと読み取る。
「・・・・うふふ、こんな素敵なお知らせなら大歓迎だわ。さて、と。計画書を仕上げてしまいましょう」
残業続きの疲れた心が元気になって、ペンを走らせるスピードが上がった。ホワイトな職場環境整備は、なかなか進まない。
「ラミー、階段!」
離宮本館、二階から一階へと降りる階段の踊り場で、ボーっとした表情のラミーが足を踏み外しかけているのに気づいて、思わずとんだ叫び声。に、ラミーはハッと我に返る。
叫ぶと同時かそれより前、声の主であるチェルシーは慌てて駆けあがってラミーの手を取り、
「驚いたわ・・・今から夕食?なら一緒に行きましょう」
そのまま手を繋いで、階段を降りる。その温もりに、ラミーはナミルにエスコートしてもらった事を思い出して、胸の奥がジンとした。
「最近、上の空な時が多いんじゃない?何か悩みがあるなら聞くわよ?」
新しい仕事にやりがいを感じて燃えているチェルシーは、元気百倍。頼もしい限りだ。
「あ・・はは。ちょっとこの前、うっかり失敗したトコロを復習してたら寝るのが遅くなっちゃって。それでぼーっとしてたらダメだよね」
不自然な笑顔で明らかにカラ元気だと分かるが、馬鹿正直なラミーがわざわざ誤魔化すなら、何か理由があるのだろう。
「そう。夜更かしはダメよ?記憶力も落ちるし、美容にも悪くていいコトないんだから」
バチンと迫力のあるウィンクをして、明るく笑い飛ばす。
「うん、今日は早く眠るわ」
そんな心遣いが嬉しくて、ラミーは先程よりマシな微笑みを返す。
「後で寝つきが良くなる、お気に入りのバス・エッセンスを分けてあげるわ」
「ありがとう。そうね、借金返済のために頑張らなくちゃ。あああ、この間にも増えていないといいんだけど、不安しかない」
以前より頻度は減ったが、実家から届く手紙の内容に大差は無い。突然の呼び出しや悪い噂も無いので、大きなやらかしはないと思いたい。
「御用達って、メイグリロ商会でしょ?オーキネン拠点のしっかりした大商会だから大丈夫よ。むしろ悪徳業者潰しの異名があるくらいだわ」
「そうなの?」
「昔は傾いた時期もあったらしいけど、現代表のお父様が立て直して今は盤石」
「へええ・・・」
それなら余計、何のメリットも無いウチに協力的なのか不思議だけど・・・なんて、今考えても分からないわよね。ああ、久しぶりに脳内が忙しい。
ーそれにチェルーさんの、優しが沁みる。この持て余す感情をどうしてくれよう?ああもう、皆にぶっちゃけてしまいたいような、気恥ずかしくて秘密が有難いような・・・。自分の中に、こんなに感情の起伏があったなんて知らなかった。お花畑な両親に振り回されるとロクなことがないから、冷めていたし感情の振り幅は小さいんだと自覚していたのに。う~ん・・・、笑えば可愛いと言われるのに反発していっそ不愛想だっただけかしら。
食堂に入ると、珍しくサーシャと一緒になった。授業の間は毎日一緒だったのに、研究棟組は時間が合わないのか、顔を合わせる機会が減っていた。
「こんばんは、チェルシー。あらラミーも!ずいぶん、久しぶりじゃない?」
サーシャも忙しくしていると聞いていたが、随分と元気そうだ。見ると定食も大盛、食べっぷりも以前の上品さとは違って力強い。視線でその疑問に気付いたのか、
「ん?ああ、これ?研究って頭も使うけど体力勝負なトコロもあって、すっごくお腹が空くのよね。仕事は忙しいけど、前よりご飯も美味しく感じるの」
本人は充実していそうだけど、絵面は爆食の妖精で妙な迫力がある。
以前はディナーともなれば侍女を侍らせた正式なスタイルが中心だったが、仕事がメインになった今は社員食堂のように、窓口で自分の分を注文してトレイで運ぶスタイルだ。この離宮も人材不足なので、事業拡大に向けて侍女たちも仕事が一気に多様化し、朝夕に一度ずつは主の元を訪れるが、部屋の掃除や衣服の洗濯、身支度や入浴、身体の手入れなど、メイド的な身の回りの世話は希望者の希望時のみとされた。
離宮に来た頃のブランテールやエリーゼなら盛大に反対しただろうが、様々な仕組みを学んで色々な立場を理解したおかげか、文句の一つも言わなかった。
それもある意味では、学習の成果だろう。身分や責任があるからこそ、組織全体のバランスを考えられなければならない。状況によって、上が我慢したり身を切ったりして補う必要性を理解したのだ。
他の少女たちは元から自立心が高いと言おうか、庶民のポルテや貧乏貴族のラミーはもちろん、事情の理解もあって自分のことは自分でやることに抵抗が無い。
「元気な証拠、労働してお腹が減るなんて健全よ。ここの食事は美味しいしね」
向かいに座ったチェルシーが、トレイに乗ったメニューを見て微笑む。
春になって雪解けが進み馬車が通れるようになると、流通もよくなる。温室があるのである程度、新鮮な素材は手に入るが、それでもやはり保存食が多かった冬より、鮮度も良く食材の種類も豊富になった。以前から美味しかったが、さらに美味しくなって、食が進むのも頷ける。
「ずいぶんと忙しそうだけれど、楽しそうね」
「すごく楽しいわよ?毎日が新しい発見の連続だし、仕事以外の楽しみも出来たし」
頭の周りに小花と音符が飛んでいるように見えるくらいには、浮かれているようだ。その状況で瞳を潤ませての『仕事以外の楽しみ』とは??
「「何それ、詳しく!」」
何かを察知したのか覚醒したラミーと、サーシャの変貌に興味を惹かれたチェルシーが弾かれたように顔を見合せたあと、浮かれながらお肉を頬張る妖精に向かってハモった。
んぐ!
勢いに驚いてつっかえ、一呼吸おきながらもぐもぐごっくんして、話し始めた。
「あのね、ここだけの話なんだけど・・・」
少しトーンを落として、前置きする。
「今、私ね、すごく気になる人・・・っていうか、好きな人がいるの」
言い切って、ふふふ、とはにかみながら嬉しそうに笑う。
「え?だ、誰??」
ごくりと唾をのんで、緊張しながら待つ。
「リンチバーグ商会のジャストンさん!」
仏頂面デフォだったのに、春の妖精のような微笑みで語られた名は・・・。
ーリンチバーグ商会って、ココの商品扱ってる三商会の一つよね?納品時に来るのはオジサンとオジイサンしかいませんよ?
「ジャストンさん・・・って、商会代表のジャストン・ダニエル氏?」
チェルシーが記憶をたどって確認すると、
「ええ、そのジャストンさんよ!とっても優しくて素敵なおじいちゃま(はあと)」
頬を赤らめ、もじもじと恥ずかしそうに目を伏せる。
「素敵なおじいちゃま、ってアナタ・・・本気?」
どう見てもコイバナな流れだったのに、出て来たのが意外な人物過ぎて衝撃なんですけど。いや、恋愛は自由だし、条件が前提でもないし、本気なら年齢も立場も性別も関係ないかも?だけど。
「ダメよ!」
チェルシーが真剣な顔で、ピシャリと言い放つ。
確か妻帯者、そう既婚者ですよ。ルーモスは一夫一婦制、不倫はよくない、誰にもメリット無いから。可憐な恋心に水を差したくはないけれど、友人として応援できる相手ではない。そんなことをぐるぐる考えて二の句が継げずにいたが、サーシャは構わずに反論する。
「アラ、奥様がいらっしゃることくらい知っているわ。ご本人が仰っていたもの。でも、好きになるのは自由じゃない?」
ー恋は盲目、なんていうけれど。なんで?あの頭が良くて冷静なサーシャが、こんなに変わってしまうの??
チェルシーはぐるぐるもやもやするけれど、ラミーは入ってくる情報についていけない。やっと『これが好きって感情かしら?』な、恋愛の入口に立ったばかりの自分とっとは落差が激しすぎたのだ。
初めてカナ文字を覚えて物語を読んでみたいなと思ったのに、注釈の多い契約書を見せられた気分。ふわふわする気持ちを声に出してみたかったけど、『好き』を取り囲む環境が難しくて理解できず、ただ二人のやりとりを傍観するしかなかった。
その間にも、サーシャの言葉は止まらない。
「奥様ラブなところもステキよね。優しい微笑み、包容力のあるお姿、穏やかな話し声、どれもとっても魅力的なのよ」
ほう、とうっとりしながら語る。
「やはり年齢を重ねて醸し出される落ち着いた雰囲気っていうのかしら?あの重厚感はきっと、これまでご苦労されて培われたもの。そのあたりのヒヨッコが真似出来るシロモノじゃあないわね!そう、どっしりと構えているのに重くない、っていうか威圧感も無くて周囲の空気は優しさと穏やかさで包まれているの・・・」
独特な抑揚と徐々に増すスピード、陶酔しきった表情。
年配の方にこんな言い方は失礼かもしれないけど、あの全体的にふんわりと丸いフォルムも可愛らしくて、頼りなく細くてイマイチ密度薄めの頭髪も愛らしいし、肌艶がよくて握手をするとぷにゃっと柔らかい手も最高なの。長く商会を率いてこられた経験に基づく知識、見識の広さ、それに誰に対しても誠実で平等な対応は感動ものよ。
おまけに私の話を一生懸命に聞いてくださって、ためになる指摘をいただいたり参考になる本を紹介してくださったり、お話する時間があんなに楽しく思えた方は初めてなの。最初から女性だから、年少者だからと色眼鏡で見られることもなかった。依頼案件を調べたり実験したりして伝えた結果には、必ず謝意を持って対応して、私自身のことも認めて下さったわ。
彼の依頼ならどんなことも頑張れるし、認めてもらえたら自分を誇れるのよ。商会の方はよく来られるけど、ジャストンさんは二週間に一度くらしかお会いできないのが残念なの。でも、その時間も依頼の問題解決に全力投球で結果を引き出すよう努力していると、わくわくしちゃうのよね。早く解決出来たら早く伝えて喜んでいただきたくて、すぐにでも会いたくなってしまうんだけどね。
確かに好きだと伝わってくるが、だんだん早口になって熱を帯びるこの感じ・・・。
「ああ、驚いたわ。うん、納得。コイバナじゃなくて推し活ね」
はぁ、とため息をついて、チェルシーは一口大に切ったポークソテーを口に運んだ。
「忙しいけれど、楽しい。仕事に推しがいるとハリが出るわね」
うんうん、と完結して冷めかけた夕食を食べ進める。
終始、会話に入れず、自分のもやもやを相談する訳にもいかなかったラミーは、曖昧な相槌をうつに留めた。安心したような、残念なような、複雑な気分。
食事を終えると、デザートも食べる!と張り切っていたサーシャとチェルシーを置いて、ラミーは先に部屋へ戻る。
好き、っていろいろあるんだな、というのが今日の学びか。すぐに答えが出たり状況が進んだりするものでもないだろうから、とりあえず今日はお風呂に入って休もう。
ぼんやり考えながら階段を上りきったところで、これまた久しぶりにクラン王子と一緒に階段をおりてくるシルベーヌに会った。元気そうだけど、目の下にクマがある。ラミーに気付くとにっこりと笑って近づき、ぐいっと腕をとって引き寄せると、そっと耳元で囁く。
「あなたが未来の叔母様になってくれるの、すっごく期待してるわ」
何のことかと考えてみても、心当たりが無くて分からない。きょとんとしたままのラミーに構わず、手を振って二人で去っていく。
「一緒に頑張りましょうね!」
意味は分からないが、つられて手を振る。相変わらず忙しそうだが、クラン王子とも中良さそうで何よりだ。
一人になると、風呂でもベッドの中でも、ふと思い出すのはナミルの姿や声ばかり。そうして頬が赤らむのを自覚しては、なんとなく恥ずかしくなる。
寝不足は失敗のもと!美容にも大敵!!思い出しては振り払い、振り払ってはモヤるのを何度か繰り返して眠りについた。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「始まりの予感」
元残念令嬢ブランテールのモテ期?と、乙女の階段上りかけラミーのお話。




