32.ラミーとナミル
「わあ、これすっごく美味しいです!」
雑然としたテーブルの上には、アップルティーと蜂蜜ナッツのチョコレート。ラミーは一粒頬張り、目を輝かせて満面の笑みを浮かべたかと思うと、しばらく目を閉じて静かに味わって、さらに余韻に浸る。
ーああ、シアワセ(はあと)。シルベーヌがくれるチョコも美味しいけど、毛むくじゃらおじさんのくれるチョコはどれも私の心を鷲掴みにするわ・・・。
「クク・・だと思った」
何度か会ったあと、会話と対応で好みを予想して用意したチョコレート。想像通りの反応にナミルがわざとらしいドヤ顔で返すと、目を開けたラミーのツボにハマって今度はお腹を抱えて笑う。この素直さが好ましく思えて、ナミルはつい餌を与えたり構ったりしたくなるのだ。
同じくラミーもツボるチョコの餌付けとテンポの良いやりとりが楽しくて、ついココに足が向いていしまう。
そんな訳で、初めて会った日から今日まで、三日と空けずに訪ねてくるラミーに紅茶とチョコレートを提供するのが、ナミルの新しい日常になった。
「今日もフジさんはお出かけですか?」
周りを見渡して尋ねると、
「ああ、ちょっと最近、忙しくてな。あまりこちらには帰って来んよ。まぁ、土産に貴女の好みに合いそうなチョコレートを頼んであるから、楽しみにしておくといい」
やれやれ、とため息をついたかと思うと、いたずらでも考えるようにニッと笑う。
「うわあ、やった!すっごく嬉しい」
ラミーは素直に、キラキラエフェクトの出力を上げて歓喜した。
「ご馳走様。食器は片づけるから、そのままにしておいてください。終わったら、続きのチェック作業をやりますね」
対するラミーも自分が役立っている実感が嬉しくて、ほわほわキラキラしている。覚えた仕事を効率よくしたり自ら出来ることを探したりと、楽しみながらやりがいを感じていた。
ラミーがいる離宮本館から厩舎まで約十分、厩舎から森のこの家までは最短距離をキリシマの俊足で駆けると半刻もかからない。仕事がある日は終わってから、休みの日は午前中から、休憩を挟みつつそれぞれ暗くなる前までナミルの仕事を手伝う。書類の整理、薬品の仕分け、材料の在庫確認、部屋の掃除、温室の植物の世話、どれも魔法植物関連なので、離宮の授業で習ったことや実習の予習復習になる部分も多い。知っていることを活用出来たり、知識を深めたり出来るのは面白かった。
自分からあげられる物のが無いので、貰ってばかりだと心苦しい。と、食べて余った分を土産にももらう珍しいチョコを前に恐縮するので、それならと手伝いを頼んだのはナミルだ。
しかしここに来る時間は本来ラミーには余暇なのに、助手や片づけを頼んでも楽しそうに手伝ってくれる。見た目の繊細さと違って何事も大雑把なところはあるが、覚えも仕事も早い。衣服や髪が汚れても気にする様子もなく、研究の進捗や成功を喜んでくれた。
そんなところも好ましく思えるが、チョコレートの現物支給で実質サービス残業はいかがなものか。自分一人なら好きなように働いて暮らせば良いが、第三者を巻き込むならなし崩しにせず考えた方が良い。これはちょっと、働き方改革が必要だなとナミルは思案する。
今日は休日、時間に余裕もあるから、少し遠出もよいだろう。
「ふむ。やはり余暇らしく気分転換もしないとな」
ボソリと呟いて一人納得すると、材料の在庫チェックをするラミーに声をかけた。
「せっかくの休日だ、キリの良いところで終わってくれ。この後、少しでかけよう」
ちょうど最後の棚にとりかかったラミーが返事をする。
「はーい、この段で終わりにします。どこに行くんですか?」
「まぁ、森の散歩かな。軽食を準備していくとしよう」
言うと同時に、ナミルは作業する手を止めて手早くテーブルを片付け、立ち上がってキッチンへと向かう。
慣れた手つきで食材を準備し、調理にとりかかった。
高給魔法道具の冷蔵室から作り置きの自作ソース、ハムにチーズ、レタスとトマトを取り出す。これまた高級最新式のキッチンはレバー一つで水が出る便利スタイル、シンクから外まで管が通された自動排水システムだ。そこでレタスはちぎってさっと洗い、トマトをスライスする。ハムはやや厚め、チーズは薄めに切る。
大きな手が器用に動き、バゲットに次々と具材を乗せたかと思うと踊るように優雅な仕草でソースをかけ、またバゲットで挟む。
何か手伝いましょうか?と、言いかけたラミーが見惚れている間に完成してしまった。
バスケットは無いので手近にあった箱に詰めて、
「まぁ、見栄えはしないが勘弁してくれ」
いたずら小僧のようなウインクをする。ナミルは以前の全身毛むくじゃらではなくなったが人間としては毛深い、使用人はいないし本人も構わないのだろう、髭もロクに剃らないし髪を整える訳でもないので、ぶっちゃけむさ苦しい。が、上背があり体格も元騎士団なせいか立派で、愛嬌のあるクマのようだとラミーは思い、自然体な姿が好ましい。
「すみません、手伝う隙もありませんでした」
見ていただけの自分を反省してうなだれると、
「気にするな、さあ、行こうか」
バゲットサンドの箱を抱えて、ラミーの肩をポンとたたく。一緒に外に出ると、ナミルは高く指笛を鳴らす。二度目の訪問から繋がずに自由にさせているキリシマが、音に応えるかのように姿を現した。
「凄い、カッコイイ!」
ラミーは思わずマネしてみたけれど、うまく音が鳴らなかった。
「はっはっは、まぁゆっくり練習すればいいさ。さあ、乗って」
むうっとむくれたまま、促されるままにキリシマに跨る。少し前に寄るように言われて箱を渡されたので、
「あれ?私は荷物持ち?一緒に」
歩くのかと思ってました、と言いかけた時、自ら飛び乗って軽食の入った箱を持つ少女の後ろにピタリとくっつくように跨ると、華奢な身体はすっぽりと収まった。そのラミー越しに、ナミルは手綱を取る。一度森に入って少し南下し、ゆっくりと川に沿って進んだ。
「この川よりこちら側禁足地は、俺の庭みたいなモンだ。気に入りの場所もいくつかある」
歩き出した馬の背の上、ナミルのイケボが耳に近い。背中に感じる微かな体温と、すぐ横にある手綱を握る大きな腕に緊張する。思い返せば伯爵令嬢とは名ばかりの引きこもり生活、他家と交流したことも社交界でダンスをしたこともない。触れ合うほど距離の近い人間は、一方的に抱き着いてくる両親くらいしかいなかった。なので、この状況はものすごく緊張する。
「確か花畑もあったが、咲きそろうにはまだ少し早いだろうな。小さいが滝もあるし、この離宮が見渡せる場所もあるぞ」
ナミルはいつもと変わらない調子で話すが、ラミーは上手く返答できない。シルベーヌも距離感は近いけど、それとは異なるこの緊張感は何?
「ん、どうした?気分でも悪いのか?」
ナミルがのぞき込むように顔を寄せると、ラミーは頬を赤らめる。
ーやだ、なにこれ?顔が熱い・・・。
「おっと、スマン。俺が考え無しだったか」
すとん、とナミルが馬から降りる。同時にキリシマも足を止めた。
「一緒に乗るなんて年頃の貴族令嬢に失礼だったな。コイツに乗れるのが久しぶりで、つい・・・不快だったろう、悪かった」
一方的に謝られて、ラミーはかつて経験したことのない感情で不思議な気持ちになった。驚いた、そして謝罪に納得がいかなかった。
「あ、あの。謝らないでください。不快なんかじゃない、むしろ嬉し・・って言うか、き、緊張しただけですから!」
ムキになるような弁明のあと、見つめ合って先に目をそらしたのはラミーだった。
「乗ってくださいよ、案内してくださるんでしょう?」
そっぽを向いたままだが、その心情はナミルに伝わったようだ。
「そうか、ありがとう。では、改めて案内役を務めよう」
期待の第二王子だった頃に群がってきた令嬢たちは、毛むくじゃらになると手のひらを反すように去って行った。実際にあの姿で会ったことのある令嬢は数えるほどしかいないが、噂は瞬く間に広がって誰も寄り付かなくなるまでそれほど時間はかからなかった。後日、急病で療養と発表しても、見舞いに来るものすらいない。
社交界と令嬢口コミの威力を思い知ったものだが、自分に対する評価の薄っぺらさも見せつけられた気分だった。
「私の方こそ、いろいろと経験値が足りてなくてスミマセン・・・」
対して、素直な目と心で見たものを信じ、まっすぐな言葉で伝えようとしてくれるラミーの存在には救われる。
「貴女の謝罪こそ必要無い、むしろ俺には何でもぶつけてくれると嬉しい」
はは、っとビミョーな空気を換えるべく大きく笑ってみる。
水の音が大きくなってくると、すぐに高さ数メートルの小さな滝が現れた。
幅も数メートル、水量は山の雪解け水のせいか多いらしい。滝壺は青と緑の間で、日差しが反射して神秘的なきらめきを見せている。
周囲は岩が多く、ナミルはひらりと馬からおりてその一つに敷物を敷く。ラミーから箱を受け取ると、手を差し出した。その手を取って、軽い動作で降り立ったが、なんとなく目をそらしてしまう。
バツが悪くて距離を取ろうとラミーが手を引きかけると、ふいに固く握られた。
「少し足場が悪い、このままエスコートさせていただけませんか?レディ」
軽い口調に優しい瞳。なんだろう、ふわふわしてくる。淑女の嗜みも習ったし、エスコートされることもダンスも授業でやったけれど、こんなにもドキドキして何かがあふれ出るような気持になったことは無い。
「貴女が嫌なら仕方ないが・・・」
大きな体を縮め、大げさにシュンとされて、ラミーは反射的に否定する。
「い、嫌だなんて思ってないわ」
「それは光栄だ」
誘導するように答えをもらっておいて、分かりやすく破顔してみせた。そのまま手を繋いで、滝壺が良く見える岩まで歩く。ラミーを座らせると、ナミルはカップを二つ持って湧き出る清水を汲んできた。
用意してきたバゲットサンドを取り出し、遅めのランチをとる。木の幹に這う蔦を指さして薬効を説明したり、木々の間を飛び交う野鳥の声真似をしたり、川に見つけた魚影で作り話をしたり。
真面目な話もふざけた話も、打てば響くノリが戻って楽しい。食べた後は、まだつぼみの多い花畑に立ち寄って、花が咲く頃にまた来ようと約束し、離宮の裏山に上って施設を一望しながら、今担当している仕事や仲間の話をした。
夕暮れが近づく前に、ナミルの家に戻る。それからすぐに帰り支度をして、いつものように見送って貰いながら一人でキリシマに乗ると、なんだかいつもより寂しい気持ちになった。
そんなラミーを見送って一人部屋に戻ったナミルもまた、物足りなさを実感している。亀の甲よりなんとやら、自分の気持ちは自覚したが、相手に強要したくはない。身分も年も上だからこそ、飲むしかない相手に簡単には要求出来ない。
が、憎からず思ってくれるなら、外堀から埋めてみよう。とりあえず目標は三か月後、夏に離宮で開かれる王家主催の晩餐会か。
と、新たな目標を設定されたことを、ラミーはまだ知らない。
読んでくださって、ありがとうございます。
ちょっとは恋愛ジャンルっぽくなってきたんじゃないでしょうか。
なんとか浄化のキュンを生み出せるよう、努力します。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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毎週金曜 6:20 更新中。次回、「初めてのキモチ」
ポンコツ化したラミーと、新境地を開いたサーシャのお話。




