31.王子来訪と女子会
のどかな春の昼下がり、窓から見える景色は柔らかな色合いで、風もふわりとあたたかい。侍女がいれてくれた紅茶は美味しいし、王妃様が下さったクッションは長時間座っていても腰が痛くならない。
なのに。ああ、どうしてかしら?握りこぶしに力が入るのは。おかしいわね、私、器量はイマイチでも要領には自信があったんだけど。
王妃が去って半月あまり、シルベーヌはかつて体験したことのない激務に追われていた。
大きな執務机の上は常に書類と手紙の束、問い合わせをして時には督促をして回答をもらい、失礼と誤解の無いように返信を・・・・してもしても終わらない。
数が多いので日程の調整だけでも一苦労、中には礼を欠いたものや冷やかしのような内容のものもあったが、公的なやりとりだからと真面目に向き合っている。
「はぁ、どれだけ時間があっても足りないわね。何を生み出すわけでもないのに、時間は溶けるし精神は削られるし、厳しい・・・」
大きなため息をついて、机に突っ伏す。以前は控えていた侍女たちも、王妃からの引継ぎ以降は使いが忙しすぎて出払っている時間の方が長かった。そうして誰もいない空間を良いことに、つい本音がだだ洩れてしまう。
「これが仕事のほんの一部なのか、王妃様はどうやって時間をやりくりしてるんだろう?むうう、きっと私を上手く使ったように、周囲を気づかれないくらい自然に巻き込んでいるんだわ。それとも、もともとの処理速度が段違いで私は戦力外なのかしら。だったらちょっと、凹むな~・・・」
つーと、思わず涙がこぼれる。ダメだ、弱気になってる場合じゃない。私の本気はこんなモンじゃないわ、そうでしょ?シルベーヌ!
己を鼓舞し、起き上がって鼻息荒く気合を入れなおしたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
気を取り直したシルベーヌがしとやかに声をかけると、静かに扉が開き、入ってきたのはクラン王子だった。
「な!?」
予想外の人物登場に、思わず変顔になる。せっかくデキる自分アピールが決まったと思ったのに、失態じゃないの!
王都からか留学先からか知らないが、ここに来るのは長旅だったはずだ。知らせも来ていないが、馬車が到着して旅装を解いて執務室を訪ねられるまで気づかなかった。
この執務室も王族専用フロアにあるのだから、少なくは無い人が廊下を行き来したはずだ。昼食は運んでもらったが、何度か手洗いに部屋の外へ出たのに、その変化にも気づかなかった。
ってか、侍女も言ってなくない?彼女たちも忙しすぎて、私の用事以外に疎くなっているの?仮にも婚約者に内定しているのに、出迎えにも行かないって・・・・。
顔を見ただけで、思考がぐるぐる回転している。が、その間わずか数秒。
「やあ、久しぶりだね、シルベーヌ。母に無茶ぶりされたと聞いて急いだんだけど、遅くなってしまった。すまない」
が、当の王子は気にするそぶりも無い。いつものキレイな真顔のまま、すたすたと近づいてきて執務机の上を見回すと、分類された手紙や書類を手に取って確認する。
「母と同じ方法だね、僕にも分かりやすいな」
手近にあった椅子をひとつ引き寄せると、シルベーヌの隣に並べて座った。問い合わせ中の箱と書きかけの返信を見て、ふうんと何やら思案しているようだ。しばらくすると書類を戻し、シルベーヌに向き直る。
「ねぇ、シルベーヌ。最近ずっと、こもりきりで仕事してるんだって聞いたよ?これからは僕も一緒にやるね」
一緒にって今、さらっと言った?ありがたいけど、突然すぎない?
「って、クラン?私、イマイチ話が見えないんだけど。一緒にってどういうこと?」
クランは未開封の手紙の束を取って、シルベーヌに示す。
「コレの処理、とか他にも不随する業務全般。母上がシルベーヌに一任してきたから、僕にも早く行って一緒にやれ、って学院に連絡来たのが二週間くらい前かな」
隣国オーキネンにある近隣諸国の要人子弟が通うヴィゲスト学院に留学中だった王子の元へ、王妃から手紙が来たらしい。
「とりあえず夏までの単位はとれたから、しばらくここにいられる。母上もあれでスパルタだから、たいへんだったろう?」
表情はあまり変わらないが、心配して手伝いに来てくれたのは理解した。それも色々と前倒しして時間を作ってくれたらしい。淡々と必要事項をこなしているように見えて、この優しさよ。・・・好き。
正直、詰みそうだったから即戦力の登場なんて感謝しかない。
「シルベーヌがとても真面目に取り組んでいることは分かった。忙しすぎるのも、ソコが問題だね」
真面目な貴方が言う、私の真面目さが問題ってどういうことかしら?
「どう見ても、処理すべき絶対数が多い。こんな時は、まず取捨選択だよ」
国家の代表としての返信、どんな内容であれ生真面目に各担当へ問い合わせて回答していたシルベーヌだが、私より真面目なはずのクランの言葉に驚く。
「例えばこれ、読んでみてどう思う?」
「『・・最近流通するようになった薬から興味を持ち、大変失礼ながらこれまで名も存じ上げなかった貴国のような小国相手に見学してやろうと思い・・・』って、そっちこそ失礼な。こんなの、こちらが調整してまで来てもらう必要なくない?」
これまで普通に読み進めていた手紙の持つ、違和感に気付く。
「そうだよね。では、こちら」
「『・・・魔法植物なる希少な原料を用いた薬剤は我が国の陛下も強い興味を示しており、シラン国宰相としてサンプルを送付するよう貴国へ依頼したい』、って、あなた誰?過去に一度も接点無いクセに何言ってんの?」
「本当にね。ざっと王家の交流記録を見ても載っていないし、僕個人だって地図上でしか知らない」
うちはCM出してる通販会社じゃない、っての。
「うん、だから考えてみて?」
そこでシルベーヌは、改めて今の自分には責任と共に裁量があるのだと思い至る。
「そっか。こんなもの、ただでさえ忙しいのに何人もに掛け合ったり検討したりする予知無いよね」
小国とバカにして見下しているもの、暇人なのか興味本位なだけのもの、縁もゆかりもない個人的なもの。わざわざ手間暇かけないで、価値の無い取引はしなければ良い。一任されたということは、私の裁量で門前払いもオッケー、ってコトなのよ。
「私のやり方が間違っていたのね。全部を同じように真面目に相手しちゃダメ、まずはルーモスが、この研究施設が、私が向き合う必要があるか否か、選別が必要なんだわ」
「やはりシルベーヌは理解が早いね。とはいえ、選別は重責だ。一緒に考えよう」
それから二人で届いた手紙を精査し、検討を見送る決断をしたものに対しては丁寧かつハッキリと返信をする。何かしら線引きした方が判断しやすいので、当面の間、離宮内施設に受け入れるのは比較的交流が盛んな周辺三国のみとし、その他は今後の施設拡充と共に再検討することにした。新規販売先については近隣から徐々に拡充予定とし、具体的な時期や量は各商会と詳細を詰めてもらう。
そう決めると要検討の件は各所に問い合わせ項目のまとめを作り、必要部署へ共有、お使いから戻った侍女は高速打ち合わせ中の王子とシルベーヌに休憩用のお茶とお菓子を用意してくれたかと思うと、またすぐに文書を持ってそそくさと出て行った。
少し休んでいくように声をかけても、業務用とはいえ二人の世界を邪魔することに気が引けたのか、慌てて去られると複雑な気分になる。
二人とも真剣に仕事をしているだけなのだが、並んだ距離感と言い、会話のテンポと言い、傍から見ると入る隙が無い。甘さもラブさも無いように見えて、妙に完成された不思議な世界は、第三者としては居づらく感じてしまうのだった。
そんな侍女が持ち帰った各部署の回答を合わせて検討し、ゴツイデとオーキネンからは共同研究者の受け入れを、マーデ・カイからは魔法植物の栽培技術学習者の受け入れを、それぞれ来月から一年契約で開始と決定。クラン王子とシルベーヌ、互いに打てば響くやりとりでサクサク問題に取り組み、楽しさとやりがいを感じて勢いよく練った事業拡大計画は、あっさりと国王陛下夫妻の了承を経て実施に向かう。
さっそく翌週、王子とシルベーヌから招集があり、魔法植物事業拡大について話し合いが開かれた。
活発な意見交換が行われ、それぞれが自主的に役割を申し出る。奪い合うことも押し付け合うことも無くアッサリと分担されると、一番驚いていたのはクラン王子だった。
舞踏会以来だから、みんなけっこう別人かも。この流れは合宿の成果よ。
歓迎の宴をブランテールとエリーゼが担当、相談役はウレシック。研究棟への受け入れはサーシャとポルテが担当、相談役はサヴァラン女史。それぞれ担当者がメインになって、連携しながら準備を進めることになる。また同時進行で行う新規販売先についての商会や工場との窓口は、チェルシーが担当を希望して引き受けた。自分に何が出来るのか、何がしたいのかイマイチ分からずに残るラミーは、シルベーヌによって『それぞれを臨機応変にフォロー』と言う、暇か過酷かの二択になりそうなポジションに指名された。
日々の研究、畑の世話、接待をしながら担当をこなす。分からないことは相談役に聞いたり調べたりして補足し、やることリストを作って潰していく。受け入れ人数と日数を賄える場所を確保できるか、相手の性別や立場、文化などで配慮すべき点と対応が可能か否か、宴のメイン、進行、会場、料理など何を軸にするか。失礼があってはならないが、全ての要望を通せない場合の落としどころはどうするか。
「気に入らないものに文句を言うのは簡単だけれど、一つの企画を進めるのは難しいわね」
膨大な準備物のリストを前に、かつての自分を反省して、ブランテールがため息をつく。
「アタシも自分では何も考えていないのに、ずいぶんな主張ばかりしていたわ」
よく知りもしないのに、尻馬に乗っかって批判ばかりしていた。否定され、罵倒される相手が自分と同じ感情を持つ人間だと考えたことも無かった。
「自分でやってみないと、分からないことばかりだわ」
招かれる側と招く側の気遣いの違いを改めて実感し、苦労して準備を進める中で、これまでの記憶が思い出される。過ぎた過去を変えることは出来ないけれど、その中で必要な経験値を拾うことは出来る。パーティの場数を踏んできたからこそ、活かせるものもあるはずだ。
「あらブランテール、難しい顔してるわね。美味しい焼き菓子をもらったんだけど、ご一緒にいかが?」
部屋の前でエリーゼとリスト確認していたら、チェルシーが声をかけてくれた。
「ありがとう、少し気分転換したかったの。今から伺ってもよろしくて?」
「ええ、歓迎するわ。何か煮詰まってるなら、相談にも乗るわよ」
過去の自分と決別し、今は信頼できる仲間も多い。傍若無人に振舞っていた頃より悩みは多いが、不思議と気分は悪くない。
チェルシーの部屋で、お茶を飲みながらの息抜き雑談会。事前に調整する正式なお茶会よりも、思いつきや気分転換で開催され、都合のつくメンバーだけが集まる気楽な場が有難い。仕事の相談はもちろん、それ以外の些細な事でも話題にしやすく、女子同士の情報共有には向いているのだ。
「久しぶりに見かけたから、ポルテも誘ったわ。サーシャは今ちょっと、手が離せないみたい。シルベーヌは王子と執務室だから邪魔したくないし・・・ラミー見なかった?」
「最近、あまり見ないわね。担当分はこなしているけど、外出が多いようよ」
「あら、お気に入りの馬のせいじゃありません?よく話している黒くて大きな・・キリシマって言ったかしら?すっかりご執心よ」
「ま!それなら仕方ないですね」
休日の午後は、忙しいながらも、それぞれの時間を楽しんでいる。
読んでくださって、ありがとうございます。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
気に入って頂けたらイイネや評価などポチってくださると、とても励みにまります。
毎週金曜 6:20 更新中。次回、「ラミーとナミル」
キリシマに乗って、二人でおでかけなお話。




