30.毛むくじゃらの秘密
キスで魔法薬が切れて人の姿を取り戻した毛むくじゃらは、毛が抜けて半裸になってしまったので、慌てて自室で服を着て戻ると、フジとラミーが協力して抜け毛をまとめ終わったところだった。
すぽんと被るタイプのシンプルなシャツは少し肩の位置がずれ、大きめのズボンはベルトで調節してある。長髪は紐でまとめて背に流し、顔全体に占める髭面積は広かったが、先程の毛むくじゃらに比べると深紅の瞳もよく見えるし、表情も分かりやすい。
小柄で細身のラミーの前に立つと、熊のような巨躯を縮めて神妙な顔で礼を述べる。
「ありがとう、助かった。おかげで声も出るようになったが、その・・・嫌なことをさせて悪かった」
低く響く意外な美声で謝意を伝えるが、対人経験値ほぼゼロの美少女には理解できない。チョコをくれるいい人が困っていて、自分に出来ることがあると分かったから実行しただけだ。
「嫌なこと?は、別にやってないけど・・・声が出るようになって良かったですね!」
長年の問題が解決したことと、その役に立てたことが嬉しい。実際、ラミーにとってのファースト・キスではあったのだが、本人にも自覚はなさそうだ。感情を伴うスキンシップが全く想像つかなかったのかもしれないし、毛むくじゃらだったせいか、ペット等の動物枠でノーカン処理されたのかもしれない。
残念そうなフジの表情が気になりつつ、改めて三人でテーブルを囲む。フジとナミルが互いに目線でやりとりしているのを、ラミーは黙ってみている。
ゴホン、と、大きく咳ばらいをして、フジが口を開いた。
「そもそもな、ナミルがあんな毛むくじゃらになってしまったのは、ワシのせいなんじゃよ」
なんだかモジモジして、妙な雰囲気だった。
「じいさん、怪しい空気を纏うな。話がややこしくなるだろう」
ポンと、隣に座ったナミルがフジの肩をたたき、ゆっくりと腕を組んで話し出す。
「思い返してみても、くだらない昔話なんだが・・・俺はガキの頃からじいさんに懐いていてな、一緒に魔法植物の研究をするのが楽しかったんだ。慣れてくると自分でも薬を作ってみたくなって、じいさんのために育毛剤に挑戦したんだよ。二年くらい研究して出来たのが失敗作でな、試しに飲んだ俺は毛むくじゃらの大男になってしまったばかりか、話も出来なくなってしまった。それがもう、十年近く前になるな」
おどけたように言うので、ラミーは俯いて顔を覆ったまま、小さく肩を震わせている。ナミルの視線に気付いて顔を上げると、
「・・・あ、ごめんなさい」
頬を赤らめて謝る。
「構わんさ、本当にマヌケな話だ。なんとか戻そうとあれこれ試しても効果は無かったから、俺だってもう諦めて毛むくじゃらのまま生涯終えるもんだと腹括ってた」
「ぶふっ・・!」
思わず吹き出し、平静を装おうとしたものの何かのツボにハマったらしく、ラミーは堪えきれずに大声で笑った。あんまり力いっぱい笑ったから、目頭まで熱くなる。
初対面で明らかに年上男性に対しての大爆笑だなんて、ごく普通の感覚からすると失礼にあたる。けれども不思議と空気は和んでいた。ラミーにも悪意は無かったし、フジもナミルもバカにされたとか見下されたなんて全く感じなかった。むしろ儚げな外見に似合わないその大爆笑に飾らない気性と明るさを感じ、年頃の令嬢らしくはなかったが、いっそ清々しく、ナミルもフジも好感を持った。
「落ち着いたか?もう一回、茶でもいれよう」
何度か平静と思い出し爆笑を繰り返し、涙目で口を引き結んで小康状態を保てるようになると、ナミルがそう言って席を立つ。すると、
「あ、あの」
何かを思い出し、恥ずかしそうにラミーも一緒に立ち上がる。察したナミルが、
「こちらへ」
と、案内した先は大正解で、使い方を説明すると感心し、出て来た時にはスッキリした顔で興奮していた。
「本館の部屋にあるのも凄いなと思ったけど、ボタン一つで洗浄って感動したわ!これも研究なんですか?凄すぎ!」
新しくいれた紅茶を囲み、再びテーブルにつく。魔法植物を使った新構造の水洗トイレに感動したラミーは、二人に尊敬の眼差しを送っていた。
「そんなに感動してもらえると、開発者冥利に尽きるよ。・・・・さて、貴女を信頼してここから秘密の話をしよう。最終的にはオープンにする予定だが、調整が必要なので、こちらが良いと言うまで内緒にしてくれるかい?」
先程のおどけた口調とは変わって、本気トーンだと伝わってくる。
「ええ、分かったわ」
ラミーも真剣に返事をした。
「まずは改めて、自己紹介をしよう。俺のフルネームは、ガーナミル・クレイ・ルーモス。現王、ガーシィ・ロイダース・ルーモスの実弟だ」
ーお、王族!?うわ、どうしよう、もんのすごく馴れ馴れしく話したし、大爆笑しちゃったし??あ、それよりちゃんと挨拶しなきゃかな!?うわ~、助けてシルベーヌ!!
久しぶりに脳内で叫んで立ち上がり、礼をとるためにスカートの裾を摘まもうとしてパンツスタイルだったことを思い出し、プチ・パニックになる。その間、約一分。緊張をなんとか落ち着かせると、授業で散々やったお辞儀を丁寧かつ優雅に再現した。
「王弟殿下、お目にかかれて光栄にございます。エッセル・グレンリベット伯爵が長女、ラミー・グレンリベットです」
得意のキラキラエフェクトを纏い、背景に花束の幻影を投影する。よし、完璧。
紅茶のカップを持ったナミルとチョコチップクッキーにかじりついたフジが、そのまま点目でフリーズしている。ラミーが姿勢を整えて二人に微笑んだ数秒後、わっはっは、ひゃっひゃっひゃっ、と腹を抱えて爆笑された。なんで?どこかおかしかった?
「はっはっは、これは失礼。丁寧な挨拶をありがとう、ラミー嬢」
ガーナミル殿下は繊細な細工のように美しく真面目な陛下や王子と、見た目も雰囲気も違う。その美しさに女性がうっとりしてしまう王と違い、少し縮んだとはいえ大きな体躯に髭や腕など見える部分も体毛が濃く、野性味の強い見た目はとても怖そうだ。
けれど、そもそも人の顔の美醜に関心が薄く、森で野生の獣を見慣れたラミーにとっては、むしろ親近感を覚える。
対する殿下も、取り繕いようも無いのに、バカ丁寧なお辞儀で別人のような貴族令嬢を演じられてツボに入ったらしい。かつて王宮で見た、悪い意味での女性らしい切り替えが全く見当たらなかったので、笑ったのは好感の証。
互いの印象は自覚より良く、なんとなくウマも合うようだ。
「良かったです。こういうの慣れなくて、失敗したのかと思いました」
そう言って素直に安堵し、自然に笑う美少女はもっと魅力的だった。
それからナミルは、少し昔の話をする。
ずっと唯一の王子として教育され期待されていた真面目で大人しいガーシィ現王が十一歳の時、弟のガーナミルが生まれた。控えめで冷静、誠実なガーシィと違い、ガーナミルの幼少期は手の付けられないやんちゃで暴れん坊。前王の相談役として仕えていたフジと出会ったのもこの頃で、当初はいたずら坊主とからかいがいのあるじいさんでしかなかった。
やはり兄は時期王として自覚されていると周囲は見ていたが、ガーナミルが成長するにつれて明るく快活な性格はカリスマ性を帯び、勉強を始めれば兄に劣らず優秀で剣や馬の扱いは兄を超えると、周囲の大人たちの期待値が上がってきた。魔法植物を使いこなすフジに興味を持ち懐き始めると、危機を感じた国王夫妻に人目につかない研究小屋を与えられ、ガーナミルは唯一、肉親以外に信用出来る大人として小屋を訪れては研究や議論に夢中になっていく。一方、王宮内では兄弟を比べる目や、どちらを推すかといった噂話が絶えず、本性を隠した愛想笑いで表面上だけが穏やかな日常に疲れを感じていた。
そんな大人たちを牽制しつつ、優しく面倒見の良い兄をガーナミルは尊敬していたし、いずれ片腕となって働こうと十六の時に王国騎士団に入団。そこで頭角を現したが、兄弟王子の想いをよそに、次期王には兄より弟の方がふさわしいのでは?と噂する者が増えていく。
そんな折、元から病弱だった前王が、自身の体調を理由に兄ガーシィへ王位を譲った。貴族会議は不安定になり、ガーナミルが王位は望まないと言い切っても、貴族間で問題がくすぶって力関係が動くたびに担ごうとされ、勉学も剣術も頑張るほどに貴族たちは日和るようになっていく。
このままでは国を分断するかもしれないと思い悩んでいた頃、息抜き相手のフジ(かなり早い時期から清々しい頭部だった)のために作った育毛剤の失敗で、人外な見た目になってしまった。切っても剃っても翌日には元通り、急病と引きこもってやり過ごしても、薬の効果が消える気配もなく、かといって打ち消す薬も作れなかった。
最初は発熱や息苦しさといった症状が現れたのも、今となっては良かった。これ幸いと急病で回復見込みは絶望的として表舞台から身を隠し、王家直轄の離宮内、その中でも立入禁止区域で生活し、何かしら王族として国家運営を手伝おうと、魔法植物の研究を続けている。前王崩御の際も人前に出られなかったので、いつしか重症説は信ぴょう性を増し、元気に見えたが父と同じ病弱な体質だったと納得されて、今ではガーナミルを国王にと望むものも恐らくいないだろう。
「しかし、ウチみたいな弱小国は俺なんぞでも抜けると残り少ない人材に負荷がかかるからな。兄と連携をとりながら、何らかの形で貢献しようと、ココで研究棟トップのサヴァラン女史と共同で魔法植物の研究開発に携わっている。あの外見で言葉も話せないとなれば、生涯この森で裏方しか出来ることは無いと思っていたが・・・ラミー嬢のおかげで状況を変えられそうだ。本当に感謝する」
毛むくじゃらは実在したが、お化けではなく王弟で、人目を避けて暮らして離宮の立入禁止区域で生活している。とゆーのは国家機密なんで、オフレコで!
「それじゃ、やっぱりもう来ない方がいい?」
ラミーが残念そうに問うと、
「いや、貴女とキリシマはいつでも歓迎する。休日の遠乗りの目的地が、たまにはここになると俺も退屈しないでいい。せっかく話せるようになったしな」
会うのはOK、誰かに話すのはNGってことだ。
「チョコレートが好きなら、用意しておこう」
ナミルが言うと、ラミーの目がキラキラと潤んだ。
「ありがとう。絶対に、また来ます!」
帰る時は、ナミルとフジが見送りに出てくれた。ナミルは黒馬を撫でながら、
「元気そうだ、お前にも会えて嬉しかった。また来いよ」
優しい目で語り掛ける。嬉しそうなキリシマを見て、フジがラミーに教えてくれた。
「コイツはな、騎士団時代にナミルが乗っていたんだよ」
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恋愛描写、極薄でスミマセン。そのうち、きっと・・・!
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