29.森の中の一軒家と毛むくじゃら
立入禁止区域なはずの川向うの森の中、道なき道を黒馬に任せて進んできたら、あら不思議。ぽっかり空いた穴のような空間に佇むお洒落なウッドデッキのあるログハウス、その向こうに温室らしき建物も見える。
どう見てもお化けなんて無縁の最新設備、装飾は無いがキレイに清掃の行き届いた庭。中の様子までは分からないが、明らかに誰か人が暮らしているとしか思えない。
「いやコレ、どう見てもお化けなんて出ないでしょ」
一般的にお化け屋敷と言えば、うっそうとした庭に崩れかけた建物、何より長年に渡って人の手が入った形跡が無く荒れ果てて薄汚れているのが相場だろう。その点、この家は住宅展示場の受付でもありそうなくらい明るくキレイで、夜になれば怪談どころか、ウッドデッキでコーヒーなんぞ飲みながら天体観測でもするのが似合いそうだ。
「いっそあちこち修繕の追いつかないうちの方が迫力あるし、お化けも落ち着けて住み心地良さそう、ってなモノよね」
万が一、キレイ好きでメンテナンスが趣味のお化けがいるなら、ぜひ実家に住み着いて頂きたい。
独り言で感想を述べて、ヨシ!、と何に対してか気合を入れてラミーは馬から降りると、迷い無く玄関へと向かいノックしながら呼びかけた。
「ごめんください、どなたかいらっしゃいますか?」
しばらく待っても返事は無かったが、諦めずに何度か呼びかける。すると、ゆっくりと玄関が開いて中から無言の人影がのっそりと現れた。
ラミーは一歩下がって、不思議そうに相手を見つめる。
身長は優に二メートルを超えていそうな大男、顔も、むき出しの上半身も赤みを帯びた黒い体毛で覆われ、擦り切れた半ズボンを履いている。巨大な熊が立ち上がっているようだ。
「ウ、ウウウ・・グア」
表情は分からない。何か言いたそうだが、言葉は話せないのか唸るような声しか発せないらしい。殺気も敵意も感じないので怖くは無いが、自分から声をかけておいて、せっかく出てきてくれたもののどうしようかと悩んで棒立ちになっていると、背後からキリシマが近づいてきた。
気性が荒く懐きにくいと言われた黒馬、初対面の怪しい人物?を敵認定して襲ってはマズイだろう。ラミーが制止しようと毛むくじゃらを庇うように向き直ったが、馬は静かに近づいて毛むくじゃらの前で首を垂れ、危害を加える様子もなく軽く尻尾を振るだけだった。
拍子抜けしたラミーがキリシマの首を優しくたたき、毛むくじゃらに紹介する。
「初めまして、突然お邪魔してゴメンなさい。この子はキリシマ、私はラミーよ。気性が荒いってみんな言うけど、私にも優しいし落ち着いたのかもしれない。とても賢くて良い子なの」
毛むくじゃらは黒馬の頭を優しく撫でて、うんうんと頷いている。その様子を見て、ラミーはなんだか嬉しくなった。
「あはは、やっぱりお化けなんかいないじゃない、噂は当てにならないわ。私、今はこの離宮で就職のための勉強中なの。研究棟や畑で働いている人たちが、森にお化けがいるって言っていたけど貴方を見間違えたのね」
造りの繊細な美少女は見た目を裏切る快活さでキッパリと言い放って陽気に笑い、警戒心のカケラも無い。その様子を観察するかのようにじっと見ていた毛むくじゃらは、ラミーの脇を通ってゆっくり外に出ると身振り手振りで先導し、家の裏手にある柵に黒馬を繋ぐよう促す。そうしてラミーがキリシマを繋ぐ間に、毛むくじゃらはふらりと姿を消したかと思うと、おっとりとした様子で水の入った木桶を持って戻ってきた。
キレイな水がたっぷり入った桶をキリシマの前に置いてやると、黒馬も警戒することなく口を付けたので、やはり信頼できる相手だと確信する。
「ありがとう」
毛むくじゃらに向かって笑顔で礼を言うと、ウ、ウ、と言いながら家に入るよう手招きをした。
「招待してくれるの?嬉しいな」
キラキラの笑顔で答えるが、ウウ、ウ、と何か言いたそうで分からないのでもどかしい。とりあえず、こちらが言っていることは伝わっているっぽい。人ではないかもしれないけど知能も高そうだし、毛むくじゃらさんも話せたらいいのに、と小さく呟きながらついていく。
通された室内は玄関を入ると左手に収納スペースがあり、書類に粉や液体の入った瓶など雑多なものが棚に大小の箱や仕切りで整理されている。正面から右側が何かの作業スペースのようだ。壁に面して机が二つ、窓を挟んで大小たくさんの引き出しがついた大きな棚、中央に大きめのテーブルと長椅子、ソファが置いてあり、手前の壁側に上から下までびっしりと本が並べられた大きな棚があった。右端には足元から毛むくじゃらよりも高さのある大きな窓があり、外から見えたウッドデッキに繋がっている。
雑然としているが、明るく清潔感のある居心地のよさそうなスペースである。
ソファをすすめられたので腰かけて一息つくと、毛むくじゃらはいつの間に用意したのか奥からお茶と菓子を持って現れた。
大きな体を縮めて丁寧に、紅茶の入ったカップとチョコレートが数粒入った皿をラミーの前に置いてくれる。シルベーヌが忙しくて最近とんと食べる機会の無かったチョコを、ラミーは目をハートにしてうっとりと見つめ、食べて良いものかとテーブルの反対側に座った毛むくじゃらと目の前のチョコに交互に視線を移す。
「ウ、ウウ、ウ」
どうぞ、と言ってくれている気がして嬉しくなったラミーは、
「チョコレート大好きなの!嬉しい。いただきます」
はわわわ、と久しぶりの体面に緊張しながらドキドキしてチョコレートを一つつまみ、口へ放り込む。ふにゃん、ととろけた笑顔でハートが飛び出しピンクのキラキラエフェクトを纏いながら、目を閉じると全神経を集中して味わった。少しビターで、ザクザクのナッツ入り。ああ、幸せ。
その様子を、興味深く見守る毛むくじゃら。化け物、怪物、と罵られ避けられることはあっても、この姿を前にここまで無防備にくつろぐ人は皆無だった。なんとなく流れで招待してみたものの、目の前で人の喜ぶ姿を見られて感動を覚えてしまう。嬉しくなって、紅茶のお代わりとチョコレートの追加を出したら、少女がさらに喜んで毛むくじゃらも何やら心がほわほわと温かくなってきた。
「ああ、貴方の名前も聞けないのね。お話してみたいのに、話せないなんて残念だわ」
そう言われて、毛むくじゃらは端に積んであった紙を一枚取ると、手近にあったペンで何やらサラサラと書き綴ってラミーに見せてくれた。
”私の名はナミル、ここで魔法植物を育てながら研究している。訳あって身を隠しているので、他の人には内緒にして欲しい”
堂々とした達筆、簡潔な文章。怪しい内容でもあるのに、悪人だと疑う気になれなかった。
「??、貴方は悪い人じゃないと思う。内緒は了解だけど、また遊びに来てもいいかしら?」
毛むくじゃらは、またしても思った反応と違って驚いているようだが、再訪は否定されなかった。
”物好きな人だ、チョコレートが気に入ったのか?”
「それもあるけど、貴方にも興味があるの」
”こんな姿だけど、一応、人間だ。昔、薬作りに失敗して姿も変わってしまったし、声も出なくなった”
「それは不便ね、治せないの?」
”いろいろと試みたが、失敗続きで諦めたんだ”
なんて筆談で会話していると、
「帰ったぞ、・・・と。おや?お客なんぞ珍しい。それも女性とは!明日は嵐かもしれんな」
裏口でもあるのか、ヒョッヒョッヒョッと特徴的な声で笑いながら、奥から小柄な老人がやってきた。
旅装束のフードを跳ね上げると見事なスキンヘッド、ドサリと置いた薄汚れてくたびれたカバンからは、何種類もの草がはみ出している。ナミルの横にドスンと座ると、手を差し出す。
「ワシはここを拠点にあちこち旅をしていてな、コイツの研究を手伝うとる。名はフジじゃ、よろしく、お嬢ちゃん」
地味に見えて不思議なオーラのある老人だが、敵意は感じない。さし出された手に自分の手を重ね、
「初めまして、ラミーです。よろしくお願いします。キリシマと散歩の途中で突然お邪魔して、厚かましくおやつ頂いてます。とっても美味しいです」
「ヒョッヒョッヒョッ、元気で心清らかな良いお嬢さんじゃ。ナミルとずいぶん、会話が弾んでおるようじゃの」
テーブルに積まれた筆談用紙を見て、フジが意味深な笑みを浮かべる。
「こ奴も話せると楽なんじゃがのぉ、いろいろと薬を作って試したが効かんのじゃ。ある文献には、異性のキスが特効薬なんぞと載っていたが、この風体じゃあ女性は皆、逃げ出してしまうからの。まぁ、眉唾もんじゃし試したことはないが・・・」
コリコリとスキンヘッドをかきながらの呟きに、ラミーは素直な反応を見せた。
「・・・異性のキス?そんなので話せるようになるなら、試してみましょうか?」
素直か!
固まる二人を前に、ラミーは立ち上がるとナミルの隣に立つ。そのまま椅子に座った毛むくじゃらの頬に両手をやって、くいっと強引に自分の方へ向きを変えると、
「ちょっと失礼」
眼科の診察するようにでも、ラミーが顔を近づける。ナミルが驚いて瞳を見開いたが、顔面を覆う体毛で相手には見えない。何の自覚もない美少女は毛むくじゃらの戸惑いにためらいもせず、静かに目を閉じて唇に軽く口づけた。
「・・な!」
ガタン、と椅子がひっくり返そうになったところをなんとか堪え、ナミルは座ったままラミーを見上げる。
その瞬間、ナミルの体に異変が生じた。身体が二回りほど縮んだかと思うと、はらはらと体毛が床に落ちる。
赤みのかかった黒い長髪に濃いめの髭、少し毛深い健康的な印象の日焼けした肌が露になった姿は、間違いなく人間。よくあるおとぎ話なら、呪いの解けた王子とかで美形が定番のハズのシチュエーションだが、なんだかビミョーな仕上がりだ。野性味あふれつつもっさりとした印象の、二十代半ばくらいに見える男性。体型変化でズボンは立ち上がったら落ちそうになり、気まずさと衝撃で慌てて奥へ去って行った。
「・・・あんれ、まぁ。イマイチ中途半端じゃが、あの文献は意外と侮れんのぉ」
フジはナミルが走り去るのを見送るとラミーに向き直り、
「天晴じゃ、お嬢ちゃん!」
その心も行動も思い切りの良さも見事、両手をがっしりと握って号泣し、フジはしわだらけの顔をくしゃくしゃにして、何度も何度も礼を言い続けた。
読んでくださって、ありがとうございます。
恋愛ジャンルのクセに、なんと29話、10万字を越えて初のキスシーンです。
それもこんな、色気の無い展開で・・・。
ジャンル詐欺のつもりはありませんので、どうか気長にお付き合いいただけますと幸いです
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
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