27.事務所と現場
「では、私はこれで。あとはよろしくね、シルベーヌ。ほほほ」
麗しい笑顔で王妃が離宮をあとにすると、外部に向かって代理と紹介されたシルベーヌが気付いたころには離宮運営の実質、要望&相談受付窓口になっていた。国内外からの要請や問い合わせを一手に引き受け、離宮内各部署間と外部の調整役を担うパイプ役だ。
「たかだか妃候補でしかない小娘のポジションじゃないでしょう!?」
と、白目に暗雲を背負って迫っても、
「予行練習よ!ウレシックと相談しながら『いい感じ』にしておいてね。私もまた顔を出しますし、そのうち息子にも来るように言っておくわ」
登場した時と同じ凛とした青空のような清々しい佇まいで、迷い無く言ってのける。
思い返してみると・・・王妃の滞在する王室専用の本館三階にあつらえた専用の執務室、王妃が離宮にやってきた翌日から、始めこそ主として執務机に座って指導していたが、
「ちょっとこちらに来て、見てくれる?」
と呼ばれて隣に立つと、親書や要望書について解説する。ふむふむと聞いていると、
「となれば、どこに確認すべきだと思う?他に気を付ける点は?」
なんて質問されるので、確認先として必要な部署と責任者、友好的にと書いてあるのに条件が見合っていないとか、購入希望の品に対してサンプル依頼が多く引っかかる、とか気づいた点を挙げる。
「そうよね?さすが!で、先程の点に注意しながら必要であれば曖昧な表現を駆使したり誤解されないよう気付かないフリをしながら断言したりして対等な条件になるよう調整しつつ、こちらが確認を済ませたものだから相手の要望に対して返信するのだけど・・・」
既に担当責任者に確認した返信内容を説明しなががら、サラサラと美しい文字で簡潔にしたためていく。一見、おっとりとして見えるほど優雅な所作で、恐ろしく的確に素早く書類が処理されていく様に、ため息が漏れそうだ。しかし、うっかり見惚れていると、
「実際にやってみるのが理解への近道よね、交替しましょ」
流れるような動作に促され、気づけば執務机の正面に座らされているシルベーヌ。ペンを渡されると、
「今と同じように、こちらの返信を書いてみてくれる?」
自然な動作で、すっと目の前に王家の紋章の透かしが入った紙を置かれた。ハラハラしながらも内容を確認しながら返信をしたためると、
「よくできました!」
パチパチパチ、と拍手が贈られ、
「こちらも同様の処理をしてくださいね」
と、一まとめにされた書類の束を指さしたかと思うと、今度は反対側にある手紙の入った箱を手に取る。
「これは今朝届いたものなので、一緒に確認してみましょう」
そうして内容、問い合わせ先、返信期日などを確認し、控えをとりながら侍女へ指示を出す。関連書類は一まとめにして、新規、問い合わせ中、回答作成可、回答済みに分けて保管と記録を共有する。一連の流れは二週間もするとルーティンとして固定され、先日から優雅にお茶を飲みながら最終チェックのみをしていた王妃は、
「飲み込みが早いわね」
と感心したかと思うと、帰り支度をして冒頭のセリフに繋がる。引き続き王室専用の三階を使用する栄誉を与えられたものの、いつも余裕のある微笑みを絶やさないシルベーヌが、げっそりと生気を失って見える。それでも倒れないよう絶妙の負荷で仕事をさせる王妃は、鬼畜女神か鬼名コーチかもしれない。
一方、他の少女たちも慣れない仕事にとまどってはいたが、ハズレくじのシルベーヌと違って、概ね楽しそうである。
寮生活をおくる新社会人のような日々が始まってひと月あまり、最初の来客が帰ったあとは週二出荷のルーティンな来客のみと比較的平和で、お茶出しと納品確認だけの来客応対、それ以外は研究棟と畑に交替で実習に通いながら休暇も満喫とゆー、新鮮で充実した日々をおくっていた。
朝はそれぞれの部屋で身支度を整えながら侍女と当日の担当を確認、食堂で朝食をとりつつ少し雑談して、部屋に戻ったら全身チェックのあとに出発。
研究棟へは徒歩で、温室や畑なら定期巡回の馬車で送ってもらい、現場の指示でそれぞれの仕事をこなす。
まずはサーシャとポルテが担当する研究棟での業務。初めの週は二人一緒だったが、翌週から週五日のうち一日は一緒で、他は一人二日ずつ通う。今日はポルテが担当の日だ。最初の三日は、組織(研究の対象ごとに分けられ、それぞれに責任者がいる。全体統括はサヴァラン女史)と建物の構造(どこで何の研究をしているか)、必要な物資の保管場所(何がどこにあるか)など基礎的な学習が中心で、残り二日が助手としての実習だった。学科で不動の一位をキープしたサーシャは一日で完璧に覚えていたが、ポルテにとって魔法植物は離宮にきて学科で習ったばかりで、うまく現物と一致しない。復習しながら日々習うことをたたき込むが、役立つには程遠く、助手と言うより使いっ走りだ。
いきなり新薬の開発や新製品の企画などは出来ないので、通年商品の品質検査やマイナーチェンジによる変更箇所の確認などがメインの部署で補助として働いている。
「ああ、サーシャちゃんなら覚えていたんだけどな」
「昨日の子は、しっかりしてたなぁ」
なんて、ぶっちゃけ比較されるたびに落ち込む。デキが違うのなんか分かり切っているのに、小さなため息やちょっとした言葉尻に敏感になってしまう。
けれど落ち込んではいられない、嘆くよりも出来ることを探して努力あるのみ。そうして、認めてもらえた時の充実感はひとしおだ。
「こちらの乾いたプレートも、追加を置いておきます」
「ああ、ありがとう。おかげで手を止めずに一気に片づけられるよ」
「ここの洗い物、まとめてやっちゃいますね!大きさ別に棚に戻しておきますか?」
「一番小さいプレートだけ出したままで、他のは棚に仕舞っておいて」
「はい!」
元食堂従業員なので、覚えたことを必要に応じて先回りするのは得意だった。常に使うこまごましたものの補充、廃棄物の処理、次の工程に必要なものの準備。やっと覚えても似ている別の工程と勘違いしてミスしたり、人によって違うこだわりで叱られたりもしたが、そのたびにメモをとって記憶を更新する。
誰にでもできる雑用かもしれないが、その場の知識があるのと無いのとでは、全体に出るパフォーマンスの差は大きい。名も無き作業をバカにして、結果が向上に繋がることは無い。洗い物、消耗品の補充、ごみ捨て、と一つ一つは取るに足らない作業でも、なぜそうするのか前後を考えられるだけで仕事の流れはスムーズになり、チーム全体の集中力は上がるのだ。
作業者の身長や利き手に配慮した配置にする、作業ペースに合わせて取りやすい位置になるよう補充する、工程から必要になるものを先読みしてベストなタイミングで渡せるよう準備する。
メモ紙の補充という一つの工程なら、作業台のどこに置いても正解と言えなくはない。けれど観察して考えると、使っている紙の下へ置いて連続して使えるようにした方が良いとか、それも減り過ぎると取りにくくなるから早めに補充したほうが良いとか、連続して数十枚使うことが多いから隙間のタイミングごとに足せるよう在庫の箱は開封しておいた方が良いが五十枚単位の封は都度外す方が残数を把握しやすいなど、細かいことに気付く。
一見、地味で面白みのない作業にみえても実は奥深く、そういったひとつずつ説明するまでもない小さなことに注意を払えるかが、信頼関係の一歩になったりするのだ。また小さな気付きにも真面目に取り組み、実際に日誌のデータとして以前より効率が上がったと実感出来れば、誰かの賞賛はなくても自分に対する励みになった。それでも気づいてくれたら、やはり嬉しい。
「あんたがいるといつも整理されてるし、前は無くなったまま放置されて使う直前にしか気づかなかった備品も上手い具合に補充されて手を止めるコトも無くなった。ありがとさん」
強面のベテラン研究員にそう言われた時は、踊っちゃうくらい嬉しかったんだ。
しばらく一緒に働いたサーシャは明日から、新薬開発の部署に移り研究者見習いとして働くようになった。どんどん先に行くようで焦ってしまうけど、最初から知識の差は大きいと分かり切っているし、どう考えても適正が違うんだから羨むのはおかしい。進みたい道を見つけてと王妃様が言ってくれたから、出来ることを増やして役に立てたら嬉しい、それにどうせなら一緒に働きたいと願ってもらえるようになりたい。
研究棟は、トップが女性のおかげか女性が働くこと自体に否定的な感じはしない。あまり年齢や性別、身分すらも意識していないようで、指導は厳しいが居心地は良かった。
意欲を持って打ち込める環境は、貴重で有難い。これが充実した日々なのだと、サーシャもポルテも確かに実感していた。
次にラミー、チェルシー、ブランテール、エリーゼの四人が担当する接待だが、こちらは現状、本当にユルユルな職場で、出荷時の来客応対はお茶出しと商品確認だけで実質労働は半日にも満たない。
温室と畑の作業も思ったより重労働では無かった。まず、ここで扱っている魔法植物は重いものや嵩張るものがない。特に温室は管理が行き届いて常に適温、雑草も生えないし害虫も来ないし、水やりは自動でスイッチのオンとオフで完了してしまう。
メインは収穫、そして摘み取ったものを材料として加工すること。現在、数十種類の植物を栽培しているが、製品によって使用部位が違うので、新芽や若葉、つぼみ、花びらなど種類と部位に仕分けて収穫する。その後、それぞれ別に乾燥や油分抽出など必要な作業工程を経て、薬の材料にするまでがここでの作業だ。
完成した材料を形状に合わせてビンや箱、袋に詰めてまとめ、保管棚に整理する。ひと段落したら、それらの材料を使って薬や生活消耗品を作り、出荷用倉庫に送るまでが温室と畑の担当だ。
モノによっては熟練が必要な工程が含まれる製品もあるが、そういったものは研究棟で専門に従事するものがおり、ここで作成されるのはマニュアルに沿った流れ作業工程の量産品のみなのだ。
収穫から材料作成、製品の完成まで確立されたレシピで作成するだけなので、時間も労力も読める。人員にゆとりをもって作業計画が出され、それに沿って進むので、余程のトラブルでもない限り残業無しのホワイト環境だった。
おかげで作業も分かりやすく慣れるのも早かったし、アフターも休日も計画しやすく、メリハリのある充実した社会人生活を満喫できる。
チェルシーとブランテールは最近、宝石や服飾の話題で盛り上がることが多く、エリーゼも乗っかるので全く興味の無いラミーだけが話に入れない。サーシャとポルテの研究棟組はそれぞれ楽しそうだし、ゾンビのようなシルベーヌには怖くて近寄れない、とゆーワケで、見学の時に気になった厩舎に出かけたのがきっかけで、休日は一人、馬に乗って離宮散策をするのが定番になっていた。
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