24.離宮敷地内ツアー・後編
「さっむ・・!」
午後の日差しは暖かいけれど、まだ風は冷たい。今、出て来た温室と、隣の工場の向こうには森しか見えなかった。前は広大な畑で、その向こうに建物が見えるが、かなり距離がありそうだ。散歩には長そうだなと思っていたら、二頭の馬が引く大きめの馬車がやってくるのが見える。
「ここからは馬車でご案内しましょう」
ウレシックが言い終わる頃に到着した馬車の、御者が申し訳なさそうに縮こまり、
「すみません、お待たせしました」
震えを自分で叱咤するような声を絞り出した。
「立派な馬ですね!うわ~、馬久しぶり」
ラミーは思わず、キラキラエフェクトをまき散らしながらなで繰り回したい衝動に駆られたが、シルベーヌの無言の圧で自粛する。
「うふふ、ご苦労様です」
仲の良い友人には容赦のない無言圧を向けるが、使用人相手だと労いを忘れないのは立派な淑女だろうか。ウホン、と一呼吸おいて、
「よろしくお願いしますね」
ウレシックに促されると、御者が出してくれたステップを使い、令嬢たちは口々に感謝や労いの言葉を添えて乗り込んでいく。全員が乗ったのを確認すると、ぽかんとしながらステップをしまう。身分の高い令嬢ばかりで気難しい人もいると聞き、ビビり散らかしながら今日の役目に参上した平民の御者は、拍子抜けしていた。
ウレシックが、
「では、お願いします」
と改めて声をかけてきたので、自分が何をしに来たのか思い出したように仕事に戻る。
車内は向かい合わせの長椅子が二つ、前後ではなく左右についていた。普段は離宮内で人や荷を運ぶためのものらしく、装飾も無ければ乗り心地もイマイチだったが、今更そんなことに文句を言うご令嬢は一人もいなかった。
ゆっくりと馬車が走り出し、進行方向の一番前、扉の近くに座ったウレシックが説明する。
「この手前に見える草原と奥の森の間に、小川があります。雪がなくなって散策が可能になれば、皆さんも自由にピクニックなどしていただいても構いませんが、森は野生動物も多いですし、暗く迷いやすいので手前の川を越えないように気を付けてください。その森の先に峡谷があり、その向こうは国境の大森林です。非常に危険ですので、くれぐれも気を付けてくださいね」
曇り空に針葉樹の森、半分ほど雪に埋もれた草原。ずっと王都近くの伯爵邸とその周辺に引きこもって育ったラミーにとって、地図で見た国境や大森林が目の前にあるなんて、不思議な気分だった。
「反対側は畑です。今はほとんど休ませてありますが、魔法植物の他にこの敷地内で消費する野菜も育てます。食料を全て外部に頼るには人数が多いので、運搬の手間や鮮度を考えて、近年はついでに作るようになりました。ちなみに、今から案内する家畜小屋で消費される飼料も賄っていますよ」
「家畜も飼っているんですか?」
「ええ、牛、豚、鶏にヤギ、羊もいますね。あとは馬です」
「馬!?乗っても良いですか?」
食い気味にラミーが聞くと、
「ええ、自由時間でしたら可能です。馬小屋の係の者に声かけてくださいね」
「はい!」
ぱあっと顔が明るくなる。毎日のように馬に乗って食材を調達していたが、乗らない日が続いて物足りなかったのだ。くっ、あの時は何度、馬だけが唯一の頼れる存在と思ったことだろう。
車窓から見える起伏のある畑には、草原と違って雪はほとんど残っていない。帰省者が戻ると一気に食料需要が増すので、ちらほらと植え付けが始まっているようだ。
「野菜は温室で育てないんですか?」
「魔法植物でない、普通の植物を育てる温室は・・・ああ、ちょうど見えてきましたね、あちらです」
進行方向の奥に、大きな温室が見える。他にもいくつか、大きな建物が見えた。
「こちら側は車内よりご案内します、今後の課題には直接関係ありませんので、施設と位置だけご確認ください」
まずは正面に見えた温室。さきほどの説明通り、様々な野菜が育てられているらしい。一角には気候の調整をする魔法植物の実験と検証を兼ねて、様々な地域の果樹も植えられているそうだ。まだ気候再現度が甘いせいか、本場に比べて数段、味が落ちてしまうとか。早く安定することを祈ろう。
次にその奥にある大きな木造の建物に近づいて止まった。ここは家畜小屋で、食用として育てているのはもちろん、魔法植物を用いたたい肥や、消臭、静音についても研究しているというから、本当に魔法植物の未来は果てしない広さを感じる。国内の畜産はあまり盛んではないので、効率の良い方法が確立されて同じ規模でも収益を上げられれば、もっと発展するかもしれない。
家畜小屋の向こうに、湖が見えた。晴れていれば、映えスポット間違いなしの景観だ。
「この湖はあまり大きくないのですが、多様な生物が生息しております。食事の際に皆さんにお出しした魚はたいてい、こちらの湖で捕れたものです。夏場は水遊びやボート、釣りなどが楽しめますが、端は一部峡谷に落ちる滝になっていますので、十分にお気を付けください」
ウレシックは、穏やかな口調で説明すると、何をして遊ぼうかとどよめいて盛り上がりを見せかけた少女たちに、物騒な注意をした。顔色の変わったお嬢さんたちをよそ眼に、ほっほっほ、といつもの声で笑う。こののらくらした感じが、ナンネン宰相と似ているなとシルベーヌは思った。無害っぽくてもタヌキだな、きっと。
湖の手前で引き返し、家畜小屋の脇を通って温室を曲がると、また大きな建物が連なっている。
「こちらは倉庫です。備蓄食料から出荷前の薬剤、製品、さらには資材など、製品と離宮敷地内で使用するストック置き場ですね。では、その倉庫の間を抜けて、奥に入りますと・・・」
二つの大きな倉庫の間を抜けると、木の柵で囲われた牧草地が現れた。
「馬だ!」
ラミーがはしゃいで、目を輝かせる。牧草地に数頭の馬が放牧されていた。
「主に敷地内で馬車を引いたり、伝令のために使われます。王都騎士団で活躍していた、引退馬ですね」
牧草地の端に、馬小屋と作業場のような部屋があった。
「馬の世話と管理は、こちらで担当してもらっています。乗りたい方は、直接、声をかけてください。ただし、繁忙期は馬も余裕がなくなりますので、事前に聞いていただくのが良いかもしれません」
「はい、わかりました!」
元気な返事はラミーのみ。貴族令嬢は馬車ならともかく、乗馬はしないのが普通なようだ。馬自体が贅沢品なので、平民には元から縁がない。
「チョコ以外でそんなキラキラしてるの、初めてみたわね」
シルベーヌに突っ込まれたが、
「え?便利だし楽しいじゃない。ああ、ホルンも元気かなぁ」
ラミーは自分家の馬を思い出して、トリップしてしまった。
いつの間にか、今朝出発した本館が見えてきていた。歩くと半日かかったけれども、馬車だとアッサリ敷地を半周していたらしい。
馬小屋の隣の大きくて頑丈そうな建物は、馬車の保管庫で、必要に応じて整備も行うそうだ。離宮で所有している馬車が四台、来客用にその二倍は収納できるスペースがある。風雨にさらされないよう、扉は大きく造りは頑丈だった。
そのすぐ隣は最初に見学した別館、正面を通り過ぎて本館の玄関前で馬車が止まった。
「お疲れ様でした。これで離宮内のご案内はおしまいです。この後はご夕食まで、ご自由にお過ごしください」
その場で解散となり、
「やっぱりホンモノを見ると違うわ!温室はもっとゆっくり見たかったわ。それと、今度は稼働中の工場も見学してみたいわね。あとは、何と言っても研究棟よ。次こそはサヴァラン女史とお話してみたい!」
フワフワな見た目にそぐわない、ギラギラと瞳を燃やすサーシャは資料室へ向かう。学んだものと現実が繋がって意欲を増し、何かを刺激したらしい。
「アタシも気になるトコロがあるのよね。ねぇ、ブランテールさん、少しお時間をいただけないかしら?部屋に来て、一緒に見て頂きたいものがあるの」
指名に驚いたブランテールは、咄嗟にエリーゼを見る。
「もちろん、よろしければエリーゼさんもご一緒に」
チェルシーが誘うと、戸惑いながらも了承して一緒に部屋へと戻って行った。
ポルテは今日とったメモを忘れないうちにまとめたいと部屋へダッシュし、その場にラミーとシルベーヌが残った。
「ラミーはもう、馬しか記憶にないんじゃない?」
冗談のつもりで言ったのに、
「すごい、よく分かるわね、シルベーヌ!」
と、目を輝かせている。
「楽しみに水差したい訳じゃありませんけど、明日は王妃様が来られるのを忘れていないわよね?」
目的は学科と実技の全員合格を労うことと、次の課題について説明することらしい。失望されて稼ぎの良い就職先を無くしたら詰みだ。
「・・・いやあね、忘れてなんかいないわ。むしろ、楽しみにしていてよ?ほ、ほほほ」
その夜、ラミーは髪や肌の手入れをされながら、自分でまとめたノートを一通り見返す。衝動的に何かをやらざるを得ない時、その時間をくれる優秀な侍女たちには本当に感謝しかないと思った。
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