23.離宮敷地内ツアー・前編
明け方まで降っていた雨がやみ、朝食後の集合時間には青空が見えている。妃候補の少女たちが揃って館の外に出ると、もう夜でも雪にならないので、日陰以外は地面が見えるようになってきた。
今日はウレシックを先頭に、離宮の敷地内にある施設を案内してくれるらしい。動きやすい服装を、との連絡があったので、みんなパンツかあまり丈の長くないスカートに歩きやすい靴のラフスタイルだ。
「おはよう、ラミー。相変わらず何でも似合うわねぇ」
厚手のコートを羽織っているが、本人には慣れた作業着スタイルだ。久しぶりに着ると、やっぱり落ち着く気がする。
「おはよう、シルベーヌ。ココに来る前はずっとこのスタイルよ。動きやすくて気に入ってるわ」
「そうなの?作業着でも輝く美少女だなんて、さすがだわ」
「あはは、それは侍女さんたちがあれこれ手入れしてくれるからでしょ」
さすが王家直属、優秀よね!なんて言っているが、素材の造形や配置はもちろん、頑丈さにも定評がある。主の手入れや身支度に一番手間がかからないと侍女間では有名で、ラミー付きのパルムとピノは羨望の的だった。
残念令嬢ズは相変わらず派手な色彩だったが、残念ではなくなったせいか、以前よりは目に優しくなった気がした。が、この二人、特にブランテール付きの侍女は手当支給を要望したいくらいの仕事量をこなしているらしい。
「では、参りましょう。こちら、すぐ隣の別館は主に来客用でございます」
建物の規模は本館の三分の一ほど、石造りの落ち着いた色合いながら、よく見ると細部の装飾も凝った贅沢な造りである。深い緑の大きな扉を開けると白と濃紺を基調としたシックなホール、正面の白い階段と左右へ続く廊下は本館と似ている。
穏やかな笑顔の男性が一人、出迎えてくれた。
「ようこそ。初めてお目にかかります、わたくしこの別館を管理しております、オレオ・ハーパーと申します。お見知りおきください」
栗色の短髪に同じ色の瞳、身なりと姿勢は良かったが、なんというか特徴の無いモブ顔で、驚くほど印象に残らない。なのに、初体面の少女7人を即座に認知し、事前の知識と照合したのか誰とでもソツなく会話をこなしていた。一度見たら忘れない特技を持っているそうで、ここを訪ねてきた人はもちろん、店やそのあたりの道ですれ違っただけでも記憶しているらしいから、とんでもない特技の持ち主だ。
「打ち合わせや商談、また視察に来られる方などにご利用に頂いております。大広間はありませんが、一階が主に食堂と応接、二階は客室で宿泊も可能でございます。詳細は後日ご説明いたしますが、今後の課題である接遇の実地にも使用を予定しております」
建物についてはウレシックがざっくりと説明し、一行は次の棟へ向かった。
続いて案内されたのは本館を挟んだ反対側の別館で、本館の半分くらいの規模だ。こちらはシンプルな造りで内装もアッサリしていた。
玄関ホールを抜けて廊下を進んでいる間に、ウレシックがざっくりと説明する。
「こちらの棟は離宮全体の事務所のようなもので、管理運営の実務を担当しています。冬季は自宅に戻る者が多いので、今は閑散としていますね。申し訳ありませんが少数精鋭で業務対応中ですので、責任者紹介は後日に改めます」
爽やかな笑顔だが、容赦のない含みは気のせいではない。あ~・・・はい、察しました。上からブラックな気配が漂っている気がしますが大丈夫です、気づきません。
扉を出ると建物の裏側で、正面には広大な畑らしきもの、左右は起伏にそっていくつかの建物が見える。
左手の一番手前にある二階建、外観も内装もシンプルを通り越して殺風景なくらいだ。白い扉を開けて中に入ると、長身の女性が出迎えてくれている。サラサラの水色の長髪を一つに束ね、細い銀縁の眼鏡の奥には知的な深い青の瞳。白衣のリケジョである。
「初めまして、研究棟責任者のサヴァラン・グレンモーレンジィです。よろしく」
穏やかな口調の美女だけど、背景が怖い。クソ忙しいのに邪魔すんじゃねぇ、って聞こえるのは気のせいじゃななさそう。
「ここでは主に、魔法植物の商品化に関しての研究や実験を行っています。また畑や温室と連携して栽培や育成、改良についても研究しております。ここの成果がルーモスの価値を作ると言っても過言ではありません」
ウレシックの説明を遮り、
「機会があれば、また会いましょう」
そう言って一礼すると、くるりと向きを変えて去って行ってしまった。今現在、この国で女性がこんな重要ポストにいるとは思わなかった。しかし今後関わると思うと、ちょっと怖そうでもある。
「ああ、忙しい時にすまなかったね。帰省者の多い冬季は、業務が厳しくていかんね。早急に改善したいが、ここで働ける人材の確保も難しいのですよ」
サヴァランに謝罪して少女たちに向き直り、改めて説明する。
専門知識を持ち、守秘義務が守れて、年間八割を留守に出来る人材は豊富と言えない。魔法植物とそれらから作る薬や道具は、国の重要な輸出産業だ。将来的には規模を拡大して安定した経済基盤にしたいので、それらに従事できる人材確保も重要事項である、と。
詰め込まれた講義や試験をクリアした少女達には、正確な意図が伝わったらしい。こうして現実と知識が繋がると、面白みも出てくる。話を聞いてざわついていた少女たちは、それぞれ意見を出し合って、何かを考えているらしい。ウレシックは教育の結果を満足そうに見守りつつ、見学の続きを促した。
研究棟の次は二棟続いて職員宿舎だそうだ。四階建てで基本的にワンルームになっており、原則単身での利用、夫婦も使えるが子供は離宮敷地内での生活を認められないので、退去することになる。これも喫緊の改善点だとウレシックは言う。確かに、働きならながらの子育てが出来ないと、特に女性の長期的な人材確保にも影響がある。単純に頭数が揃えば出来る内容ではないので、人事も頭を抱えるそうだ。
さらに奥に行くと、大きな温室が見えてきた。入ってすぐにテーブルと椅子があり、妃候補の侍女たちが数名で場所を整えている。
中はとても暖かく、色彩に満ちていた。妃候補の少女たちが入ってくると、それぞれを担当する侍女たちが主の元へ行き、上着を預かって席に案内する。それぞれが席について軽食が運ばれてくると、ウレシックが全体を見渡して声をかけた。
「お疲れ様です。ずっと歩きっぱなしで疲れたでしょう。ここで昼食をとって休憩しましょう、まずは座ってお寛ぎください」
割とハードだったダンスの授業よりマシな気もするが、椅子に座るとほっとする。
「靴のおかげか、ダンスより疲れないわね」
ラミーが足をプラプラさせて笑う。その姿は温室の花やグリーンを背景にすると、童話の挿絵のようだ。
「うふふ、はしたないわよ。淑女はそんなコトしないわ」
シルベーヌの軽口に、
「そうでしたわね、失礼」
ほほほ、と普段はしない笑い方をしたかと思うと、ビシっと習った通りのお嬢様座りを演じて見せる。近くに座ったサーシャやチェルシーが、思わずクスっと吹き出した。
運ばれたサンドイッチと紅茶でお腹とのどを潤しながら、少女たちはそれぞれ思ったことを口にする。
「やっぱり、教育よね。講義を受けて実感したんだけど、集中して学べる場所って大事だと思う」
「そうよね、初歩的な読み書きも富裕層なら家庭教師が雇えるけど、そうでなければ親戚や知人、周囲の環境に左右されるわ。習った相手によって解釈が違う場合もあるし、そういったズレが諍いの種にもなるじゃない?」
「周辺の大国には、それぞれ学校があるのよね?ルーモスは基本的に親の職業を継いでいくのが主流だから、必要性が薄いわよね」
「オーキネンの教育機関は民間が主流だったわね、観光と海洋関連が主な産業だから、専門に特化した学校がいくつかあるのよね」
「そうそう、ゴツイデは逆に国家主導だっけ。ほとんど貴族向けで、王立学院が最高教育機関よね。入学も卒業も難しいらしいけど、卒業できたら将来安泰なポストが約束されているそうよ」
「それに、諸外国の貴族と富裕層を中心に留学も受け入れてるのよね。人脈造りも兼ねているわけだ?」
「なるほど。対照的にマーデ・カイが最近始めたという、初等教育ってのも興味深いわ」
「試験勉強して合格、高額な学費を払える、ってなると、どうしても一部しか対象者にならないものね。希望すれば全員、入学できるなんて斬新だわ」
「すごいわね!家の職業を継ぐのに学校なんて必要ない、って考える人は多いと思うんだけど、兄弟姉妹が多かったり体質や本人の資質に合っていないとか、必ずしも全員が継げるわけでもないじゃない?それに商売にしても農業にしても、常に同じ人数でこなせるものじゃないだろうし、必要に応じて人を雇うこともあるわよね。そんなときに共有された知識があると便利じゃないかしら」
「確かにね。あら、学校を作るだけでものすごく未来が変わるんじゃない?」
「ホントだわ。埋もれていた才能も発掘できるかも。あ、でも逆に身分だけで安泰だった人には厳しいから、反発も強そう・・・」
わいわいと楽しそうな会話が、少し途切れる。コホン、と咳払いをして続けたのはブランテールだった。
「ワタシみたいに身分でちやほやされてきた人にとっては、受け入れがたいでしょうね。それでも、平等な教育のメリットは大きいと思うわ」
エリーゼも、
「身の回りしか見えないのは、環境のせいでもあるもの。身内意外とたくさん関われるのは良いと思います」
神妙な口調で意見してくれた。本当に、別人のようだ。若さゆえの素直さは、まばゆい。
ほっほっほ、と、嬉しそうに笑うのはウレシックだった。
「いや皆さん、素晴らしいですね。王宮の貴族議会より有意義ですよ。年をとると、本来の議題の裏にも様々な思惑が見え隠れして話が進みませんからな」
野次やマウント、揚げ足取りも日常だと王妃や宰相も嘆いている。マジくだらね~と思っても、国を動かすには大御所を切り捨てるわけにもいかず、穏便な調整が必要なのだ。たとえ国の最高責任者である王の一喝で静めても、火種がくすぶったままだと炎上の危機を孕んだままなのだから。
「では、軽く温室内をご案内しましょう。皆様、どうぞこちらへ」
ウレシックに案内されて見学する。こちらの責任者は本日、体調不良で休暇らしい。代理が出せるほど余裕が無いので、自由見学となった。
図鑑で見た植物を実際に見ると、その大きさや色合いなど、想像通り物もあれな意外に思えるものもあって面白い。そんな草花が植えられているのは温室の半分以下のスペースで、残りは帰省組が揃ってから植えていくらしい。
きちんと整理された道具類、びっしりと記録が書き込まれたボードに走り書きのメモがいくつか貼ってある。意味は分からないが、仕事というものを少し体感出来たようでワクワクした。
「これから実地研修メインになりますから、こちらや隣の工場にも、応援に行っていただくことになりますね。では、次に参りましょう」
通路で繋がった隣の工場は、残念ながらガランとしていた。こちらも冬季は稼働していないので、その広さに圧倒されただけで引き返し、コートを受け取って外に出た。
一度ぬくぬくしたせいか、めっちゃ寒かった。
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