22.春が来る
「うわあ、空の青が沁みる・・・」
通いなれた資料室だったが、初めてテラスに出て空を眺める。
「そういえば長い間、空なんて見上げなかったかしらねぇ」
大きく伸びをして、後ろ手に組む。早春の冷たい風が二人の髪をなびかせた。
この離宮にきてからというもの、窓から見える景色はほぼモノトーン。メインは雪の白、空はどんよりと曇り、山と木々と影のくすんだ灰色、ほんのわずか建物の壁や屋根に使われた色彩が見え隠れする。
ずっと詰め込みで建物の外に出ることすらなく、ひたすら勉強だ課題だテストだと追い立てられて過ごした日々。たまには晴れた日くらいあったのかもしれないが、青空も星空も見た記憶が無い。
「忘れていたわね、日差しも景色も。半径五十センチくらいの視野だったもの」
「そうそう、広くても室内で5メートルくらいだったわ」
くすくすと笑いながら、資料を見てノートにまとめたり、楽器を弾いたりするマネをする。おどけるように、ダンスステップもやってみた。
「うふふ、床が濡れているから危ないわよ」
シルベーヌに指摘された瞬間、見事なタイミングでバランスを崩すラミー。けれど、持ち前の運動神経で転倒を回避して変なポーズを決める。こらえきれず、シルベーヌはお腹を抱えて大笑いした。
「みんなそれぞれ、色んなもの抱えてるのね」
ひとしきり大笑いされた後、空を見上げてラミーがポツリとこぼす。
「貴族は政略結婚が当たり前、娘は家のために嫁ぐものよね。王家と縁戚なんて将来安泰!って両親の都合でココに放り込まれたと思っていたけど・・・私の若さや容姿に値打ちがあるなら、別に王子じゃなくても家にとって条件の良い資産家へ嫁がせることも出来たはず。でも、そうしなかった、って言うのは確かに愛情なのよね」
シルベーヌはそっと横に並んで、同じように空を見上げる。
「ラミーのご両親が貴女のこと大好きなのは、すごく伝わるわよ。とっても純粋な気持ちだから、娘の将来のために貴女にとって良い縁談を選びたいというのは本気ね。現状、女性の爵位相続は認められていないから一人娘が心配だろうし、貴女が幸せだと思える結婚をして欲しいんじゃない?」
「それで、年の近い王子なら安心!ってトコロかな・・・その安直さと謎の自信は、とても両親らしいわ。私は毎回、手紙に書かれている『家のことは心配しないで』って文言が一番、不安なんだけど」
解決能力が低いから手近なトコロを頼って失敗するのよ!調子のよいこと言う人に乗せられて騙されたり、類友でお花畑同士で盛り上がって大コケしたり、何回でも似たような手に引っかかるし、学習能力が無さすぎるのよ!!
大空に向かって吠える美少女というのも、あまり見ない貴重な光景?と、分析しながらもどこか楽しそうなシルベーヌは、ラミーの話にそれほど危機感を持っていないようだった。
「うふふ、随分とはっきり話せるようになったじゃない?今度は脳内じゃなく直接ツッコミ出来るんじゃないかしら」
「・・・そういえば、そう、かも」
「次に会った時が楽しみね。きっと家族の会話が弾むわ」
そう答える笑顔に邪気は見られないが、本心も読めない。まぁ根が単純なラミーは疑ったり腹を探ったりするのは苦手なので、追及しようとも思わないのだが。
「だといいな。思えば今まで、まともな会話をしたことなかったわ」
「うふふ、良い傾向。ラミーだけじゃない、皆ここに来た頃からすると随分と変わったわ。私は頼もしいわよ?身分や性別に縛られて、いつも損する人がいるとかおかしいじゃない。せっかくの能力を活かせない人がいるとかもったいないじゃない。もっと選択肢のある未来になって、結果が出せる努力が尊重されればいい。楽しいコトだけやって生きていくのは無理だけど、面倒な役割もやらなきゃいけない仕事も、みんなで協力してやり遂げるなら楽しく出来ると思うの」
明るく安心感のある笑顔だが、どこにでもいそうな平凡な容姿、今はそれなりの恰好で伯爵令嬢に見えるが、町娘でも農民でも違和感がなさそうだ。
「そんな風に考えられるなんて、やっぱりシルベーヌは凄い。視野も心も広いよね。未来の王妃様に向いてるよ」
「アラ、ありがとう。けど好きになっちゃったんだから、考えて努力するしかないよね」
ん?
「惚れた弱みとは言え、相手が悪かったのよねぇ」
あれ?
「これも自分を幸せにする努力よ、うふふ」
なんか笑顔の印象がチガウ?
「・・・シルベーヌって、実は自分ファーストな恋愛猛者?」
王家や国家、国民のよりよい未来を築く理想の聖女じゃなくて、惚れた相手と確実に共白髪計画だったの?
「失礼ね!恋する乙女が好きな人のために努力するなんて普通だし、むしろこの規模で努力する私ってけなげじゃない?」
女性の未来とか国家の方向性とか、歴史に残るような目標掲げてるんじゃなかったの?気になったので、念のため確認しておく。
「じゃあ、もし相手が王子じゃなかったら王妃になる努力はしなかった?」
ベースに何かしら信念や思想があるかと思って聞いたけど、シルベーヌはきょとんとしてアッサリこう言った。
「当り前じゃない。私、別に立派な人格者でもないし、やらないで済むなら進んでやらないわよ?どうして好き好んでめんどくさいトコに首突っ込むのよ。クランがただの貴族だったら、いっそ平民だったらもっと気楽で当たり障りのない人生設計してるわ」
なるほど。
そうね、大会を控えた先輩が好きなマネージャーとか、ノルマと戦う上司が好きな女子社員みたいに、相手のパフォーマンスを上げたり円滑なチームを作る戦力アピールってことで桶?惚れた相手が王子だから、ちょっとスケール大きめだったのね。
「ああ・・・うん、そっか。それでも王子のために頑張るシルベーヌはカッコイイ、おとぎ話じゃあるまいし『幸せにして』って相手に丸投げするより共感できる」
「でしょ?ラミーに本気で好きな人が出来た時も、どんな変化があるか楽しみだわ」
「ええ?心理的に他人事すぎて、想像出来ないな」
「あら、落ちるときは一瞬かもよ?」
「・・はぁ、あの両親見て育ったせいか、浮かれる気持ちが分からないわ」
「まぁまぁ、毛嫌いして切り捨てないの。今のままじゃ、仮にも貴族がホイホイ恋愛結婚なんて出来ないけどね」
「政略結婚か、貧乏すぎてそれすら縁が無いと思ってたわ」
「はいはい、でもラミーくらい可愛かったら、それだけで決まる縁談もあるわね」
「え?シルベーヌまで、そんなお花畑な事言う?」
「小金持ちなオジサマが後妻に貧乏貴族の美少女を迎える、って割とありがちだと思うけど?」
「・・・ゾワっときたわ。でもホントに、そんな話聞いたこともないから」
「だったら、ご両親に愛されていたのよ。貴女みたいな美少女、なかなかいないわよ。飾り立てて社交界に出したら、いくつも支援付きの縁談が来たんじゃないかしら」
・・・・そうだろうか?あの、本気で何も考えていなさそうで、簡単に人に騙されるような両親が?確かに何度も年頃の娘らしい恰好をすればいい、とか飾れば似合うのにもったいないとは言われたけど、私の意思を無視してまで着飾らせたのは舞踏会だけだ。
その時も突然背負った負債ばかり意識していたけど、要約も説明もヘタクソな両親の真意を、理解しようとはしなかった。
晴れていてもどこか頼りない日差しは、そよぐ程度の風にも勝てない。厚着をしても、外で長時間話し込むには季節が早かった。
「さすがに冷えて来たわね、戻りましょうか」
シルベーヌに促されて室内に入ると、ふわりと暖かな空気に包まれる。魔法植物さまさまだ。
「なんだか、お腹空いたな」
ラミーは鳴きそうなお腹に手をやり、そっと宥める。
「そろそろお昼でしょう、このまま食堂に行きましょうか」
扉に向かおうとするシルベーヌの袖を、とっさに引っ張って止めた。
「ちょっと不思議に思ったんだけど、聞いていい?」
ラミーの少し照れたようなバツの悪そうな顔が、いつものハッキリした表情と違って興味深い。
「なあに?」
ゆっくり返事をすると、
「あの・・王子と会えなくて、寂しくない?」
我ながらこっ恥ずかしい質問だと自覚があるので、美少女の目が不自然に泳ぐ。それが面白くて見ていると、
「いや、私には関係無いから嫌なら答えてくれなくてもいいけど・・・ちょ、ちょっと気になったの。うちの両親はその、けっこうベッタリタイプだから、みんなそうなら今の環境は辛いんじゃないかなって、その・・」
ああ、なんて可愛いんだろう。もう、ぎゅってしたい。
ってか、しちゃえ!
シルベーヌはラミーを抱きしめて、質問に答えた。
「寂しくない、って言えばウソかな。でもそんな甘口じゃないから、大丈夫。手紙のやりとりはしてるんだけど、私があれこれ近況書いてもクランは業務連絡だけよ。話してもそっけないし、ホント愛想ないのよ。でもね、私には安心してくれてるんだな、ってなんとなく分かるの」
そっと離されて見えたシルベーヌの顔は、ほんのり上気していて嬉しそうだ。
「クランもたいがいの美形だから、アレで堂々として愛想良かったら私の存在なんて気づかれなかったかでしょうね。個人的には、陰キャ万歳よ」
シルベーヌって、王子に対してはすごいディスりグセあるよね。信頼?照れ隠し?恋愛って難しそう。だけどちょっと、楽しそうかな。
現地調達が原則の食堂に、春の味覚が増えてきた。まだ雪が残る山や川で、誰かが採ってきてくれているんだろうか。それともいくつか見える温室みたいな畑で栽培されてるのかな?
春素材のソテーもフリッターもスープも美味しかった!知っている山菜も、調理法が変われば多彩なメニューになるものだ。今度、厨房にお邪魔してレシピ聞いてもいいかな?
この離宮に来てから約四か月、引きこもりの詰め込み生活だったけど、得たものは大きい。何より生活に追われず探求出来ることが、こんなに楽しく充実しているとは思わなかった。
また新しい課題が始まるけれど、妃候補が実質内定したせいか、今度は緊張より期待が大きいかもしれない。
春が来る、人や物が動くようになる。
今まで見えなかったこと、見ていなかったことに気付けるようになろう。たくさん勉強して考えよう、多くの人と話してみよう。出来ることを増やしていこう。
うん、これからが楽しみだな。
読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、ちょっと「恋愛」ジャンル擦れたかな。
あれこれ書き散らして、節操なく賞に応募したりしています。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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