18.その頃の王都
ウキウキと自信たっぷりな笑みを浮かべて王城に向かうのは、残念令嬢の両親、デュワーズ公爵夫妻。王都周辺は離宮より雪も少なく、冬でも馬車が使えなくなるほど積もる日はあまり無い。なので今日もド派手な馬車が颯爽と、またかと呆れる兵士を気に留めることもなく来客用に開けられた門を通過していく。
候補たちが離宮で暮らし始めてから毎日のように謁見を申し入れ、3日に一度くらいの頻度で国王か王妃に会っては、妃候補選抜の進捗を聞いたり関係各所に賄賂を届けたりと忙しい。
王家の親族で三家しかない公爵家の一つ、連なる血族を筆頭にあまり褒められない大人の事情で結束する一派を束ねているとあって、国内へけっこうな影響力を持っている。国家といえど大国に囲まれた弱小国、一丸となってかろうじて独立を守り抜いたかの大戦からたった百年余り。先人が多くの犠牲を払って学んだことは、見栄やしがらみ、個人や身内の損得なんぞにこだわるより大局を見て本音を出し合い協力必須なのだということ。なのにその後の平和ですっかり忘れて、現在の仮初ともいえるの栄光に何の危機感も抱かずふんぞり返っていられるのか。
周辺大国の状況は伝わっているのに自分都合でしか解釈できないから危機感を抱くことも無く、貴族や王族は選ばれた民であり生まれながら持つ特権は当然で奪われたり失ったりすることがあるなど、ミリも理解できないらしい。
ぶっちゃけ面倒でしかないが、フル無視するわけにもいかない。仕方なく、メンドクサイし何度来ても無駄だと暗ににおわせながら丁重にあしらっているのだが、これまた不思議と都合の悪い認識は通じないらしい。
いや、いっそ厚かましいメンタルで都合よく変換されているのかもしれない。
「はっはっは、やはり王子殿下にはうちの自慢の娘が一番お似合いですからな。王妃陛下、嫁いだあかつきにはくれぐれもよろしくお願いしますよ」
侯爵は口数の少ない王子には社交的な娘が必要だ、それにスタイルでも顔立ちでも人目を引く娘は国際的な社交場でも注目を浴びると猛アピールしてくる。社交場は他人より目立つための場所ではなく、国同士の互いに有益な交流を円滑にするための戦場だ。そのためにマナーや外国語、相手国の状況や歴史を学ぶ必要があり、衣装や装飾品もそれらを踏まえていなければならない。
「国際的な社交場はとても大切ですから、努力を惜しまない方がよろしいですね。今も離宮で候補の皆さんが、頑張っているところでしょう」
王妃も、何度言わせるのかと青筋をこめかみに刻みながら、王妃教育の方針を説明する。なのに、
「ええ、今頃はきっと先生方も他のお嬢さんたちも、うちの娘の優秀さを認めているはずね。一年先だなんて面倒なことをおっしゃらずに、そろそろお決めになっても、よろしいんじゃございませんこと?」
侯爵夫人も自ら社交場に出ているにも関わらず、全く意図が通じない。まぁ、自国内だけでいつも取り巻きに囲まれ、全肯定が暗黙の了解では何の苦労もないどころか、場数を踏んで年をとっても社交場の意味すら理解できていないのだろう。
厳しい妃教育に取り組んでもらい候補者ごとに成績を出している、侍女を通して人となりも調査していると伝えても、ほほほほほ、はっはっは、と公爵夫妻は自慢の娘に対する評価は揺るがなかった。挙句、
「そういえば、先生方は強めのお酒がお好きらしい。あちらはかなり寒いでしょうから、我が公爵家が厳選してお好みに合うものを差し入れ致しますよ」
「侍女さんたちには、王都の菓子などいかがかな?評判の店舗のものを揃えて食べ比べてもらうのも良さそうだ」
明らかに理解と行動が別の方向を向いている。しかし、彼らは本気だった。金品を贈るのは彼らなりの労い、気遣いだ。そうして当然のように、同等かそれ以上の見返りを期待する。
立場的に上に立つものが下のものを気遣い、モノや食料、時には金銭を与えることは立派な行いである。そうして与えられた側は、労働や時には融通など、出来ることで感謝を示す。また目上や初対面、それほど親しくない相手に、お近づきのしるしを用意して会話や関係を円滑にする。そうして信頼関係が芽生え、互いに利益を得る。それらは一般的な大人の付き合いだ。
しかしそこに生じる歪みを期待するならば、賄賂や袖の下と名を変えて意味も全く別物になる。この残念公爵夫妻は、地位や金品で他人を従えるのは当然と、信じて疑わない。貴族家の頂点に位置する公爵家なのだから、地位で並ぶのは他の二家のみ。中でも資産も親族も多いデュワーズ公爵家は最優位であり、先代の公爵婦人は王家から嫁いだ元第二王女と、現王家に一番近い親族だから対等に近いのだと何の業績も上げていないが、資産と親族一派の貴族院票を背景に自分たちの価値観を正当化している。
それが覆れば風通しも良くなるのだが、凝り固まった旧思想の牙城を崩すのは容易ではない。
「候補の皆さんも寸暇を惜しんで、真剣に勉学に励んでいますのよ。講師や侍女も候補者を支えるべく、公正に日々努力しています。生活に必要なものは準備しておりますので、気を散らせるような行き過ぎた差し入れはお控えくださいね」
不自由はさせないし真面目にやってるんだから水差すな、賄賂で忖度するような者は関係者にいないと何度伝えても理解されないが、今日もやんわり伝えて濁し、お引き取り願うしかない。
やりがいの無い仕事を終えていったん部屋に戻った王妃は、深いため息をつく。
「はぁ・・・、早く離宮のお嬢さんたちを制圧してちょうだい、シルベーヌ」
一方、ラミーのいなくなったグレンリベット家は今日もにぎやかだ。
猫の額な小領地の管理に人の好い伯爵が四苦八苦しながら、ご近所を巻き込んで生活に追われている。以前は伯爵家の敷地に足を踏み入れる者はほとんどいなかったが、最近は近所の平民がよく訪ねてくるようになった。
王都の貴族なら平民が勝手に敷地内に出入りするなど、あってはならないと考えるのが普通だ。防犯上好ましくないし、何より不敬だと思うだろう。平民にしても恐れ多いと考えるのが一般的で、気軽に隣家を訪ねるようなノリでは恐れ多くて行けない。
が、ラミーがいなくなった後に野次馬的に訪ねてくる平民を、夫妻の天然パワーは毒気を抜いて手なずけてしまった。おかげで、あれこれ世話を焼いてくれるようになるのにそれほど時間を要せず、すっかり頼りになる助っ人と化している。
今日もすでに勝手知ったるとばかりに厨房へ荷物を運び入れた初老の恰幅の良い爺さんが、婦人と楽しそうに話しながら庭を歩いていた。
「いやぁ、旦那も奥さんも気さくな人だったんですな。あのキレイなお嬢さんも、よく見かけてはいたんだが俺たちとは明らかに違うってか、神々しくて声かけるのは憚られてなぁ」
「アラごめんなさいね、あの子ったら。笑えば可愛いのに愛想が無くって・・・」
中でも鍛治工房を息子に譲って隠居しているギリ爺さんは常連で、罠にかかった獣や庭先でトモ婆さんが育てた野菜なんかを差し入れてくれるようになっていた。すっかり伯爵夫妻とも意気投合したようである。
「今はちゃんとやってるかしら。王子殿下とは積極的に仲良くなるよう、何度も出紙を出してはいるけど心配だわ。せっかく美人なのに話し方もぶっきらぼうで、身だしなみも構わないんだもの」
「あのお嬢さんなら、ちょっと笑いかけるだけでコロっといくに違いない。・・あ、ここもちょっと修繕しといた方がいいな。いったん帰って道具持ってまた来るよ、今日中には終わる」
傷んだ柵を見つけ、自ら修理を申し出てくれる。そんな風に訪れる人々がなにくれとなく世話を焼いて、伯爵夫妻も同じ目線で感謝し、一緒にラミーを応援した。
「いいってことよ、これくらい。お嬢ちゃんが王子妃になる日が、楽しみだな」
「ええ、本当に。こんなにたくさんの方が応援してくれるなんて、ラミーも幸せだわ」
執務室では執務中の伯爵の横で大工見習の少年が、本棚の修理を終えたところらしい。
「ホラ、これでもうガタつかないよ」
手紙とにらみ合っていた伯爵は、考えるのに嫌気がさし、
「ありがとう、上手で助かるよ。そろそろマリエラがお茶を持ってきてくれるだろう。一緒に休憩しよう」
と、少年をソファに誘う。タイミングよく、お茶と茶菓子を持ってマリエラがやってきた。
「伯爵、いつもありがとうございます。とても美味しいです」
少年が嬉しそうに菓子を食べるのを、微笑ましく見守る伯爵。彼は元来、このようなほのぼの雰囲気が大好きだった。ラミーとこんな風にお茶をしたかったけれど、無駄だ、忙しいとバッサリ断られ続けたのだ。思えばいつも難しい顔をして、笑ってもどこかぎこちなかったなと思い返す。
「食べきれないものは、弟妹に持って帰ってあげなさい」
「いいんですか?きっとすごく喜びます、ありがとうございます!」
心から嬉しそうに感謝されて、伯爵も嬉しくなる。また例の商会に菓子の材料を発注しておこう、とうきうきしながら注文書用のメモをとった。
ラミーの舞踏会に衣装一式を用意してくれたメイグリロ商会とは、ずっと懇意にしている。商会の代表を務めるショコラ・メイグリロは、定期的に使いをよこして用立ててほしいものを聞き、未来の王妃に賭けると金銭を一切受け取らずにそれらを用意してくれる。
御用聞きもグレンリベット家の事情は分かっているので、やたら高級品をすすめたり、必要以上の納品をすることはない。
当初は遠慮がちだったものの、何度も用立ててもらううちに慣れ、信頼できると伯爵も生活必需品の調達は任せるようになってきていた。
「では、今日はこれで失礼します。あちらの棚は来週、修繕に来ます」
少年は元気に挨拶をして去っていく。残った伯爵は、満たされた気持ちで見送った。
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