番外編 失くしたくない(瑞樹目線)
すみません時間も日にちもずれました……。
月の初めにはなりませんでしたが瑞樹ちゃん目線のお話です。
なんか自己満足用みたいな話ですが……えっと、何の話だったっけな方は前回の話を見直していただけると幸いです……。
本当にすみません。
授業が始まっても、桧原は教室に帰って来なかった。先生の声だけが教室に響く。
「やだ……」
あたしは、つぶやいた。もう、嫌だ。あたしのせいなの? 桧原を怒らせたのは、あたしなの?
みんな、あたしを責める。たしかに、今のはあたしが悪かった。でも、みんなが責める権利はないと思う。だって、被害を受けたのはグループのみんなじゃなくって、桧原でしょ? なら、あたしを責めていいのは桧原だけだと思うんだけど。
でも、それでも。桧原を傷つけてしまった自分が許せない。あれだけ、失くしたくないと思っていたのに。なんで、どうして。後悔しても、遅いのに。
バカみたい――――。
「カナ!」
桧原が帰ってきたのは、昼休みになってからだった。隣の席に、彼は座る。なんで、隣なんだろう。こういうとき、自分の運を呪いたくなってしまう。わがままなんだろうけど。
桧原はあっという間にクラスのみんなに囲まれた。こういうときは別だから、グループのメンバー以外が彼の席の周りを取り囲んでもいいというルールがあるらしい。ちなみに最前列をグループメンバー以外が陣取ってはいけないというルールもあるのだとか。
まあ、あたしは今そっちに行っちゃいけないんだろうから、関係ない話だけど……。
「どうしたの? 大丈夫?」
「桧原、顔色悪いけど大丈夫か?」
みんな、桧原を心配するような言葉を口にする。あたしは一人でぽつんと、その横に座る。クラスメートの誰かがあたしの机やいすをぐいぐい押してくるから、うっとうしい。でも、きっとこれは、桧原を傷つけたあたしへの仕打ち――――。分かってる、分かってるんだけど。
放課後、あたしは桧原に謝った。傷つけたんだったらごめん。許してくれなくてもいい。けど、これだけは言わせて。決まりきった言葉を。
特別な事なんて、言えないよ。だってあたし、今までは友達少なかったから。
桧原にグループに入れてもらうまで、あたしは一人だった。だから、一人のつらさは十分知っているつもりだったし、今さら一人になっても、少し前の戻るだけだって開き直っていた。でも、違った。
人間は、一度幸せを知ってしまったら、もう後戻りはできない。あたしだって、例外じゃなかった。
桧原に優しくされて、話しかけてもらえて、友だちもできて。気付けばあたしは、桧原にたくさんのものをもらっていたんだね。あたし、気づかなかったよ。
「ごめんね。ほんと、ごめん」
それくらいしか言えないけれど。でも、許してほしい。許さなくてもいいって言ったけど、ほんとは許してほしい。好きだから。
この気持ちを伝えようとは思わないけれど。でも、好きなんだから、好かれたいよ。
「……俺も、ごめん。なんか、すげー不安で。嫌われた、かなって。でも、態度悪かったよな。ほんとごめん」
桧原はうつむきながらそう言った。少し恥ずかしそうにしている。よかった。嫌われて、なかった。
「あ、あたし、桧原のこと嫌いじゃないから! だからその、ほんと、気にしないで!」
あたしは必死になって叫ぶ。だってもう、嫌われたくない。あたし、桧原のこと好きだから。なんで、好きになっちゃったんだろう。好きにならなければ、こんなにつらい思いしなくても済んだのに。
でも、あたしは、桧原のことを好きになれて良かったとも思ってる。だって、毎日が輝いているように思えるから。
「ん。ありがと」
桧原はにっこりと笑った。ぐっ……かわいい……。なんで、男子なのにこんなにかわいいの……?
でも、その割に紳士的な部分もあるから、なんかとりあえず、モテる人の象徴みたいな人だと思う。そういう人だから、やっぱり好きになっちゃうのかなあ……?
「じゃ、俺部活行かなきゃだから。椎名も気を付けて帰れよ」
「あ、うん。ごめんね引き止めて」
「いいよいいよ。じゃ」
桧原は手をひらひらと振って教室を出て行った。うう……なんなんだろう、あのかわいさ……。
にこって笑うとことか、もう、天使だよね。同じようなこと考えてる人、多分他にもいるんだろうけど、実際に聞いたことはない。でも、いるよね、多分。
「気を付けて帰れよって……言われた……」
自分の声だとは思えないほど、あたしは恋をしている女の子みたいなことを口にしていた。
たぶん今、あたし、顔赤いよね……。
次の日、教室に入った私は白い目で見られた。昨日のことが解決していないと思っているんだろう。桧原はもう、許してくれたのに。バカみたい。
でも、なんでみんな桧原を持ち上げるんだろうね? たしかに、同じ人間だとは思えないほど完璧そうだけど……。かわいくてかっこよくて運動も出来て――――あ、勉強だけはちょっとイマイチだけど。
「はよ~」
桧原が教室に入ってきた。あたしは慌ててかばんを机の横にひっかけて、何事もなかったように席に座る。
「椎名おはよ」
「あ、おはよう」
普通に話しかけてくれて、少しほっとした。昨日仲直りしたのも、その場限りだったりしたらどうしようと不安だったからだ。それか、人前だからと遠慮して声をかけてくれないという可能性も考えていた。
でも、桧原はいつも通りだった。それが、嬉しかったんだ。
「ちょっとカナ、何普通に瑞樹に話しかけてんの? もういいじゃん、この子ほっときなよ」
詩織がそう言った。もう、この人本当にうっとうしいなあ……。いちいちそういう癇に障ること言うなっての。普通、考えたら分かることでしょ。バカなの?
だけど、桧原はどこまでも彼らしかった。
「なーに言ってんだよ。まだ昨日のこと気にしてんの? そうピリピリすんなよ。昨日仲直りしたし」
「……仲直り?」
詩織が怪訝そうに眉を寄せる。え、なに? 怖いんだけど。
「二人、昨日一緒にいたの?」
「え? うん、ちょっとだけ。教室で残ってたんだよ」
詩織の問いかけに、桧原がすかさず答える。すると、彼女は突然目線をあたしに移した。目つきが怖い。めっちゃ睨んできてる。なになになになに? 怖いんだけど、このひと。
「なにそれ、抜け駆けじゃん」
「は?」
詩織の言葉に、今度はあたしが反応した。抜け駆けって、何の話? そう聞くと、怒鳴られた。「意味分かんない、瑞樹ってホント自己チュー」って。いやいやいやいや、なんであたしが自己チュー扱いされなきゃいけないわけ? 自己チューなのはそっちでしょ。
少女漫画じゃあるまいし、そんな抜け駆けとかいちいち意味分かんないんだけど。なんで、人に好きになってもらうためにする行動を、他人の制限されなくちゃならないの? てゆうか、その話、あたし聞いたことないんだけど。
その旨を伝えると、聞いてなかったから悪いとあたしのせいにしてくる。どこまでも自分勝手なやつだな……。
そもそも、あたしをハブってたからじゃん。そんなの、あたしに言われたって困るね。あたしは話の輪に入らせてもらえてなかったんだっての。なんなら、桧原の前で暴露させてもらったっていいんだけど? たしか、詩織は桧原のことが好きだったはず。脅せないことはないよね。って、あたし性格悪い?
「マジでサイテー。意味分かんない!」
詩織はそう叫ぶと、突然泣き始めた。あーっめんどい! こういうの、ほんとやだ。泣かれるとこっちが悪者みたいになるじゃん。どうせ嘘泣きのくせに。桧原があたしを嫌うように仕向けたいんだろう。ばっかじゃないの。意味分かんないのはこっちの台詞だし。
すると、桧原は黙って詩織の頭を撫でた。なっ、なにを……!?
「大丈夫か?」
桧原より詩織は背が高いから、桧原は結構精一杯手を伸ばしているようにも見える。って、いやいや、そうじゃないでしょ。
それにしても、桧原って、ほんと優しすぎじゃない? あんな性格悪そうな詩織にまで、ああやって慰めてあげたりするなんて。……あ、今あたし、性格悪かったかも?
「うぅ……ぐすっ」
しゃくりあげるような詩織の泣き声が、静かな教室に響く。姫と越川が、あたしを睨んでいた。そんな顔しなくてもいいのに。
そもそも、あたしがハブられはじめた理由がよく分からない。気に食わないんだったらはっきり言ってくれればいいのに、最近の学生ってのは陰湿だからうざったい。
あたしがそんなことを考えている間も、桧原は何も言わずに、泣いている詩織の頭を撫でてあげていた。すると桧原は、立っているのがおかしいと感じたのか、詩織を自分の席に座らせた。上から目線が失礼だと考えているのだろう、自分もしゃがみこんで問いかける。
「どうした? なんか嫌なことあった?」
その声色は穏やかで、決して責め立てるような口調ではなかった。そんな桧原の言葉で緊張が解れたのか、詩織はゆっくりと口を開く。
「……カナが、ね。瑞樹と二人で、教室に残ってたって聞いたから、あたし、焦っちゃった。だって、抜け駆けはなしって言ってたし、もしそれが他のクラスの人にバレたら、うちら干されるよ? だから、やだったの。あたしが責任とらなくちゃいけなくなったらって思って、それで、混乱して……。ごめん、カナ。突然泣いたりして」
しおらしく謝る詩織。でも、それが演技なのだということを、あたしは分かっていた。
詩織が泣いたのは、他のクラスの人にバレて自分が責任を押しつけられたらと不安になったからってのが理由じゃない。あたしが桧原と二人でいたっていうのが、彼女たちの言う“抜け駆け”に値する行動だったからだ。要するに、あたしに嫉妬してるってことなんだろう。これだから女子っていうのは面倒だ。
「そっか。ごめんな。別に、椎名とは何もないからさ。昨日のこと、解決させただけだから」
桧原はにこっと笑って詩織をなだめていた。なんで、この人は、こう――――。
あたしには、桧原という人間を理解することができない。本当に、そんなことを思っているの? みんなをかばって、みんなが幸せになれるようにって。それって、本当の幸せになるの?
桧原のつくった幸せは、本当にあたしたちの幸せに繋がるのだろうか。それはもしかしたら、彼の思い込みなのかもしれないというのに。
それでも、少なくともこの学年は桧原を中心に回っていて、そして裏で行われていることを彼自身は何も知らない。だから、この学年はおかしい。いや、もう、みんなおかしい。
でも、どうして? 誰が、こんな制度を決めた? まだ、あたしたちはこの学校に入学して七ヶ月ほどしか経っていない。でも、いつしか桧原を中心としたサイクルが出来上がっていた。
あたしが彼と話すようになったのは、入学してすぐの頃に行ったカラオケがきっかけだろう。その時はまだ、桧原がそんな存在だったとは知らなかった。知るはずがない。ただでさえ、そういうのに疎いあたしなんだから。桧原本人も知らないっていうのに、あたしが知ってるはずもない。そんなあたしにこの仕組みを教えてくれたのは、詩織たちだった。そこからこの五人でいることが多くなったのかもしれない。まあ、今はあたしはハブられてるけど……。
まあ、それはいいとして。とりあえず、カラオケがどうなるかが心配だなあ。何も起こらなければいいんだけど、詩織たちが何かしてくれるかもしれないし……。どうしようか?




