にじゅうに にじゅうになってこうなって
「なんでお前、俺の友達に……」
カナくんは少し怒っているようだった。透さんに歩み寄りながらつぶやいている。
仲、悪いのかな? そう思ったけど、透さんは笑顔。
「おーカナ、久しぶりだな!」
にこやかに透さんは言った。カナくんは苦い顔で「二日ぶりな」とか言っている。そ、それはたしかに久しぶりとは言えないよね……。
彼は大きなため息をついた。
「てゆうか、だからなんでまたここに――――」
その瞬間、カナくんはおもむろに左手を頭に当てた。何かをこらえるような難しい顔をしている。
でも、一瞬こっちを見て、笑った気がした。なんだろう。
すると、尾川くんが声を上げた。
「うお、っと。危ねえな、もう」
私が尾川くんの方を見ると、カナくんは頭を押さえていて、尾川くんに後ろから抱きかかえられていた。えっ、頭痛いのかな!?
そう思ったんだけど、カナくんはすぐに「ごめん、ありがと!」とか言って笑っている。大丈夫なのかな……?
すると、透さんがカナくんの腕を引っ張って抱きしめた。うん、抱きしめたというか、首締めてるね。苦しそう。なんか怖い。
「ちょっ、と、透お前離せってもう! く、苦しい、から」
本当に苦しいらしい。でも、透さんは力を緩めようとはしない。
「えーやだなーもう。嘘ついてんなよー」
「う、嘘じゃないし。マジで苦しい。死ぬ!」
カナくんはじたばたしているけど、全然離してくれそうにない。
やっぱカナくんって力弱いのかな? でも、そういうところもかわいいのでむしろグッジョブなのです。う、また私ってばかわいいって言っちゃった。まあ、口に出してないからいいよね。うん。
「ははー、お兄ちゃんは騙されないぞー」
透さんはにこにこしてるけど、カナくん本当に苦しそう。多分、透さんの力が強いってだけじゃなくて、彼の胸のあたりに顔を押さえつけられてるから、息しにくいんじゃないのかな。透さん、容赦ないね……。
「おいおい、透くんそろそろ離してやれよ。カナ、ひ弱だから死ぬぞ」
「誰がひ弱だ!」
尾川くんの言葉に、カナくんが反論する。うん、ひ弱っていうのはどうかと思うよ。……否定はしないけど。
「なんだよカナ、助けてやってるんだろ。文句言うなよ」
尾川くんが本領を発揮している。さっきまで透さんにいろいろ言われてたもんね。
まあ、反対にカナくんは不満そうなんだけど。でも、透さんが「仕方ねえなぁ」とか言いながら開放してくれたから、ちょっとうれしそうにしてる。いや、うれしそうってのはおかしいのかな。
「もう、透ほんと嫌い」
カナくんは不機嫌そうにつぶやいた。それ、かなりの問題発言だよ? 大丈夫なのかな?
すると透さんはにこにこしながら「俺はカナのこと大好きだからな!」と言い出した。カナくんは嫌そうな顔で「超迷惑」とつぶやいている。まあ、逆ギレされるよりはマシだったかと……。
うーん、でも、カナくんは嫌なのかもしれないし……。人の気持ちって、わからないものだよね。
「てゆーか、佐野さんさっきから全然喋ってなくない? 大丈夫?」
「え?」
そう言ってきたのは尾川くん。私は驚いて彼の顔を見る。ん? ……大丈夫かって?
「え、と、大丈夫、だよ? 黙っていたのは話を聞くほうが面白そうだったからで、別に話についていけなかったとかそういうわけじゃないから!」
長々と話してしまった。ひかれちゃったかな? でも、言ったことは全部大切な事だったから、どれかを省いたりできなかったんだよ。うん。
そう思ったけど、そんな私の心配は杞憂に終わった。
「なら、いいんだけど」
尾川くんはふわっと笑って、そして私の頭に手をのせた。ぽふ。……ぽふ?
「ひああああ!!」
私は謎の奇声を上げながら、尾川くんと距離をとる。い、いつかのカナくんみたいなことを……。
私、今まであんまり尾川くんをじっくりと観察したことはないけど、尾川くんって結構かっこいいんだよ? スタイルもいいし、背高いし。かっこいいし!
「だからっ、そういうのやめてください!」
「え、ごめん?」
尾川くんは戸惑っているのか、ごめんという言葉も疑問形だ。まあ、私がいきなり叫んだのが悪いよね。うん、私が悪い。絶対そうだね。
私こそ悪かったなあと思って謝ると「佐野さんは悪くないよ」と言われてしまった。うぅ、キラキラした笑顔で私を見ないでほしい……。さわやかすぎる。
「そーだった。ごめん。佐野さん、こういうの嫌だったんだよな。あのカナにやられても、嫌がってたし」
小声で、尾川くんはそう言う。な、なんかいろいろとバレてる……。
別に嫌ってわけじゃないんだけど、恥ずかしいんだよ。頭なでられることなんてそうそうないし。それに、カナくんでも、じゃなくてカナくんだから恥ずかしいんだよ。もちろん尾川くんでも恥ずかしいんだけど。
「ま、俺は佐野さんを応援してるから。安心してよ、言いふらしたりしねーからさ」
「う、うん。でも私、言いふらされるとか思ったことないよ?」
私がそう言うと、尾川くんはくすくす笑った。
「俺、信用されてんだ。うれしーなー」
いつもの、にやにやした笑顔じゃないってのが、ちょっと新鮮だ。なんか、笑ったとこかわいい。
「尾川くんのことは信用してるよ」
えへへ、と尾川くんの笑顔につられて笑いながら私が言うと、尾川くんも、また少し恥ずかしそうに笑った。あ、ちょっと顔赤い。でも、なんか楽しそうだから、きっといいんだろうと思う。
そのとき、カナくんの声が聞こえてきた。
「隆夜たちさ……ひどくない?」
カナくんは少し呆れているようだ。あ、透さんにまた絡まれてたんだね。なんか、悪かった……かも。
「あーわりーわりー。佐野さんと話してたからお前のこと忘れてたわー」
「すっげー棒読み!」
尾川くんの気持ちがまったくこもっていなさそうな謝罪に、カナくんは不満そうだった。でも、やっぱり子の二人って仲良いんだよね……。喧嘩するほど仲がいいってやつなのかな?
……私も、そんな友達ができたらいいなぁ。
しばらく尾川くんとカナくんの会話を聞いていると、カナくんが突然顔を上げた。私を見て、口を開く。
「佐野さん、そろそろ帰らなきゃいけないんじゃない?」
そう言われて、私は時計を見上げた。ほんとだ、もうすぐ六時になっちゃう。速いなぁ……。
「あ、じゃあ、私帰るね!」
私はそう言うと、玄関まで歩いて行った。後ろから、カナくんがついてくる。
玄関で靴を履いていると、尾川くんと透さんもやってきた。
「カナ、送ってやったら?」
尾川くんがそう言った。私は顔を赤くさせ、彼の方を見る。
……笑っていた。協力してあげてるんだぞ、というような視線。私は目をそらしてドアに手をかけた。
「えーと……カナくん、どうする? 暗くもないから、私別にどっちでも――――」
「あ、送ってく。強引に連れてきちゃったし」
カナくんはそう言うと、私の手首をつかんでドアの外に出ていった。私も、もちろん家の外に出てくる。五月だからか、時間が遅くても寒さはそこまで感じなかった。
二人で、ゆっくりと歩き始める。カナくんは黙ったまま、居心地悪そうにうつむいていた。
「あ、あの」
堪え切れなくなって、私は口を開いた。彼はぱっと顔を上げて私と目を合わせたけど、すぐにまた目線をそらせてうつむいてしまう。……私、もしかして嫌われた?
いやいや、そんな被害妄想に走るのはよくないよね。カナくんが悪いみたいになっちゃうし。うーん、でも……。
そんなことを一人で考えてしまい、私は結局何も言えないでいた。夕焼け空、綺麗だなぁ。
(そう言えば、空、見せてもらったっけ)
入学式の帰り、カナくんと一緒に帰って飛行機雲がまっすぐに伸びていて。「好きそうだと思った」って笑ってたね。
入学式って一か月前だけど、つい最近のような気もするし、ずっと前のことのような気もする。でも、鮮明に覚えているんだよね。やっぱり、まだちゃんと覚えているんだ。
「……あのさ」
重々しい口調で、カナくんが言った。私は顔をカナくんの方に向ける。
「……本当に、悪いことだってわかってるんだけどさ、その……やっぱり、“佐野さん”って呼ばせてもらってもいい?」
一瞬、意味が分からなかった。そしてしばらくしてから、降格されたのだと思った。
私は心の内の動揺をどうにか顔に出さないようにしながら頷く。
「……いいよ、なんて呼ばれても」
少し声が震えていたかもしれない。でも、だって――――私、カナくんに嫌われたの?
すると、カナくんは頭を勢い良く下げた。私はびっくりして目を丸くする。
「ごめん! 気分悪いよな。でも、本当にそういうのじゃないんだ。ただ、今背伸びしなくてもいいかなって……。じ、自分で言ったくせにごめん! だっ、あ、佐野さんは俺のことなんて呼んでくれてもいいから!」
必死にカナくんは謝っていた。そういうのじゃないってことは、嫌われてないってことなのかな? でも、カナくんは優しいから本当のことを言っていないだけなのかもしれない。ほんとは、私のこと嫌だったのかな。
もし、そうだったら。私、カナくんに関わらない方がいいのかもしれない。だって、カナくんを困らせたくないから――――。
心の中に、何か黒いものが広がっていくみたいで、気持ち悪くなった。
読んでくださってありがとうございます。




