番外編 好きの一言も(瑞樹目線)
瑞樹目線の番外編になります。
中学生の話なので、ちょっと瑞樹ちゃんの性格が違って変な感じがするかもしれません……。
これを合わせて三回続きます。よろしくお願いしますm(__)m
好きになったのは、いつ頃だろう。気づけば、あいつだけを目で追っていた。決して叶わない恋だって、気づいてたはずなのに――――。
中学一年生の夏休み直前。あたしは、友だちだと思ってたやつに恋をした。
「椎名も来る?」
「えっ?」
何気なく、声をかけられたんだと思う。
桧原の席を囲むあたしたち。男女混合の五人グループの一員であるあたしは、最近ハブられている。理由はわからない。でも、今さらグループから抜けるのはなんだか怖くて、抜けられないでいた。
グループの中での話題は来週カラオケに行くということで持ちきりだった。でも、あたし一人だけ誘われなかった。いつも一緒にいるメンバーの中で、私だけ。まあ、ハブってるやつを誘うわけないもんね。
でも、グループの中の一人である桧原は声をかけてくれた。こんなあたしにも、一緒にカラオケに行こうって。
「ちょっ、カナ! その日は瑞樹、塾あるじゃん!」
グループのポジション『かわいい』の石井詩織は声を張り上げた。多分、あたしをカラオケに行かせたくないんだろう。入学したばかりの時は仲良かったのに、どうして?
でも……。
「ち、ちがっ、その日は――――!」
あたしは必死になった。
その日は塾ないのに。いつもはあるけど、たまたまないのに。
そう言おうとするけど、声が出ない。そのとき、桧原が言った。
「あーもう、二人とも落ち着けよ。塾あっても、途中からとかでもこれるかもしれないだろ? なんで来れないって決めつけて、椎名にだけ何も言ってやらねーんだよ」
すると詩織は目にかかるかかからないかくらいの長さの前髪を指に巻きつけながら、決まり悪そうにつぶやく。
「別に、カナが言うんだったらいいけどさあ……」
なんなんだろう、その特別感。桧原だけ、いっつも特別扱いされる。最初は意味がわからなかったけど、だんだんわかってきた。
この学年の、ルールっていうのが。
「じゃ、それでいい?」
あたしの方を振り返って聞いてくる桧原。あたしは、さっきのことを言おうと口を開いた。
「あ、あのっ、あたし……その日、塾ないからっ。だから、行けるよ。最初から」
きっと、みんなはあたしが来れない方がいいんだろう。でも、行きたかった。一人ポツンと座ることになったとしても、多分、桧原が声をかけてくれるって、そんな気がするから。
桧原はみんなの顔を見ながら言う。
「俺は椎名も行けるって言うんだったら一緒に行きたいけど……石井はどう? それと、桜木とえっかは?」
桜木と呼ばれたのは、グループのポジション『姫』の桜木姫美。それから、えっかと呼ばれたのはグループのポジション『お調子者』の越川瑛太だ。
二人は目を合わせて、そしてぎこちなく笑った。
「お、俺は別にいいけど?」
「あ、ひ、姫もいーよ! 姫、瑞樹ちゃんも一緒に行けるの嬉しいもん!」
二人が嘘をついていることはわかっていた。二人とも、桧原の顔色をうかがってる……。姫なんて、いっつもわがままなのに。
詩織も、嫌そうにしながら頷いた。もう、どうして。
別に桧原自体は悪いやつじゃない。むしろ、いい人だとあたしは思ってる。でも、桧原に嫌われると桧原ではなく彼の周りのやつらにつぶされるから、桧原に嫌われないようにしないといけないんだ。もちろん本人にそんな気はないんだろうし、知らないんだろうけど。
「そっか! ならよかった。これで安心した。椎名だけ行けなかったりしたら、嫌だもんな」
桧原はすがすがしいほどの笑顔で言った。あたしたちもつられて笑顔になる。というか、あたし以外の三人は桧原に合わせているだけなんだろうけど。
きっと、他の三人はあたしが来る方が嫌だろう。けど、みんなそんなこと口にしない。言ったら、桧原には嫌われなかったとしても、彼の友だちに殺られるから。だから、彼に守ってもらえているあたしは、もしかしたらある意味ラッキーポジションにいるのかもしれない。
「それじゃ、11時にアレクの前で集合な!」
桧原は楽しそうにそう言う。クラスの子たちが一瞬こっちを見た。詩織が自慢げな笑みを浮かべる。
そう、あたしたちは、クラスの中でのトップってやつなのだ。なぜかと言うと、桧原奏音と仲良くなったから。でも、他のクラスにいる桧原の友だちには頭が上がらないという、謎のルールがある。これがいわゆる上下関係ってやつだ。
このようにこの学年の立ち位置というのは桧原を中心に回っているのだが、彼自身はまったく自覚がない。でも、それは当然だ。だって桧原は、関係ないから。桧原の友だちが勝手にやってるだけだから。
だから、知らない。彼はなにも。
うらやましそうにこっちを見てくるクラスの子を、詩織がにらみつける。するとその子はひるみ、慌てて視線をそらした。
あたしがこのグループから抜けられないのは、このトップという設定も関わってきている。トップから抜ければ、今以上にトップから白い目で見られるからだ。だから怖い。抜けられない。
「ん? 椎名、どうした?」
「え!? ど、どうもしてないよ?」
桧原の声に、あたしは慌てて首を振った。声が裏返る。恥ずかしい。
でも、どうもしてないに決まってる。どうかしてたら、とっくにあたし泣いてるよ。
「だ、大丈夫、だから」
「そう?」
桧原には、あまり心配されたくない。それは、グループの他のメンバーに睨まれるから。
桧原以外の特別扱いは許さない。桧原に特別扱いされるのは許されない。それが、このグループの暗黙のルールだ。
ほんと怖い。早く抜けたいけど、でも抜けちゃいけない。抜けたらどうなるかわからないから。
こうやってびくびくする日々を過ごすのは、やっぱり疲れる。けれど、クラスの子たちのように尻に敷かれるのは嫌だ。だから、我慢するしかないんだ――――。
「あ、もうすぐチャイム鳴る。じゃ、解散!」
桧原は時計を確認するとそう言って笑った。笑った顔、かわいいなあ。桧原がモテる理由もわかる。
みんなはさっさと自分の席に戻って行く。あたしも、桧原の席から離れて自分の席に座った。と言っても、すぐ隣なんだけど。
席に座ると、ほっと息を吐く。自分の席が、この教室の中ではやっぱり一番落ち着くなあ。
するとその時、隣に座る桧原があたしの席に寄りかかってきた。ひっ、なに!? 一番後ろの席だからまだ見られてないけど、もしこんなところをグループの誰かに見られたら、あたし、殺される……!
「な、なに……?」
「あー、椎名。あのさ、言いにくいんだけど……」
桧原は語尾を濁して言うべきか言わないべきか迷っているようだった。そんなに言いにくいことなのだろうか。
やっぱりカラオケに来るな、とかそういう方面かな? と、思っていたら。
「教科書全部家に忘れてきちゃってさ。見してくんない?」
「……は?」
教科書? それだけ? それだけのことなのに、言いにくいって思ってんの?
彼は両手を顔の前で合わせて懇願してくる。ううっ、あたしはどうすればいいの!?
教科書見せてるとこを見られたらいけないような気もするし、でもここで申し出を断ったら、悪い噂が流れて他のクラスにいる桧原の友だちにボコにされるかもしれない。そんなの怖い。
ああ、もう、桧原。あんた、罪だよ。そしてあたし、人生積んだよ。
「い、いーよ、それくらい。あたしたち、友だちだもん」
あたしは手で顔を隠しながらつぶやいた。桧原が、楽しそうに笑う。
「へへっ、友だちっていいな」
それは、利用価値……? そう思ったけど、きっと違う。桧原はそんなやつじゃないって、あたし、信じてるから。
その授業が終わり、あたしはほっと肩の力を抜く。バレないように気を張っていたから、かなり疲れた……。
桧原はあたしの机に教科書を置くと、笑顔で言った。
「教科書、ありがとな! 助かった!」
桧原は背が低いから、当然座高も低い。ついでに言うと、椅子の高さもあたしのより低くなっているはずだ。
そのせいか、桧原はあたしを若干上目づかいで見ることになる。うっ、か、かわいい……。
女子として敗北感を味わった気がするのは、あたしだけ?
「い、いーよそれくらい。だってあたしたち、友だちじゃん」
そう口にした後、はっとした。
友だち。そうだ、あたしたちって、友だち、なんだよね……。きっと桧原だってそう思ってるはず。もちろん、あたしだってずっとそう思ってた。
まさか、友だちを好きになるだなんて、そんなの考えてもなかった。予想外の展開ってやつだ。
「……そう、なんだよね……」
あたしの小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。
「姫、カラオケ、楽しみぃ~!」
いつも通りぶりっ子キャラ全開の姫は、何故かテンションが高かった。いや、姫のテンションが高いのはある意味日常茶飯事なのかもしれないが、でも、それとはまた違う気がする。いつもよりずっと、楽しそうに見えるのだ。
「どうしたの? 姫。最近、やけに楽しそうじゃない」
詩織もまた、楽しそうに姫に尋ねる。彼女たちは何をそんなに楽しんでいるのだろう。あたしには、それが分からなかった。
「だって、カラオケだよ? 姫、カラオケ久しぶり!」
両手をグーにして口元に持って行く彼女は、明らかにぶりっ子と言われるキャラだった。それなのに、何故だか嫌われない。
別にあたしは姫のことが嫌いなわけじゃないんだけど、ぶりっ子とは疎まれるキャラのはずだ。なのに何故、姫は人に嫌われないのだろう。――――特に、女子に。
「そっかあ。私はよく行くからね。この間も、松井たちと行ってきたし」
松井というのは、おそらくこのクラスの松井裕恭のことだろう。詩織は男子と基本仲がいいからか、一人で男子の群れに突撃しに行ったりしている。あたしにはまったく理解できないけど。
あたしは、基本男子は苦手だ。なのに、なんでこのグループに所属しているのかはあたし自身にもよく分からない。いつの間にかこうなっていました、としか説明のしようがないのである。
「石井は歌上手そうだもんな。えっかも、上手いんだったっけ?」
「俺? 俺は……そうだな、まあまあってとこかな! カナも結構上手いよな?」
越川もまた、楽しそうに言う。声が弾んでいるから、なんとなくその人のテンションというやつは感じ取れるのだ。というか、越川の場合はただ単に彼が分かりやすいってだけでもある。
「俺は別に、上手くないと思うけど。普通じゃない?」
桧原はそう言うけれど、彼は意外にも歌が上手い。
入学してすぐ、一度だけクラスの数人でカラオケに行ったことがあったのだけれど、その時に桧原の歌を初めて聞いた。上手だった。
あたしはほとんど歌わなかったけど、あの時も桧原はあたしに気を遣ってくれていた気がする。いっつも人のためになってる。だからきっと、桧原はみんなに人気なんだろう。……変な虫がつくほど。
あたしは桧原のことを多分好きになっちゃったんだろうけど、でも、告白しようとかは思わない。それで、避けられてしまうのが怖い。微妙な関係になってしまうくらいなら、このままでいい。
変わりたくない。友だちのままでいたい。あたしは、これ以上、誰かを失くしたくないから。
「椎名は? 歌、得意だったっけ?」
「え。あ、たしは、そうでもないけど」
突然声をかけてくるのは、やめてほしい。あたしはぎこちなく返事をすると、なんとなくうつむいた。顔、合わせたくないな。
そんな気持ちが伝わったのか、桧原はしきりに声をかけてくる。どうしたんだよ、とか大丈夫か? とか、もうやめてほしい。恥ずかしい。死にそう。いや、死にたい。
「なあ、椎名」
「大丈夫だって言ってるじゃん」
「え、でも、」
「もうやめてってば!」
気付けば、あたしは叫んでいた。教室の真ん中で。自分の席で、周りには人もいて。驚いている詩織と越川。姫は、若干憫笑していた。墓穴を掘った、のかもしれない。
桧原は寂しそうな顔をしながら小さく「ごめん」と言って席を立った。教室を出て行く。あたし、桧原を怒らせた……? それは、あたしという存在の死の宣告だった。
周りにいたクラスメイトたちは、異様な雰囲気を感じたのか一瞬あたしたちの方を見たものの、詩織が睨むとすぐに目を逸らした。どうして、詩織はそんなに視線を集めたくないんだろう。あたしだって注目されるのは嫌だけど、睨むってことはないと思う。
「カナ、怒ってたよね……?」
姫が、小さくつぶやく。グループのみんなの視線が、あたしに集まった。今はもう、守ってくれる桧原もいない。自分を守れるのは、自分自身だけだ。
「椎名お前、一人で責任とれよ! 俺は、俺は関係ないからな!」
越川が怒鳴る。そんなに大声で言わなくても、すぐ近くにいるんだから聞こえる。でも、だめだ。
何も耳に入ってこないよ――――
詩織も何か言っていたけれど、よく聞き取れなかった。彼女は怒ったり感情的になると早口になるから、余計に何を言っているのか分からなくなる。でも、きっと今は、あたしの方がおかしいんだろう。
「もうっ、私だって関係ないからね! 私たちがどれだけ気を張ってたと思ってんの!? いっつもいっつも、邪魔ばっかしないでよ、バカ瑞樹!」
詩織はあたしの机を感情のままに蹴ると、そのまま自分の席に戻ろうとしてしまう。姫も、大きな瞳であたしを睨みつけながら叫んだ。
「姫も、何もしてないもん! 悪いのは瑞樹ちゃんなんだからね! カナを怒らせるなんて、本っ当バカみたい! もう、みんな行こう?」
姫がそう言って自分の席に戻ろうと歩きはじめると、越川も踵を返す。
理不尽だ――――。そうは思っても、あたしはそんなこと口にできるほど強くはない。味方がいないあたしには、何も残らない。学校という戦場で生き残るのは、味方が必要だから。
「……はは」
乾いた笑いが、自然と出てきた。
カナくん罪な子だ。




