番外編 カラオケ②(奏音目線)
告白、じゃ、ねえよな。うん。
そうだよ、ありえない。だって、俺たちまだ会って少ししか経ってないし、そもそも、なんだ。俺は、自惚れすぎなんだ。自分がモテるとでも思ってるのか、このアンポンタン。バカバカしい。
そうだ、ありえないんだ。この世に頭がパンでできたヒーローが実は存在するってくらいのありえなさだ。そんなことあるはずない。
すると、佐野さんが声を張り上げた。
「そうっ、友達! 私、カナくんのこと友達だって思ってるから! だから、謝らないで。遠慮とか、しないで」
最後の方は、だんだん声が出なくなってしまったのか、小さくなっている。俺の服の袖をぎゅっと握りしめてくる。
そのあと、佐野さんは自分がしたことに驚いているのか、謝りながら手を離した。よく考えたら、俺たちってすげー近いところにいたんだ……。今さらだけど、恥ずかしい。
俺は、口を開いた。
「あのさ、ゆき」
「う、はい」
やっぱり、ゆきと呼ぶのは少し照れる。すると俺の顔をなるべく見ないようにしながら、佐野さんはうなずいた。だからつい、「ちゃんとこっちむいて」と不機嫌な声を出してしまった。
佐野さんがゆっくり顔を上げると、俺はつい真顔になってしまう。
その瞬間、俺は無意識に佐野さんの腕を引っ張った。佐野さんの体の重心が俺にかかる。
動揺したような彼女の顔が、網膜に焼き付いた。
「……え、」
ぽす。
気がつくと、俺は佐野さんを抱きしめるようにして座っていた。な、なにをしたんだ、俺は?
「か、カナくん?」
佐野さんは動揺しながら訊いてくる。しかし、返事はできそうにない。なに考えてるんだ、俺。バカなのか。
抱きついた? 抱きつかれた? 違う、抱きつかせたじゃないか? どれにしても、俺が悪い。全部俺が悪い。俺以外悪くない。つーか、もう、俺ってほんとなに? 無意識とか、頭おかしいんじゃね?
俺がなにもできずにいると、動揺したような佐野さんの声が耳元で聞こえた。
「ね、ねえカナくん?」
恥ずかしさを隠すために、俺は低い声を出す。
「ゆきさあ」
彼女の顔は見えない。もしかしたら怒ってるかもしれないし、今度こそ引っ叩かれるかもしれない。でも、ここで引き剥がすわけにはいかない……!
「それ、ほんとに自覚ないんだよね?」
「はい?」
俺は、先ほどのようないつもより少し低い声で尋ねた。さっきも聞いたけど、聞かずにはいられない。本当に、このひとは天然なのか。
でも、きっと本当なんだろう。わかってるんだけど。でもそれは、危険だ。
「あのさ……ゆき、それやめた方がいい」
「な、なんのこと?」
佐野さんには話が通じない。俺もはっきり言えそうにない。でも、絶対やめてほしい。
だって、そんなかわいいの他のやつらに見られたくないし。って、まさかこれって、独占欲ってやつか……? 怖っ。俺、怖っっ! 付き合ってもなんでもないのに、これ、佐野さんに失礼すぎだろ!
すると、さっきまでじっとしていた佐野さんが突然羞恥心を感じたのか、俺から離れようと抵抗を始めた。
「か、カナくん離して! 私めちゃくちゃ恥ずかしいから!」
慌てているような佐野さんの声が、耳元で聞こえてくる。
「俺だって恥ずかしいよ!」
咄嗟に、そう叫んだ。なら離せよ、というツッコミが飛んできそうだ。でも、そういうのじゃなくて、なんかほんと、とりあえず恥ずかしい。でも、気持ちいいし離したくないというかなんというか……ってあれ、俺ってもしかして変態!?
とか思いつつ佐野さんを抱きしめた状態のままでいると、彼女は抵抗をやめ普通に俺の方に体重をかけてきた。軽いから、重いとか苦しいとかそんなのはないんだけど。ないんだけど。
「なんで抵抗しないんだよ! 危ないだろ!」
「うわびっくりした」
必死になって叫ぶ俺に、佐野さんは意外にも冷静にびっくりした宣言をしてきた。多分それ、そこまでびっくりしてないだろ。その場逃れのための言葉だろ。
「俺、なんかすごい心配……」
「ん? 大丈夫だよ?」
大丈夫じゃねえよ。
佐野さんの天然すぎる発言に、俺は頭を抱えてため息をついた。これは、扱いづらいキャラだ……。
俺は、べりっと体を引きはがして、まっすぐに彼女を見つめた。やっぱり目線を上に向けないといけないのが悔しい。
「だからさゆき」
「は、はい」
佐野さんはびくびくしながら返事をする。てか、佐野さん、いつもツインテールなのに、今日はポニーテールなんだよな……。なんか、廣山もポニーテールだし、その髪形流行ってんのかな?
って、そうじゃない。言いたいことはもっとあるだろ。落ち着け、俺。
「普通、男子に抱きしめられてそのままなんの抵抗もしないなんてことある?」
「え、え?」
やっぱり、佐野さんは何も分かっていないみたいだった。自分で抱きしめといてあれだけど、やっぱ、抵抗することって必要だと思う……って、あれ? 佐野さん、抵抗してなかったっけ?
ああ、そうか。俺がその抵抗の邪魔をしたのか。そうかそうか……って、俺のせいじゃん!
でも、やっぱり悪いのは佐野さんの方だ。彼女が、鈍感すぎるから悪い!
「ゆきお前、ほんとなにもわかってない!」
「お、お前!?」
お前と言ってしまったのは、なんとなくである。でも、反省はしてるから許してほしい……って、そうじゃねえよな。俺が悪い。うん。
でも、それ以上に、佐野さんは鈍感すぎた。
「私、わからないからはっきり言って? 遠回しに言われてもわかんない」
どうやら、俺はかなり遠回しに言ってしまっていたようだ。それなりにはっきり言ってたと思うんだけど。
まあ、佐野さんが鈍感で天然だから仕方ないのか。うん、きっとそうだ。
でも、それはないだろー……。俺は大きなため息をついた。そして、怒鳴る。
「だから、もっと危機感持てって言ってんの! 普通なら『友達』に抱きしめられたら引きはがすだろ! なんだよもう、俺ばっかり恥ずかしいじゃん!」
「いや、私も恥ずかしかったよ?」
「そういうことじゃない!」
何を言っても、鈍感な彼女には通じないようだ。佐野さんも恥ずかしかったんだろうけど、でも俺も恥ずかしかったし!
もう、こうなったら正直に言う。通じないなら、直球で言ってやる。
「だから俺は!」
そう叫んだ、そのときだった。音を立てて、部屋のドアが開く。
二人一緒にそちらを見ると、そこには息を切らせた隆夜が立っていた。
「廣山、が……」
そこまで言って、隆夜はげほげほと咳き込んだ。肩を大きく動かして息をしている。
俺が支えになって(ただし身長差が激しいためあまり役には立っていない)ソファーに座らせると、彼は呼吸を整え始めた。
「で? 廣山がどうしたんだよ」
はっきり言って、隆夜の焦り方は尋常じゃない。心配になって聞くと、彼はゆっくりと口を開いた。
「廣山が、熱出して、倒れた……」
「倒れた!?」
佐野さんと俺の声が重なる。驚きだ。倒れたとは、どういうことなのだろうか。
「それで、廣山は?」
俺が聞くと、隆夜ははあはあ言いながら答える。
「店の人が救急車呼んでくれたから、大丈夫。ちょっと疲れたから、寝る、わ……」
そうつぶやくと、隆夜はそのままソファーに寝そべって目を閉じた。
なんだ、それ。かなりやばいやつじゃねーか? 歌ってらんねーじゃん。
はっと、気づいた。俺も寝てしまっていたようだ。
佐野さんはたしか、廣山のお見舞いに行ったはずだ。それで、俺は隆夜が寝てるからって残って……それで、寝ちゃったのか。
隆夜の方を見ると、彼はまだ寝ているようだった。さっきよりは呼吸も落ち着いている。安心した。
隆夜は昔から、無理をしてしまうタイプだったと思う。隆夜と知り合ったのは中二の時だけど、あの時から彼は自分で全部抱え込んでしまうようなやつだった。
今回もきっと、それだろう。廣山についてやって、救急車呼んでもらって……。
あれだけ息を切らしていたんだから、相当走ったりしたんだろう。
「ばーか」
隆夜の口ぐせを真似して言ってみる。なんか、恥ずかしくなった。
やっぱ、俺、隆夜の事好きなんだなー、とか、思ったりして。
俺は隆夜の髪をなでたりして遊んでみた。隆夜って、普段は大人っぽい顔してるくせに、寝顔は幼いよな……。俺もかもしれないけど。
まあ、俺はもともと顔が子供っぽいからまだいい。でも、隆夜みたいな大人っぽい顔してるやつの寝顔がかわいいと、なんか恥ずかしくなるというか、うん。ギャップってやつだと思う。
「……たまにはゆっくり休めよ」
小さく、口にした。
有り得ないはずだけど、一瞬。一瞬だけ、隆夜が微笑んだ気がした。




