じゅうろく じゅうぶん私は天然だった
ゴールデンウィーク二日目の、五月四日。相変わらずひまです。
昨日ちゃんと寝たからか、顔はスッキリしていた。しんどいなんて全く思わない。私は今日も元気です!
するとチャイムが鳴った。あわてて部屋を出ると、のぞき穴から外を見る。そこにいたのは、カナくんだった。
「ごめん、突然来て」
「う、ううん! 気にしないで」
私の部屋の中。カナくんはなぜか正座していた。
なんでカナくんが私の家に来たのか不思議だったけれど、それよりも、二人きりだとかいうことを考えてしまって、頭が沸騰しそうだ。はずかしい。
「あ、それでさ、その、あー……えっと、どっか! 行かな、い……?」
カナくんは首の後ろに手をまわしながらつぶやいた。はずかしそうにしている。
目が合うと、彼はうつむいてしまった。顔、赤かった……。
「どっか、って?」
外は雨。今からどこかへ行くのはかなりめんどくさい。
私、家でまったりしてるのが一番好きなんだけどなあ……。でも、カナくんと出かけたりしたい。うーん……。
「あ、のさ」
「ん?」
カナくんは言おうかどうしようか迷っているようだった。口を開きかけてまた閉じたり、視線を泳がせたりしている。
(言いにくいことなのかな? 無理しなくてもいいんだけど)
私はそう思いながら、彼の発言を待った。
「佐野さ……ゆ、ゆきの家にいるのにいうのもあれだけど、その、俺の家……来ます?」
今親いないし、とカナくんはつけたした。なんたること。
うれしいと言えばうれしいけど、でも、ご両親がいないということはつまり。あれ、ですよね?
でも、でも。
「い、行かせていただきます!」
「う、うん」
いつの間にか、私はそう口にしていた。ど、どうしよう。なんてこと口走っちゃったの、私。バカ?
「じゃあ、行く?」
「う、うん」
私はぎこちなく立ち上がり、重い足取りで玄関に向かった。お兄ちゃんがぽかんとしていた。
歩くこと十数分。カナくんの家に着いた。
(私、カナくんとつきあってもないのに、こんなことしちゃっていいのかな?)
そう思ったけど、彼の家のリビングには、テレビを見てくつろいでいる尾川くんがいた。え? 尾川くん……? なぜ、尾川くん!?
「ちょ、えっ!? 尾川くんがいるとか、私聞いてなっ――――」
そのとき、気付いた。こんなこと言ったら、私カナくんと二人っきりがよかったみたいじゃん。
いや、そりゃ、私はカナくんのこと好きだけど、でも、そんな変態みたいなこと考えてるって思われたらやだ! むり!
「ごめんね佐野さん」
「う、うん……。別に、いいよ……」
意味深な笑顔で、尾川くんは言った。カナくんの前でそういうのやめてほしい……。ごめんね、とか、悪意しか感じないよ。
私は小さくため息をついて、リビングのソファーに腰を下ろした。十分程度歩いてきただけなのに、なんでだろう。すごく疲れた……。
すると、尾川くんはカナくんの細い腕を引っ張って、リビングを出て行ってしまった。なにか話でもするのかな?
私は一人でおとなしく待っていることにした。
しばらくすると、二人が戻ってきた。カナくんはつかれているみたいで、うなだれている。対して尾川くんは、楽しそうに笑っていた。
二人の表情だけで何があったか察することができるようになった私は、充分彼らのことを知っているということなのだろうと思う。
「どうしたの?」
一応、カナくんにたずねる。彼は無言で首を横に振った。聞かないでほしいんだね。
要望どおり、私は問いつめるような真似はしなかった。なんとなく、なにがあったかわかるしね。わざわざ本人から聞く必要はない。どうしても聞きたければ尾川くんにたずねればいい話だし。
「佐野さん」
にこにこと嫌な笑顔で声をかけてくるのは、もちろん尾川くん。うわー、いやな感じしかしない……。
しかし、実際はそうでもなかった。彼は私の耳元で小さくささやく。私は顔を真っ赤にして、首をぶんぶん振った。
「む、無理だよ! できるわけない!」
そう、できるわけない。
『もっとアピールしないと、カナ気づかねえよ?』
彼はそう言った。無理に等しい。
今でもかなり無理してるっていうのにこれ以上だなんて、尾川くんは私を殺す気ですか。まず、カナくんの家にいるっていうことだけで緊張しすぎて吐きそうなのに、私なんかがカナくんにアピールとかイタイって思われるだけだ。そんなのむり。はずかしい。
「そうやって逃げてても、何も進まないと思うけど」
私に視線を合わせて少しかがんでいる尾川くんは真っすぐ私を見て言った。言い方が、少し怖かった。呆れたのかと思って、自然とうつむいてしまう。
私、バカだ。尾川くんは私のためにいろいろ言ってくれてるのに、なのに私、迷惑かけてばっかり。言い訳して、逃げて。こんな私がカナくんみたいなすてきな人を好きになること自体、間違っていたのかもしれない。
考えれば考えるほど、どんどん悪い方に思考が傾いていく。私、ほんとにいやな子だ。なんで私、こんな性格悪いんだろう。
「え……っと、佐野さん? ごめん、俺余計なこと言ったよな」
尾川くんは申し訳なさそうにして言った。謝らせてしまったのが、罪悪感を感じる。
「ううん、違うの。尾川くんは悪くないんだけど、私、嫌な子だなって自虐的になっちゃっててただけ! だから気にしないで!」
私は両手をパタパタと振って必死にうったえた。尾川くんに気にしてほしくない。なんだかんだ言って、彼には助けてもらっているし。
すると、尾川くんはふきだした。え、なになに!?
「佐野さんって、天然だよな」
「え!?」
て、天然!? 私って、天然キャラだったの?
でも、漫画とかアニメに出てくるような天然はもっとかわいいし、第一純真だもん。私みたいな嫉妬とかしちゃうような子じゃない。だから、私は天然じゃないって思ってたんだけど……。
「私、天然なの?」
「うん」
なぜか尾川くんだけではなく、カナくんまで全力でうなずいていた。何気にひどいと思ったのは私だけかな。
「どこが?」
そう聞くと、彼らは同時に「ぜんぶ」と答えた。全部天然ってどういう意味だろう。そんなに私天然なのかな……?
自分の行動を思い出してみる。特に、尾川くんがふきだすほどの天然発言だったらしい、あの台詞。
『私、嫌な子だなって自虐的になっちゃっててただけ!』
これ……かもしれない。
自虐的ってのがだめだったのかな? というか、そもそもこれなんの話だっけ?
「佐野さん?」
「うわっ!?」
ぼーっとしていたせいか、声をかけられただけなのに大げさに驚いてしまった。こういうの、ウザイって思われるのかな。
声をかけてきたカナくんは、上目づかいで私を見た。うぅ、なんでみんな上目づかいするの? もしかして、私が上目づかいに弱いってことを知ってる?
「ほんと、佐野さんかわいい」
カナくんは天使のように笑った。かわいいのは、あなたの方です。
私はもちろん爆散した。
*
この世界は平等じゃない。
きっとみんなそう思ってる。もちろん、私も思ってる。
でも、彼(カナくん)は違う。彼(カナくん)は世界を平等だと思ってる。だってピュアだから。
そう。つまり私が言いたいのは、彼(カナくん)はピュアでかわいい天使なのだということ。なんでもいい方向に考える、前向きなポジティブ思考。
とにかく、かわいい。世の中のかわいいの正体は八割がおっさんだというけれど、彼(カナくん)はそんなのじゃない。正真正銘の、かわいい男の子なんだ。
*
「やめよう!? かわいいとかふつうに言うの、やめよう!?」
私は叫んでいた。
目の前には丸い瞳を潤ませるカナくん――いやいや、変な描写はよそう。そんなことしてる場合じゃない。
首を振って、心を落ち着かせる。深呼吸して、と。
「佐野さん、カナはピュアなんだよ。だから、思ったことはハッキリ言うんだって」
「カナくんがピュアなことくらい、私知ってるよ!」
尾川くんのたしなめるような口調が、違和感だった。というか、私たち変なところで争ってる気がする。カナくんはピュアでかわいい。それは、紛れもない事実じゃん。だから、それでいいじゃん。
「あのさ、隆夜と佐野さん?」
「う、あ、ハイ」
「なんだよ、カナ」
カナくんの呼びかけに私たちはそれぞれ返事をした。グレーの気持ちよさそうなクッションを抱きしめているカナくんが、視線の先にいる。
あ な た は 天 使 で す か
そう思ったのは私だけではないと信じたい。
そんなかわいいカナくんは、いつも通り上目づかいをしていた。かわいい。もう、天使。
女の子の私よりよっぽどかわいいよ。そのかわいさのうちほんの少しでもいいから、私に分けてほしい。
私が廣山さんみたいに美人だったら、瑞樹ちゃんみたいに面白くてかわいかったら、カナくんは私を好きになる……? いやいや、そんなことないはず。だって、みんな個性があるし。
私はふつうだから私なんだよね。うん。
ふと顔を上げてみると、カナくんがかなりの至近距離にいた。うわああ!?
「佐野さん、やっぱり熱……ある?」
「え! な、ないよ!」
昨日のことを透視されたようで、私はびっくりしながらそう言った。
目が泳いでるのが自分でもわかる。嘘つく時って、目線をそらしちゃう傾向があるんだっけ。
「て、ていうかさ! カ……桧原くんはここで何したかったの?」
危ない危ない。最近ふつうにカナくんって呼んでるから、人前でもそう言ってしまいそうになる。
尾川くんがこっちに視線を向けてきたけど、私は笑ってごまかしておいた。
「あ、別に何ってわけじゃないんだけど、せっかくゴールデンウィークなんだし、なんか、一緒にいられたらなーっと思って」
カナくんはそう言い終えると、突然、顔を赤くした。わからない。カナくんの照れる場所がわからない。
「ごめ、今のやっぱ忘れて! うわ……俺、今めっちゃ恥ずかしいこと言った!」
彼は両手で顔をおおいながら叫んだ。忘れてと言われたので忘れることにする。
でも、今の台詞のどこが恥ずかしかったのか、私にはわからなかった。
私、佐野優樹菜、高校一年生。男の子のことを知るには、まだまだ勇気が足りないようです。




