第六十一話 年越しに向けて
十二月も終わりに近づき、冷たい北風が吹く季節となった。
函館から帰ってきて数日。
アパートでは、ある変化が起きていた。
それは――。
「和真、もう少しこちらに寄ってくれぬか?」
「ん? こうか?」
「うむ。これでよいのじゃ♪」
母屋の居間。
ソファに腰掛けていた和真の膝の上には、九本の尻尾を持つ狐娘、あおいがちょこんと座っていた。
その小柄な身体を和真の胸に預け、満足そうに目を細めている。
九本の尻尾も、すっかりくつろいだ様子でゆったりと揺れていた。
「寒くないか?」
「寒くなどないぞ。和真は温かいからのう」
「そっか」
「うむ。じゃから、もう少しこのままでおってくれ」
「いいよ。今日は急ぎの用事もないし」
「ふふっ♪」
あおいは嬉しそうに笑い、和真の胸元に頬を寄せた。
そんな二人を――。
「…………」
「…………」
「…………」
向かい側から、三人の少女がじっと見つめていた。
フェンリス、みゆ、ナディアである。
函館旅行から帰宅した日の夜。
フェンリスが旅行中の出来事をすべて話してしまったことで、みゆとナディアは和真との時間を譲るよう要求した。
しかし、フェンリスは断固拒否。
三人の言い合いは激しくなり、最後にはユエにまとめて説教されるという結末を迎えた。
ところが――。
その騒動のあと、三人がまったく予想していなかった人物が動き始めたのである。
あおいだった。
それまで遠慮がちだったあおいが、突然、和真に甘えるようになった。
しかも、その甘え方が尋常ではない。
朝食のときは隣の席。
食後は膝の上。
居間でくつろぐときも隣。
和真が台所へ行けば、その後ろをついて歩き、部屋へ戻ろうとすれば当然のようについていく。
そして夜になると――。
「和真。今宵も一緒に眠ってくれぬか?」
そんなお願いをしてくるのだ。
和真は当然のように頷いてしまう。
結果、あおいはここ数日、和真の隣をほぼ独占していた。
かつて、ひとりで眠れるようになったことを嬉しそうに報告していた少女はどこへ行ってしまったのか。
三人は頭を抱えていた。
「……ねえ、フェンリス」
「……何?」
「僕たち、完全に出遅れたよね」
「……うん」
みゆが小声で話しかけると、フェンリスは力なく頷いた。
「僕、旅行から帰ってきたら、もっと和真と一緒にいられると思ってたのに……」
銀色の狼耳がしょんぼりと垂れる。
函館で過ごした六日間。
フェンリスにとって、それは生涯忘れられない大切な思い出となった。
和真と互いの想いを確かめ合い、初めて恋人として結ばれた。
帰ってからも、もっと甘えたい。
一緒に眠りたい。
二人きりで旅行の思い出を話したい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
ところが現実はどうだろう。
和真に話しかけようとすると、必ずあおいが隣にいる。
手を握ろうとすれば、すでにあおいが握っている。
膝に座ろうと思えば、先客がいる。
夜になれば、あおいが和真の部屋へついていってしまう。
もはや入り込む隙がない。
「……僕、昨日も和真と話せなかった」
「僕なんて三日連続だよ。夜に誘おうと思ってたのに、あおいが先に連れていっちゃうんだもん」
みゆも頬を膨らませた。
「お前ら、まだいいだろ」
ナディアが腕を組んだまま、ため息をつく。
「俺様なんて昨日、和真を昼飯に誘おうとしたんだぞ」
「それで?」
「返事をする前に、あおいが『わらわも行くのじゃ』と言って腕にしがみついた」
「ああ……」
「結局、三人で食いに行った」
ナディアの声には、隠しきれない不満がにじんでいた。
「三人じゃ意味がないだろ……」
「……わかるよ」
「僕もわかる……」
三人は揃って深いため息をついた。
そのときだった。
「和真」
「どうした?」
「みかんが食べたいのじゃ」
「そこにあるぞ」
「……剥いてくれぬか?」
「いいよ」
和真はテーブルのみかんを一つ手に取ると、丁寧に皮を剥き始めた。
あおいはその様子を嬉しそうに眺めている。
「はい」
「んむ♪」
差し出されたみかんを口に運び、満足そうに頬を緩めた。
「甘いのう」
「よかったな」
「和真も食べるかえ?」
「じゃあ一つもらおうかな」
「ほれ、あーんじゃ」
「ああ、ありがとう」
和真は何の疑問も抱かず、差し出されたみかんを食べた。
その瞬間――。
「「「…………」」」
三人の視線が一斉に鋭くなった。
「……ねえ」
「……うん」
「……おい」
みゆ、フェンリス、ナディアが顔を見合わせる。
「和真、甘すぎない?」
「甘すぎるよ……」
「甘やかすにも限度があるだろ……」
三人が頭を抱えていると、ちょうど湯呑みを手にしたユエが居間へやってきた。
「朝から何を騒いでいるの?」
「ユエ!」
みゆが勢いよく振り返る。
「ちょうどよかった! ちょっとあれ見て!」
みゆが指差した先には、和真の膝の上で幸せそうにくつろぐあおいの姿。
ユエはそちらを一瞥した。
「……それが?」
「それがって! あおいがずっと和真を独占してるんだよ!」
「見ればわかるわ」
「だったら何とか言ってよ!」
ユエは湯呑みを口元へ運び、お茶をひと口飲んだ。
「別に問題ないでしょう」
「ええっ!?」
みゆが素っ頓狂な声を上げる。
「和真に甘えているだけでしょう? 少なくとも、私が口を出すようなことは何もしていないわ」
「で、でも!」
「あなたたちが和真と過ごしたいのなら、自分たちで話し合いなさい」
そう言い残し、ユエは静かに席に着いた。
それ以上、口を挟む様子はなかった。
「……ユエが味方してくれない」
「そりゃそうだろ。あおいは別に悪いことしてねえからな」
ナディアは諦めたように肩をすくめる。
「問題は、和真があおいのお願いを断れないことだ」
「……そうなんだよね」
フェンリスが小さく頷いた。
そして、もう一度ソファの方を見る。
「和真……」
「ん? どうした、フェンリス?」
名前を呼ばれた和真が振り返った。
フェンリスの狼耳がぴんっと立ち上がる。
「あ、あのね! 今日の夜、ちょっと――」
「和真」
あおいが和真の袖を引いた。
「どうした?」
「今日はわらわと一緒に眠ってくれるのじゃろう?」
「ん? ああ、いいよ」
「やったのじゃ♪」
あおいは嬉しそうに和真へ抱きついた。
「…………」
フェンリスの耳が、再びぺたんと垂れた。
「フェンリス? 何か言いかけなかったか?」
「……ううん」
「そうか?」
「……何でもないよ」
フェンリスは寂しそうに笑った。
その様子を見ていたみゆが、小さく呟く。
「……これは重症だね」
ナディアも頷いた。
「……ああ。思ってた以上にな」
こうして、三人による和真争奪戦は、予想外の相手によって完全に足止めされていたのだった。
◇ ◇ ◇
そんな日々が続いていたある日のこと。
朝食を終えた和真の携帯電話が鳴った。
「もしもし、四ノ宮です」
電話の相手は、あおいが仕事をしている神社の関係者だった。
年末年始の準備が本格化し、人手が足りなくなっているという。
普段は土日を中心に手伝っていた二人だったが、年末だけは平日も出てもらえないかという相談だった。
「なるほど……。はい、大丈夫です。あおいにも確認してみます」
電話を終えた和真は、隣で待っていたあおいに顔を向けた。
「あおい。神社からなんだけどさ」
「うむ?」
「年末年始が忙しくなるから、できれば手伝いに来てほしいって」
「ほう、そうか」
「俺も一緒に来てほしいそうだけど、どうする?」
すると、あおいの表情がぱっと明るくなった。
「和真も一緒なのじゃな?」
「ああ」
「ならば行くのじゃ!」
「即答だな」
「当然じゃ。和真と一緒に過ごせる時間が増えるのであろう?」
「まあ、そうなるな」
「ならば断る理由などないのう♪」
あおいは満足そうに頷いた。
和真も笑いながら電話をかけ直し、年末年始の手伝いを引き受けることを伝えた。
ところが――。
その会話を聞いていた三人は、再び固まっていた。
「……神社?」
「……年末年始?」
「……和真も一緒?」
三人の声が綺麗に重なった。
みゆが恐る恐る尋ねる。
「ねえ、和真。それって何日くらい?」
「えっと……年末の準備もあるし、大晦日から三が日は特に忙しいみたいだな。ほかにも何日か手伝うことになりそうだよ」
「…………」
「…………」
「…………」
三人は顔を見合わせた。
そして――。
「ええええっ!?」
居間に大きな声が響き渡った。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
フェンリスが慌てて立ち上がる。
「年末もお正月も、あおいと一緒なの!?」
「そうなるかな。年末年始は参拝客が増えるから、人手が必要なんだって」
「そ、そんなぁ……」
フェンリスはその場に崩れ落ちそうになった。
みゆも頭を抱える。
「……これ、ますます一緒にいられなくなるんじゃない?」
「くそっ……神社の仕事じゃ文句も言えねえ……」
ナディアが悔しそうに唇を噛んだ。
一方のあおいは、そんな三人の様子に気づいているのかいないのか、和真の腕を両手で抱きしめていた。
「楽しみじゃのう、和真」
「そうだな。忙しくなるだろうけど、一緒に頑張ろうな」
「うむ!」
嬉しそうに頷くあおい。
そんな彼女を見つめながら、フェンリスは小さく呟いた。
「……あおい、強いなぁ」
「……僕たち、どうしたらいいんだろうね」
「……俺様にもわからん」
三人のため息が、再び重なった。
◇ ◇ ◇
翌日。
和真とあおいは朝から神社へ向かっていた。
空気は冷たく、吐く息が白い。
「寒いなぁ」
「そうじゃのう」
隣を歩くあおいは、暖かな冬用のコートにマフラーを巻いていた。
もちろん、狐耳と九本の尻尾はリディアの装置で隠してある。
だが、姿が人間と変わらなくても、和真の腕にしがみついていることに変わりはなかった。
「歩きにくくないか?」
「大丈夫じゃ」
「いや、俺の方がちょっと歩きにくいんだけど……」
「……駄目かえ?」
あおいが上目遣いで見つめてくる。
「……いや、駄目じゃないけど」
「ならばよいのじゃ♪」
「はは……」
和真は苦笑した。
この数日で、あおいはすっかりこの表情を覚えてしまったらしい。
少し寂しそうに見つめられると、どうにも断れない。
そうして歩いているうちに、二人は神社へ到着した。
境内では、すでに何人もの人が慌ただしく働いていた。
参道の掃除。
古い飾りの取り外し。
新年に向けた案内板の準備。
授与所に並べる御守りや破魔矢の整理。
普段よりも、ずっと慌ただしい。
「おはようございます!」
和真が声をかけると、神社の人たちが笑顔で振り返った。
「ああ、四ノ宮さん! あおいさんも! 来てくれて助かります!」
「いえいえ。今日は何から始めればいいですか?」
「まずは参道の清掃をお願いできますか? そのあと、授与所の準備も手伝っていただけると助かります」
「わかりました」
「わらわも手伝うのじゃ」
あおいも元気よく頷いた。
仕事が始まると、二人はきちんと役割を分担した。
和真は竹箒を手に取り、参道に落ちた枯れ葉を集めていく。
あおいも隣で箒を動かしていたが、しばらくすると神社の人に声をかけられた。
「あおいさん、こちらも確認していただけますか?」
「うむ。すぐに行くのじゃ」
あおいは和真に振り返った。
「和真、少し行ってくるぞ」
「ああ。こっちは任せてくれ」
「うむ!」
仕事中は、さすがのあおいも和真から離れる。
土地の気の流れを感じ取り、神社を守る結界の状態を確かめることも、彼女の大切な役目だった。
目立たない場所で、あおいは静かに目を閉じる。
周囲の気配を探り、乱れかけていた力の流れを整えていく。
かつて、彼女は長い年月をこの土地に縛りつけられていた。
今は違う。
自分の意思でここに来て、自分の力で誰かの役に立っている。
その違いは、彼女にとって何より大きかった。
「……うむ。これでよいのう」
そっと息を吐き、あおいは目を開けた。
そして境内を見渡す。
遠くでは、和真が神社の人と楽しそうに話しながら作業をしていた。
その姿を見つけた瞬間、あおいの表情が柔らかくなる。
「……和真」
自然と、その名が口をついて出た。
あおいは小さく微笑むと、再び仕事へ戻っていった。
◇ ◇ ◇
昼休み。
二人は神社の休憩室で、持参した弁当を広げていた。
「ふぅ……思ったより忙しいな」
「そうじゃのう。じゃが、皆が新しい年を気持ちよく迎えるためじゃ。頑張らねばならぬ」
「そうだな」
和真は頷き、弁当を口に運んだ。
そんな和真の隣で、あおいがじっと横顔を見つめている。
「……和真」
「ん?」
「今日は楽しいのう」
「仕事なのに?」
「うむ」
あおいは嬉しそうに笑った。
「働くことも楽しいが、和真と一緒におることが、もっと楽しいのじゃ」
「そっか」
「それに……」
そこで、あおいは少しだけ声を落とした。
「わらわにとって、今年の年越しは特別なのじゃ」
「特別?」
「うむ」
あおいは窓の外へ視線を向けた。
境内には、新しい年を迎えるための準備が少しずつ整えられていた。
「わらわは、長いことあの場所に縛られておった」
「……そうだったな」
「季節が巡り、年が変わっても、わらわには何も変わらぬ日々じゃった」
その声は、いつもより少し静かだった。
「春が来ても、夏が来ても、秋が来ても、冬が来ても……わらわはずっと、そこにおった」
和真は黙って耳を傾けていた。
「年が変わるたびに、また一年が過ぎたのじゃと思うだけじゃった」
「……あおい」
「じゃが、今年は違う」
あおいが和真を見上げた。
「こうして自由に歩ける。皆と食事もできる。好きなところへ出かけられる」
その瞳が、嬉しそうに細められる。
「何より、和真がおる」
和真は優しく微笑んだ。
「そうだな。今年はいろんなことがあったもんな」
「うむ。京都にも連れていってもらったのう」
「ああ。楽しかったな」
「また行きたいのじゃ」
「いいよ。また計画しよう」
「本当かえ?」
「もちろん」
あおいは嬉しそうに笑い、和真の腕に抱きついた。
「約束じゃぞ?」
「ああ、約束だ」
すると、あおいは少しだけ考えるように目を伏せた。
「……のう、和真」
「どうした?」
「年が明けるときも、わらわのそばにおってくれるかえ?」
「もちろん。ここで仕事してるだろうしな」
「そうではなくて……」
あおいは小さく首を振った。
「仕事だけではないのじゃ」
「ん?」
「今年が終わって、新しい年が始まるそのとき……わらわは、和真と一緒にいたいのじゃ」
いつもの甘えた声とは少し違っていた。
まっすぐで、真剣な声。
和真は一瞬だけ驚いたものの、すぐに頷いた。
「ああ。一緒に迎えよう」
「……本当じゃな?」
「本当だよ」
「……うむ」
あおいは和真の腕をぎゅっと抱きしめた。
「嬉しいのじゃ……」
その小さな呟きに、和真は何も言わず、そっと頭を撫でた。
◇ ◇ ◇
夕方。
神社での仕事を終えた二人は、買い物を済ませてから帰宅した。
「ただいま」
「帰ったのじゃ!」
母屋へ入ると、台所から美味しそうな匂いが漂ってきた。
「おう、おかえり。二人ともお疲れ」
夕食の準備をしていた酒菜が振り返る。
「寒かっただろ。飯はもう少しでできるから、先に温まってろ」
「ありがとう、酒菜」
「わらわも手伝おうか?」
「今日は仕事してきたんだろ? いいから休んでろ」
「そうか。ならば、お言葉に甘えるのじゃ」
二人が居間へ向かうと――。
「和真!」
真っ先にフェンリスが駆け寄ってきた。
「おかえり!」
「ただいま、フェンリス」
「今日も忙しかった?」
「ああ。年末だからな。結構大変だったよ」
「そっか。お疲れさま!」
フェンリスは明るく笑った。
そして、ちらりとあおいを見る。
あおいは和真の袖をしっかり握っていた。
「……あのさ、和真」
「ん?」
「今日、ちょっとだけ時間ある?」
「どうした?」
「あのね……旅行の写真、一緒に見たいなって。まだ整理しきれてないし」
「ああ、そうだったな」
和真も嬉しそうに頷く。
「いいよ。俺も見たかったんだ」
「本当!?」
フェンリスの顔がぱっと明るくなる。
ところが――。
「写真とな?」
あおいがひょこっと顔を出した。
「函館で撮った写真かえ?」
「う、うん……」
「わらわも見たいのじゃ!」
「えっ!?」
「函館とは、どのようなところじゃったのか? 雪はたくさんあったのかえ?」
「あ、あったけど……」
「ならば、わらわにも見せてくれぬか?」
あおいが期待に満ちた表情でフェンリスを見上げた。
「…………」
フェンリスは言葉に詰まった。
別に写真を見せたくないわけではない。
むしろ、旅行中の楽しかった出来事なら、いくらでも話したい。
けれど、今日は和真と二人で写真を見ながら、ゆっくり思い出を振り返りたかったのだ。
「あ、あのね、あおい……」
「うむ?」
「今日は、その……」
言いかけたところで、あおいが小さく首を傾げた。
「……わらわがおっては駄目かえ?」
「うっ……」
フェンリスの耳がぴくりと動く。
そして、数秒の沈黙。
「……駄目じゃないよ」
「本当かえ?」
「……うん」
「よかったのじゃ♪」
あおいは嬉しそうに笑った。
そんな二人を見ていた和真も頷く。
「じゃあ、夕飯のあとに三人で見ようか」
「……うん」
フェンリスは小さく頷いた。
その声には、ほんの少しだけ元気がなかった。
そして――。
「……また失敗した」
フェンリスの呟きは、誰にも聞こえなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
夕食と入浴を終えた和真は、フェンリスとあおいの三人で、函館旅行の写真を眺めていた。
「おおっ! 綺麗じゃのう!」
あおいが目を輝かせる。
「これが函館の夜景かえ?」
「そうだよ! すごく綺麗だったんだ!」
フェンリスも嬉しそうに答えた。
「こっちは雪だるまを作ったときの写真!」
「なんと! 大きな雪だるまじゃのう!」
「旅館の人たちと一緒に作ったんだよ!」
「皆、楽しそうじゃ」
写真をめくるたびに、あおいは素直に驚き、楽しそうに笑った。
そんな反応を見ているうちに、フェンリスも自然と笑顔になっていく。
「あっ、これ! 和真が雪かきしてるところ!」
「……おい、それも撮ってたのか?」
「えへへ♪ もちろん!」
「俺、全然気づかなかったぞ」
「和真、すっごく真剣だったからね!」
三人の笑い声が部屋に響く。
だが――。
しばらくして、フェンリスが一枚の写真を表示した。
そこには、雪景色を背景に、肩を寄せ合って笑う和真とフェンリスが写っていた。
フェンリスにとって、とても大切な一枚。
「……これ、僕のお気に入りなんだ」
「そうなのか?」
「うん……」
フェンリスは少し照れくさそうに笑った。
「だって、和真と一緒に撮った写真だから……」
和真も写真を見つめる。
「俺も好きだよ、この写真」
「……えへへ」
フェンリスの尻尾が嬉しそうに揺れた。
その横で、あおいは静かに写真を見つめていた。
和真の隣で、本当に幸せそうに笑うフェンリス。
そして、同じように優しい笑顔を向ける和真。
あおいは何も言わず、そっと和真の袖を握り直した。
「……あおい?」
和真が気づいて声をかける。
「どうした?」
「……何でもないのじゃ」
あおいは小さく笑った。
「よい写真じゃのう」
「ああ。ありがとう」
和真はそう答えて、再び画面へ視線を戻した。
あおいはその横顔を、しばらく見つめていた。
◇ ◇ ◇
さらに数日が過ぎた。
年末が近づくにつれ、アパートも少しずつ慌ただしくなっていた。
今日は住人総出の大掃除。
母屋とアパートの共用部分を中心に、手分けして掃除することになった。
「よーし! 今日は徹底的に掃除するぞ!」
和真が腕まくりをすると、住人たちから元気な返事が返ってきた。
「僕、窓拭きする!」
ピピが翼を広げる。
「ピピ、ガラスに翼をぶつけないようにな」
「大丈夫! たぶん!」
「……その『たぶん』が怖いんだけど」
和真は苦笑した。
「私は共用設備の点検もしておきます。年末年始に故障すると困りますからね」
リディアが工具箱を持ち上げる。
「助かるよ、リディア」
「ふふっ。任せてください」
「わ、私は……お部屋の掃除を手伝いますね」
ひかげがおずおずと手を上げた。
「高いところも、私なら届きますし……」
「ありがとう。じゃあ、ひかげには廊下の高いところをお願いしてもいい?」
「は、はい。頑張ります」
ひかげは嬉しそうに頷いた。
酒菜は台所を担当し、みゆとナディアも掃除道具を手に取る。
ユエは和真がうっかり後回しにしていた物置を確認すると、呆れたようにため息をついた。
「……和真、これを最後に整理したのはいつ?」
「えっと……」
「覚えていないのね」
「……ごめん」
「まったく。新しい年まで持ち越すつもり?」
ユエは腕を組んだ。
「不要なものを選びなさい。運ぶくらいなら手伝ってあげるわ」
「ありがとう、ユエ」
「お礼は片づけが終わってからにしなさい」
そんなやり取りをしながら、掃除は順調に進んでいった。
ただし――。
「あおい、そっちの雑巾取ってくれるか?」
「うむ!」
「あおい、ちょっと脚立を押さえててくれる?」
「任せるのじゃ!」
「あおい、俺が上の棚を掃除するから――」
「わらわも手伝うぞ!」
和真の周囲には、いつもあおいがいた。
もちろん、あおいもしっかり働いている。
掃除も手伝うし、頼まれたことはきちんとこなす。
ただ、和真から離れようとしないだけだった。
「…………」
「…………」
「…………」
廊下の向こうで、その様子を見つめる三人。
「……ねえ、ナディア」
「何だ?」
「僕たち、今日こそ和真と一緒に掃除しようって決めてたよね?」
「ああ」
「……また駄目だったね」
「……そうだな」
フェンリスはしょんぼりと肩を落とした。
「僕、和真と窓拭きしたかったなぁ……」
「俺様だって、一緒に倉庫を片づけるつもりだったんだぞ」
「僕も……」
三人は揃ってため息をつく。
そこへ、窓拭きを終えたピピがやってきた。
「三人とも、どうしたの?」
「……ちょっとね」
「元気ないよ?」
みゆが苦笑する。
「和真と一緒にいたいのに、あおいが離れないんだよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ……」
すると、ピピはしばらく考えたあと、ぱっと笑顔になった。
「じゃあ、みんなで和真にくっつけばいいんじゃない?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人が同時に固まった。
「……ピピ」
「ん?」
「それができたら苦労しないんだよ……」
「そうなの?」
「そうなの……」
ピピは不思議そうに首を傾げた。
◇ ◇ ◇
大掃除を終えた日の夜。
和真とあおいが風呂へ行っている間、みゆ、フェンリス、ナディアは居間に集まっていた。
三人の前には温かいお茶と、酒菜が用意してくれたお菓子が並んでいる。
けれど、誰も手をつけようとしなかった。
「……どうしよう」
最初に口を開いたのは、フェンリスだった。
「このままだと、お正月も和真と二人になれないよ……」
「僕もそう思う」
みゆが頷く。
「僕たち、ちょっと考え方を変えないと駄目かも」
「考え方?」
「うん。あおいが離れるのを待ってても、たぶん無理だよ」
ナディアが腕を組んだ。
「確かにな。あいつ、和真の隣から動く気がまったくねえ」
「……でもさ」
フェンリスが小さく口を開いた。
「僕、あおいに無理やり離れてほしいわけじゃないんだ」
みゆとナディアが顔を向ける。
「……どういうこと?」
「だって……あおい、すごく嬉しそうなんだもん」
フェンリスは寂しそうに笑った。
「僕が函館にいたときも、和真とずっと一緒にいられて、本当に幸せだったから……」
その言葉に、二人は黙った。
「だから、あおいの気持ちもわかるんだ」
「……フェンリス」
「でもね……」
フェンリスは膝の上で両手を握りしめた。
「僕だって、和真と一緒にいたいよ……」
その声は、少し震えていた。
「旅行から帰ってきたら、もっといっぱい話して、いっぱい甘えて……一緒に眠りたかったのに……」
フェンリスは俯いた。
「……寂しいよ」
みゆはその横顔を見つめ、そっと手を重ねた。
「……僕もだよ」
「みゆ……」
「僕だって和真が好きだもん。一緒にいたいし、甘えたい」
みゆは小さく笑った。
「だから、フェンリスの気持ちも、あおいの気持ちもわかるんだよね」
「……うん」
ナディアも静かに頷いた。
「俺様も同じだ」
そして、少しだけ苦笑する。
「まったく……好きな男が一人しかいねえってのに、周りには同じ男を好きな奴らばかり。面倒なもんだな」
「……それ、ナディアもでしょ」
「わかってるさ」
ナディアは肩をすくめた。
「だからこそ、あおいを責めるつもりはねえよ」
少し間を置き、続ける。
「ただ、俺様たちだって遠慮ばかりしてられねえだろ」
「……うん!」
フェンリスが顔を上げた。
みゆも頷く。
「じゃあ、どうする?」
「決まってるだろ」
ナディアがにやりと笑った。
「和真にちゃんと伝えるんだよ。俺様たちだって、一緒にいたいってな」
「……そうだね」
「うん……!」
三人の表情に、少しだけ明るさが戻った。
すると、そのとき――。
「何を話しているの?」
居間の入り口から声がした。
ユエだった。
「あっ、ユエ!」
みゆが振り返る。
「ちょうどいいところに!」
「……また何か企んでいるの?」
「企んでないよ!」
みゆは頬を膨らませる。
「ただ、僕たちも和真と一緒にいたいなって話してたんだ」
「そう」
ユエは三人を一瞥した。
「なら、本人に言えばいいでしょう」
「……それが難しいんだよ」
「どうして?」
「だって、いつもあおいがいるんだもん……」
フェンリスがしょんぼりと答える。
ユエは小さく息を吐いた。
「和真に話しかけるのに、あおいの許可が必要なの?」
「……あっ」
三人が顔を見合わせた。
「あなたたちも、遠慮しすぎなんじゃない?」
ユエはそれだけ言うと、台所へ向かった。
「それと、夜更かしはほどほどにしなさい。明日も忙しいのでしょう?」
「……うん」
「わかったよ」
「……ああ」
三人は頷いた。
その背中を見送りながら、みゆがぽつりと呟く。
「……ユエって、こういうときは冷静だよね」
「……うん」
「まあ、あいつらしいだろ」
ナディアは苦笑した。
そして三人は、改めて頷き合った。
明日こそは、和真とゆっくり話そう。
そう決意したのだった。
◇ ◇ ◇
十二月三十日。
いよいよ大晦日を翌日に控え、神社はこれまで以上に慌ただしくなっていた。
和真とあおいも、朝早くから準備に追われていた。
授与所には新しい御守りや破魔矢が並び、境内には初詣の参拝客を案内するための看板や柵が設置されている。
大きな掃除はすでに終わっていたが、細かな確認作業が山ほど残っていた。
「四ノ宮さん、こちらを運んでもらえますか?」
「はい!」
「あおいさん、こちらの確認もお願いします!」
「うむ。任せるのじゃ!」
二人は忙しく動き回った。
途中、あおいは結界の確認にも向かった。
神社の周囲には、人には見えない力の流れがある。
普段から手入れをしている場所とはいえ、大勢の人が集まる年始には、いつも以上に注意が必要だった。
あおいは静かに意識を集中させ、乱れのないことを確かめる。
「……うむ」
確認を終えると、彼女は満足そうに頷いた。
そして境内へ戻ろうとしたところで、ふと足を止めた。
遠くから、和真の声が聞こえてきたのだ。
「はい! そっちも運んでおきますね!」
和真が荷物を抱え、神社の人たちと笑い合っている。
その姿を、あおいはしばらく見つめていた。
「……本当に、不思議なものじゃのう」
小さく呟く。
かつての自分は、誰かと新しい年を迎えることなど、考えもしなかった。
誰かを待つことも。
誰かに会いたいと願うことも。
そんな願いを抱くだけ、苦しくなる日々だった。
けれど今は違う。
帰る場所がある。
温かな食事がある。
笑い合える仲間がいる。
そして――。
「……和真」
名前を呼ぶだけで、胸が温かくなる人がいる。
その人は、今ではほかの少女たちからも想いを寄せられていた。
フェンリス。
みゆ。
ナディア。
もちろん、彼女たちが和真を大切に思っていることは知っている。
自分と同じなのだから。
けれど。
「……今は、まだ……」
あおいは胸元で両手を握った。
「もう少しだけ、そばにおりたいのじゃ……」
その声は、誰にも届かなかった。
◇ ◇ ◇
仕事を終えたのは、夕方近くになってからだった。
「ふぅ……今日も疲れたな」
和真は大きく伸びをした。
「お疲れさまじゃ、和真」
「あおいもお疲れ」
「うむ」
あおいは嬉しそうに笑った。
「明日はいよいよ大晦日じゃのう」
「ああ。明日は今日以上に忙しいだろうな」
「そうじゃろうな」
「夜も遅くなるし、今日は早めに休もうか」
「うむ!」
二人は並んで神社を出た。
冬の夕暮れ。
空は薄紫色に染まり、冷たい風が頬を撫でる。
あおいはいつものように和真の腕へしがみついた。
だが、しばらく歩いたところで、ふと足を止めた。
「……和真」
「ん?」
「少し、聞いてもよいかえ?」
「何?」
あおいはしばらく迷うように視線を落としていた。
やがて、小さく口を開く。
「……わらわは、困らせておらぬか?」
「え?」
突然の言葉に、和真は驚いた。
「あおいが?」
「うむ……」
「どうして?」
あおいは和真の袖を握る手に、少しだけ力を込めた。
「このところ、わらわは和真に甘えてばかりじゃ」
「そうだな」
「膝にも乗るし、隣にも座る。夜も一緒に眠りたいと頼んでおる」
「うん」
「……ほかの者たちが、和真と話したがっておることも知っておる」
和真は何も言わなかった。
あおいは俯いたまま続ける。
「わらわも、わかっておるのじゃ」
「……あおい」
「じゃが……」
あおいは顔を上げた。
「どうしても、離れたくないのじゃ」
その瞳には、わずかな不安が浮かんでいた。
「和真が函館へ行っておる間、わらわはずっと帰りを待っておった」
「……うん」
「寂しかったが、ちゃんと待てたのじゃ。ひとりで眠ることもできた」
「ああ。偉かったな」
和真が微笑むと、あおいは小さく首を振った。
「じゃが、帰ってきた和真を見たら……」
そこで一度、言葉を切る。
「また、そばにおりたくなってしまった」
あおいは寂しそうに笑った。
「わらわは、欲張りになってしまったのかもしれぬのう」
和真はしばらく考えた。
確かに、最近のあおいは以前よりも甘えるようになっていた。
けれど、仕事はきちんとこなしている。
自分の部屋でひとりで過ごすこともできる。
決して、昔のように何もかも不安で離れられないわけではない。
ただ、自分のそばにいたいと願っている。
その気持ちを、和真は嬉しく思っていた。
しかし――。
同時に、フェンリスたちの寂しそうな顔も思い浮かんだ。
「あおい」
「……うむ」
「俺は、あおいが甘えてくれるのは嬉しいよ」
「……本当かえ?」
「ああ」
和真は優しく頭を撫でた。
「でも、フェンリスもみゆもナディアも、俺と話したいことがあると思うんだ」
「……うむ」
「だから、みんなともちゃんと時間を作りたい」
あおいの耳が、隠蔽装置の下でぴくりと動いた。
彼女はしばらく黙っていた。
やがて――。
「……わかっておる」
小さく頷く。
「わらわとて、皆を悲しませたいわけではないのじゃ」
「ああ」
「じゃが……」
あおいは、ぎゅっと和真の腕を抱きしめた。
「……今宵も、一緒に眠ってくれぬか?」
「……え?」
「明日は大晦日じゃ。神社の仕事も忙しくなる」
あおいは上目遣いで和真を見つめた。
「じゃから、今宵は和真と一緒に、ゆっくり眠りたいのじゃ……」
「…………」
和真は困ったように笑った。
さっきまで、みんなとの時間を作ろうと話していたばかりなのに。
それでも――。
「……わかったよ」
結局、断れなかった。
「……本当かえ?」
「ああ。でも、みんなとも話す時間はちゃんと作るからな」
「うむ!」
あおいの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとう、和真!」
そして、嬉しそうに抱きついてきた。
和真はそんなあおいを、優しく受け止めた。
――そのころ。
母屋では、三人が作戦会議を終え、和真の帰りを待っていた。
今夜こそは。
そう決意して。
しかし――。
「ただいま!」
「帰ったのじゃ!」
帰宅した二人を出迎えた直後。
「和真、今日は疲れたであろう? 早く風呂に入って休むのじゃ」
「ああ、そうだな」
「今宵も一緒に眠るのじゃから、早めに布団へ入ろうぞ♪」
「うん。そうしようか」
「…………」
「…………」
「…………」
三人は、その場で固まった。
「……ねえ、フェンリス」
「……何、みゆ?」
「今、聞こえた?」
「……うん」
ナディアが額に手を当てた。
「……またかよ」
そして三人は、同時に叫んだ。
「「「和真ぁぁぁっ!!」」」
「うわっ!? な、何!?」
突然の大声に和真が飛び上がる。
その横で、あおいはきょとんと首を傾げた。
「……どうしたのじゃ?」
三人は顔を見合わせた。
そして――。
「……明日こそ」
「……うん、明日こそ」
「……絶対だからな」
そう言い合いながら、深いため息をついたのだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
年越しを翌日に控えた母屋では、夕食後に住人たちが集まっていた。
話題はもちろん、年末年始の予定である。
「明日は夜まで神社だから、俺とあおいは夕飯に間に合わないかもしれない」
和真が説明すると、酒菜が頷いた。
「わかった。年越しそばは帰ってきてから食えるようにしとく」
「ありがとう、酒菜」
「年越しそば!」
ピピが嬉しそうに翼を広げた。
「僕、楽しみ!」
「ピピ、そばは食べたことありましたっけ?」
リディアが尋ねる。
「あるよ! おいしかった!」
「そうでしたか」
リディアは小さく微笑んだ。
「お正月のお料理も楽しみですね」
ひかげも控えめに頷く。
「おせち料理……楽しみです。私もお手伝いしますね」
「おう、助かる」
酒菜が嬉しそうに笑う。
「人数が多いからな。作り甲斐があるぜ」
「正月くらい、ゆっくり休みたいものね」
ユエはお茶を飲みながら呟いた。
「……あなたたち、年明け早々に騒ぎを起こしたりしないでしょうね?」
その視線が、みゆ、ナディア、フェンリスへと向けられた。
「な、何で僕たちを見るの!?」
「俺様たちは何もしてねえぞ!」
「そ、そうだよ!」
三人が慌てて反論する。
ユエは小さくため息をついた。
「……そうだといいけれど」
そんなやり取りに、和真は苦笑した。
「まあまあ。せっかくのお正月なんだし、みんなで楽しく過ごそうよ」
その言葉に、住人たちも笑顔で頷いた。
「そうじゃのう!」
あおいも嬉しそうに声を上げた。
「皆でよい年を迎えたいものじゃ」
「そうだな」
和真は微笑んだ。
「それに、せっかくだから初詣もみんなで行かないか?」
その瞬間――。
「初詣!?」
フェンリスが勢いよく顔を上げた。
「僕も行く!」
「僕も!」
みゆもすかさず手を上げる。
「当然、俺様も行くぞ」
ナディアも当然のように頷いた。
「じゃあ、みんなで――」
「和真」
あおいが、そっと袖を引いた。
「ん?」
「わらわは神社で仕事をしておるから、和真と一緒に皆を迎えることになるのう」
「ああ、そうだな」
「ふふっ♪」
あおいは嬉しそうに微笑んだ。
その様子を見た三人は――。
「…………」
「…………」
「…………」
またしても顔を見合わせた。
どうやら、新年早々から苦労することになりそうだった。
◇ ◇ ◇
夜も更け、住人たちがそれぞれの部屋へ戻っていく。
和真も明日の準備を終えると、寝室へ向かった。
もちろん、その隣にはあおいがいた。
「和真」
「ん?」
「明日は、いよいよ大晦日じゃな」
「そうだな」
「……楽しみじゃ」
あおいは嬉しそうに微笑んだ。
「わらわにとって、初めての自由な年越しじゃ」
「ああ」
「和真と出会えて、本当によかったのじゃ」
その言葉に、和真は優しく笑った。
「俺も、あおいと出会えてよかったよ」
「……ふふっ」
あおいは頬を赤らめ、和真の手を握った。
「ならば、これからもずっと一緒じゃぞ?」
「ああ。これからもよろしくな」
「うむ!」
二人は並んで布団へ入った。
あおいはいつものように和真の腕の中へ収まると、幸せそうに目を閉じた。
「……おやすみ、和真」
「おやすみ、あおい」
静かな夜。
外では、冷たい風が木々を揺らしていた。
その一方で――。
フェンリスの部屋。
「……明日は絶対、和真と話すんだから!」
フェンリスは布団の中で、ぐっと拳を握っていた。
みゆの部屋。
「……お正月は僕だっていっぱい甘えるもん」
みゆは枕を抱え、むっと頬を膨らませていた。
ナディアの部屋。
「……まったく。あおいもなかなか手強いな」
ナディアは苦笑しながら、天井を見上げていた。
三人とも、和真と一緒に過ごしたいという気持ちは変わらない。
そして、あおいもまた――。
眠る直前、和真の腕をそっと抱きしめ直していた。
「……和真」
「……ん?」
「……大好きじゃぞ」
小さな声。
和真は眠たげに微笑み、あおいの頭を撫でた。
「……うん。ありがとう、あおい」
「……うむ」
あおいは満足そうに目を閉じた。
こうして、慌ただしかった一年が終わろうとしていた。
誰もが、新しい年に期待を寄せていた。
けれど、和真だけはまだ知らない。
年が明けても、自分を巡る少女たちの騒動が、そう簡単には収まりそうにないことを。
そして何より――。
これまで静かに想いを募らせていたあおいが、今や誰よりも積極的に、その気持ちを伝え始めていることを。
そんな賑やかな日々の中、今年最後の一日が、もうすぐ始まろうとしていた。
――大晦日。
新しい年まで、あと一日。




