第三十七話 たぶん!
まだ朝日が昇り始めたばかりの時間。
和真が玄関の鍵を確認していると、背後から弾むような足音が聞こえてきた。
「かずまーっ!」
「うおっ!?」
振り返った瞬間、勢いよく飛び込んできたピピを慌てて受け止める。
「おいおい、危ないだろ!」
「えへへ! おはよう、和真!」
「おはよう。朝から元気だな」
「だって! 今日だよ! 今日!」
「ああ、わかってるよ」
「夢の国!」
ピピは満面の笑みで両腕を広げ、その場でくるりと一回転した。
いつもの大きな翼ではない。
肩から伸びているのは、人間と変わらない二本の腕。
足元も、鋭い鉤爪ではなく、靴を履いた普通の人間の足になっている。
リディアがナディアとユエから教わった魔法技術を応用し、完成させた新しい技術。
それによって、今のピピは見た目だけでなく、実際に人間と同じ身体で動くことができるようになっていた。
「どう? どう? 変じゃない?」
「大丈夫。似合ってるよ」
「ほんと!?」
「ああ。可愛いと思う」
「えへへへ!」
ピピは嬉しそうに笑うと、もう一度その場で回った。
今日の服装は、淡い黄色のブラウスに白いショートパンツ。肩には小さなショルダーバッグを掛け、足元は歩きやすいスニーカーで揃えている。
昨夜、みゆやリディアに相談しながら選んだ服だった。
「これね! みゆが選んでくれたの!」
「そうなのか」
「うん! それでね、こっちは僕が選んだ!」
そう言って、ピピはバッグに付けた小さな鳥の飾りを見せてくる。
「可愛いでしょ!」
「ああ。ピピらしいな」
「でしょ!」
嬉しそうに飾りを揺らすピピを見て、和真も自然と笑顔になった。
以前なら、こうして自分の手でバッグを持つことも、飾りを指でつまむこともできなかった。
今は、それが当たり前のようにできている。
「和真ー! ピピー!」
声がした方へ振り返ると、みゆが大きく手を振りながら歩いてきた。
その後ろにはリディアやひかげ、あおいの姿もある。
「おはよー! 二人とも準備できた?」
「ああ。ちょうど出ようと思ってたところだよ」
「おはよう! みんな!」
ピピが嬉しそうに手を振り返す。
「おー! ピピ、似合ってるじゃん!」
「えへへ! みゆのおかげ!」
「僕はちょっと手伝っただけだよ。ピピが自分で選んだ服も可愛いしね」
「ほんと!? やった!」
ピピは嬉しそうに両手を上げた。
その様子を眺めていたあおいが、感心したように頷く。
「ふむ。こうして見ると、翼も鉤爪もあったとは思えぬのう」
「すごいでしょ!」
「うむ。リディアの腕前には驚かされるばかりじゃ」
「ありがとうございます。でも、私一人では完成させられませんでしたよ」
リディアは微笑みながらピピの腕へ目を向けた。
「ピピ、身体の調子はどうですか?」
「ばっちり!」
「指はちゃんと動きますか? 足に違和感はありません?」
「ないよ!」
ピピは両手を握ったり開いたりした後、その場で軽く跳ねてみせた。
「ほら!」
「ふふっ。それならよかったです。でも、まだ慣れていない身体なんですから、無理はしないでくださいね」
「はーい!」
「和真さんも、何かあったらすぐに連絡してください」
「ああ。わかってるよ」
リディアは安心したように頷いた。
すると、ひかげがピピの服の裾をそっと指差した。
「……ピピちゃん、その服……ほんまに似合っとるよ」
「ありがとう! ひかげ!」
「……いっぱい、楽しんできてな」
「うん! ひかげの分まで楽しんでくる!」
「……ふふっ。お土産話、楽しみにしとるね」
「任せて!」
元気よく胸を張るピピに、ひかげは小さく笑った。
「お前ら、朝から賑やかだな」
今度は母屋の方から酒菜が姿を現した。
「あっ! 酒菜!」
「おう。もう出発か?」
「ああ。そろそろ駅に向かわないとな」
「そうか。気をつけて行ってこいよ」
「うん! お土産買ってくるね!」
「土産より、まずは自分たちが楽しんでこい」
「はーい!」
「それとピピ。知らねえ場所だからって、一人で勝手に走っていくんじゃねえぞ」
「走っていかないよ!」
「本当か? お前なら何か見つけた途端、飛び出していきそうだけどな」
「むーっ! 僕、ちゃんと和真と一緒にいるもん!」
「ならいいけどよ」
酒菜は呆れたように笑った。
「和真も大変だろうが、頼んだぞ」
「ははっ。任せてくれ」
そんなやり取りをしていると、ナディアとユエもやってきた。
「朝から随分と騒がしいと思えば、もう出発するのか」
「ナディア!」
「ふっ。その様子なら心配はなさそうだな」
ナディアは腕を組み、ピピの姿を眺めた。
「どうだ? 人間の身体は気に入ったか?」
「うん! すっごく便利!」
「そうか。俺様が協力した甲斐があったというものだ」
「ありがとう! ナディア!」
「礼ならリディアにも言ってやれ。実際に形にしたのはあいつだからな」
「もういっぱい言ったよ!」
「ははっ。そうか」
ナディアは満足そうに笑った。
「和真、二人で存分に楽しんでくるといい。ただし、ピピの身体にはまだ慣れない部分もあるだろう。無茶はさせるなよ」
「ああ。気をつける」
「それでいい」
続いて、ユエが静かに和真へ歩み寄った。
「貴方、気をつけて」
「ああ。ありがとう、ユエ」
「何かあれば連絡して。無理だけはしないで」
「わかってるよ」
ユエは小さく頷くと、ピピへ視線を移した。
「ピピも、あまりはしゃぎすぎないようにね」
「大丈夫!」
「……本当に?」
「ほんとだよ! たぶん!」
「……たぶん、なのね」
ユエが小さくため息をつく。
その様子に、みゆが声を上げて笑った。
「ははっ! ピピらしいじゃん!」
「えへへ!」
和真もつられて笑ったが、ふと集まった住人たちを見渡した。
フェンリスの姿はない。
まだ部屋で眠っているのだろう。
最近は朝早くから夜遅くまで働く日が続いている。少しでも長く休んでいてほしかった。
「……和真?」
みゆの声に、和真は顔を上げた。
「ん?」
「どうかした?」
「いや。フェンリス、まだ寝てるんだろうなと思ってさ」
「ああ、うん。まだ寝てると思うよ」
「そっか。なら起こさない方がいいな」
「そうだね」
和真は小さく頷いた。
最近、あまりゆっくり話せていないのも気になっていた。
旅行から帰ったら、少し時間を作ろう。
そう考えていると、ピピが和真の袖を引っ張った。
「和真! そろそろ行かないと!」
「おっと、そうだったな」
和真はスマホで時間を確認し、旅行鞄を持ち直した。
「よし。忘れ物はないな?」
「ない!」
「財布は?」
「ある!」
「スマホは?」
「ある!」
「チケットは?」
「和真!」
「……俺が持ってるな」
「えへへ!」
「まったく……」
和真が苦笑すると、みゆが楽しそうに笑った。
「和真、ピピのことよろしくね!」
「ああ。任せとけ」
「ピピも、いっぱい写真撮ってきてね!」
「うん! みんなに送る!」
「楽しみにしてるよ!」
「よし。それじゃあ、行ってくる!」
「行ってきまーす!」
ピピが両手を大きく振る。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけて行くのじゃぞ!」
「……楽しんできてな」
「転ぶんじゃねえぞ!」
「無理はしないでくださいね!」
「ははっ。俺様への土産話も忘れるなよ」
「気をつけて」
それぞれの声に見送られながら、二人は歩き始めた。
少し進んだところで、ピピが突然振り返る。
「みんなー!」
大きく手を振った。
「お土産、楽しみにしててねー!」
みゆが笑顔で手を振り返す。
あおいも手を振り、酒菜は片手を軽く上げた。
ピピは何度も振り返りながら、いつまでも嬉しそうに手を振っていた。
◇
「和真!」
「ん?」
「手!」
駅へ向かう道の途中、ピピが突然右手を差し出した。
「ああ、手を繋ぎたいのか」
「うん!」
和真がその手を握ると、ピピは満足そうに指を絡めてくる。
「今日はずっと、こうしててね!」
「ずっとは難しいだろ。ご飯食べたりするし」
「じゃあ、ご飯以外!」
「はいはい」
「約束!」
「ああ、約束だ」
ピピは握った手を嬉しそうに上下へ揺らした。
「えへへ! 手、繋げるのっていいね!」
「そうだな」
「僕、これ好き!」
「じゃあ、今日はいっぱい繋ごうな」
「うん!」
こうして、二人の旅行が始まった。
◇
最寄りの駅から電車に乗り、何度か乗り換えを繰り返す。
平日の朝とはいえ、車内にはそれなりに人がいた。
ピピは和真の隣に座り、窓の外を興味深そうに眺めている。
「ねえ、和真!」
「ん?」
「この電車、速いね!」
「まあ、電車だからな」
「でも、僕の方が速いよ!」
「そうだな」
「たぶん!」
「そこは自信ないのかよ」
「あはは!」
楽しそうに笑ったかと思えば、今度は窓に映る自分の姿をじっと見つめ始めた。
「どうした?」
「んー……」
ピピは自分の右手を持ち上げると、指を一本ずつ曲げたり伸ばしたりした。
「やっぱり、不思議」
「手がか?」
「うん!」
握って、開いて、また握る。
そんな動作を何度も繰り返している。
「これ、すっごく便利だね!」
「そうだろ?」
「翼も便利だよ! 空飛べるし!」
「ああ、それは俺も羨ましいよ」
「でもね」
ピピは和真の手を両手で包み込んだ。
「こういうのは、今までできなかったから」
「……そうだな」
「前は足で掴むしかなかったし、翼で抱きつくと和真が羽だらけになっちゃうし!」
「確かにな。何度か口に羽が入ったな」
「えへへ、ごめんね!」
「別に嫌じゃなかったけどな」
「ほんと?」
「ああ」
ピピは少しだけ嬉しそうに目を細めた。
「でも、今はこうやって握れる」
和真の指に、自分の指を一本ずつ絡ませていく。
「和真の手、あったかいね」
「ピピの手もな」
「えへへ!」
その笑顔は、いつもの無邪気なものだった。
けれど、握る手には少しだけ力が込められていた。
和真も、その手を優しく握り返した。
「ねえ、和真」
「どうした?」
「今日はいっぱい遊ぼうね!」
「ああ。そのつもりだよ」
「明日も!」
「もちろん」
「じゃあ、寝る時も!」
「……ん?」
「えへへ!」
「何か考えてるのか?」
「なーい!」
「本当か?」
「たぶん!」
「またそれかよ!」
二人の笑い声が、電車の揺れる音に重なった。
◇
「わあああああっ!!」
舞浜駅を出て、ディズニーリゾートへ向かう途中から、ピピの興奮は最高潮に達していた。
「和真! 見て! 見て!」
「見てるって」
「あっち! 電車が可愛い!」
「リゾートラインだな」
「乗りたい!」
「今日は歩いて行けるからな。明日乗ってみるか?」
「乗る!」
そして、ディズニーランドの入口が見えた瞬間。
「おおおおおっ!」
ピピは立ち止まり、両腕を大きく広げた。
「ここが夢の国!」
「まだ入口だけどな」
「もう夢みたい!」
周囲には、同じように楽しそうな表情を浮かべた人たちが大勢いた。
家族連れ。
友人同士。
手を繋いで歩く恋人たち。
その中に、自分たちも混ざっている。
ピピは周囲をきょろきょろと見渡してから、和真の顔を見上げた。
「ねえ!」
「なんだ?」
「僕たちも、恋人に見えるかな!」
「ぶっ!?」
思わず和真がむせる。
「な、何言ってるんだよ!」
「だって、手繋いでるよ!」
「手を繋いでるだけだろ!」
「えー! 恋人も繋いでるよ!」
「そりゃそうだけど……」
「じゃあ、僕たちも!」
「はいはい。ほら、早く入るぞ」
「あ! ごまかした!」
ピピは楽しそうに笑いながら、和真の腕に抱きついてきた。
和真は少し照れくさそうに視線を逸らし、そのまま入口へ向かった。
入園手続きを済ませ、ワールドバザールを抜ける。
そして、目の前に広がった景色に、ピピは言葉を失った。
「…………」
遠くに見える大きなお城。
色鮮やかな建物。
流れる音楽。
楽しそうに行き交う人々。
どこを見ても、今までにない景色ばかりだった。
「……すごい」
いつもなら大声を上げそうなピピが、小さく呟いた。
「綺麗……」
和真は隣で微笑む。
「どうだ? 来てよかったか?」
「うん……!」
ピピは何度も頷いた。
「すっごく、すっごく綺麗!」
「まだまだ見るところはいっぱいあるぞ」
「ほんと!?」
「ああ」
「じゃあ、全部見る!」
「一日じゃ無理だと思うけどな」
「えええっ!?」
「それくらい広いんだよ」
ピピは少し考えるように首を傾げた。
そして、何かを思いついたように笑う。
「じゃあ、また来ればいいね!」
「そうだな」
「約束!」
「また約束か?」
「うん!」
差し出された小指に、和真も小指を絡める。
「よし。じゃあ今日は、思いっきり楽しもう」
「おーっ!」
◇
最初に向かったのは、ピピがどうしても乗りたいと言っていたアトラクションだった。
事前に見た動画で気に入ったらしく、昨夜から何度も名前を口にしていた。
「美女と野獣!」
「ああ、そこだな」
「お城の中に入るんでしょ!」
「そうみたいだな」
「楽しみ!」
並んでいる間も、ピピは周囲の装飾を見ては感心していた。
特に城の外観が気に入ったようで、何度もスマホを取り出して写真を撮っている。
「和真! 一緒に撮ろ!」
「いいぞ」
二人で並び、スマホを構える。
「もっと近く!」
「これくらいか?」
「もっと!」
ピピが和真の腕を引き寄せ、頬を寄せてきた。
「はい! 笑って!」
カシャッ。
画面に映っていたのは、満面の笑みを浮かべたピピと、少し困ったように笑う和真の姿だった。
「えへへ! いい写真!」
「そうだな」
「これ、みんなに送っていい?」
「ああ。喜ぶと思うよ」
「じゃあ、送る!」
ピピはスマホを操作し、先ほど撮った写真を選んだ。
画面を指で触り、送り先を確認する。
まだ少しぎこちないものの、以前よりずっと簡単に操作できるようになっていた。
「できた!」
「おお、上手くなったな」
「僕、すごい?」
「ああ、すごいよ」
「えへへへ!」
頭を撫でてやると、ピピは気持ちよさそうに目を細めた。
すると、スマホが小さく震えた。
「あっ! みゆから!」
「もう返事が来たのか?」
「うん!」
ピピは画面を開き、嬉しそうに笑った。
「楽しんできてねって!」
「ははっ。みゆらしいな」
「あとね、和真といっぱい写真撮ってって!」
「そうか。じゃあ、たくさん撮らないとな」
「うん!」
そう言って、ピピは再び和真の腕に抱きついてきた。
「……和真」
「ん?」
「ここでも、みんな手繋いでるね」
「ああ」
「僕たちも、ずっと繋いでていい?」
「もちろん」
「やった!」
再び手を握ってきたピピは、嬉しそうに身体を揺らした。
ようやく順番が来て、二人はアトラクションへ乗り込んだ。
華やかな音楽とともに、物語の世界が目の前に広がっていく。
「わあ……!」
ピピは目を輝かせていた。
動く食器や家具。
美しい広間。
踊るように動く乗り物。
その一つ一つに、ピピは夢中になっていた。
やがて物語が終わり、外へ出ると。
「もう一回!」
「早いな!?」
「だって! すごかった!」
「まだ他にもいっぱいあるぞ?」
「……そっか!」
ピピは少し悩み、真剣な表情で頷いた。
「じゃあ、次!」
「切り替え早いな!」
「あははは!」
◇
その後も、二人は園内を歩き回った。
可愛らしい音楽に合わせて進む小さな世界の船旅。
不思議な仕掛けがいっぱいのアトラクション。
そして、ピピが特に気に入ったのは、意外にも空を飛ぶ乗り物だった。
「和真! あれ乗ろう!」
「空飛ぶダンボか?」
「うん!」
ピピは象の形をした乗り物を指差している。
「……お前、普段から飛んでるだろ?」
「でも、象には乗ったことないよ!」
「そういう問題か?」
「そういう問題!」
あまりに自信満々に言い切るものだから、和真も思わず笑ってしまった。
順番が来て乗り込むと、ピピは嬉しそうに操作レバーを握った。
「僕が動かしていい!?」
「いいぞ」
「やった!」
乗り物がゆっくりと上昇する。
「おおおっ!」
ピピは嬉しそうに声を上げた。
そして、何度も上げ下げを繰り返す。
「上! 下! 上!」
「おいおい、忙しいな!」
「あははは!」
和真は振り回されながらも、その楽しそうな様子につられて笑っていた。
やがて乗り物が地上へ戻ると、ピピは満足そうに大きく息を吐いた。
「楽しかったー!」
「そりゃよかった」
「でもね!」
「ん?」
「やっぱり、自分で飛ぶ方が気持ちいい!」
「だろうな!」
二人は顔を見合わせ、大声で笑った。
◇
昼食の時間が近づく頃には、ピピの足取りが少しだけ遅くなっていた。
和真が振り返る。
「ピピ、疲れたか?」
「疲れてない!」
「ほんとか?」
「ほんと!」
そう答えるものの、ピピは足元を何度も気にしていた。
和真は少し考えてから、近くのベンチを指差す。
「ちょっと休むか」
「えー! まだ遊べるよ!」
「俺が休みたいんだよ」
「和真、疲れたの?」
「ああ。少しな」
「そっか!」
ピピは素直に頷き、和真と一緒にベンチへ腰を下ろした。
座った途端、ピピは小さく息を吐く。
「……ふう」
「やっぱり疲れてるじゃないか」
「えへへ……ちょっとだけ!」
「無理するなよ」
「うん!」
和真はバッグから飲み物を取り出し、ピピへ手渡した。
「ほら」
「ありがと!」
ピピは両手で受け取り、蓋を開ける。
飲み物を口にしてから、ふと自分の足を見つめた。
「ねえ、和真」
「ん?」
「人間って、大変だね」
「急にどうした?」
「だって、歩くのって疲れるんだもん!」
「そりゃ、これだけ歩けばな」
「僕、いつもは飛んでるから!」
「ああ、そうだったな」
ピピは足を伸ばし、靴のつま先を上下に動かした。
「でも、楽しいよ!」
「歩くのが?」
「うん!」
ピピは嬉しそうに頷く。
「だって、和真と同じところを歩けるから!」
「……そうか」
「いつもはね、空から和真を見てたり、和真の横を飛んでたりするでしょ?」
「ああ」
「でも今は、こうして一緒に歩ける」
そう言って、ピピは和真の手を握った。
「和真が止まったら僕も止まって、和真が歩いたら僕も歩くの!」
「……うん」
「それがね、なんか嬉しい!」
屈託のない笑顔だった。
和真は、その言葉に少しだけ胸が温かくなるのを感じた。
ピピにとっては、自分と同じように歩くことさえ、特別な経験なのだ。
そして、自分の手で誰かの手を握ることも。
「……じゃあ、今日はいっぱい歩こうな」
「うん!」
「ただし、無理はするなよ」
「はーい!」
元気よく返事をしたピピは、和真の肩にこつんと頭を預けた。
「ねえ、和真」
「なんだ?」
「今日、まだ半分も終わってないんだよね?」
「そうだな」
「じゃあ、まだまだ一緒にいられるね!」
「明日もあるけどな」
「えへへ!」
ピピは嬉しそうに笑った。
そして、和真の腕をぎゅっと抱きしめる。
「僕ね、今日がずっと続けばいいなって思う!」
「……楽しいもんな」
「うん!」
少し離れた場所から、賑やかな音楽が聞こえてくる。
通りを歩く人たちは、みんな楽しそうだった。
ピピはしばらく和真の肩に頭を預けていたが、やがて何かを思い出したように顔を上げた。
「あっ!」
「どうした?」
「お昼ご飯!」
「そろそろ食べるか」
「うん! お腹空いた!」
さっきまで疲れていたはずなのに、食事の話になった途端、ピピの目が輝き始めた。
「何食べる!? 何食べる!?」
「そうだな……」
「僕、あれ食べたい!」
ピピが指差した先には、楽しそうに食べ歩きをしている人たちの姿があった。
その手には、ミッキーの形をしたワッフルがある。
「あれ!」
「ワッフルか?」
「うん!」
「あれはおやつじゃないか?」
「じゃあ、お昼ご飯とおやつ!」
「両方食べるのかよ!」
「だめ?」
ピピは両手を胸の前で合わせ、期待に満ちた目で見上げてくる。
和真は小さくため息をついた。
「……まあ、旅行だしな」
「いいの!?」
「ああ。ただし、ちゃんと昼飯も食べろよ」
「やったあああっ!」
ピピは勢いよく立ち上がり、和真の手を引っ張った。
「早く! 早く!」
「わかったから! 走るなって!」
「あははは!」
ピピは笑いながら歩き出した。
その右手は、しっかりと和真の手を握っている。
人間の姿で過ごす初めての旅行。
自分の足で歩き、自分の手で触れ、好きな人と同じ景色を眺める。
その何もかもが、ピピには楽しくて仕方がなかった。
そして和真もまた、そんなピピに振り回されながら、心から旅行を楽しんでいた。
◇
まずは昼食を済ませることにした二人。
ピピはレストランへ向かう途中も、何度も周囲を見渡していた。
「和真! あれも美味しそう!」
「さっきから食べ物ばっかり見てるな」
「だって! どれも美味しそうなんだもん!」
「ははっ。まあ、気持ちはわかるよ」
結局、二人が昼食に選んだのはカレーだった。
店内に入った途端、漂ってきた香りにピピのお腹が小さく鳴る。
「……あ」
「腹減ったな」
「うん!」
恥ずかしがるかと思いきや、ピピは嬉しそうに頷いた。
注文を済ませ、空いている席へ向かう。
テーブルに料理を置くと、ピピは目を輝かせた。
「わあ! 美味しそう!」
「熱いから気をつけろよ」
「はーい!」
ピピはスプーンを手に取り、カレーをひと口頬張った。
「んんーっ!」
「どうだ?」
「美味しい!」
「それはよかった」
「和真も食べて!」
「俺も同じもの頼んだだろ?」
「そうだけど! 僕のも美味しいよ!」
「ははっ。そうか」
ピピが差し出したスプーンを見て、和真は思わず笑ってしまった。
「ほら、自分の分を食べな」
「えー! 一口だけ!」
「……わかったよ」
根負けした和真が一口食べると、ピピは満足そうに笑った。
「ね! 美味しいでしょ!」
「ああ、美味しいな」
「えへへ!」
ピピは再び自分のカレーを食べ始めた。
その姿を眺めながら、和真も自分の食事を進める。
ふと、ピピの手元に目が留まった。
スプーンを持つ指は、まだ少しぎこちない。
それでも、こぼさないよう慎重に口へ運んでいる。
「ピピ、スプーンの使い方も上手くなったな」
「ほんと!?」
「ああ。前よりずっと上手いよ」
「えへへ! いっぱい練習したから!」
「そうなのか?」
「うん! 酒菜に教えてもらった!」
「ああ、なるほどな」
「最初はね、いっぱいこぼしちゃったんだよ!」
「そうだったのか」
「酒菜が何回も教えてくれたの!」
ピピは得意そうにスプーンを持ち上げた。
「でも、もう大丈夫!」
「よかったな」
「うん!」
そう言って笑った直後。
ぽとり。
スプーンから小さな具が落ちた。
「…………」
「…………」
二人は揃ってテーブルを見つめた。
「……たぶん、大丈夫!」
「はははっ!」
「笑わないでよー!」
「悪い悪い」
和真が笑いながら紙ナプキンを差し出すと、ピピもつられて笑い始めた。
賑やかな昼食は、そんな調子で進んでいった。
◇
食事を終えて店を出ると、ピピは早速和真の手を握った。
「次! ワッフル!」
「覚えてたのか」
「もちろん!」
「結構食べたけど、まだ入るのか?」
「入るよ!」
「すごいな……」
「甘いものは別のお腹だから!」
「誰に教わったんだ、それ」
「みゆ!」
「……納得した」
ピピは楽しそうに笑いながら、和真を引っ張っていく。
ワールドバザールへ戻り、目当ての店を見つけると、ピピの歩く速度が一段と速くなった。
「あったー!」
「こら、走るなって!」
「走ってないよ!」
「早歩きすぎるんだよ」
「あはは!」
しばらく並び、ようやく手に入れたミッキーの形をしたワッフル。
ピピは受け取った途端、嬉しそうに声を上げた。
「わああ! 可愛い!」
「写真撮るか?」
「撮る!」
和真がスマホを構えると、ピピはワッフルを顔の横へ持ち上げた。
「はい、チーズ」
「えへへ!」
カシャッ。
「どう?」
「いい感じだよ」
「見せて!」
画面を覗き込んだピピは、満足そうに頷いた。
「可愛い!」
「ワッフルが?」
「僕も!」
「ははっ。そうだな」
ピピは嬉しそうに笑い、早速ワッフルを頬張った。
「んーっ!」
「美味いか?」
「うん! すっごく美味しい!」
「よかったな」
「和真も!」
またしても目の前に差し出される食べ物。
和真は苦笑した。
「さっきも分けてくれただろ?」
「美味しいものは一緒に食べたいの!」
「……そっか」
和真は小さく笑い、差し出されたワッフルを一口かじった。
「うん、美味しいな」
「でしょ!」
ピピは満足そうに頷く。
それから、自分がかじった部分と和真がかじった部分を交互に見つめた。
「……えへへ」
「どうした?」
「一緒に食べた!」
「そうだな」
「なんか嬉しい!」
「ははっ。そんなに嬉しいか?」
「うん!」
ピピは何の迷いもなく頷いた。
和真にとっては何気ない出来事でも、ピピにとっては特別なのかもしれない。
そう思うと、和真も自然と笑顔になった。
◇
午後になっても、ピピの元気は衰えることを知らなかった。
「和真! 次はあっち!」
「今度は何だ?」
「くまさん!」
「プーさんか?」
「そう!」
ピピが指差したのは、プーさんのハニーハントだった。
入口の装飾を見ただけで、ピピの目が輝く。
「ここも可愛い!」
「そうだな」
「くまさん、蜂蜜が好きなの?」
「ああ。大好きみたいだな」
「僕も好き!」
「蜂蜜?」
「うん!」
ピピは両手を頬に当て、嬉しそうに笑った。
「甘くて美味しいよね!」
「そうだな」
「でも、和真のご飯も好き!」
「急に俺の料理かよ」
「だって美味しいもん!」
「ありがとう」
「えへへ!」
そんな話をしながら順番を待ち、やがて二人は蜂蜜の壺を模した乗り物へ乗り込んだ。
乗り物が動き始めると、ピピは目を輝かせながら周囲を見渡す。
「わあ!」
物語の世界が次々と広がっていく。
楽しげな音楽。
可愛らしい動物たち。
そして、不思議な動きをする乗り物。
「和真! これ、勝手に動くよ!」
「そういう乗り物だからな」
「くるくるする!」
「おっと!」
突然向きが変わり、ピピが和真の腕にしがみついた。
「あははは!」
「びっくりしたな」
「うん! でも楽しい!」
その後も、ピピは何度も驚き、何度も声を上げて笑った。
アトラクションを出る頃には、すっかり気に入った様子だった。
「ねえ、和真!」
「ん?」
「蜂蜜食べたくなっちゃった!」
「さっきワッフル食べただろ?」
「そうだった!」
「まったく……」
「えへへ!」
和真は呆れながらも、その楽しそうな様子に笑ってしまった。
◇
次に向かったのは、カリブの海賊だった。
入口に近づくにつれ、ピピは少し不思議そうな顔をした。
「ここ、何するところ?」
「船に乗って、海賊の世界を見て回るんだよ」
「船!」
「ああ」
「僕、船好き!」
「そうなのか?」
「うん! 空から見るのも好きだけど、乗るのも楽しい!」
「そっか。じゃあ楽しめそうだな」
順番を待ち、二人はボートへ乗り込んだ。
ゆっくりと進み始めた船。
薄暗い水路。
遠くから聞こえてくる不思議な音。
ピピは和真の腕にしがみつきながら、興味深そうに周囲を見渡していた。
「暗いね」
「そうだな」
「何か出てくるかな?」
「どうだろうな」
「お化け?」
「海賊じゃないか?」
「そっか!」
しばらく進んだところで、突然ボートが下り坂へ差し掛かった。
「わっ!?」
水しぶきが上がる。
「きゃああっ!」
ピピは驚いて和真の腕に抱きついた。
「びっくりした!」
「ははっ。大丈夫か?」
「うん!」
少ししてから、ピピは自分が和真にしがみついていることに気づいた。
「あっ!」
「ん?」
「えへへ!」
なぜか嬉しそうに笑う。
そして、そのまま腕を離そうとしなかった。
「……ピピ?」
「なーに?」
「もう怖くないだろ?」
「うん!」
「じゃあ、そろそろ離れても……」
「やだ!」
「即答かよ」
「だって、こうしてると楽しいもん!」
和真は困ったように笑い、そのまま好きにさせることにした。
船はゆっくりと進み、海賊たちの賑やかな世界が広がっていく。
ピピはいつの間にか怖がることも忘れ、周囲の景色に夢中になっていた。
◇
アトラクションを出ると、ちょうどパレードが始まる時間が近づいていた。
「和真! パレード!」
「ああ。せっかくだし見ていこうか」
「うん!」
二人は通路沿いの観覧できる場所へ向かい、座って待つことにした。
ピピは待っている間も落ち着かず、何度も周囲を見渡している。
「まだかな?」
「もう少しだな」
「楽しみ!」
「さっきからそればっかりだな」
「だって、楽しいんだもん!」
「ははっ。そうだな」
やがて、遠くから賑やかな音楽が聞こえてきた。
「あっ!」
ピピが顔を上げる。
「来た!」
色鮮やかなフロートがゆっくりと近づいてくる。
華やかな衣装を身にまとったダンサーたち。
手を振るキャラクターたち。
その光景に、ピピは目を輝かせた。
「わあああっ!」
「すごいな」
「和真! 見て!」
「見てるよ」
「あっ! こっち向いた!」
ピピは両手を大きく振った。
「やっほー!」
フロートの上からキャラクターが手を振り返してくれる。
「和真! 見た!? 僕に手振ってくれた!」
「ああ、見たよ」
「やったー!」
その嬉しそうな様子に、和真も自然と笑顔になる。
ピピは夢中になって手を振り続けていた。
やがてパレードが通り過ぎ、音楽が遠ざかっていく。
「……終わっちゃった」
「楽しかったか?」
「うん!」
ピピは大きく頷いた。
「すっごく楽しかった!」
「それはよかった」
「ねえ、和真」
「ん?」
「ここって、みんな笑ってるね」
ピピは周囲を見渡した。
子供たちも、大人たちも、みんな楽しそうな顔をしている。
「そうだな」
「僕、こういうの好き!」
「俺も好きだよ」
「えへへ!」
ピピは和真の肩へ頭を預けた。
「和真と来られてよかった」
「……そっか」
「うん!」
しばらく、そのまま二人で座っていた。
賑やかな音楽が遠ざかり、周囲の人たちが少しずつ立ち上がっていく。
それでもピピは、もう少しだけ和真の肩に寄り添っていた。
◇
午後も遅くなった頃。
二人はお土産を見に、ショップへ立ち寄ることにした。
「わああ!」
店内へ入った途端、ピピの目が輝く。
棚いっぱいに並んだぬいぐるみ。
可愛らしいお菓子。
色とりどりのキーホルダー。
どこを見ても、気になるものばかりだった。
「和真! これ可愛い!」
「お、ぬいぐるみか」
「うん!」
ピピは小さなミッキーのぬいぐるみを手に取った。
「ふわふわ!」
「気に入ったか?」
「うん!」
「じゃあ、それにするか?」
「……んー」
ピピは少し悩んでから、ぬいぐるみを棚へ戻した。
「やっぱり、みんなのお土産から!」
「そうだな。何がいいかな」
「みゆにはね、これ!」
ピピが手に取ったのは、可愛らしいキャラクターのキーホルダーだった。
「いいんじゃないか?」
「でしょ!」
続いて、リディアには文房具。
ひかげには可愛らしい小物。
あおいには和風の柄が入った小物。
酒菜にはお菓子。
それぞれの顔を思い浮かべながら、ピピは真剣に品物を選んでいく。
「ナディアには何がいいかな?」
「そうだな……」
「強そうなのがいい!」
「強そうな土産って何だ?」
「んー……」
ピピはしばらく棚を見渡し、やがて一つの商品を見つけた。
「あっ! これ!」
手に取ったのは、格好いいデザインの黒いマグカップだった。
「これならいいんじゃない?」
「ははっ。確かにナディアは好きそうだな」
「でしょ!」
ユエにも似合いそうなものを選び終えると、ピピは最後に一つの棚の前で立ち止まった。
「……和真」
「ん?」
「これ、どうかな?」
ピピが手に取ったのは、二つセットになった小さなキーホルダーだった。
片方にはミッキー。
もう片方にはミニーが付いている。
「可愛いな」
「うん!」
「誰かへの土産か?」
すると、ピピは少しだけ頬を赤くした。
「……僕たちの!」
「ん?」
「和真と僕で、一個ずつ!」
「お揃いか?」
「うん!」
ピピは二つのキーホルダーを並べた。
「僕、こういうの欲しかったんだ!」
「そっか」
「……だめ?」
珍しく、少し不安そうな表情だった。
和真は微笑む。
「いいよ。買おうか」
「ほんと!?」
「ああ」
「やったあ!」
ピピは嬉しそうに飛び跳ねた。
買い物を終えると、ピピは早速ミニーのキーホルダーを自分のバッグに付けた。
「和真も!」
「今付けるのか?」
「うん!」
「わかったよ」
和真はミッキーのキーホルダーをバッグへ取り付けた。
すると、ピピは二つを見比べて満足そうに頷いた。
「えへへ!」
「そんなに嬉しいか?」
「うん!」
ピピは和真のバッグに付いたキーホルダーへ、そっと指先を伸ばす。
「これ見たら、今日のこと思い出せるね!」
「そうだな」
「明日も、ずっと先も!」
「ああ。いい思い出になるな」
その言葉に、ピピは嬉しそうに笑った。
◇
買い物を終えて外へ出ると、空は少しずつ夕暮れの色へ変わり始めていた。
「わあ……」
ピピが足を止める。
「綺麗だね」
「そうだな」
昼間とは違う柔らかな光が、パークの建物を照らしている。
遠くにはシンデレラ城が見えた。
「ねえ、和真!」
「ん?」
「お城の前で写真撮ろ!」
「ああ、いいぞ」
二人は城の近くへ向かった。
周囲には写真を撮る人たちが大勢いた。
「どうやって撮ろうか?」
「んー……」
ピピは少し考えてから、和真の腕にぎゅっと抱きついた。
「これ!」
「また抱きつくのか」
「うん!」
「ははっ。わかったよ」
近くにいた人に頼み、二人の写真を撮ってもらうことにした。
和真が隣に立つと、ピピは嬉しそうに身体を寄せる。
「もっと近く!」
「十分近いだろ?」
「もっと!」
「はいはい」
和真が少しだけ身体を寄せると、ピピは満足そうに頷いた。
「えへへ!」
カシャッ。
撮ってもらった写真には、夕暮れのシンデレラ城を背景に、笑顔で寄り添う二人の姿が映っていた。
「わあ! いい写真!」
「そうだな」
「これ、絶対大事にする!」
「ああ。俺も保存しておこう」
「うん!」
ピピはスマホの画面を何度も見つめていた。
そして、突然何かを思いついたように顔を上げる。
「あっ!」
「どうした?」
「和真!」
「ん?」
「今度は二人だけで撮ろ!」
「今も二人だっただろ?」
「そうじゃなくて!」
ピピはスマホを取り出し、画面を自分たちへ向けた。
「こう!」
「ああ、自撮りか」
「うん!」
ピピは和真の頬に自分の頬を寄せた。
「はい! 笑って!」
カシャッ。
今度の写真には、満面の笑みを浮かべるピピと、少し照れくさそうに笑う和真が映っていた。
「えへへ! こっちもいい!」
「どっちもいい写真だな」
「うん!」
ピピは嬉しそうにスマホを胸元へ抱き寄せた。
「……和真」
「ん?」
「今日ね、すっごく楽しい」
「ああ。俺も楽しいよ」
「ほんと?」
「もちろん」
和真がそう答えると、ピピは少しだけ俯いた。
いつもの元気な様子とは違い、何かを考えているようだった。
「……どうした?」
「んー……」
ピピは顔を上げる。
「僕ね、今まで空を飛ぶのが一番好きだったの」
「そうなのか?」
「うん! 高いところから見る景色って、すっごく綺麗なんだよ!」
「ああ。そうだろうな」
「でもね」
ピピは和真の手を握った。
「今日、ちょっと変わったかも!」
「何が?」
「一番好きなこと!」
和真は首を傾げた。
「何になったんだ?」
ピピは満面の笑みを浮かべる。
「和真と一緒にいること!」
「……そっか」
「うん!」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、和真は少し照れくさくなった。
けれど、ピピはそんなことなど気にする様子もない。
「だから、明日もいっぱい遊ぼうね!」
「ああ。約束だ」
「えへへ!」
ピピは嬉しそうに和真の腕へ抱きついた。
夕暮れの光が、二人の影を長く伸ばしていた。
まだ夜のパークも残っている。
そして、今日泊まるホテルで過ごす時間も。
ピピにとって、楽しみはまだまだ尽きそうになかった。
◇
夕暮れのシンデレラ城を眺めていた二人は、その後も園内を散策していた。
空が暗くなるにつれ、建物や通りに明かりが灯り始める。
「わあ……!」
ピピは思わず足を止めた。
「和真! 見て!」
「ああ、綺麗だな」
「昼間と全然違う!」
色とりどりの光に照らされた街並み。
楽しそうな音楽。
行き交う人々の笑い声。
昼間の賑やかさとはまた違う、幻想的な景色が広がっていた。
「ねえ、和真!」
「ん?」
「僕、夜の方が好きかも!」
「さっきは昼間が一番って言ってなかったか?」
「どっちも好き!」
「ははっ。そうか」
「うん!」
ピピは嬉しそうに笑い、和真の手を握り直した。
そのまま少し歩いていると、遠くから音楽が聞こえてきた。
「あっ!」
ピピが顔を上げる。
「和真! あれ!」
「そろそろ夜のパレードだな」
「パレード!?」
「ああ。昼間とはまた違うぞ」
「見たい!」
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
二人はパレードを見るため、通り沿いへ向かった。
◇
「すごい……!」
ピピは目の前を通り過ぎる光景に、すっかり夢中になっていた。
無数の光に彩られたフロート。
輝く衣装を身にまとったダンサーたち。
音楽に合わせて動くキャラクターたち。
まるで光そのものが踊っているかのようだった。
「和真! すごいよ!」
「ああ。綺麗だな」
「僕、こんなの初めて見た!」
ピピは興奮した様子で手を振った。
フロートの上にいるキャラクターが、こちらへ手を振り返してくれる。
「わああっ! 和真! 見た!?」
「ああ、見たよ」
「僕に手を振ってくれた!」
「よかったな」
「うん!」
ピピは満面の笑みを浮かべた。
その横顔を眺めていた和真も、自然と頬が緩む。
朝からずっと、ピピは何度も同じように喜んでいた。
けれど、不思議と飽きることはなかった。
どんな小さな出来事でも、ピピは全力で楽しむ。
それを隣で見ているだけで、和真まで嬉しくなってしまうのだ。
「……和真」
「ん?」
ピピがそっと身体を寄せてきた。
「今日、すっごく楽しかったね」
「ああ。まだ終わってないけどな」
「えへへ! そうだった!」
そう言いながらも、ピピは和真の腕を抱きしめた。
「でもね、もう十分なくらい楽しい!」
「そっか」
「うん!」
しばらくしてパレードが終わると、周囲から大きな拍手が起こった。
ピピも両手を叩きながら、嬉しそうに笑っていた。
◇
パレードを見終えた二人は、夕食を取ることにした。
「ピピ、何が食べたい?」
「んー……」
ピピは周囲を見渡し、少し考える。
「お肉!」
「昼も結構食べてたけど、まだ腹減ってるのか?」
「うん!」
「ははっ。元気だな」
「いっぱい歩いたから!」
「確かにな」
昼間は慣れない足で歩き回り、何度か休憩も挟んでいる。
それでも、ピピはまだまだ遊び足りない様子だった。
近くのレストランへ入り、二人は肉料理を注文した。
「いただきまーす!」
「いただきます」
ピピは早速ナイフとフォークを手に取る。
しかし、しばらくすると動きが止まった。
「……和真」
「ん?」
「これ、難しい」
皿の上では、ピピが切ろうとしている肉が少しずつ逃げていた。
「まだ慣れないか」
「うん……」
「ちょっと貸してみな」
和真はピピの皿を引き寄せ、食べやすい大きさに切り分けてやった。
「ほら、これなら大丈夫だろ」
「わあ! ありがとう!」
「どういたしまして」
ピピは嬉しそうにフォークを持ち直し、肉を口へ運んだ。
「んーっ! 美味しい!」
「よかったな」
「和真も食べて!」
「今度は何だ?」
「はい!」
差し出されたフォークの先には、小さく切り分けられた肉が載っていた。
「……またか」
「えへへ!」
「俺のもあるんだけどな」
「一緒に食べたいの!」
「わかったよ」
和真が一口食べると、ピピは満足そうに頷いた。
「美味しいでしょ!」
「ああ。美味しいよ」
「えへへ!」
そんなやり取りを繰り返しながら、二人は夕食を楽しんだ。
◇
食事を終えて再び外へ出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
ピピは名残惜しそうに周囲を見渡す。
「……和真」
「ん?」
「もう帰るの?」
「そろそろホテルに向かおうかと思ってるけど」
「えー!」
「明日もあるからな。今日は早めに休んだ方がいいよ」
「まだ遊びたい!」
「気持ちはわかるけど、足も疲れてるだろ?」
「……ちょっとだけ」
ピピは少し不満そうに頬を膨らませた。
和真は笑いながら、その頭を撫でる。
「また来ようって約束しただろ?」
「……うん」
「それに、明日はディズニーシーだぞ」
その言葉に、ピピが顔を上げた。
「あっ!」
「楽しみにしてたんじゃないのか?」
「してた!」
「じゃあ、今日はしっかり休もうな」
「……わかった!」
ピピは元気よく頷いた。
そして、すぐに和真の手を握ってくる。
「ねえ!」
「今度は何だ?」
「ホテルも楽しみ!」
「ホテル?」
「うん!」
ピピは嬉しそうに笑った。
「和真と二人きりだもん!」
「……そうだな」
「えへへ!」
何の迷いもなく言い切るピピに、和真は少しだけ照れくさくなった。
もっとも、当の本人は気にする様子もなく、楽しそうに歩いている。
和真は苦笑しながら、その手を握り返した。
◇
ホテルに到着した頃には、夜もだいぶ更けていた。
チェックインを済ませ、部屋へ入る。
「わああっ!」
ピピは荷物を置くなり、嬉しそうに室内を見渡した。
「和真! すごい!」
「綺麗な部屋だな」
「ベッドが二つある!」
「ああ。今日はここで寝るんだよ」
「ふかふか!」
ピピは早速ベッドへ腰を下ろした。
そのまま両手で布団を押してみる。
「おおっ!」
「どうした?」
「すっごく柔らかい!」
「ははっ。気に入ったか?」
「うん!」
ピピはそのまま仰向けに倒れ込んだ。
「気持ちいいー!」
「おいおい、靴は脱いでからにしろよ」
「あっ!」
慌てて身体を起こし、靴を脱ぐ。
「えへへ! 忘れてた!」
「まったく……」
和真は苦笑しながら荷物を整理し、翌日の予定を確認した。
その間も、ピピはベッドの上でころころと転がっている。
「ピピ、そんなに動いてたら余計疲れるぞ」
「大丈夫!」
「本当か?」
「たぶん!」
「……もう聞き慣れたよ」
「あはは!」
和真はスマホを取り出し、今日撮った写真を確認した。
その数は、想像していた以上に多かった。
アトラクション。
食べ物。
パレード。
そして、ピピとの写真。
画面をスクロールするたびに、今日の出来事が次々と思い出される。
「……楽しかったな」
「うん!」
いつの間にか隣へ来ていたピピが、画面を覗き込んだ。
「僕、全部覚えてるよ!」
「本当か?」
「うん! これ乗ったでしょ! それからこれ食べて!」
ピピは写真を指差しながら、一つずつ説明し始めた。
「これも! これも!」
「ははっ。そうだな」
「ねえ、和真!」
「ん?」
「今日の写真、ずっと残しておこうね!」
「ああ。もちろん」
「約束!」
「約束だ」
ピピは嬉しそうに頷き、和真の腕へ抱きついた。
しばらく二人で写真を眺めていたが、和真は時計を見て立ち上がった。
「さて、そろそろ風呂に入るか」
「お風呂!」
「ああ。今日はいっぱい歩いたし、ゆっくり温まろう」
「うん!」
和真は荷物から着替えを取り出した。
「ピピ、先に入っていいぞ」
「……え?」
「ん?」
ピピが不思議そうに首を傾げた。
「和真は?」
「俺は後で入るよ」
「……一緒じゃないの?」
「…………え?」
和真の手が止まった。
ピピは当然のように笑顔を浮かべている。
「一緒に入ろ!」
「いやいや! 何言ってるんだよ!」
「えー! なんで!?」
「なんでって……普通、別々に入るだろ?」
「えー!」
ピピは不満そうに頬を膨らませた。
「僕、和真と入りたい!」
「気持ちは嬉しいけどな。ほら、もう子供じゃないんだから……」
「子供じゃないよ!」
「だから、そう言ってるだろ?」
「違う!」
ピピは両手を腰に当て、和真を見上げた。
「僕、ちゃんと大人だもん!」
「ああ、わかってるよ」
「わかってない!」
「……え?」
和真が首を傾げると、ピピは少し考えるように指を折り始めた。
「僕ね、二十……」
「二十?」
「二十四歳だよ!」
「…………」
「たぶん!」
「…………は?」
和真は固まった。
そして、ゆっくりとピピを見つめる。
「……ちょっと待ってくれ」
「なーに?」
「今、何歳って言った?」
「二十四歳!」
ピピは胸を張る。
「たぶん!」
「……二十四!?」
「うん!」
「えっ!? ピピって二十四歳なのか!?」
「そうだよ!」
あまりに衝撃的な事実に、和真は思わずベッドへ腰を下ろした。
「……知らなかった」
「えー! 言ってなかったっけ?」
「聞いてないと思うぞ……」
「そっか!」
ピピはあっさり頷いた。
和真は額へ手を当てる。
「いや、待ってくれ。二十四歳って……本当に?」
「うん!」
「でも、たぶんなんだろ?」
「そう!」
「……どういうことだ?」
ピピは少しだけ考え込んだ。
「えっとね、二十歳まではちゃんと覚えてたんだよ!」
「ああ」
「でも、その後は数えてなかった!」
「……数えてなかった?」
「うん!」
ピピは指を折りながら続ける。
「二十歳になってから、たぶん四年くらい経ったと思う!」
「それで二十四歳か……」
「そう!」
「……なるほど」
和真は深く息を吐いた。
確かに、ピピの年齢を詳しく聞いたことはなかった。
普段の無邪気な言動から、勝手にもっと若いと思い込んでいたのだ。
「……そうか。大人だったんだな」
「だから言ってるでしょ!」
ピピは得意そうに笑った。
「僕、和真に子供扱いされるの嫌なんだから!」
「悪かったよ」
「えへへ!」
和真が謝ると、ピピは嬉しそうに頷いた。
しかし、次の瞬間。
「じゃあ、一緒にお風呂!」
「……いや、それとこれとは別だろ!」
「えええっ!?」
ピピの声が部屋に響いた。
◇
それからしばらくして。
和真はベッドに座り、頭を抱えていた。
「……どうしてこうなった」
目の前には、浴室の扉。
そして、その向こうから聞こえてくるピピの声。
「和真ー!」
「はいはい、聞こえてるよ」
「早くー!」
「……まったく」
和真は深いため息をついた。
先ほどまで、ピピは一緒にお風呂へ入りたいと言って譲らなかった。
何度説明しても、返ってくるのは同じ言葉。
「一緒がいい!」
「だから、別々に入ろうって」
「やだ!」
「ピピ……」
「やだやだやだー!」
しまいには涙まで浮かべ始めてしまった。
和真も必死になだめたものの、最後には根負けしてしまったのだ。
もっとも、ピピがそこまで一緒に入りたがる理由も、少しは理解できた。
今までは翼と鉤爪の身体だったため、人間と同じように誰かと触れ合うことが難しかった。
その身体が変わった今、ピピは自分にできることを一つずつ確かめたいのだろう。
「……仕方ないか」
和真は立ち上がり、浴室へ向かった。
「ピピ、入るぞ」
「うん!」
扉を開けると、ピピが嬉しそうにこちらを振り返った。
「和真!」
「そんなに嬉しいか?」
「うん!」
ピピは満面の笑みで頷いた。
「だって、初めてだもん!」
「……そうか」
「うん!」
和真は小さく笑い、浴室へ入った。
身体を洗い終え、二人で湯船に浸かる。
広めの浴槽とはいえ、二人で入ればそれなりに距離は近くなる。
ピピは和真の前に座り、嬉しそうに湯へ肩を沈めた。
「ふあああ……」
「気持ちいいか?」
「うん!」
「今日はいっぱい歩いたからな」
「足、ちょっと疲れちゃった!」
「だろうな」
ピピは湯の中で足を伸ばしてみる。
「でもね、すっごく楽しかった!」
「それはよかった」
「ねえ、和真」
「ん?」
「ぎゅってして!」
「……え?」
「後ろから!」
ピピはくるりと背中を向けた。
そして、和真の腕をそっと引っ張る。
「こう!」
「お、おい……」
「お願い!」
和真は一瞬戸惑ったものの、ピピの肩越しに見える期待に満ちた表情に、苦笑した。
「……わかったよ」
和真はそっと両腕を回し、ピピを後ろから抱きしめた。
「これでいいか?」
「……うん!」
ピピは嬉しそうに笑い、和真へ背中を預けた。
「えへへ……!」
「苦しくないか?」
「大丈夫!」
「そうか」
ピピは和真の腕に自分の両手を重ねた。
そして、その指を一本ずつ握ってみる。
「……あったかいね」
「ああ。風呂だからな」
「違うよ!」
「ん?」
「和真が!」
その言葉に、和真は少しだけ黙った。
ピピは和真の腕を抱きしめるようにしながら、小さく笑った。
「僕ね、こういうのしたかったんだ」
「……そうなのか?」
「うん」
いつもより少し静かな声だった。
「前はね、翼で抱きつくことしかできなかったでしょ?」
「ああ」
「それも好きだったよ!」
「うん」
「でも、こうやって手を握ったり、ぎゅってしてもらったりするの、ずっとやってみたかった!」
ピピは和真の手を自分の頬へ寄せた。
「えへへ……幸せ!」
「……そっか」
和真は優しく微笑んだ。
そういえば、今日のピピは何度も手を繋ぎたがっていた。
アトラクションに乗る時も、食事をする時も、写真を撮る時も。
何かあるたびに、和真の手を握ってきた。
それが嬉しくて仕方なかったのだろう。
「……じゃあ、今度からもいっぱい抱きしめてあげるよ」
「ほんと!?」
「ああ」
「やった!」
ピピは嬉しそうに身体を揺らした。
「おいおい、暴れると滑るぞ」
「あっ! ごめん!」
「ははっ。大丈夫だよ」
和真が腕を少し引き寄せると、ピピは再び背中を預けた。
しばらく、二人はそのまま湯に浸かっていた。
聞こえてくるのは、時折揺れる水の音だけ。
やがて、ピピが小さく呟いた。
「……和真」
「ん?」
「明日もいっぱい遊ぼうね」
「ああ。もちろん」
「手も繋いでね」
「うん」
「ぎゅってしてね」
「ああ」
「……えへへ」
ピピは満足そうに目を閉じた。
和真も、その頭を優しく撫でる。
「……そろそろ上がろうか」
「えー……」
「長く入りすぎるとのぼせるぞ」
「……もうちょっと」
「あと少しだけな」
「うん!」
ピピは嬉しそうに頷き、もう一度和真の腕をぎゅっと握った。
◇
風呂から上がり、二人は部屋へ戻った。
和真が髪を乾かしていると、ピピが隣へやってくる。
「和真!」
「ん?」
「僕も!」
「髪、乾かしてほしいのか?」
「うん!」
「いいぞ。座って」
「はーい!」
ピピは椅子に座り、嬉しそうに背筋を伸ばした。
和真がドライヤーを当てると、柔らかな髪がふわりと揺れる。
「熱くないか?」
「大丈夫!」
「そうか」
指で髪を梳きながら、丁寧に乾かしていく。
ピピは気持ちよさそうに目を細めていた。
「……和真」
「ん?」
「僕、今日すっごく幸せ」
「ははっ。何回目だ、それ」
「だって、何回でも言いたいもん!」
「そっか」
「うん!」
髪を乾かし終えると、ピピは嬉しそうに振り返った。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「えへへ!」
和真はドライヤーを片付け、ベッドへ腰を下ろした。
「さて、そろそろ寝るか」
「うん!」
ピピも嬉しそうに頷く。
しかし、和真がそれぞれのベッドを確認した途端。
「……和真」
「ん?」
「一緒に寝るんだよね?」
「……え?」
和真は動きを止めた。
ピピは当然のように首を傾げる。
「だって、今日ずっと一緒だったでしょ?」
「それはそうだけど……」
「お風呂も一緒だったし!」
「……そうだな」
「だから、寝る時も一緒!」
「いやいや! ベッド二つあるだろ!」
「やだ!」
「ピピ……」
「一緒がいい!」
ピピは両手を握りしめ、和真を見上げた。
「和真にぎゅってしてもらいながら寝たい!」
「……それは……」
「お願い!」
和真は困ったように頭を掻いた。
先ほどの風呂でも、同じようなやり取りをしたばかりだ。
「……わかったよ。一緒に寝よう」
「ほんと!?」
「ああ」
「やったあ!」
ピピは嬉しそうに抱きついてきた。
和真は慌てて受け止める。
「おっと!」
「えへへ!」
そのまま、ピピは和真の手を引っ張ってベッドへ向かった。
「ほら! 早く!」
「わかったって」
和真は苦笑しながらベッドへ入った。
ピピも隣へ潜り込み、くるりと背中を向ける。
「和真!」
「今度は何だ?」
「後ろから!」
「……またか?」
「うん!」
ピピは期待に満ちた声で続けた。
「お風呂の時みたいに、ぎゅってして!」
和真は小さく息を吐いた。
そして、そっとピピの背後へ身体を寄せる。
両腕を回し、優しく抱きしめた。
「……これでいいか?」
「うん!」
ピピは嬉しそうに笑った。
「えへへ……!」
和真の腕に両手を重ね、指を絡める。
「……和真」
「ん?」
「もっとぎゅって!」
「苦しくないか?」
「大丈夫!」
「……わかったよ」
和真が少しだけ腕に力を込めると、ピピは満足そうに息を吐いた。
「……あったかい」
「そうだな」
「……えへへ」
しばらく、二人は何も話さなかった。
部屋の明かりを落とした静かな夜。
窓の外には、遠くの街の灯りが見えている。
和真は腕の中にいるピピを見つめた。
いつも元気で、賑やかで、少し甘えん坊。
そんなピピが、今は静かに目を閉じている。
「……ピピ」
「んー?」
「今日は楽しかったか?」
「……うん」
眠たそうな声が返ってきた。
「……すっごく、楽しかった」
「そっか」
「……和真は?」
「俺も楽しかったよ」
「……えへへ」
ピピは嬉しそうに微笑んだ。
そして、和真の腕をもう一度ぎゅっと握る。
「……ねえ、和真」
「ん?」
「明日も、いっぱい遊ぼうね」
「ああ。約束だ」
「……うん」
少しずつ、ピピの声が小さくなっていく。
「……和真」
「どうした?」
「……大好き」
その言葉に、和真は一瞬だけ目を見開いた。
けれど、返事をするより先に。
「……すぅ……」
小さな寝息が聞こえてきた。
「……寝たのか」
和真は思わず笑ってしまった。
「まったく……」
そっとピピの頭を撫でる。
「おやすみ、ピピ」
返事はない。
ただ、腕の中のピピが少しだけ身じろぎし、和真の手を握り直した。
その様子に、和真は小さく微笑んだ。
そして、今日初めて知った事実を思い出す。
「……二十四歳、か」
思わず呟いてしまった。
あの無邪気さからは、なかなか想像できなかった。
けれど、ピピも立派な大人なのだ。
今まで子供のように扱っていたことを、少し反省する。
「……もう少し、大人として見てやらないとな」
和真は小さく息を吐いた。
そして、腕の中で眠るピピをもう一度見つめる。
「……たぶん、だけどな」
思わず苦笑する。
その言葉は、すっかりピピの口癖になってしまっていた。
和真は目を閉じた。
今日一日、何度も笑った。
何度も驚いた。
そして、何度もピピの手を握った。
明日もきっと、賑やかな一日になるだろう。
そんなことを考えながら、和真もゆっくりと眠りについた。
腕の中では、ピピが幸せそうな寝顔を浮かべていた。




