第十一話 リディア・ライアット
リディア・ライアットが空色唐辛子荘で暮らし始めてから、三日が過ぎた。
そのわずかな間に、敷地内の様子は大きく変わっていた。
「……いつの間に、こんなことになったんだ?」
朝、鶏小屋を訪れた和真は、入り口の前で立ち尽くした。
昨日まで使っていた餌箱の上には、見覚えのない金属製の容器が取り付けられている。
その下から一定量の餌が自動で落ち、隣に置かれた水入れにも、減った分だけ新しい水が補充される仕組みになっていた。
鶏たちは警戒する様子もなく、普段どおり餌をついばんでいる。
「おはよう、和真。ずいぶん早いですね」
背後から声をかけられ、和真が振り返る。
青緑色の髪をポニーテールにまとめ、頭にゴーグルを載せたリディアが立っていた。
両肩から指先まで続く左右対称の機械義手には、朝露がわずかに付着している。
「これ、リディアが作ったのか?」
「はい。餌と水を毎日補充するのは非効率的でしたので、自動化しました」
「三日分くらい入るのか?」
「現在の容量なら七日分です。残量が少なくなれば、和真のスマホに通知が届きます」
「スマホに?」
和真が画面を確認すると、見覚えのないアプリが追加されていた。
鶏小屋の餌と水の残量だけでなく、内部の温度まで表示されている。
「……いつ入れた?」
「昨日、許可をいただきました」
「俺、許可したっけ?」
「スマホを借りてもいいかと尋ねたところ、和真は『いいよ』と答えました」
「そういう意味だったのか……」
写真でも見るのだろうと思い、深く考えずに渡してしまった。
「次から、何か入れる時はちゃんと説明してくれ」
「承知しました。説明が不足していました」
リディアは悪びれる様子もなく答えると、鶏小屋の扉を開いた。
中へ入った一羽が餌箱の前に立つと、機械が小さな音を立てる。
よく見ると、それぞれの鶏の脚には細い金属製の輪が取り付けられていた。
「その輪は?」
「個体を識別するためのものです。どの個体が、いつ、どの程度の餌を食べたのか記録できます」
「そこまで分かるのか?」
「完全ではありません。ただ、急に餌を食べなくなった個体がいれば、体調不良の可能性があると判断できます」
和真は改めて装置を眺めた。
古い鶏小屋に金属製の機械が取り付けられた光景は少し不釣り合いだが、便利なのは間違いない。
「すごいな。助かるよ」
「……そうですか」
淡々とした返事だった。
しかし、リディアは和真から顔をそらすと、機械義手の指先でゴーグルの位置を何度も直した。
その日の変化は、鶏小屋だけでは終わらなかった。
畑へ向かうと、作物の根元に細い管が伸びていた。
土の中に差し込まれた器具が水分量を測り、乾いた場所にだけ水を流す仕組みらしい。
「畑まで自動になってる……」
「一度に大量の水をまくより、必要な場所へ必要な量だけ与えた方が無駄がありません」
畑の端にしゃがんでいたリディアが立ち上がる。
「ただし、作物ごとに適切な水分量が異なります。しばらくは記録を取り、調整する必要があります」
「これもスマホで見られるのか?」
「はい。外出先から水を止めることもできます」
「便利すぎないか?」
「この程度は初歩的な設備です」
リディアにとっては初歩でも、和真には十分すぎるほど高度だった。
装置の大半は、亜空間工房に保管されていた部品と、この世界で買い集めた電子部品を組み合わせて作ったものらしい。
それでも、わずか数日で完成させたとは信じがたい。
そこへ、大きなじょうろを持ったフェンリスがやって来る。
「和真、おはよう! 今日も僕が水やりを――って、もう終わってる!?」
畑を見たフェンリスの狼耳が、ぴんと立った。
「リディアが自動で水をやる装置を作ってくれたんだ」
「自動……」
フェンリスはじょうろと畑を交互に見る。
「じゃあ、僕の仕事は?」
「他のことをすればいいだろ」
「そうだけど……和真の役に立つために、早起きしたのに……」
しゅんと垂れた狼耳を見て、リディアが首を傾げた。
「水やり以外にも仕事はあります」
「たとえば?」
「収穫、雑草の除去、作物の観察。それに――」
リディアは少し考えたあと、畑の端にある装置を指さした。
「自動化したとはいえ、異常がないか人の目で確認する必要はあります。毎朝ここへ来ているのであれば、フェンリスに任せるのが適切かと」
「僕に?」
「はい。毎日見ていれば、小さな変化にも気づきやすいはずです」
垂れていた狼耳が、すぐに持ち上がった。
「分かった! 僕が責任を持って見ておくよ!」
フェンリスはじょうろを置くと、早速、畑の中を歩き始めた。
「こっちは大丈夫。あっ、この葉っぱは昨日より少し元気になってるかも!」
「……扱いやすい性格ですね」
「聞こえてるからね!?」
離れた場所からフェンリスの声が飛んでくる。
リディアは気にした様子もなく、次の装置を確認し始めた。
さらに翌日には、空色唐辛子荘の入り口と母屋の周囲に小型のカメラが設置された。
敷地内へ誰かが入れば記録が残り、夜間に不審な動きを感知すると、和真のスマホへ通知が届く。
窓や外へ続く扉にも感知器が取り付けられ、無理に開けられた場合には警報が鳴るようになっていた。
「やりすぎじゃないか?」
母屋の居間に集まった全員を前に、和真はスマホに表示された監視画面を眺めた。
「以前、動画を見た者たちが敷地へ押しかけています。また同じことが起きる可能性はあります」
「それはそうだけど……」
「映るのは敷地の入り口と建物の外周だけです。各部屋の内部は一切記録していません」
「それなら、まあ……」
和真が納得しかけたところで、みゆが画面をのぞき込む。
「これ、僕が夜に和真の部屋へ行ったらバレる?」
「外を通れば記録されます」
「じゃあ、屋根から行けば――」
「屋根にも感知器があります」
「窓は?」
「開閉記録が残ります」
「床下は?」
「なぜ侵入する前提なのですか?」
無表情のまま尋ねたリディアに、みゆは二本の尻尾を揺らしながら笑った。
「念のためだよ」
「その“念のため”が必要になる時点で、みゆちゃんは何かするつもりだよね?」
フェンリスが疑いの目を向ける。
「しないよ。まだ」
「まだって言った!」
二人が騒ぐ横で、ひかげは監視画面をじっと見ていた。
「……すごい。暗いのに、ちゃんと映ってる……」
「微弱な光を増幅しています」
「……ゲーム配信の機材にも、使える?」
「用途が異なります。ただし、画質を改善する装置であれば作れます」
ひかげの牛耳が、わずかに持ち上がった。
「……お願い、したいかも」
「必要な部品を確認します」
その会話を聞いたみゆが、すぐに手を挙げた。
「じゃあ僕の部屋にも何か作って!」
「何が必要ですか?」
「寝たままお菓子を取ってきてくれる機械!」
「自分で取ってください」
「即答!?」
リディアが加わってから、空色唐辛子荘は急速に便利になっていた。
壊れかけていた物置の扉は直され、古い外灯は少ない電力で明るく照らせるものへと変わった。
敷地内の水道管には水漏れを感知する器具が取り付けられ、郵便受けに何か入れば通知まで届くようになった。
和真が何気なく「ここが少し不便だ」と口にするたび、翌日には何かしらの装置が完成している。
ありがたい反面、リディアがほとんど休んでいないことだけが気がかりだった。
「リディア。今日はもう作業をやめた方がいいんじゃないか?」
夕食後、和真は作業道具を抱えて母屋の地下へ戻ろうとするリディアを呼び止めた。
「問題ありません」
「昨日も遅くまで起きてただろ?」
「自分は短時間の睡眠でも活動できます」
「できるのと、やっていいのは別だ」
リディアが足を止める。
「ここへ来たばかりなんだから、そんなに急いで何でも作らなくていい。生活に慣れる方が先だよ」
「……生活には、慣れています」
「本当に?」
「はい」
迷いのない返事だった。
だが、和真にはどうしてもそうは思えなかった。
リディアは食事を忘れかけることがあり、作業に集中すると朝まで地下から出てこない。
着替えも最低限しか持っておらず、自分の寝床を整えるより先に敷地中の設備を直していた。
何より、他人の生活を便利にすることには熱心なのに、自分のことには驚くほど関心がない。
「地下は作業場として使ってもいいけど、ちゃんと休める場所も必要だろ」
「寝台はあります」
「そういう意味じゃなくて……」
「風呂もトイレも母屋にあります。現状、不足している設備はありません」
それだけ言うと、リディアは地下へ続く扉を開けた。
「ご心配には及びません。では、自分は作業に戻ります」
「ああ……無理はするなよ」
「承知しました」
地下へ降りていくリディアを見送り、和真は小さく息を吐いた。
本人が大丈夫だと言うのなら、これ以上しつこく言うべきではないのかもしれない。
少なくとも、今のところ大きな問題は起きていない。
和真はそう考えていた。
しかし、その認識があまりにも甘かったことを、間もなく思い知らされることになる。
最初の事件は、その翌日の夜に起きた。
地下の作業場から戻ってきたリディアは、着替えを手にしたまま浴室へ向かった。
長時間の作業で服には土埃が付き、機械義手の隙間にも細かな汚れが入り込んでいる。
脱衣所の明かりがついていることには気づいたが、リディアは特に気にせず扉を開けた。
服を脱ぎ、浴室の扉へ手をかける。
その向こうから水音が聞こえていたものの、彼女の動きが止まることはなかった。
「和真。失礼します」
「え?」
湯船に浸かっていた和真が振り返る。
直後、浴室の扉が開いた。
「うわあああっ!?」
和真は反射的に身体を沈め、リディアから顔をそらした。
「なんで入ってくるんだ!?」
「入浴するためですが」
「それは分かる! 俺が入ってるだろ!」
「はい。確認しています」
「確認したうえで入ってきたの!?」
リディアは和真の反応が理解できないらしく、機械義手の指先で浴室の扉を押さえたまま首を傾げている。
「浴槽には十分な広さがあります。自分は身体と義手の洗浄が目的ですので、和真の邪魔はしません」
「広さの問題じゃない!」
「では、何が問題なのでしょうか」
「全部だよ! とにかく一度、服を着てくれ!」
「既に脱いでしまいました」
「見れば分かる!」
和真は浴槽から出ることもできず、リディアとは反対側の壁を見つめ続けた。
「この世界では、男女が同じ浴室を使用してはいけないのですか?」
「少なくとも、うちでは別々に入る!」
「承知しました」
リディアは素直にうなずく。
「では、外で待機します」
「服を着てからな!」
「着替えは入浴後に使用するものでは?」
「脱いだ服でいいから!」
「非効率的です」
「いいから着て!」
浴室の扉が閉まり、和真は大きく息を吐いた。
まさか、入浴中であると知りながら入ってくるとは思わなかった。
その後、脱衣所にリディアがいないことを確認してから風呂を出る。
先に風呂を譲ることになったリディアは、服を着直した状態で居間に座り、機械義手の指を一本ずつ動かしていた。
「次から、風呂に入る前に確認してくれ」
「承知しました。使用者がいる場合は待機します」
「絶対だからな?」
「はい」
リディアは約束を守った。
それ以降、誰かが入浴している間に浴室へ入ってくることはなくなった。
しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
翌朝、和真がトイレの扉を開けると、中にリディアがいた。
二人の動きが止まる。
「……何か用でしょうか」
「鍵!」
「鍵?」
「中にいるなら鍵をかけてくれ!」
「扉が閉まっていれば、使用中であることは分かるはずです」
「分からないから開けたんだよ!」
「なるほど。次回から施錠します」
「頼むから、こういうのは一回で覚えてくれ……」
和真はすぐに扉を閉め、その場で頭を抱えた。
リディアに悪気はない。
恥ずかしがる様子もなければ、和真を困らせようとしているわけでもない。
だからこそ、どう注意すればいいのか分からなかった。
そして、その日の夜。
風呂から上がったリディアは、パンツ以外何も身につけないまま居間へ入ってきた。
長い青緑色の髪は下ろされ、濡れたまま背中に張りついている。
和真は飲んでいたお茶を噴き出しかけた。
「リディア!?」
「はい」
「服!」
「これから着ます」
「じゃあ、なんで居間に来た!?」
「地下に置いたままでした」
「せめてタオルを巻いてくれ!」
リディアは手に持っていた小さなタオルを見る。
「この大きさでは、身体全体を覆うことは困難です」
「脱衣所に大きいのがあっただろ!」
「あれは身体を拭くためのものでは?」
「巻いてもいいんだよ!」
「なるほど」
リディアは納得したようにうなずくと、そのまま地下へ向かおうとした。
「待て待て! 今からでも何か羽織ってくれ!」
「地下まで数秒です」
「時間の問題じゃない!」
その騒ぎを聞きつけ、部屋へ戻る準備をしていたフェンリスたちが居間へ駆け込んできた。
「和真、どうしたの!?」
先頭で現れたフェンリスが、ほとんど裸のリディアを見つける。
大きな狼耳がぴんと立ち、直後に銀色の尻尾が膨らんだ。
「な、な、なんでそんな格好で和真の前にいるの!?」
「着替えを取りに行く途中です」
「服を着てから出てきてよ!」
「ですから、その服を地下へ取りに――」
「先にタオル! 早く隠して!」
フェンリスは近くにあった毛布を引っつかむと、リディアの身体に巻きつけた。
遅れて顔をのぞかせたひかげは、状況を目にした瞬間、長い前髪の奥で顔を真っ赤にする。
「……ご、ごめんなさい……」
なぜか自分が謝り、両手で顔を覆ってしまった。
その隣では、みゆが面白そうに二本の尻尾を揺らしている。
「へえ。こうすれば和真の反応が見られるんだ」
「みゆ。余計なことを覚えるな」
「まだ何もしてないよ?」
「その言い方が一番怖いんだよ」
和真はリディアに着替えを渡し、全員で最低限の生活上の決まりを説明することにした。
風呂は一人ずつ入る。
トイレでは必ず鍵をかける。
風呂上がりでも、居間へ来る時は服を着る。
誰かの部屋に入る際には、必ず扉を叩いて返事を待つ。
リディアは一つずつ確認し、淡々とうなずいた。
「理解しました。今後は注意します」
「本当に頼むよ」
「しかし、身体は生体組織にすぎません。過度に隠す必要性は低いと考えます」
「この世界では必要なの!」
フェンリスの声が居間に響く。
その必死な様子を見て、みゆが口元を緩めた。
「フェンリスってば、和真がリディアの裸を見そうになったのが嫌なんだ?」
「そういう話じゃないよ! 常識の話をしてるの!」
「尻尾、すごく膨らんでるけど?」
「これは怒ってるから!」
「嫉妬じゃなくて?」
「違う!」
フェンリスは顔を赤くしながら否定した。
リディアは二人のやり取りを眺めたあと、自分に巻かれた毛布へ視線を落とす。
「服を着てきます」
「最初からそうして!」
最低限の決まりを伝えたことで、今度こそ問題は解決したように思えた。
だが、リディアの長年染みついた習慣は、一度説明しただけで完全に直るものではなかった。
数日後の深夜。
地下の作業場で新しい装置を組み立てていたリディアは、椅子に座ったまま眠ってしまった。
しばらくして目を覚ましたものの、意識は半分以上眠ったままだった。
「……寝台……」
そう呟いたリディアは、地下の寝台とは反対にある階段へふらつく足取りで向かった。
自分がどこへ進んでいるのかも理解しないまま、階段を上がる。
薄暗い廊下を歩き、一つの扉を開けた。
そこはリディアの寝床ではなく、和真の部屋だった。
和真は既に布団の中で眠っている。
リディアは辺りを確認することもなく、掛け布団を持ち上げた。
「……温かい」
そのまま和真の隣へ潜り込む。
機械義手が和真の身体へ強く当たらないよう、両腕を掛け布団の上に置き、無意識に身体だけを寄せた。
和真がわずかに身じろぎしたが、目を覚ますことはなかった。
翌朝。
「和真! 朝だよ!」
朝食のため母屋へ来たフェンリスは、返事のない和真を起こそうと寝室の扉を叩いた。
「まだ寝てるの? 入るよ?」
しばらく待っても反応がない。
体調を崩したのかと心配になったフェンリスが、そっと扉を開ける。
「和真、大丈夫――」
言葉が途中で止まった。
布団の中で、和真とリディアが並んで眠っていた。
リディアは和真の腕へ身体を寄せ、青緑色の髪を枕の上に広げている。
和真は何も知らず、穏やかな寝息を立てていた。
フェンリスの狼耳が小刻みに震える。
朝食を食べに来たみゆが、その背後から部屋をのぞいた。
「あっ。添い寝してる」
「そ、そ、そ……」
フェンリスの尻尾が、これまでにないほど大きく膨らんだ。
「添い寝してるうううううっ!」
母屋全体を揺らすような叫び声に、和真が飛び起きる。
「な、なんだ!?」
起き上がろうとしたところで、右腕に重みを感じた。
和真が恐る恐る隣を見る。
「……おはようございます、和真」
騒ぎで目を覚ましたリディアが、身体を寄せたまま淡々と挨拶した。
「どうしてここにいる!?」
「自分にも分かりません」
「分からないの!?」
「地下で作業をしていたところまでは覚えています」
「だったら寝ぼけて入ってきたのか……?」
「その可能性が高いです」
リディアは落ち着いているが、フェンリスはそれどころではなかった。
「リディア!」
「はい」
「やっぱり地下で暮らすのは禁止!」
「なぜでしょうか」
「お風呂もトイレも和真と同じ! 着替えも忘れる! 寝ぼけたら和真の布団に入る! こんなの絶対に駄目!」
「最後の行動は想定外でした。次回から注意します」
「注意だけじゃ足りないよ!」
フェンリスは和真の布団の前に座り、リディアへ詰め寄った。
「アパートには空いている部屋があるよね? そこに移って!」
「地下には作業設備があります」
「作業する時だけ地下に来ればいいでしょ! 寝るのは自分の部屋!」
「移動に時間がかかります」
「一分もかからないよ!」
「往復すれば二分です」
「そのくらい我慢して!」
フェンリスは和真へ顔を向ける。
「和真からも言ってよ!」
「確かに、地下は人が暮らすために作られた場所じゃないからな。作業場として使うのは構わないけど、寝る部屋は別にした方がいい」
「和真も、そう考えますか」
「ああ。その方がゆっくり休めるだろ」
リディアは少し考えたあと、身体を離した。
「承知しました。和真の提案であれば従います」
「僕が先に言ったのに!」
フェンリスが不満そうに叫ぶ。
こうして、その日のうちに201号室がリディアの部屋として用意された。
地下はこれまでどおり作業場として使うものの、夜は必ず201号室へ戻る。
風呂やトイレを使う時には鍵と使用状況を確認し、母屋を歩く際には服を着る。
寝ぼけて和真の部屋へ入らないよう、夜間だけ寝室の扉にも鍵をかけることになった。
リディアの引っ越しを見届けたフェンリスは、ようやく安心したように息を吐いた。
「これで和真の布団に勝手に入る人はいなくなったね」
「そうだな」
「……勝手じゃなければいいの?」
みゆが何気なく尋ねる。
「よくない!」
フェンリスは即座に否定した。
しかし、その時のみゆは、既に何かを思いついたような笑みを浮かべていた。
リディアが201号室へ移った日の夜。
母屋での夕食を終えたフェンリスたちは、それぞれの部屋へ戻っていった。
和真は食器を片づけたあと、風呂を済ませて寝室へ向かう。
リディアの一件以来、寝る前に扉の鍵をかけることが習慣になっていた。
「……これで大丈夫だな」
窓が閉まっていることも確認し、和真は布団へ入った。
今日からリディアは201号室で眠っている。
さすがに、寝ぼけてアパートから母屋まで歩いてくることはないだろう。
和真は安心して目を閉じた。
それから一時間ほど経った頃。
暗くなった居間の収納が、音もなく開いた。
中から二本の尻尾が伸び、続いてみゆがそっと顔を出す。
「もう寝たかな?」
夕食後、102号室へ帰ったふりをしたみゆは、和真たちが食器を片づけている隙に収納の中へ隠れていた。
リディアが設置した感知器は、建物の外から侵入する者を見つけるためのものだ。
最初から母屋の中にいれば、警報は鳴らない。
和真も自宅の中でまで常に魔力を探っているわけではなく、みゆは気配を抑えて息を潜めていた。
みゆは音を立てないよう廊下を進み、和真の寝室の前で立ち止まった。
取っ手に手をかける。
しかし、扉は動かなかった。
「あれ?」
何度か回してみるが、鍵がかかっている。
「リディアのせいで、用心深くなっちゃった」
みゆは頬を膨らませた。
それでも諦めず、二本ある尻尾の片方へ魔力を通す。
尻尾は細い腕のように自在に曲がり、扉と床の隙間を通って内側へ滑り込んでいった。
床から扉を伝うように伸び、鍵のつまみに巻きつく。
小さな音とともに鍵が開いた。
「僕にかかれば、このくらい簡単だよ」
みゆは満足そうに笑い、寝室へ忍び込んだ。
和真は何も知らずに眠っている。
枕元まで近づいたみゆは、その寝顔をしばらく眺めた。
「リディアは何も言わずに入ったんだから、僕もいいよね?」
もちろん、よくはない。
だが、その場には止める者がいなかった。
みゆは掛け布団を持ち上げ、和真の隣へ潜り込む。
起こさないよう静かに身体を寄せ、和真の服の裾をつかんだ。
「……温かい」
どこかで聞いたようなことを呟くと、みゆは満足そうに目を閉じた。
翌朝。
和真は胸元に感じた重みで目を覚ました。
「……またか?」
嫌な予感を覚えながら、ゆっくりと視線を下げる。
みゆが和真の胸に頬を寄せ、気持ちよさそうに眠っていた。
二本の尻尾は和真の足へ絡みついている。
「なんでいるんだよ!」
「うにゃっ!?」
驚いたみゆの猫耳が跳ねる。
「おはよう、和真」
「おはようじゃない! 鍵をかけたはずだぞ!」
「僕の尻尾は器用だからね」
「自慢するところじゃない!」
「でも、リディアだけずるいでしょ?」
「あれは事故だ!」
「僕だって、気づいたらここで寝てたんだよ」
「自分から入ってきただろ!」
和真の声を聞きつけ、朝食のため母屋へ来ていたフェンリスが寝室へ駆け込んでくる。
「和真、どうしたの!?」
そして、布団の中にいるみゆを見つけた。
「あっ」
「みゆちゃん……?」
フェンリスの声が低くなる。
みゆは掛け布団から顔だけを出し、にっこりと笑った。
「おはよう、フェンリス」
「どうして和真と一緒に寝てるのかな?」
「夜這い?」
「自分で言った!」
フェンリスはみゆを布団から引っ張り出す。
「駄目って言ったよね! 勝手に和真の部屋へ入っちゃ駄目だって、昨日みんなで決めたばかりだよね!?」
「リディアだけ和真と添い寝したのは不公平だよ」
「リディアは寝ぼけてたの!」
「寝ぼけたふりかもしれないよ?」
「自分は演技をしていません」
開いたままの扉の向こうから、リディアが答えた。
朝食のため201号室から母屋へ来たところで、騒ぎを聞きつけたらしい。
その隣では、同じく朝食を食べに来たひかげが、困ったように牛耳を伏せている。
「……みゆちゃん、本当に入ったんだ……」
「うん。よく眠れたよ」
「感想を言わなくていい!」
フェンリスはみゆを居間へ連れていき、正座させた。
それからしばらくの間、説教が続いた。
「和真が優しいからって、何をしても許されると思ったら駄目!」
「フェンリスは和真のお嫁さんなの?」
「ち、違うよ!」
「じゃあ、どうしてフェンリスが怒るの?」
「それは……和真が困ってるから!」
「本当にそれだけ?」
「それだけ!」
即答したフェンリスだったが、膨らんだ尻尾はなかなか元に戻らなかった。
最終的に、みゆは二度と無断で和真の部屋へ入らないと約束させられた。
寝室の鍵も、尻尾では開けられないものへ交換することになった。
「対策は可能です」
リディアが淡々と答える。
「内側のつまみに覆いを取り付けます。尻尾だけでは操作できなくなります」
「そんなあ」
「侵入を試みた場合は、和真のスマホへ通知を送ることもできます」
「僕だけ監視が厳しくない?」
「過去の行動に基づいた適切な処置です」
みゆは不満そうだったが、反論できなかった。
これで騒ぎは収まった。
そう思われた翌日の夜。
夕食を終えたフェンリスは、他の者が帰ったあとも母屋に残っていた。
居間の隅に座り、自分の尻尾を抱えながら、何度も和真の方を見ている。
「フェンリス。どうした?」
「……何が?」
「今日は帰らないのか?」
「もう少ししたら帰るよ」
そう答えたものの、フェンリスは動こうとしない。
和真が食器を片づけ終えても、まだ同じ場所に座っていた。
「何か話があるんじゃないのか?」
「……うん」
フェンリスはしばらく迷ったあと、和真の前まで来た。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
「内容による」
「リディアも、みゆちゃんも……和真と一緒に寝たよね」
「リディアは事故で、みゆは勝手に入ってきたんだ」
「分かってるよ。でも……」
フェンリスの狼耳が、力なく横へ倒れる。
「僕だけ何もないのは、その……少しくらい悔しいっていうか……」
「フェンリスまで張り合わなくていいんだぞ」
「張り合ってるわけじゃないよ!」
反射的に否定したあと、フェンリスは抱えていた尻尾へ顔を埋めた。
「僕だって、自分でも何を言ってるのか分かってるよ。変な意味じゃないし……ただ、二人だけずるいなって思っただけ」
「二人とも、まともな理由で寝たわけじゃないからな?」
「分かってる。でも……」
フェンリスは尻尾から顔を出し、遠慮がちに和真を見る。
「少しだけ話をして、眠くなるまで近くにいたら駄目?」
「話をするだけなら、いつでもできるだろ」
「今日は、もう少し長く一緒にいたいんだ」
素直に口にした直後、フェンリスの顔が真っ赤になった。
「い、今のは忘れて! やっぱり帰る!」
慌てて立ち上がろうとするフェンリスを、和真が呼び止める。
「待て。別に怒ってないよ」
「でも……」
「同じ布団に入るのは駄目だからな。隣にもう一組敷いて、少し話をするだけならいい」
「本当に?」
「今日だけだぞ」
「う、うん! それで十分!」
伏せていた狼耳が勢いよく立ち上がった。
フェンリスは押し入れから布団を取り出し、和真の隣へ並べる。
「近すぎないか?」
「離したら声が聞こえにくいよ」
「普通に聞こえる距離だろ」
「和真は耳がいいからそう思うんだよ」
「フェンリスも狼の獣人だろ」
「……細かいことは気にしないで」
結局、二つの布団は手を伸ばせば届くほど近くに並べられた。
明かりを消し、和真が横になる。
隣の布団から、フェンリスの尻尾が伸びてきた。
「尻尾が入ってきてるぞ」
「勝手に動いただけ」
「戻してくれ」
「……少しくらいいいでしょ?」
大きな尻尾は、二つの布団の間を埋めるように広がっていた。
しばらくの間、二人は昼間の出来事や畑の様子について取り留めのない話を続けた。
やがて返事が途切れ始め、フェンリスの声が眠たそうに小さくなる。
「フェンリス。眠いなら、もう寝ろよ」
「……うん」
フェンリスの手が布団から出てくる。
少し迷うように宙を動いたあと、指先が和真の袖へ触れた。
「これくらいなら、いい?」
「袖だけだぞ」
「分かってるよ」
フェンリスは袖の端を軽くつまむ。
「おやすみ、和真」
「ああ。おやすみ」
それ以上、フェンリスが近づいてくることはなかった。
袖をつまんでいるだけで安心したのか、すぐに穏やかな寝息が聞こえ始める。
和真は暗闇の中で、小さく息を吐いた。
少し困りはしたものの、隣から伝わる気配は不思議と嫌ではなかった。
翌朝。
目を覚ましたフェンリスは、袖をつまんだまま眠れたことを恥ずかしそうにしながらも、どこか満足した様子で101号室へ戻っていった。
これで全て終わるはずだった。
ところが、その日の夕食後。
自分の部屋へ戻ろうとしていたひかげが、母屋に残る和真の服を遠慮がちにつまんだ。
「……和真さん」
「どうした?」
「……少しだけ、お願いが……」
ひかげは長い前髪の奥で顔を赤くしていた。
「……みんなだけ、その……和真さんと、特別なことをしていて……」
「ひかげまで一緒に寝たいのか?」
「ち、違います……!」
ひかげは慌てて首を横に振る。
「……一緒に寝るのは、恥ずかしいので……無理です」
「じゃあ、何をしてほしいんだ?」
「……ゲームを、一緒にしてほしいです」
「ゲーム?」
「……はい。それで……眠くなるまで、少しだけ部屋にいてほしいです」
ひかげの牛耳がしゅんと伏せる。
「……駄目、でしょうか」
和真は少し考えた。
一緒にゲームをするだけなら、今までの騒ぎとはまったく違う。
「分かった。ただし、あまり遅くならないようにしよう」
「……はい」
ひかげの牛耳が、嬉しそうに持ち上がった。
二人は204号室へ移動し、並んでゲームを始めた。
ひかげが選んだのは、二人で協力して敵を倒すゲームだった。
普段は会話も控えめなひかげだが、ゲームをしている間は少しだけ声が大きくなる。
「……和真さん、後ろ……!」
「分かってる!」
「……回復、します」
「助かる!」
二人で何度か失敗しながらも、最後には強敵を倒すことができた。
画面に勝利の文字が表示される。
ひかげはコントローラーを胸元で抱え、嬉しそうに笑った。
「……一人で倒した時より、楽しいです」
「俺は何度もやられたけどな」
「……次は、もっと上手に守ります」
「またやるつもりなのか?」
「……駄目、ですか?」
「駄目じゃないよ。また時間がある時にな」
和真が答えると、ひかげの牛耳が小さく動いた。
ゲームを終え、ひかげはコントローラーを片づける。
先ほどまで楽しそうにしていたものの、まだ和真に帰ってほしくないらしく、何度もベッドと和真を交互に見ていた。
「眠くなるまで、ここにいればいいんだったな」
「……はい」
ひかげがベッドへ入り、掛け布団を肩まで引き上げる。
和真は少し離れた場所に座った。
「これでいいか?」
「……ありがとうございます」
ひかげは安心したように目を閉じる。
「……和真さん」
「ん?」
「……今日は、ありがとうございました」
「ゲームをしただけだろ」
「……それだけじゃ、ないです」
小さく答えたあと、ひかげは静かに眠りについた。
和真はしばらく待ち、寝息が聞こえ始めたことを確かめてから立ち上がる。
「おやすみ、ひかげ」
部屋の明かりを消し、音を立てないよう204号室を出た。
階段を下りると、外にリディアが立っていた。
「リディア? こんな時間にどうした?」
「地下の作業場から201号室へ戻るところです」
「また遅くまで作業してたのか。ちゃんと休めよ」
「本日の作業は終了しました」
以前のように「問題ありません」とだけ答えなかったことに、和真は少しだけ安心した。
リディアは204号室の扉を見上げる。
「ひかげと一緒にいたのですか?」
「ああ。ゲームに付き合って、眠るまで部屋にいただけだ」
「なるほど」
リディアは機械義手の指先を動かし、何かを記録するような仕草を見せた。
「和真は、正式に頼まれれば、眠るまで近くにいることを許可するのですね」
「その覚え方はやめてくれ」
「重要な参考情報です」
「何の参考だよ?」
「今後の生活に関する参考です」
リディアはそれ以上説明せず、201号室の扉を開ける。
「おやすみなさい、和真」
「あ、ああ。おやすみ」
部屋へ入る直前、リディアはわずかに和真を振り返った。
その表情はいつもと変わらず、何を考えているのか分からない。
ただ、扉を閉める直前に見えた彼女の口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
こうして、リディアの無頓着さから始まった添い寝騒動は、ひとまず終わりを迎えた。
空色唐辛子荘は以前より便利になったものの、そこに暮らす者たちの騒がしさまで自動化することはできない。
むしろ新たな住人が増えるたび、和真の平穏な生活は少しずつ遠ざかっているようだった。
最初の事件は、その翌日の夜に起きた。
地下の作業場から戻ってきたリディアは、着替えを手にしたまま浴室へ向かった。
長時間の作業で服には土埃が付き、機械義手の隙間にも細かな汚れが入り込んでいる。
脱衣所の明かりがついていることには気づいたが、リディアは特に気にせず扉を開けた。
服を脱ぎ、浴室の扉へ手をかける。
その向こうから水音が聞こえていたものの、彼女の動きが止まることはなかった。
「和真。失礼します」
「え?」
湯船に浸かっていた和真が振り返る。
直後、浴室の扉が開いた。
「うわあああっ!?」
和真は反射的に身体を沈め、リディアから顔をそらした。
「なんで入ってくるんだ!?」
「入浴するためですが」
「それは分かる! 俺が入ってるだろ!」
「はい。確認しています」
「確認したうえで入ってきたの!?」
リディアは和真の反応が理解できないらしく、機械義手の指先で浴室の扉を押さえたまま首を傾げている。
「浴槽には十分な広さがあります。自分は身体と義手の洗浄が目的ですので、和真の邪魔はしません」
「広さの問題じゃない!」
「では、何が問題なのでしょうか」
「全部だよ! とにかく一度、服を着てくれ!」
「既に脱いでしまいました」
「見れば分かる!」
和真は浴槽から出ることもできず、リディアとは反対側の壁を見つめ続けた。
「この世界では、男女が同じ浴室を使用してはいけないのですか?」
「少なくとも、うちでは別々に入る!」
「承知しました」
リディアは素直にうなずく。
「では、外で待機します」
「服を着てからな!」
「着替えは入浴後に使用するものでは?」
「脱いだ服でいいから!」
「非効率的です」
「いいから着て!」
浴室の扉が閉まり、和真は大きく息を吐いた。
まさか、入浴中であると知りながら入ってくるとは思わなかった。
その後、脱衣所にリディアがいないことを確認してから風呂を出る。
先に風呂を譲ることになったリディアは、服を着直した状態で居間に座り、機械義手の指を一本ずつ動かしていた。
「次から、風呂に入る前に確認してくれ」
「承知しました。使用者がいる場合は待機します」
「絶対だからな?」
「はい」
リディアは約束を守った。
それ以降、誰かが入浴している間に浴室へ入ってくることはなくなった。
しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
翌朝、和真がトイレの扉を開けると、中にリディアがいた。
二人の動きが止まる。
「……何か用でしょうか」
「鍵!」
「鍵?」
「中にいるなら鍵をかけてくれ!」
「扉が閉まっていれば、使用中であることは分かるはずです」
「分からないから開けたんだよ!」
「なるほど。次回から施錠します」
「頼むから、こういうのは一回で覚えてくれ……」
和真はすぐに扉を閉め、その場で頭を抱えた。
リディアに悪気はない。
恥ずかしがる様子もなければ、和真を困らせようとしているわけでもない。
だからこそ、どう注意すればいいのか分からなかった。
そして、その日の夜。
風呂から上がったリディアは、パンツ以外何も身につけないまま居間へ入ってきた。
長い青緑色の髪は下ろされ、濡れたまま背中に張りついている。
和真は飲んでいたお茶を噴き出しかけた。
「リディア!?」
「はい」
「服!」
「これから着ます」
「じゃあ、なんで居間に来た!?」
「地下に置いたままでした」
「せめてタオルを巻いてくれ!」
リディアは手に持っていた小さなタオルを見る。
「この大きさでは、身体全体を覆うことは困難です」
「脱衣所に大きいのがあっただろ!」
「あれは身体を拭くためのものでは?」
「巻いてもいいんだよ!」
「なるほど」
リディアは納得したようにうなずくと、そのまま地下へ向かおうとした。
「待て待て! 今からでも何か羽織ってくれ!」
「地下まで数秒です」
「時間の問題じゃない!」
その騒ぎを聞きつけ、部屋へ戻る準備をしていたフェンリスたちが居間へ駆け込んできた。
「和真、どうしたの!?」
先頭で現れたフェンリスが、ほとんど裸のリディアを見つける。
大きな狼耳がぴんと立ち、直後に銀色の尻尾が膨らんだ。
「な、な、なんでそんな格好で和真の前にいるの!?」
「着替えを取りに行く途中です」
「服を着てから出てきてよ!」
「ですから、その服を地下へ取りに――」
「先にタオル! 早く隠して!」
フェンリスは近くにあった毛布を引っつかむと、リディアの身体に巻きつけた。
遅れて顔をのぞかせたひかげは、状況を目にした瞬間、長い前髪の奥で顔を真っ赤にする。
「……ご、ごめんなさい……」
なぜか自分が謝り、両手で顔を覆ってしまった。
その隣では、みゆが面白そうに二本の尻尾を揺らしている。
「へえ。こうすれば和真の反応が見られるんだ」
「みゆ。余計なことを覚えるな」
「まだ何もしてないよ?」
「その言い方が一番怖いんだよ」
和真はリディアに着替えを渡し、全員で最低限の生活上の決まりを説明することにした。
風呂は一人ずつ入る。
トイレでは必ず鍵をかける。
風呂上がりでも、居間へ来る時は服を着る。
誰かの部屋に入る際には、必ず扉を叩いて返事を待つ。
リディアは一つずつ確認し、淡々とうなずいた。
「理解しました。今後は注意します」
「本当に頼むよ」
「しかし、身体は生体組織にすぎません。過度に隠す必要性は低いと考えます」
「この世界では必要なの!」
フェンリスの声が居間に響く。
その必死な様子を見て、みゆが口元を緩めた。
「フェンリスってば、和真がリディアの裸を見そうになったのが嫌なんだ?」
「そういう話じゃないよ! 常識の話をしてるの!」
「尻尾、すごく膨らんでるけど?」
「これは怒ってるから!」
「嫉妬じゃなくて?」
「違う!」
フェンリスは顔を赤くしながら否定した。
リディアは二人のやり取りを眺めたあと、自分に巻かれた毛布へ視線を落とす。
「服を着てきます」
「最初からそうして!」
最低限の決まりを伝えたことで、今度こそ問題は解決したように思えた。
だが、リディアの長年染みついた習慣は、一度説明しただけで完全に直るものではなかった。
数日後の深夜。
地下の作業場で新しい装置を組み立てていたリディアは、椅子に座ったまま眠ってしまった。
しばらくして目を覚ましたものの、意識は半分以上眠ったままだった。
「……寝台……」
そう呟いたリディアは、地下の寝台とは反対にある階段へ、ふらつく足取りで向かった。
自分がどこへ進んでいるのかも理解しないまま、階段を上がる。
薄暗い廊下を歩き、一つの扉を開けた。
そこはリディアの寝床ではなく、和真の部屋だった。
和真は既に布団の中で眠っている。
リディアは辺りを確認することもなく、掛け布団を持ち上げた。
「……温かい」
そのまま和真の隣へ潜り込む。
機械義手が和真の身体へ強く当たらないよう、両腕を掛け布団の上に置き、無意識に身体だけを寄せた。
和真がわずかに身じろぎしたが、目を覚ますことはなかった。
翌朝。
「和真! 朝だよ!」
朝食のため母屋へ来たフェンリスは、返事のない和真を起こそうと寝室の扉を叩いた。
「まだ寝てるの? 入るよ?」
しばらく待っても反応がない。
体調を崩したのかと心配になったフェンリスが、そっと扉を開ける。
「和真、大丈夫――」
言葉が途中で止まった。
布団の中で、和真とリディアが並んで眠っていた。
リディアは和真の腕へ身体を寄せ、青緑色の髪を枕の上に広げている。
和真は何も知らず、穏やかな寝息を立てていた。
フェンリスの狼耳が小刻みに震える。
朝食を食べに来たみゆが、その背後から部屋をのぞいた。
「あっ。添い寝してる」
「そ、そ、そ……」
フェンリスの尻尾が、これまでにないほど大きく膨らんだ。
「添い寝してるうううううっ!」
母屋全体を揺らすような叫び声に、和真が飛び起きる。
「な、なんだ!?」
起き上がろうとしたところで、右腕に重みを感じた。
和真が恐る恐る隣を見る。
「……おはようございます、和真」
騒ぎで目を覚ましたリディアが、身体を寄せたまま淡々と挨拶した。
「どうしてここにいる!?」
「自分にも分かりません」
「分からないの!?」
「地下で作業をしていたところまでは覚えています」
「だったら寝ぼけて入ってきたのか……?」
「その可能性が高いです」
リディアは落ち着いているが、フェンリスはそれどころではなかった。
「リディア!」
「はい」
「やっぱり地下で暮らすのは禁止!」
「なぜでしょうか」
「お風呂もトイレも和真と同じ! 着替えも忘れる! 寝ぼけたら和真の布団に入る! こんなの絶対に駄目!」
「最後の行動は想定外でした。次回から注意します」
「注意だけじゃ足りないよ!」
フェンリスは和真の布団の前に座り、リディアへ詰め寄った。
「アパートには空いている部屋があるよね? そこに移って!」
「地下には作業設備があります」
「作業する時だけ地下に来ればいいでしょ! 寝るのは自分の部屋!」
「移動に時間がかかります」
「一分もかからないよ!」
「往復すれば二分です」
「そのくらい我慢して!」
フェンリスは和真へ顔を向ける。
「和真からも言ってよ!」
「確かに、地下は人が暮らすために作られた場所じゃないからな。作業場として使うのは構わないけど、寝る部屋は別にした方がいい」
「和真も、そう考えますか」
「ああ。その方がゆっくり休めるだろ」
リディアは少し考えたあと、和真から身体を離した。
「承知しました。和真の提案であれば従います」
「僕が先に言ったのに!」
フェンリスが不満そうに叫ぶ。
こうして、その日のうちに201号室がリディアの部屋として用意された。
地下はこれまでどおり作業場として使うものの、夜は必ず201号室へ戻る。
風呂やトイレを使う時には鍵と使用状況を確認し、母屋を歩く際には服を着る。
寝ぼけて和真の部屋へ入らないよう、夜間だけ寝室の扉にも鍵をかけることになった。
リディアの引っ越しを見届けたフェンリスは、ようやく安心したように息を吐いた。
「これで和真の布団に勝手に入る人はいなくなったね」
「そうだな」
「……勝手じゃなければいいの?」
みゆが何気なく尋ねる。
「よくない!」
フェンリスは即座に否定した。
しかし、その時のみゆは、既に何かを思いついたような笑みを浮かべていた。
リディアが201号室へ移った日の夜。
母屋での夕食を終えたフェンリスたちは、それぞれの部屋へ戻っていった。
和真は食器を片づけたあと、風呂を済ませて寝室へ向かう。
リディアの一件以来、寝る前に扉の鍵をかけることが習慣になっていた。
「……これで大丈夫だな」
窓が閉まっていることも確認し、和真は布団へ入った。
今日からリディアは201号室で眠っている。
さすがに、寝ぼけてアパートから母屋まで歩いてくることはないだろう。
和真は安心して目を閉じた。
それから一時間ほど経った頃。
暗くなった居間の収納が、音もなく開いた。
中から二本の尻尾が伸び、続いてみゆがそっと顔を出す。
「もう寝たかな?」
夕食後、102号室へ帰ったふりをしたみゆは、和真たちが食器を片づけている隙に収納の中へ隠れていた。
リディアが設置した感知器は、建物の外から侵入する者を見つけるためのものだ。
最初から母屋の中にいれば、警報は鳴らない。
全員で夕食を食べたあとの居間には、みゆを含めた住人たちの匂いが残っていた。そのため、フェンリスも一人だけ残っていることには気づかなかったらしい。
和真も、自宅の中でまで常に魔力を探っているわけではない。
みゆは収納から抜け出すと、音を立てないよう廊下を進み、和真の寝室の前で立ち止まった。
取っ手に手をかける。
しかし、扉は動かなかった。
「あれ?」
何度か回してみるが、鍵がかかっている。
「リディアのせいで、用心深くなっちゃった」
みゆは頬を膨らませた。
それでも諦めず、二本ある尻尾の片方へ魔力を通す。
尻尾は細い腕のように自在に曲がり、扉と床の隙間を通って内側へ滑り込んでいった。
床から扉を伝うように伸び、内側にある鍵のつまみへ巻きつく。
小さな音とともに鍵が開いた。
「僕にかかれば、このくらい簡単だよ」
みゆは満足そうに笑い、寝室へ忍び込んだ。
和真は何も知らずに眠っている。
枕元まで近づいたみゆは、その寝顔をしばらく眺めた。
「リディアは何も言わずに入ったんだから、僕もいいよね?」
もちろん、よくはない。
だが、その場には止める者がいなかった。
みゆは掛け布団を持ち上げ、和真の隣へ潜り込む。
起こさないよう静かに身体を寄せ、和真の服の裾をつかんだ。
「……温かい」
どこかで聞いたようなことを呟くと、みゆは満足そうに目を閉じた。
翌朝。
和真は胸元に感じた重みで目を覚ました。
「……またか?」
嫌な予感を覚えながら、ゆっくりと視線を下げる。
みゆが和真の胸に頬を寄せ、気持ちよさそうに眠っていた。
二本の尻尾は和真の足へ絡みついている。
「なんでいるんだよ!」
「うにゃっ!?」
驚いたみゆの猫耳が跳ねる。
「おはよう、和真」
「おはようじゃない! 鍵をかけたはずだぞ!」
「僕の尻尾は器用だからね」
「自慢するところじゃない!」
「でも、リディアだけずるいでしょ?」
「あれは事故だ!」
「僕だって、気づいたらここで寝てたんだよ」
「自分から入ってきただろ!」
和真の声を聞きつけ、朝食のため母屋へ来ていたフェンリスが寝室へ駆け込んでくる。
「和真、どうしたの!?」
そして、布団の中にいるみゆを見つけた。
「あっ」
「みゆちゃん……?」
フェンリスの声が低くなる。
みゆは掛け布団から顔だけを出し、にっこりと笑った。
「おはよう、フェンリス」
「どうして和真と一緒に寝てるのかな?」
「夜這い?」
「自分で言った!」
フェンリスはみゆを布団から引っ張り出す。
「駄目って言ったよね! 勝手に和真の部屋へ入っちゃ駄目だって、昨日みんなで決めたばかりだよね!?」
「リディアだけ和真と添い寝したのは不公平だよ」
「リディアは寝ぼけてたの!」
「寝ぼけたふりかもしれないよ?」
「自分は演技をしていません」
開いたままの扉の向こうから、リディアが答えた。
朝食のため201号室から母屋へ来たところで、騒ぎを聞きつけたらしい。
その隣では、同じく朝食を食べに来たひかげが、困ったように牛耳を伏せている。
「……みゆちゃん、本当に入ったんだ……」
「うん。よく眠れたよ」
「感想を言わなくていい!」
フェンリスはみゆを居間へ連れていき、正座させた。
それからしばらくの間、説教が続いた。
「和真が優しいからって、何をしても許されると思ったら駄目!」
「フェンリスは和真のお嫁さんなの?」
「ち、違うよ!」
「じゃあ、どうしてフェンリスが怒るの?」
「それは……和真が困ってるから!」
「本当にそれだけ?」
「それだけ!」
即答したフェンリスだったが、膨らんだ尻尾はなかなか元に戻らなかった。
最終的に、みゆは二度と無断で和真の部屋へ入らないと約束させられた。
寝室の鍵も、尻尾では開けられないものへ交換することになった。
「対策は可能です」
リディアが淡々と答える。
「内側のつまみに覆いを取り付けます。尻尾だけでは操作できなくなります」
「そんなあ」
「侵入を試みた場合は、和真のスマホへ通知を送ることもできます」
「僕だけ監視が厳しくない?」
「過去の行動に基づいた適切な処置です」
みゆは不満そうだったが、反論できなかった。
これで騒ぎは収まった。
そう思われた翌日の夜。
夕食を終えたフェンリスは、他の者が帰ったあとも母屋に残っていた。
居間の隅に座り、自分の尻尾を抱えながら、何度も和真の方を見ている。
「フェンリス。どうした?」
「……何が?」
「今日は帰らないのか?」
「もう少ししたら帰るよ」
そう答えたものの、フェンリスは動こうとしない。
和真が食器を片づけ終えても、まだ同じ場所に座っていた。
「何か話があるんじゃないのか?」
「……うん」
フェンリスはしばらく迷ったあと、和真の前まで来た。
「怒らないで聞いてほしいんだけど」
「内容による」
「リディアも、みゆちゃんも……和真と一緒に寝たよね」
「リディアは事故で、みゆは勝手に入ってきたんだ」
「分かってるよ。でも……」
フェンリスの狼耳が、力なく横へ倒れる。
「僕だけ何もないのは、その……少しくらい悔しいっていうか……」
「フェンリスまで張り合わなくていいんだぞ」
「張り合ってるわけじゃないよ!」
反射的に否定したあと、フェンリスは抱えていた尻尾へ顔を埋めた。
「僕だって、自分でも何を言ってるのか分かってるよ。変な意味じゃないし……ただ、二人だけずるいなって思っただけ」
「二人とも、まともな理由で寝たわけじゃないからな?」
「分かってる。でも……」
フェンリスは尻尾から顔を出し、遠慮がちに和真を見る。
「少しだけ話をして、眠くなるまで近くにいたら駄目?」
「話をするだけなら、いつでもできるだろ」
「今日は、もう少し長く一緒にいたいんだ」
素直に口にした直後、フェンリスの顔が真っ赤になった。
「い、今のは忘れて! やっぱり帰る!」
慌てて立ち上がろうとするフェンリスを、和真が呼び止める。
「待て。別に怒ってないよ」
「でも……」
「同じ布団に入るのは駄目だからな。隣にもう一組敷いて、少し話をするだけならいい」
「本当に?」
「今日だけだぞ」
「う、うん! それで十分!」
伏せていた狼耳が勢いよく立ち上がった。
フェンリスは押し入れから布団を取り出し、和真の隣へ並べる。
「近すぎないか?」
「離したら声が聞こえにくいよ」
「普通に聞こえる距離だろ」
「和真は耳がいいからそう思うんだよ」
「フェンリスも狼の獣人だろ」
「……細かいことは気にしないで」
結局、二つの布団は手を伸ばせば届くほど近くに並べられた。
明かりを消し、和真が横になる。
隣の布団から、フェンリスの尻尾が伸びてきた。
「尻尾が入ってきてるぞ」
「勝手に動いただけ」
「戻してくれ」
「……少しくらいいいでしょ?」
大きな尻尾は、二つの布団の間を埋めるように広がっていた。
しばらくの間、二人は昼間の出来事や畑の様子について、取り留めのない話を続けた。
やがて返事が途切れ始め、フェンリスの声が眠たそうに小さくなる。
「フェンリス。眠いなら、もう寝ろよ」
「……うん」
フェンリスの手が布団から出てくる。
少し迷うように宙を動いたあと、指先が和真の袖へ触れた。
「これくらいなら、いい?」
「袖だけだぞ」
「分かってるよ」
フェンリスは袖の端を軽くつまむ。
「おやすみ、和真」
「ああ。おやすみ」
それ以上、フェンリスが近づいてくることはなかった。
袖をつまんでいるだけで安心したのか、すぐに穏やかな寝息が聞こえ始める。
和真は暗闇の中で、小さく息を吐いた。
少し困りはしたものの、隣から伝わる気配は不思議と嫌ではなかった。
翌朝。
目を覚ましたフェンリスは、袖をつまんだまま眠れたことを恥ずかしそうにしながらも、どこか満足した様子で101号室へ戻っていった。
これで全て終わるはずだった。
ところが、その日の夕食後。
自分の部屋へ戻ろうとしていたひかげが、母屋に残る和真の服を遠慮がちにつまんだ。
「……和真さん」
「どうした?」
「……少しだけ、お願いが……」
ひかげは長い前髪の奥で顔を赤くしていた。
「……みんなだけ、その……和真さんと、特別なことをしていて……」
「ひかげまで一緒に寝たいのか?」
「ち、違います……!」
ひかげは慌てて首を横に振る。
「……一緒に寝るのは、恥ずかしいので……無理です」
「じゃあ、何をしてほしいんだ?」
「……ゲームを、一緒にしてほしいです」
「ゲーム?」
「……はい。それで……眠くなるまで、少しだけ部屋にいてほしいです」
ひかげの牛耳がしゅんと伏せる。
「……駄目、でしょうか」
和真は少し考えた。
一緒にゲームをするだけなら、今までの騒ぎとはまったく違う。
「分かった。ただし、あまり遅くならないようにしよう」
「……はい」
ひかげの牛耳が、嬉しそうに持ち上がった。
二人は204号室へ移動し、並んでゲームを始めた。
ひかげが選んだのは、二人で協力して敵を倒すゲームだった。
普段は会話も控えめなひかげだが、ゲームをしている間は少しだけ声が大きくなる。
「……和真さん、後ろ……!」
「分かってる!」
「……回復、します」
「助かる!」
二人で何度か失敗しながらも、最後には強敵を倒すことができた。
画面に勝利の文字が表示される。
ひかげはコントローラーを胸元で抱え、嬉しそうに笑った。
「……一人で倒した時より、楽しいです」
「俺は何度もやられたけどな」
「……次は、もっと上手に守ります」
「またやるつもりなのか?」
「……駄目、ですか?」
「駄目じゃないよ。また時間がある時にな」
和真が答えると、ひかげの牛耳が小さく動いた。
ゲームを終え、ひかげはコントローラーを片づける。
先ほどまで楽しそうにしていたものの、まだ和真に帰ってほしくないらしく、何度もベッドと和真を交互に見ていた。
「眠くなるまで、ここにいればいいんだったな」
「……はい」
ひかげがベッドへ入り、掛け布団を肩まで引き上げる。
和真は少し離れた場所に座った。
「これでいいか?」
「……ありがとうございます」
ひかげは安心したように目を閉じる。
「……和真さん」
「ん?」
「……今日は、ありがとうございました」
「ゲームをしただけだろ」
「……それだけじゃ、ないです」
小さく答えたあと、ひかげは静かに眠りについた。
和真はしばらく待ち、寝息が聞こえ始めたことを確かめてから立ち上がる。
「おやすみ、ひかげ」
部屋の明かりを消し、音を立てないよう204号室を出た。
階段を下りると、外にリディアが立っていた。
「リディア? こんな時間にどうした?」
「地下の作業場から201号室へ戻るところです」
「また遅くまで作業してたのか。ちゃんと休めよ」
「本日の作業は終了しました」
以前のように「問題ありません」とだけ答えなかったことに、和真は少しだけ安心した。
リディアは204号室の扉を見上げる。
「ひかげと一緒にいたのですか?」
「ああ。ゲームに付き合って、眠るまで部屋にいただけだ」
「なるほど」
リディアは機械義手の指先を動かし、何かを記録するような仕草を見せた。
「和真は、正式に頼まれれば、眠るまで近くにいることを許可するのですね」
「その覚え方はやめてくれ」
「重要な参考情報です」
「何の参考だよ?」
「今後の生活に関する参考です」
リディアはそれ以上説明せず、201号室の扉を開ける。
「おやすみなさい、和真」
「あ、ああ。おやすみ」
部屋へ入る直前、リディアはわずかに和真を振り返った。
その表情はいつもと変わらず、何を考えているのか分からない。
ただ、扉を閉める直前に見えた彼女の口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
こうして、リディアの無頓着さから始まった添い寝騒動は、ひとまず終わりを迎えた。
空色唐辛子荘は以前より便利になったものの、そこに暮らす者たちの騒がしさまで自動化することはできない。
むしろ新たな住人が増えるたび、和真の平穏な生活は少しずつ遠ざかっているようだった。




