7 生霊とデカブツの出番
「実り」という存在は、基本的に巨大だ。
ものによっては、文字通り山をも超える、見上げ果てる存在である。
当然、その重量は莫大だ。
実りは全身に魔力が満ちており、打ち倒した際に魔力が霧散する。
しかしながら、その身に詰まった魔力は全てが霧散するわけではなく、身質に留まるものもある。
留まった魔力だけでも膨大なため、解体は大変に労力のかかる作業となるのだ。
魔力が充満している際には、どれほどの力で以て、己の質量を受け止めていることか。
質量を受け止めるのは、元来、正しい姿勢があってこそのものである。
例えば、鍛錬だ。
本来、生活している中では掛からない自重を、角度や体勢によって強引にかけることにより、自重以上を支えられるように行う鍛錬。
ただ、例えば腕立て伏せの状態と、直立の状態でどちらが自身の重さを支えられるかといえば、当然、直立の状態となる。
これは、実りによる怪物が相手であっても、同様ということである。
「相変わらず、生霊の爺さんは、やることが良く分からねえ」
儂の隣に立つ巨躯の男、ジジゴは言う。
実りのような怪物とは違う、只の魔物はどの世界にも棲息しているが、その中の一種族。トロールというものだそうだ。
歳を重ね、身丈の縮んだ儂は、それでも一般的な成人男性程度の大きさはあるだろうが、自身の二倍より尚大きい。
カイゼルトロールという種であり、何度も種族進化をした最後の形態なのだそうだ。
カイゼルトロール以前は、今の四倍も五倍もあったというのだから、一歩間違えれば、実りの一種として打ち倒す可能性もあったのではないだろうか。
ジジゴは、この老体に優しい。
儂の討伐の番となった際に、良く手伝いを申し出てくれる。良い子だ、と思う。
「呆けた顔をするのは良いがの、ちと軸をずらして曲げただけじゃ。直にできるようになる」
折角だから、と通称「生霊」こと、トノンは、ジジゴに稽古をつけていた。
今回も、見取り稽古だ、と、実りとの実戦を近くで見せている。
昔は、巻き込む可能性もあったが、今ではジジゴも十分な戦士になったと見える。
見ている現在も隙はない。
今回は、実りにとっては運悪い噛み合わせだろうか、それはそれは大きな、馬であった。
建物で考えるなら、何百階建てとなるか分からない。全力で飛び上がって蹄ほどの高さにしか至れないほどに大きい。
そして、街まであと一刻、二刻というところまで近づいており、実りの中でも相当速い。
夜に迫っていたならば、久しぶりに街なかに騒ぎが持ち込まれた可能性もあるが、昼日中に土煙を上げて近づくものだから、気付いた。
儂の出番と分かっていたジジゴが声をかけてきて、彼に運ばれ、瞬く間に現地だ。
ジジゴに足元まで放られて、波濤のような土煙を避け、着地してから僅かばかり。
地を踏み締めた蹄の、着地手前。ほんの少しばかり爪先を捻って軸をずらすと、加速の勢いのまま馬は地面に倒れ伏した。
生霊の後ろに土の津波が発生し、勢いは徐々に収まった。大地は、その馬の巨体の形に抉れていることから、どれほどの重さ、どれだけの力だったのかが伝わるというものだ。
今、馬は自重を支えられなくなって倒れ伏したわけだ。
元が馬であるからか、片脚が折れたことで体勢を立て直すこともできず、鼻息荒く、こちらを睨んでいる。
首を上下させ、右に左に動くだけで大地が削れていく。実に落ち着きのない。
魔法を使う型ではなく、身体強化に力を使う側であるようだ。実りにも、種類がある。
馬には残念極まりないことに、此奴は、儂らを滅ぼすほどの魔法を使えないようである。
でなければ、血走った眼で怒りを表現する前に、別の攻撃手段を選ぶことであろう。
儂はしばらくの時間をかけて歩き、地団駄を踏むように動きながら、空を切る脚に近付く。
占めたもの、と全力で宙を踏みしめる力を頂戴し、方角を変える。
馬は、その体躯の何倍かの高さで空へと飛ぶと、次は背中から地面に落ちる。
地面に亀裂が走るほどの衝撃。風は、爆風の如く。
馬の呼吸が乱れる。
またどこかの骨を折ったのだろう。
口から血泡を吹くものの、まだ生きている。
儂はどうにも、とどめを刺すための技術が多くない。
過去に出た無機物であれば、痛みを感じず動き続けるため、動けなくなるまで振り回すだけで良い。
今回も、どうしても、とあれば、この状態で大きな目を引っ張り出し、道を作って脳を砕く。
ちゃんとした生物であるので、実りも大体はこの手法で片付く。
しかし、概ね、このような存在は、体内が臭いのだ。あまり近付きたくはない。
それで以前より、決め手を持つ誰かしらに手伝いを依頼していたが、最近はジジゴが手を上げてくれるお陰で助かっている。
「さて、儂の出番はここまでで、後はジジゴ、お前さんに任せても良いかね」
「構わねえ! 今回は硬さも無いから手応えは無さそうだが、痛そうにしてるから一発で仕留める」
だから、少し離れてろ、と言われ、よっこいしょ、と距離を空ける。馬が生み出す適当な風に乗ればすぐである。
ジジゴの獲物は、曰く、謎金属の棒。
うちの鍛冶職が総力を上げても解析できなかったのだから、謎、の言葉に偽りは無い。
両の手で渦のように加速させていくと、棒はどんどんと輝きを増す。
仕組みが微塵も分からないこの棒は、魔力を込めて加速させるほどに光っていく。
そして、光が強いほど、威力が凝縮され、強くなる。
ジタバタする程度で身動きの取れない馬が、眩しさに嘶きをあげる。高く長く、切なげな声。終わりが分かっているのだろう。
光が最高潮に高まったと同時に、ジジゴは馬の頭頂部を目掛けて棒を振り下ろす。
・・・ォンッ! と音を置き去りにした、磨き上げられた一閃。地割れも無く、馬の頭蓋以外に何の影響ももたらさず。
点のような一撃。
馬は身動きを止め、周囲に、魔力が霧散する。
「相変わらずの冴えじゃ、見事だのう」
少し離れたところから声をかけると、ジジゴは照れたように声を返す。
「動けない奴相手ならな! 爺さん様々だ。笛は吹いたか。さっさと終わらせて風呂入って飯食いに行こうや」
「おお、そうだのう、吹いておく、吹いておく」
呼笛に軽く魔力を込めて息を送る。
これで仕事は終わりだ。
ジジゴは、謎金属の棒をその身に収める。どういう仕組みか、身体に収納できるのだ。謎金属。端的に良い表現である。
「じゃあ、きょうは薬草湯の新作に入りに行こうぜ」
「良いなぁ、あそこの湯は、相変わらず面白いものをつくるからな」
「その後は、爺さんのいつもの呑み屋で良いか。祝勝会だ、どうせ後で大々的にあるけどな」
「そうさなぁ、、、今日のあの店は、この馬の解体でシェフが居なくなるからのう。・・・外れの婆さんのところかのう」
「あ! たまに行きたくなるわ、あそこ。何であんな婆さんなのに、揚げ物とか香辛料ガッツリしたのばっかメニューにあるんだ」
「ルルゼラさんは若いのが好きだからのう、客層を考えた結果なんじゃろ」
「肉食だなぁ、婆さん」
くだらない会話をしつつ、帰り道を歩く。
今回の討伐場所は街にも近く、途中、街の解体班とすれ違い、ねぎらいの声をお互いにかける。
薬草風呂に入り、一瞬、身体が物理的に溶けて、すぐにポーションの水風呂に飛び込む。
リフレッシュとしても、強烈なものである。
汚れも何もかも洗い落とし、生まれ変わる気分である。
同じように水風呂で一息ついたジジゴは、馬、倒すより命の危険を感じたな、と独りごちた。
その後も感想戦と言えぬほどの雑談をジジゴと声を交わし、ルルゼラの店へ。
今日の晩飯は揚げ物をたっぷり乗せた丼だ。力が付く、というものだ。
本日も良く働いた。
労うための酒は、いつも優しく、いつも美味い。
旨そうに飯を食う仲間が目の前にいれば尚美味い。
「今日も助かった。お疲れ様」とグラスを向ければ、
「今日も楽しかった。ありがとな、お疲れ様」とグラスが合わせられる。
まだしばらくは、こんな風に過ごすかな、と思う。
生霊とジジゴの出番であった、お疲れ様である。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




