6 連射狂の出番
久しぶりに弓矢を撃ち尽くしたい衝動に駆られたのだ。
当番は、代わってもらった。
生き霊と呼ばれる白衣の老人は、構わぬ、構わぬ、と、カカと笑って、彼女に出番を譲った。
働きたがりもいれば、のんびり屋さんもいるのが、この世界だ。
う~ん、と伸びをする。
外に出たのは何ヶ月ぶりか。
彼女の背丈とピッタリ同サイズの弓を担ぎ、矢筒を携えた何十人もの冒険者とともに外出だ。
「出るよ」と声をかければ、ギルドでくだを巻いていた冒険者が一気に駆け出し、と思えば、いろんな武器屋が試したいという矢筒を抱えていたのだ。
いつものことだが、お祭り感があって良い。
途中でごはん屋さんに寄って、お弁当をいっぱい拵えてもらい、ピクニック気分での出発だ。
彼女は、街からそう遠くない丘に出た。
道中、直近で出た竜やら、スライムやら、大モグラやらの話を聞く。
この前自分が倒したのは、植物だった。
蔓の集合体で、倒したのかどうなのか分からなかったが、無事倒したそうだ。
私はいつもそう。
倒したのかどうか分かる前に意識を飛ばしている。
仕事はしっかりする性質なので、成果には自信があるが、過程が分からない。
んまあ、問題は起こしていないのだから、大丈夫。
実りは、確かに彼らに大きな恵みを齎すが、破壊の余波だって小さいものではない。
今ほど成熟していなかった頃の組織、成熟していなかった頃の収穫者たちは、過去、何度も街の壊滅を経験した。
私だって、今の弓ができるまでは、幾本の弓を潰し、それが致命的であって街まで逃げ帰ったこともあったはずだ。
あんまり記憶にはないが。
生きていれば、もとい、心の何処かが死なずに残っていれば、この地域の住民は何度でも立て直せるものの、別に好んで壊したくはない住み慣れた街である。
故に戦場は、離れているに越したことはない。
そのため、彼女たちの街から世界樹までは、歩いて数十日、専用の乗り物でも数日かかる。
世界樹から生まれ落ちた実りは、親である世界樹の枝葉以外は何もない空間から、彷徨い歩いて、街に来る。
多分、ごく一部は世界樹の根本まで落ちていることもあるだろうが、別に監視員がいるわけでもない。
どれだけ大きくとも、どれだけ速くとも、巨大な魔力の塊に誰かが気付く。
当番か、気の向いた誰かが収穫に向かう。
いま向かっている丘は、街からそう遠くないのだ。
でもそれは、私にとってはどうでも良いことだ。
連射狂は、街から離れずとも狩りができる存在だ。
弓を携え、弦を引き、矢を放つ。
簡単に言えば、それだけのことの、スペシャリスト。
世界樹まで矢を飛ばすのは難しいが、もうちょっと手前に来てくれているのならば、幾らでも射抜ける。
連射狂、出番である。
的が大きい!
どんな雑に放った矢でも、今回の実りには当たる!
前回の蔓は、当たったのか間をすり抜けたのか分かりづらかったが、今回の的はその苦労がない。
「たっのしぃいいいい!!!」
動きの鈍い象が今回の実りだ。当てやすくて、楽しい。気分がガンガン上がる。
大笑いしながら矢を放つ。
距離は遥か彼方。
点のように映る姿も、彼女にとっては練習用の的と同様だ。
弓の弦を引いては離し、引いては離し、空気の渦をまとい飛んでいく矢が次から次へと象に吸い込まれていく。
降り注ぐ矢を象は鼻で振り払おうとして、その鼻が身体に縫い付けられている。
肺に届く空気が徐々に少なくなるのだろう、象が自分に刺さった矢を焼き払うように、自分の中心に大きな雷を落とす。
強い光こそ届くが、それで傷つくのは、他ならぬ象の身だけである。
連射狂が立っているのは、絶対的安全圏。
象がどれだけ足掻こうと、大きく吠えて地団駄を踏もうと、僅かに視界に映る砂煙が増えるだけだ。
雷が、吹雪が、炎が渦巻こうとも、余波がほんの少し届くだけ。
方角だけは理解できても、象が視認できる距離に、感知できる距離に彼女は居ない。
的の叫び惑う姿が楽しい。
嗜虐的な思考が刺激される。
脳内の興奮物質が体外にはみ出しそうな程の多幸感。
視界だけはクリアに。
それ以外はどんどん火花が散るように埋め尽くされていく。
ディファンシディレニュレコーリヌヌ。通称、連射狂。
細く長く美しい銀髪が、弦を離す度に発生する風圧で滑らかにたなびく。
彼女の御髪と同色の胸当てが、陽光を映す。
全身を黒のラバー地で覆っている彼女は、目元を偏光ゴーグルで隠し、的から目を逸らさない。
彼女の五感は特別製だ。
見ようと思えばどれだけ小さくても見えるし、聞こうと思えばどれだけ小さい音も聞こえる。
だから、いま象がどんな様子か手に取るように分かる。
彼女の周囲には、無数の矢が刺さっており、順次、冒険者が補充する。
冒険者にとっては武器屋のパシリ、小遣い稼ぎ、武器屋にとっては、仕込み鏃の実験場。
連射狂は、撃てば撃つほどテンション高く、手元がどんどん加速する。
収穫者屈指の好循環。
高魔力を鏃に込めてしまっては、的を容易に貫いてしまう。
今回の実りは、とくに、脆い。
慎重に、距離にだけ影響を及ぼす程度の魔力を矢に込めて放つ。
大胆に、豪胆に、繊細に。
姿勢は微塵もブレない。大笑いしているのに。
まだ。
まだ。
もっと。
まだ。
もっと。
象にとっては地獄のような時間が続く。
その場から動けず、でも矢は飛んでくる。
自分の大きさからしたら、意に介さない程度のそれも、いつまでも途切れず、しかも刺さり続けるので痛い。
振り払おうとしても抜けず、焼き切ろうとして燃やしても、体の中に残ったそれは痛みを残す。
足元の痛みも限界となり、遂には倒れ伏して、それでも尚降り注ぐ矢の雨に全身を貫かれ続け、心も体も完全にへし折れたのは、二昼夜の後。
時折、連射狂たちの食事タイムがあったものの、基本的には降り注ぐ矢が止まらないのだ。
体勢を立て直すため、象が気合を入れ直したくらいで、また痛いのが降ってくる。
時々、他の比でない痛みを運ぶものもある。
風を起こしても眼の前に火炎嵐を起こしても、事象を貫いて自分に刺さってくる痛いもの。
象は、ある瞬間に諦めた。
魔力の塊が霧散を始めたのを感じたところで、連射狂はハイテンションのまま、泡を吹いて倒れた。
連射狂は泡を吹いて天を仰ぎながら、しかし未だに大笑いだけは続けている様。
実に満足げな表情だ。
今回の狩りはまた、無事終わり。
危険はないので、矢の補充に合わせて酒も持ってきて、丘では大宴会が行われていた。
酔いに任せて冒険者たちは、奇妙なテンションに支配され、神輿のように担いで街に運び込む。
連射狂の狩りの後。
それは、収穫者でも一、二を競う素材の残り具合をしているため、大工もギルドも薬屋衆も飲食店も、生産に携わる全ての住民が歓喜する場となる。
みんな大好き連射狂。
とはいえ、いま倒れた連射狂が復活するまで、また暫く掛かるだろう。
過剰なまでの脳内麻薬に溺れた彼女は、しばらくの間、弓矢が握れなくなる。
というか、まともな思考ができなくなる。
脳は最高潮に回り続けているだけなので、正常な状態。薬剤が効くわけでもない。
数日は介護がなければ動けず、動けるようになったらなったで、次は生存のための欲と本能だけが残り、酒池肉林の時間を過ごす。
齎す恩恵が大き過ぎる彼女は、それはもう好待遇を尽くされる。
回復まで、至れり尽くせりの日々を過ごす。
後始末担当となる、そういう店も、この地域では多くの住民の職となっている。
享楽者の集まりは伊達ではない。
楽しめる時に楽しむ。休みたいと感じたら休む。刹那的に、享楽的に、でも勤勉に。
素材を余すことなく。
この地のルールは、当然、住民にも適用される。誰もが余すことなく、その存在を活かせるように。
望まないことを強いることはないが、望んでいることを止めはせず、どこまでも高みに迫る勤勉さは、どんな職に就いた者にも等しく降り注ぐ。
その辺の男性よりも高い背丈の彼女は、大変に優れた肢体をしている。
胸当てを外せば、弾む鞠のような胸が天を突くことだろう。
エルフの中でも魔力の高い者は、顔が良くなると聞く。
彼女は、飛び抜けて美しい。
この街の中でも五指に入る美しさ。彼女を慕う者も多い。
彼女に尽くせる喜びに感涙を流す彼女の信者は、身も心もすべて彼女に捧げている。
これからしばらくは、彼ら彼女らにとってのお祭りだ。
連射狂の齎すお祭りは、彼女の欲が落ち着くまで、何日も何週も、場合によっては何ヶ月も続く。
住民は、今日も大忙しである。
連射狂も、彼女を取り巻く住人たちも、お疲れ様である。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




