5 ごはんを食べる回(砲身は、まだ出番ではない)
便宜上、今回の実りは、ツノトカゲと呼ばれた。
※作者注)実際に存在する、眼から血を噴射するツノトカゲとは関係ありません。
通例であれば竜であろうが、収穫者の強い意志により、こいつは蜥蜴とされていた。
ツノトカゲは、美味かった。
肉は長く煮込むことで程良い弾力を残し、プツリと噛み切れる食感になる。
筋繊維が旨味を蓄える作りになっているので、香味野菜や出汁で煮込むと、その風味を吸収して膨らませる。
蓄えた旨味を膨張させるのは、魔力の強い素材特有の働きだ。
スープよりも、シチューのように、深い味をじっくりと染み込ませるのが、合った。
そのためには、筋肉繊維一本一本を、更に紐状に割く。
十分に水に晒した上で、煮込む必要があったが、この地域の職人たちは、割とその手の労務を楽しむ性質がある。
砲身は、ツノトカゲの煮込みを、もう十皿ほど平らげていた。
砲身、ダークエルフの魔法使い。名前を、キャニステュリナリという。
バカ火力の魔法を大量に唱えた結果、巻き起こされる現象が好きな、収穫係の一人。
派手な景色が好き。
それだけのために魔力錠剤をジャラジャラ口に流し込んでは噛み砕き、一瞬保たれた溢れんばかりの魔力で以て、本来、人の身では扱いきれない魔力容量を求める魔法をぶっ放す。
収穫係の中でも、素材破壊の筆頭格だ。
自分が倒したなら、こうも身は残るまい、とツノトカゲの肉を眺めつつ、切断姫に心の中で礼を言う。
自分は、毒にも薬にもならないような、後腐れのない実りを倒すのに向いている。
そう思っていた。
彼のバカ火力により素材の性質が変わり、時に自然には実現できない貴重な素材を生み出せることは知っている。
知っているが、先日のツノトカゲは、そういう素材ではなかったということだ。
少なくとも、自分を介して、新鮮な食材は生まれない。
手にしたフォークでツノトカゲの肉を刺し、また口に運ぶ。
押し寄せる味の洪水。暴力的な旨味を宿した肉本体と、繊維に蓄えられた緻密な、計算し尽くされた下味によるハーモニー。
舌が喜ぶのが伝わる。歓喜の波が背中を伝う。
ああ、旨い。
砲身の細胞に、ツノトカゲの足止めに使った分の魔力が満ちていく。じゅんわりする。
細胞一つ一つが彼の魔力源。
彼の特殊体質、それは、過剰な魔力錠剤摂取を可能にするために身体が変化した結果であった。
酒場を見渡す砲身。
ツノトカゲは大きかった。
皆が山ほど食べても、全然減らないほどにはデカいので、美味しいツマミでお酒も進み、いつも通りのお祭り状態だ。
他の店でも同様だろう。
後で、ハシゴしてみよう。
何気なく魔力を込めた眼で見ると、魔力によって素材から変質した体の部位を持つ者ばかりだ。
実際、多かれ少なかれ、ここにいる人は皆、魔力や薬剤や、この土地の恩恵で全身が変質している。
四肢の欠損が即座に治るエクスポーションやデミエリクサーなどは、ここでは湯水の如く使われている。
実際、そうでもしなければ爆風一つでその身が砕ける空間である。
この地域で生まれたのなら、子どもの頃からジュースの代わりに飲んでいる。
飛び抜けた素材ばかりで、機能の限られた風邪薬を作るほうが手間なのだ。
異質な空間だ。
平然と過ごしている一人ひとりが本来、異質な存在であると、研究者でもあるキャニステュリナリは知っている。
奇跡の薬と世界的に扱われるデミエリクサーは、切断姫が適当に手に取る深酒の酔い覚ましのように、実に適当に使われる。
どこの店でも雑に端っこに箱に突っ込んで置かれている。
寿命を伸ばす霊薬あたりも、どの家庭の戸棚に詰まっている。
寝る前のサプリメント程度で飲まれる。
そんな感じのものが腐るほどあるので、寿命も延ばし放題である。
皆が皆、何年生きているか分からない。
時間という概念もどこか希薄で、昼夜も均等には訪れない。
自分であれば、エーテル錠剤を噛み砕けば魔力不足も何のその。
大小あれど、本来の人の身では受け入れられない薬を摂取しているのだ。
一つ飲んだだけで、魔力が身体に収まらず、破裂したっておかしくない。
なのに、そんなもの、ジャラジャラと飲み干している。
昔は、薬一つ飲むのも怖がっていたのだろうか。
まるで記憶にない。
中でも収穫係は、戦闘の都度、消耗するものだから、相当昔に身体が変質してしまっている。
件の切断姫だって、半分以上は霊体だ。
身体の大半が霊薬と同質の、魔力とは異なる、霊力という性質。
霊。
心から望まなければ、滅びることなど無い超常的な存在。
自分も、全細胞が魔力体の、実体のあるゴーストだ。
ただ、暴れるのが好きだから。
派手な景色が好きだから。
騒ぐのが楽しいから。
仲間と食べたり呑んだりグダグダするのが好きだから。
誰もが、当たり障りのない、そんな理由で適当にこの世界に存在し続けている。
収穫係ほどではなくても、その辺の誰でもが、そんなもの。
享楽的な者の集まりだ。
ここは、頻繁に心が躍る瞬間が訪れるから、飽きない。
蠱毒のような、楽園のような、どこか箍が外れた者の坩堝である。
例えば、舌鼓を打っているこのツノトカゲの煮込み一つに、どれだけの労力が使われていることか。
労苦を惜しまず、ただ、より美味しいものを作りたいという欲望のみに突き動かされた飲食店協会の連中が、各地から食材を集めて、その粋が煮込みである。
街から遠出すれば、これほどの怪物ほどでなくても、変な獣は現れる。
ここの料理人たちは、身体が傷つこうとも、どれだけ苦労しようとも、食材一つを求めて旅する。
鮮度が、季節が、採取のタイミングが、採取の仕方が違うだけで、食材は色を変える。
だからこそ、 食材の旬によって、大地を駆け巡る。
自分のイメージする味を、夢見る味をこの世に出現させるために。
飲食店協会の連中、やはりどこかしらの箍が外れている。
そんな彼らが全力で作るのだ。
そりゃ、旨い。
どうにも旨い。
旨いとしか言いようがない。
だって、旨い。
食材とは一期一会だ。
何と言っても、世界樹の実りは不定期で、似たようなものは実っても、同じものは実らない。
その度に、大地を走り回る彼らにも感謝の念を込め、キャニステュリナリは口を動かす。
キャニステュリナリ、まだ出番ではない。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




