4 解体員の出番
一昨夜から続く解体を終え、男は一つ息を吐く。
男の名前はフリキ。ギルドに勤める一介の解体員だ。
振り返るだけでも大変だった。久しぶりに骨が折れた。
城門のような大きさの化け物の頭は真っ二つに掻っ捌かれ、奥に続く城塞が如き巨体は地に打ち捨てられていた。
倒れ伏しているとはいえ、どうしても畏怖の念が過ぎる。
ほんの少し、この化け物が身動ぎ一つしただけで、周囲で作業する自分たちは為す術なくミンチへと化すだろう。
相変わらずとはいえ、仲間内で、どうやればこうなるのか、適当な考察を口にするのがウォーミングアップみたいなものだ。
そして流石の化物。
デカい、硬い、重い。
鱗一枚剥がすだけでも大勢がかりでの綱引きのようだった。
用意した真鉄製のチェーン程度、鱗の端で擦れただけで千切れてしまう。
鋭く硬いせいだ。
装甲部隊が重装備に身を包み、別の化け物の鱗で作っていたチェーンを慎重にかけて、力自慢が束になって鱗を引き剥がす。
鱗一枚で自分たちの何倍もあるのだから、引き剥がした勢いで倒れる度に、粉塵が舞う。
鱗の下、どうにかこうにか皮を剥く。
浮かび上がる筋肉繊維一本一本が自分の胴体ほどもあるように見える。
解体は大仕事だった。
「小物用の包丁じゃ無理だね」
包丁、といってもバスタードソードくらいの長さのそれは、一本の筋肉繊維を切断するに至らない。
「新調した我がノコギリ刀の威力を見よ!」
鋸のように刃が立ったその刀は、皮を撫でるとツルツルの刀身に変わっていた。
「あぁああ、微塵も刃が立たねえ!」
「うっせえよ!」
現場はいつも声が止まない。
解体専用に用意された刀を包丁に見立てて捌いていくのだが、相手はどこまでも強靭。
結構な大物であったコイツは、結局、大工の親方衆や飲食店協会の手練れ達の手で大きく分けられた後、死後硬直が弱まり、やっと太刀打ちできる程度になった。
手練れは別格だ。
あの人達は、収穫係ほどでなくとも、足止めができるタイプの猛者だ。
棟梁の一人は、あろうことか筋肉繊維を手で引き千切っていた。
切断姫の仕事後は、素材が意外と残っている。
今回も、何をどうやったのか圧迫されたように潰れた体の、地面に伏した側からは、わんさか素材を取得できた。
ああ、逆鱗も手付かずだ。
本当に、どうやって倒したのだか。
竜の類は、逆鱗を割って、その裏の柔らかい箇所を狙うのが王道だ。
俺だって小物の竜くらいなら倒したことはあるが、それでも鱗が硬くて苦戦した記憶がある。
蜥蜴であると聞いてはいたが、蜥蜴と竜の違いは、魔力を使うかどうかであり、その分類であればこれは竜だ。
だが、先日、そのことを誰かが切断姫に指摘したところ、竜はもっとカッコいいでしょぉ~、と否定された。
彼女なりのこだわりがあるらしい。
素直にその場は引いた。
きっと蜥蜴と呼ばれることになる。この竜は。
おおい、こっち大物あるぞ~!と、言われたところに駆け付けた時が圧巻だった。
根本から折られて地面に転がっていた角だ。
切断された根本が、見上げた竜の頭上に薄っすらと見える。
集まった手練れ程度では傷一つ付かない硬度。
断面だけで人が何人積み重なった分だろう。
建物の素材になるか、煎じて薬になるのか。
何十人もが引っ張って、加工場の方角へ持っていく。
加工場にある巨大機材に働いてもらえば、加工できるんだろう。
最悪、鍛冶の大親方や大工の大棟梁でも出張れば、何とかなる。
規格外には規格外だ。
自分の手には余る、と、集団での一仕事終えた彼は壺を抱えて思っていた。
フリキの主戦場は、素材の回収業務。
中でも端材の回収が担当である。
相棒は、壺。
茶色の、土器のように見える、しかし、魔法の発明品だ。
地面に壺を向けつつ魔力を吸わせて、念じて仕込まれた魔法を発動する。
すると、キュイイイン、と甲高い音とともに、体液が徐々に壺に回収されていく。
素材を余すことなく。
地域の合言葉のようなものだ。
この地は、結局、このような化け物の素材を元に出来上がり、更新されているのだ。
微塵も大地に残す気はなかった。
体液一滴からも薬が生まれ得るし、逆にここで回収しなかった結果、地面を枯らすことになるかもしれない。
男は頭に浮かぶイメージをより鮮明にし、体液や肉片、塵や埃を分離させて何個もの壺で吸収していく。
魔法はイメージだ。ここがぶれると、混ざる。
壺が吸い取れる中身は有限とはいえ、この化け物くらいなら六口もあれば吸い込める容量だ。
部位を分けて回収しないと、どこかの誰かに後で怒られる。
魔法研究隊の作った「ツッボーンお掃除くん」は優秀だ。
あとは魔力とイメージの仕事場。
俺だって、細かい作業には自信があるし、魔力も、たまに色んな組織のお手伝いとして提供するほど豊富な方だ。
それに、これだけ頑張れば、終わった後のご飯は美味しかろう。
解体にすら手こずった化け物の筋肉が、また強烈な旨味を届ける料理に変わってくれることだろう。
食材は、蓄える魔力次第で際限なく美味くなる。
金属素材ですら美味くなるのだ。
いや、金属素材は周囲をこそぐように舐め取る感じだったが、あれは得も言われぬ絶品だった。
元が食用にもなる素材が母体ならば、調理のイメージも湧きやすいというものだ。
大量の素材が入った壺を仲間内で手分けして氷室や倉庫に運び込んで、今日の仕事は終わりだ。
世界樹の実りは不定期。
今夜、また駆り出されるかもしれないし、ひと月、ふた月と間が空くかもしれない。
別に今日の素材だけでも、この地域に住む人口の食事は賄えるだろうし、積み重なった資材はまだまだある。
時の流れが緩やかなこの地域では、滅多なことで腐敗など起こらない。
楽しめる時に楽しむ。休みたいと感じたら休む。刹那的に、享楽的に、でも勤勉に。
この地域特有の思考回路で、フリキは意識を移していた。
男の名前はフリキ。この地で生まれ育った多くの者と同様、できることを探して、今は解体員となっていた、自称、凡百の存在である。
フリキ、お疲れ様である。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




