8 砲身と、ほか5人の出番
物事には、例外が付き物である。
とにかく派手な演出を見るために魔法を放つ「砲身」。
ひたすらに弓矢の射撃でもって、大遠距離で相手を仕留める「連射狂」。
ただ速さのみに特化した、薄い、切れ味だけが高い刃物を振り回す「突風」。
そして、この世界樹の生み出す「実り」を見つけ、人を集め、この街、この拠点を作り出した「親父」。
四人並んで迎え撃つのは、珍しく複数実り落ちた、怪物の群れである。
前回の実りから、多少なりとも期間が空き、一部の人が手持ち無沙汰になっていた。
久しぶりのことだ。
実りで得る素材は多く、癖が強い。
大体が処理に手間取る中で、その処理が完結する前にまた新しいものが押し寄せる。
なので、結果的に、一部の素材以外は後回しにされてしまい、例えば徒弟なり、極稀にいる新規入居者なりの仕事となる。
そして、それらのものの手に負えないように変質したものを、熟練者が面白がって触る。
過程には多くの者が携わるため、基本的には手が空くことはない。
どの業界でもそのようになっており、しかも、塩漬けにされた素材も多いのだから、通常であれば、誰かがやることを失うことはない。
それが、手持ち無沙汰が出てくるというのは、それだけ長いこと「実り」がなかったということである。
この世界は、時間の感覚が希薄である。
昼夜が均等に訪れず、また、過ごす人々に流れる時間も人それぞれである。
季節があるわけでもないので、長期的な感覚もあまり無く、実りがある日、ない日だけが共通で認識されている。
そのため、通常、実りと実りの間でどのくらいの感覚が空くのか、記録者により異なる。
一年周期とも、数日周期とも、その者の体感により異なるのだ。
彼らのいう一年や一日も、捉え方により、ブレる。
何にせよ、長期間の実りがなかった、もしくは、実りが街に向かってくることがないまま、時間が経過している、ということだった。
こういう時に相談が行くのは、親父、もしくはバーサーカー親父と呼ばれる男である。
人の世界の話が滅多に聞こえてこないため、どれほど昔の話になるか分からないが、親父は国王をしていた。
国王を引退したのは五十の歳で、その後、戦いを求めてこの世界に辿り着いたものだった。
当時は、実り同士が競い合う空間であったという。
親父曰く、「何か前もあった気がする」。
親父はノリが軽い。
親父とともに草創期からこの地に居を構える「大親方」、「大棟梁」、「院長」を集め、車座を組んだ。
どうだったっけ、と膝を合わせて相談した結果、頭の良い実りが他の実りを手懐けていた時に同じようなことがあった、という結論に至った。
その時は、だいぶ昔であり、収穫者に当たる者が今よりも少なかった。
そして、喜び勇んで出向いていった奴らとかち合う実りとは別に、街に向かってくる奴らがいた、ということだった。
同じようなことが起こっている確証はないが、可能性は否定できない、ということで、親父の一声で収穫者が全員集合した。
「親父」を始めとして、古い順に「大親方」、「大棟梁」、「突風」、「生霊」、「砲身」、「連射狂」、「切断姫」、「デカブツ」、「ポーター(とそのおまけのド美人)」である。
親父は言った。
あれ、減ったなぁ、と。
寿命を幾らでも伸ばせるこの空間でも、誰もが戦い続けることを娯楽と思える訳ではない。
疲れた者や飽きた者はふらっと居なくなる。
この倍は居た認識であったので、減った、と認識していた。
まぁ、居ないものはしょうがない。
街に「大親方」、「大棟梁」を残す。
街を巻き込む可能性がある距離まで来たものを強制的に食い止められるものとして、「生霊」と「デカブツ」。
世界樹に向かうのは、「親父」、「突風」といった近距離派と、「砲身」、「連射狂」といった街に影響の出やすい連中。
「切断姫」は「ポーター(とそのおまけのド美人)」とセットで、万が一、何かあった際の荷運び担当と護衛となった。
皆の時間感覚が異なるというのは、こういう時に不便である。
明日集合、などということができない。
しょうがないので、周囲の連中に即刻準備をするよう声をかけ、その場で出発と相成った。
で、冒頭の通り。
怪物の群れと相対している。
相対しているといっても、人が歩けば一日は掛かりそうな距離だ。
砲身の射程がこの距離だ。
連射狂は、今回は補充できる矢がないため、鏃だけが大量に込められたカートリッジを背負っている。
魔法で矢の本体を作り、鏃を飛ばす。
いつもよりもマトモで居続けなければ、撃ち続けられない。
彼女に縛りが設けられる。
親父は、ニッコニコだ。
獲物が多いのに越したことはない。長年の相棒である長剣を手に、後は自由、と声をかけて駆け出す。
親父の速度に負けず劣らず駆け出したのが突風。
この二人は、視野が頭抜けている。
連射狂の放った矢がどのような軌道で来ようとも、砲身の放った魔法がどれだけ広範囲を巻き込むものであろうとも、纏う魔力を感知して、間違いなく回避が可能だ。
だから連射狂は戸惑わず、矢を放つ。
矢の軌道に沿い、砲身は小手調べの雷撃を放つ。
彼にとっての小手調べは周辺の空気を焼き、矢より速く群れに襲いかかると、六体同時に爆発する。
次いで、連続した矢がそれらを貫かんと襲いかかり、手前にいる、岩の塊のような怪物に食い止められる。
岩に無数の亀裂が入る。
たかが弓矢と侮るなかれ、連射狂の矢は何十人が束になった破城槌よりも威力がある。
それが速度を伴うのだ。掛けることの何十倍の威力となるか。
しかし、その身を貫かなかったことを見ると、なるほど、今回の実りは、相当に頑丈だ。
世界樹から生まれ落ちた実りは、基本的に、即座に世界樹から離れる。
それは、世界樹の近くに何も無いからだ。
一枚、一枚が己と同様の大きさを持つ葉が無数についた世界樹の周囲は、薄暗い。
世界樹がその枝から、葉から魔力を集めているので、通常であれば近くにいるだけで弱体化していく。
であるが故に、世界樹の実りはそこを逃れて進み出す。
今回の実りは、生まれてから結構な時間が経っているようだった。
実りは、生まれてから時間が経つほどに、その身に魔力が馴染む。
魔力が馴染み、濃度を増すほどに強固になり、強靭になる。
思考は特に磨かれないが、今回は、例外なのだろう。
全体的に緑色をした、猿、河馬、山羊、馬、虎、梟を始めとした鳥類も多い。
分け身でもしたのだろうか。
本来の実りの頻度がどれほどか分からないにしても、百近い群れになるのは、例外的である。
中心にいるのは、一際大きい羚羊。
アレが群れの長か。
群れというには、統率はないが。
視界に映るかどうかといった大きさの自分らを相手にするのはどれ程戦いづらいのだろうか。
少なくとも、魔法を使うか踏み潰すか。
蟻程度の存在が、自分達の四肢をぶっ飛ばしてくるのだ。
こ奴らとて、溜まったものではないだろう。
頑丈かもしれないが、技術のある戦い方は無い。
見たことのない魔法と、想像外の速度に気を付ければ良い。
親父は、愛剣でもって手近な河馬を斬りつける。
斬ると同時に、破断するための衝撃波が広がり、河馬の左脚を下部から落とす。
次から次へ振り子のように斬っていくと、徐々に河馬の顔面が近付く。河馬にとってもやっと見つけた的だったのだろう。
大きな口を開け、魔力砲を放たんとしていた巨大な魔力が、親父の後ろから到来した小さな火の粉によって阻害される。
河馬の顔面の上半分が吹き飛ぶと、空にいた鳥に当たり、鳥がバランスを崩し、群れの中に落ちる。
踏みつけられた鳥が痛みを覚えてか、高魔力の羽を周囲に投げ飛ばし、しかし、四人の誰にも当たらない。
群れが悲鳴を上げるだけだ。
親父とは違う、颶風が走る。神経が多く通る爪先を、すれ違う度に斬り落とす。
突風の戦い方は非常に単純だ。
駆け抜けて、斬れる角度で、斬るための速度を落とさずに、斬る。
彼の持つ刀は、別名を「薄氷」といった。
本当に薄氷のごとく、踏むと壊れるわけではないものの、大変斬れ味が良く、大変繊細だ。
入射角を間違え、下手に刀を抉った場合には、折れてしまう可能性を孕むほどの繊細さだ。
しかし、突風も何万、何十万と相手にしてきた歴戦の勇士である。
初見の相手であろうと、誤りは犯さない。
突風とは、その在り方である。
風が吹いた途端に、通り過ぎた箇所が斬られる。そして、風は遮られず、止まらない。
切断姫は嵐に例えられる。
切断姫が破壊力を含む一撃を放つのだとすれば、ただただ、余波もなく斬るだけなのが突風だ。
小さな切り傷も、彼が通り過ぎる度に抉られて広がっていけば、それだけ巨大な怪物の動きを止める。
瞬く間に群れの体勢が崩れていく。
上空に爆発魔法。
避けきれないほどの広範囲に対して、砲身が「魔法を放ちたい」というサイン。
砲身はこれまでも雷、炎、爆発、氷、と怪物の巨体を呑み込む魔法を放ち続けていたが、別にそれは彼のウォーミングアップ、気分を上げるための準備運動であって、彼の好む魔法ではない。実際、これらの魔法では、あの怪物たちの致命傷になっていない。
そして砲身が磨いているのは、たった一つの魔法のみ。
その魔法に更なる威力を、更なる破壊力を、更なる光景を上乗せするために研鑽を続けている。
親父も認める圧倒的な威力の一撃だ。
親父は大量の魔力を愛剣に込め、目の届く限りの水平に衝撃波を放つ。
「ラぁウンドぉおお~!イぃいンパぁクトぅおおおお!」
衝撃の波、ラウンドインパクト、と言っているが、次戦う頃には名前が変わるだろう。
親父は、思いつきで行動することが多い。
今回は、砲身の的を動かさないことを狙ったのと、おそらく大技を使いたかったのだ。
波が、斬撃が、獲物の脚を刈る。
ラウンドインパクトとタイミングを同じくして、鳥が全て撃墜される。
連射狂と、空を駆る突風により、翼を撃ち抜かれたためだ。
その後、親父と突風は離脱。
土煙と自分達の周囲にいるであろう何かを捉えるための魔法の嵐、血煙が漂う中、砲身は魔力を高める。
高密度の魔力が周囲の空気を圧縮し、景色を捻じ曲げていく。
彼の目の前に、黒い円が形成され、バチバチと電撃が渦巻く。
砲身が音ならざる音を呪文として発していく度に、黒い円が小さくなり、しかし、その魔力を高めていく。
化け物たちの目が遠い先に集まる魔力に釘付けになっている。
足掻くが、動けない。
呪文の合間、合間で魔力錠剤をザララララ、と流し込み、噛み砕く。
その度に黒い円が小さくなり、ある時、反転。
空にある星々を閉じ込めたような光が、徐々に黒い円の中に生まれると、黒を埋め尽くす。
膨大な光。膨大な熱量。
何度目かの魔力錠剤を飲み、続ける呪文は終幕を迎える。
「廻転」
静かな一言とともに、光が放たれる。音もなく、時間もなく、走る。
刹那。
怪物たちの存在する四方八方が、暴れ出す。
大地を削り込み、怪物を漏れなく呑み込んだ魔力が、質量のあるもの、無いもの全てを全てに叩きつける。
けたたましい衝撃音、破砕音。
中では、身と血、骨が細分化され、味付けとばかりに光と水と爆発が怒涛のごとく押し寄せている。
全ては砕け、磨かれ、最終的には液体に。
円の中に満ちた液体が、円の最下部に溜まり、最後の一滴が円の最上から落ちきった時、魔法は解ける。
緩やかに中身が流れ出す。削り取られた大地のすり鉢に流れ込み、収まりきらなかった分が広がらないよう、親父が剣撃で土壁を作り上げる。
「ようやったな! また派手になっとった!」
愛剣を収めた親父は、隣に立つ砲身の背を力一杯叩く。
この、「廻転」というとびきりの円を打ち出すための「砲身」。
叩かれた砲身は、力なく地面に倒れ伏しそうになり、いつの間にか近付いていた突風に支えられる。
「親父。死んでる」
「あちゃあ、死んどるか、どっちだと思う」
どっち。それは、心の死か、身体の死か。
「分からん。蘇ったら身体の死だ」
突風はそっけなく言うが、その目には悲しみがあった。
満足したのなら、心は死んだだろう。
あれは、魔法の頂点にあると言って差し支えない威力だった。
「とりあえず、ポーターにさっさと運んでもらおっか」
正気を保ったままの連射狂は、普段とは別の呼笛を吹く。
と、ドンッ、ドンッ、と空に衝撃波が走り、ポーターを抱えた切断姫が現れる。
ポーターは、小鬼の一族だ。連射狂の半分ほどの背をした、青みがかった肌をした少年だ。
「呼んだ、、、って、了解!」
ポーターは、視界に砲身を映すやいなや、駆けつけ手に抱え込み、自分の左腕を、背負っていた鞄から放り出したナイフで斬りつける。
ポーターの特殊能力。転移。
自分の中に刻んだ座標を切りつけて呼び出す。
そして、転移。
不安定な時間のここは、空間もどこかしら歪んでいる。
それこそ、先ほどの砲身の魔法でも空間は一部切り取られ、どこかから流し込まれて、補充される。
故に、絶対的な座標が大事となる。
ポーターは、身体の各所に座標を刻み込み、必要に応じて召喚する。
だからこそ、運び屋。
いや、本来も運び屋をしていたので、これはこの地域でこそ生きるようになったものの一つであるが。
彼が飛んだのは医術院。
診療院(通称、医者。体の内部の怪我を担当)と癒術院(通称、まじない屋。体の外部の怪我を担当)が集まった、象牙の塔の最高峰だ。
飛んできたポーターと、抱えられた砲身を見て、それぞれ医師に引っ張られる。
ポーターは、左腕の外傷を止めるのだろう。
砲身は、薬剤の過剰投与による肉体の損壊による死か、でなければ、心の死か。
肉体の損壊による死であれば、体が耐えられるよう変質して蘇るだろう。
医術院総出で一昼夜。
体は戻った。
心は。
心も、戻った。
曰く、炎による演出がかき消えたのが耐えられなかったらしい。
あれだけの魔力空間で、物理的な衝撃、魔法的な衝撃がある中で、自身の思う「表現」を顕出させるのは大変に難しい。
また、百年単位の試行錯誤が伴うだろう、そして、それに沿う場面が必要となるだろう。
しかし、砲身はまだ未練があった。
未練があれば、頑張れる。
この世界は、時間も寿命も希薄である。
であるが故に、皆、望むことを望む限り行う。
望まないことを強いることはないが、望んでいることを止めはしない。
砲身が望むなら、誰も止めないし、彼の求める素材の提供も、実験も、面白がれるものが望んで協力するだろう。
どこまでも高みに迫る勤勉さは、どんな職に就いた者にも等しく降り注ぐ。
楽しめる時に楽しむ。休みたいと感じたら休む。刹那的に、享楽的に、でも勤勉に。
砲身は、まだこの世界の住人である。
砲身、連射狂、突風、親父、ポーター、切断姫、出番、お疲れ様である。
あと出番のなかった各位、お疲れ様である。
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あまり、真っ当に物事を掘り下げて考えるものがいないのは、
果たして僥倖であるのか、否か。
世界樹は、何を生み出したのか。
何故、世界樹は、そのようなものを生み出したのか。
過去にあった同様の事例で、彼らは何に対処したのか。
対処できていたのか。
それは、この世界の誰も知らない。
世界樹の実りに、その壮大な幹に、その姿に目を奪われる彼らは気付かない。
世界樹の根本で、芽吹く何かに、まだ誰も、気付かない。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




