2 切断姫の出番の続き
「やるかぁ~。当番だしね」
扉をくぐった途端、アテュラの全身に温い土煙が叩きつけてくる。
真っ暗闇だった。夜から呑んで朝になって夜になって朝になって、何日呑んでたかは分からないけど、気分的にはハズレだった。
アテュラは夜目が効く方だが、明るいほうが暴れやすいタイプなのである。
彼女の、ちょっとだけのやる気がしょんぼりしそうになる。
だるいなぁ~、と思いながら、気だるげに目を軽く閉じ、開ける。
瞬きほどの時間で、アテュラの目が暗闇に慣れた。
昼ほどではないけれど、視界は確保された。
結構、離れているなぁ、などと考えていた刹那、強い光。
「まぶしいって」
渦巻いた風が街全体に吹きすさぶ。
冷ための、風。
瓦礫の破片が頬に当たって不快。
吹き付けてくる煙の中に濃い魔力を感じる。
遅れて、破裂音。
あ、これ。爆風だ。
彼女が気づいたときには、爆風が六度、波のように押し寄せる。
リズムでも刻むかのように繰り返す爆風と轟音。まるで光と音の行進だ。
「砲身が足止め中なんだぁ、またバカのようにバカげた魔法をバカスカ撃ってるなぁ~」
砲身。大魔法狂い。名前が覚えづらいから、あだ名でしか覚えていない。
(いるよねぇ~、手に入れたおもちゃに興奮しちゃう子どもって。
また新しい魔法でも思いついたんだろうけど、よく飽きないなぁ)
慣らした目が少し眩むのを覚えつつも、アテュラは爆発に照らされる先を見据える。
いた。
左手で物差しを型取った彼女は、近くの建物の大きさと相手を目算で比較する。
四足歩行の巨体が一体。
ここからでも遠く遠くに見える世界樹に実った怪物。
時折、実る怪物を倒すのが、収穫係の一人、アテュラの仕事だ。
「頭までのサイズは、え~~~っと」
指を重ねて、ちょこちょこと前後させる。
「建物、五つ分だから、三の五の、え~と十五階建てくらいだから、、、」
次は頭の中のリストとの照合。過去に斬ってきたものの目安になりそうなものとの比較。
「中型の上くらいかなぁ、大きさはどうでもいいけど、硬いかどうかだよねぇ~」
まぁ何とかなるでしょ、と彼女は、二、三度その場でステップを踏む。
酒場の前の長階段で助走すると、何段か降りた先の踊り場でダンッ、と跳躍する。
足場となった石畳が、大きく崩れた音がした。
しょうがない。
彼女の脚力を受け止めたのだから。
振り返らないが、もしかしたら落とし穴程度の大きさの穴にはなっているかもしれない。
そんなことを考える彼女は、思考よりも身体が既に臨戦態勢だ。
街に絶え間なく吹く爆風を切り裂く一陣の風となり、その体が相手、大きな大きな獣に向かう。
一角獣。
翼の生えた巨大蜥蜴の額から、その頭と同じくらいの大きさの角が生えている。
角は刺々しい形をしており、短い周期で点滅を繰り返す。
何かしらの効果を持っているのだろう。
何か魔法を放つのか、振り回すのか、離脱式か。巨大化するか。まぁ何をしてくるのか。
どうせここには、見たことのない怪物しか出現しない。
全部、初見さんならば、攻撃はこの身で受け止めるだけだ。
可能な限り、受けずに済ませたいところであるが。
彼女の得意な魔法は限られており、重用するのは三つくらい。
いま使ったのは、空気を固形化させる魔法。
巻き込まれたら家が豆粒に変わるほどの密度となっているので、強度が伴う。
彼女は護拳から離した左手を前方にかざし、自分の行く先、空中に一つ足場を設けると、そこを起点にもう一度跳躍する。
加速。
風は彼女の形に裂かれ、背後から爆発音。
音速を超えた際に発生する衝撃波だ。
目に映る音と風の波。いまは暗闇だから、どうせ見えないけども。
魔法を受けながらも、蜥蜴が音の方角に目を向ける。
しかし、その場にアテュラは居ない。
足場を作り、飛び、更に加速する。
短い距離でその動作を繰り返すことで、ドバン、ドバン、と遅れて発生した破裂音がどんどんと断続的に蜥蜴に迫る。
通称、砲身。ダークエルフの彼もそれに気付いた。
お役御免とばかりに、空中に照明弾代わりの長い爆発を投げた。
今日の砲身は怪物の足止めに魔法を試してみたかっただけの通りすがり。
当番でも、やる気でもなかった。
熱を伴わない爆発魔法を編み出したので、試していたら意外と足止めになっていただけだった。
十分に、彼が期待する効果も調査結果も取れた。
なので、選手交代だ。
音から切断姫と判断したので、戦いやすいように、持続する爆発だ。一刻程度は爆発し続ける。
音も威力もないから、見やすさのプレゼントだ。
音の波を背に負って、加速して空中を駆るアテュラの眼前に、蜥蜴の首が迫る。
目に映る鱗の一枚、一枚が彼女より大きい。
斬れるかなぁ。
斬れるよねぇ。
まぁ斬ったら分かるよねぇ~、と、手元の大剣に魔力を注ぐ。
彼女の大剣は、魔力を吸う、魔剣だ。吸った魔力の分だけ、重くなる。大きくなる。
ドクン、と振動して、一回り厚く、先程の三倍ほどの長さになった彼女の大剣は、それでも蜥蜴の首の太さには、とても満たない。
しかし、大きさ以上に重みを増す。
重みは、威力だ。
グリップを握る力を強め、大剣を振り回しながら、鱗に勢い良く衝突。
タッパーン!
刃先が何の抵抗もなく蜥蜴の首の一部にめり込む。
と同時に、遠心力と加速力の勢いのままに、一気に反対側まで切り抜ける。
減速はあまり無かった。それほどの抵抗の無さ。
あれ???
戸惑いながらも、振り抜いた拍子に、視線の向かう先、足場設置。
血飛沫が首筋から噴き出る前に足場を踏み込み、別方向へまた飛び立つ。
そしてまた、大剣を振り回す。
首の後ろを斬り込む。
と同時に、遠心力と加速力の勢いのままに、一気に反対側まで切り抜ける。
斬りやすい。
切断姫の名は伊達ではない。
これは彼女だからこその現象ではあるのだが、どうせ一期一会の怪物だ。
比較できなければ、他が試すこともできない。
剣を振り抜く度に、蜥蜴のどこかしらが斬れる。
加速が止まらない。
抵抗が無いせいで、むしろ行き過ぎる。
柔らかい。
それが、彼女が思う蜥蜴への印象。
鱗、見掛け倒しだろうか。
足場。
作る。
着地。
踏み込む。
斬り飛ばす。
次は少し上へ。
角度をつけて斬る。
飛んで。
斬って。
斬る。
飛んで。
斬って。
飛んで。
斬って。
飛んで。
斬って。
飛ぶ。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
蜥蜴の首筋が瞬く間に切り裂かれ、遅れ飛び出た血は彼女の風に振り回されて、徐々に血霧に包まれる。
凄まじい勢いで蜥蜴の周囲を飛び、斬りつけると同時に別の方向に飛び立ち、また斬撃を繰り返す。
極々近距離に音が追いついてきたと蜥蜴が気付いた時、彼女はぐるぐると蜥蜴の頭を回り抜き終わった。
少しずつ流し増した魔力は剣を大きく重く育て、気付くと怪物の誇る一本角を斬り落としていた。
きっと、ここまで何が起きたか蜥蜴は理解できていない。
最も近場で発生した破裂音に目を向けてから、その目を戻すまでの間、彼女はもう何度蜥蜴を斬っただろうか。
初見殺しはお手の物。
速さで、物理で、気付かれる前に、反応される前に押し進む。
斬れなかったら、より加速する。
斬れなかったら、より重くする。
斬れなかったら、より大きくする。
それでも斬れなかったら、斬れるまでそれを繰り返す。
角の根元に着地した彼女は、一息入れる間もなく、さくっと眼球を刺すと、蜥蜴の鼻先で空を見る。
まだ、眩しい。
護拳を支えたまま、指先だけでの印を組んだ。
指先だけの場合、手をかざす以上に集中が必要になる。
苦手分野だが、頑張った。
その甲斐あって、先程までの足場とは異なる、より強固な足場を二つ。
彼女が強く踏み込む力を受け止め、その力を全て推進力に変えられる硬度。
蜥蜴を蹴飛ばすように足場へ移ると、着地した足場をしゃがみ込む程に蹴る。
ぐんぐんぐんと空へ。
砲身の置いた爆発魔法のほど近くまで浮上すると、身体を返す。
足元には二つ目の足場。
空中に浮く強固な足場は、天から地への発射台だ。
ダンっ!
蜥蜴の身幅ほどもある衝撃波が空中に広がると、爆発による光は、その余波で波を打つ。
アテュラは先程までの何倍もの魔力を短期間で大剣に注ぐ。
拍動のように、しかし鐘を打ち鳴らすように短い頻度でバグンバグンッと大剣が震える。
震える度、大きさを増し、大剣はその黒い刀身を、蜥蜴の頭の半分ほどの大きさまで膨れ上がる。
彼女自身は重さを感じることもない。
重力が迎えてくれている。
加速を増し、速度を増し、魔力を纏った大剣にて、
一閃!!!
超超高速度で蜥蜴の眉間に触れた大剣は、勢いそのまま音を置き去りに、地面に吸い寄せられるように、上から下へと蜥蜴を断ち切る。
途端、蜥蜴の足元の地面が凹み砕け、その身の倍ほどの亀裂が出来上がった頃には、蜥蜴の頭は両断されていた。
光が通り過ぎたような光景は、雷のよう。
一瞬の静寂。
遅れて、大剣の通った道の延長線上に、波が到達する。
アテュラが生み出した空気の波。振動の波、そして音の波。
姿のない圧力が、大剣の刃幅程度の亀裂だった蜥蜴の全身を襲う。
砲身の放った爆風が団扇で扇いだ風だったのだ、と錯覚するほどの嵐が周囲に吹き荒れる。
天から地へと押し付ける嵐。
たった一撃の、たった一閃の、嵐の通り道を我先にと空気が音が駆け抜ける。
遠く離れた街でも、何件かの倒壊が懸念されるところである。
しばらくの時間が経ち、
嵐が収まった頃には、自身の何倍もある大きな巨人に踏み潰されたかのごとく、潰れた蜥蜴が地に伏していた。
蜥蜴の全身を構成していた魔力は、アテュラの生み出した風に乗り霧散。
これから遠い世界まで流れ込んでいくだろう。
血霧が雨に形を変えて、周囲を濡らし始める。
大きな大きな大地の大きな大きな窪みの中心。
アテュラは、大地に埋まった自分を気合一発、掘り出すと、ぴょん、ぴょん、と跳ねて窪みから抜け出す。
「今日も今日とて、私はがんばったよねぇ~」
疲労感をにじませることもなく、胸元にしまっていた呼笛を吹く。
音が出るわけではないが、発せられた信号が、各拠点に灯る。それが合図になる。
彼女はお酒を呑みに戻ろうとして、自分から漂う血の匂いに気付く。
「ぅん~、お酒は、ちょっとだけ我慢。。。」
大地から抜ける際に邪魔だったので魔力を抜いた大剣を頭の上で大きく振り回し、刀身の血を払う。
そして彼女は、一日中営業している銭湯に向かうことにした。
もう返り血で、泥で、汚れでボロボロだが、着るものは、誰かに届けてもらえば良い。
ベトベトするので、服はその辺に脱ぎ捨てる。
世界樹が実らせる大きな大きな獣たち。
対峙できるのは、ごく少数で、退治できるのは、その中でも一握りほどしかいない。
アテュラは、その一握りの一員だ。
収穫係。
大事にされているのだ。多少のワガママは許されている。
服くらい幾らでも調達してくれるのだ。
遠くからは、呼笛に召喚されたギルドやら薬屋衆やら飲食店協会の面々が乗り込む車両の光。
何十台もが隊列を組まず、バタバタと駆けつけている。
移動用の車両よりも俄然早い、職人用の特急車。
素材は余すことなく使う、鮮度第一。やったるぞ。
きっと、そんな感じの勇ましい声が上がっているのだろう。
いつものことだ。
とはいえ、ここは世界樹と街のちょうど中程、駆け付けるには相当の距離がある。
彼らが訪れるには、あと数時間かかるだろう。
遮るものが何もないからこそ、光だけが目に見える。
みんな、私みたいに、ぴょんと飛んでこれるなら楽なのになぁ~。
数時間程度の経過で何が変わるわけでもないし、先程の蜥蜴もどこかしら使える要素が残っているだろう。
どうせ、私たち収穫者の大半は、誰がやっても、こんな風になるのだ。
私は、どういう形であっても退治するところまで。
「あとは専門家に任せましょぉ~」
何の苦もなく痛みもなく、自分の当番を終えたのは良好だ。
るんたったった、るんたった、と足場から足場へ、ぴょいん、ぴょいん、とスキップをして、アテュラは銭湯へ急いだ。
働いた後のお酒はうまいのだ。
お風呂上がりのお酒もうまいのだ。
じゃあ、そのどちらも合わさったら、うまいお酒がもっともっとうまいのだ。
楽しめる時に楽しむ。休みたいと感じたら休む。刹那的に、享楽的に、でも勤勉に。
またしばらくは、休むときだ。
でも、美味しいお酒を呑むために、美味しいアテを味わうために、もうちょっと戦い続けることを、アテュラは望んでいた。
アテュラ、お疲れ様である。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




