1 切断姫の出番
連載です。どういう話しにするかはできています。
のんびりとつづけますので、読んでいただけたら、うれしいです
夜というには、照明が多いせいで、街全体が明るい。
活気のあるところだった。
道行く人もまだまだ多く、そこここの呑み屋では、どんちゃん騒ぎが聞こえる。
眠るにはまだ早い時間。
しかし、いつから呑んでいたか分からないほどの者にとっては、十分遅い時間帯。
例に漏れず、テーブルに倒れ伏したままの者が一名。
年は成人に届いているのか怪しいような容姿ではあるが、周囲に転がる酒瓶から、さんざっぱらお酒を楽しんだ形跡が見えることから、成人なのだろう。
薄い紫色の髪は全体的に乱れ、両手を広げてテーブルを抱きしめるように突っ伏している。
その褐色の首も、腕も細く、華奢に見える彼女は、しかしながら寝ぼけて何をしでかすか分からないため、周囲に転がる酒瓶ひとつ、誰も片付けられないでいる。
いつもの光景。慣れた景色。
気にせず乾杯する他の客。
今日も楽しい一日に乾杯、と掲げたグラスをガツンとぶつけた刹那、
地の底から突き上げるような大きな振動が、唐突に襲ってきた。
「どぅありゃ!?」
揺れに反応して珍妙な声を上げながら、彼女、アテュラは文字通り跳ね起きた。
行きつけの飲み屋で夜を明かした彼女の周囲には、酒瓶が無数に転がっており、揺れに伴い、雪崩のように近隣の席に押し寄せる。
突然の揺れと瓶に足を取られた客が何人も躓き、頭からグラスの酒を被るなど、大惨事だ。
突っ伏していたテーブルから手先の力でのみ飛び上がった彼女は、酒瓶の崩れた盛大な音に気を取られた。
バランスを乱したせいで、天井にしたたかに頭を打ち付ける。
一瞬天井に刺さった彼女は、手で払いのけるように天井を叩く。
小さく砕けた天井の破片をお供に、重力にしたがった花びらのごとく、ふんわりと落ちて、元の席に着く。
彼女が飛び起きた衝撃で、天井が頭の形に凹んでいた。
その姿を見ていた飲み屋の客は大笑いし、乾杯の大合唱だ。
その声音には、振動への怖れは感じられない。
「やかましいぞ、姫っ」
喧騒の中、別のテーブルで忙しなく山盛りパスタを口に運んでいた巨大な男が、アテュラを怒鳴りつける。
声を上げた拍子にパスタの具材である魚介類の鱗が一枚飛び、彼女の顔面を直撃する。
疎ましそうに鱗を額に貼り付けた、寝ぼけ眼の彼女は、ねめつけるように声の主を見上げた。
着席しているにも関わらず、アテュラの身長より頭何個分か大きい男は、彼女の目線など意に介さず、別の皿に、これまたたんまりと盛られた肉詰めを口に運ぶ。
一口噛むだけで溢れる肉汁は、スープの代わりだ。
「・・・デカブツぅ~。何をのんびり食事してんのよぉ~。「実り」じゃないのぉ?」
呆れ声の彼女に対して、俺の番じゃないからな、とデカブツはマイペースに食事を続ける。
「デカブツじゃねえ、ジジゴ様と呼べと何度言わせんだ」
ジジゴと自称した巨人は、不服である、と顔を歪めつつ、アテュラに声をかける。
「それに「実り」だったとして、今回はお前の番だろ、切断姫。宿酔いだからって、順番は変わんねえぞ。
前回の俺の番の時、お前、それ肴に宴会してたじゃねえか」
「お酒が美味しいんだから、しょうがないじゃないのぉ~。ねぇ~」
唇を尖らせて、ジジゴはフォークで彼女を指す。
指とフォークの向き先であった彼女は、誰にでもなく声をかけつつ、だるいのにぃ、と呻きながら、人混みをかき分け、ふらふらと壁際の箱に近寄る。
箱には、薄い緑色に発光した液体がタップン、とたゆたっており、無造作に右手を突っ込むと、適当に引っ掴んだそれを口に運ぶ。
もぎゅもきゅ、と固体のような液体のような、奇妙な食感のそれは、柑橘類に甘さと鮮烈さを内包した味で、飲み込んだ彼女の体が強い青緑色の光を放つ。
どこの店にも置いてある、デミエリクサーである。
「まぁた美味しくなってんじゃぁ~ん」
「良かったじゃんかよ。薬屋の姐御にお礼言っとけ」
「ありがとぉ~」
指にまとわった分を舌で舐め取りながら、姫、アテュラが少し笑って店の奥に声をかける。
飲み屋の奥で、どういたしまして~、と薬屋の姐御が軽く手を振った。
妖艶。美麗。どこの樹木か分からないデザインの蔦があしらわれた、表現に困る色々な色で仕立てられた着物が、彼女の動きに合わせて、ゆらりと揺らめく。
相変わらず綺麗だなぁ~、美味しいなぁ~、やるかぁ~。アテュラの思考はぽんぽんと変わっていく。
アテュラが笑うと、垂れ目が更に細くなり、紫の瞳がやんわりと光る。
もう一口液体を口にした後、手に伝うそれを手首から順に指先まで舐めつける様が、どこか毛づくろいをする猫を想起させる。
「ほら、味見してないで早く行けやっ! 揺れてると飯が食いづらいんだよ」
「うっさいぃ、怒鳴んなぁ~」
そろそろジジゴの手許のフォークが飛んできそうな温度感を肌に受け、アテュラは床に転がっていた大剣を拾う。
持ち手の護拳の内側に山のようにシールが貼られた、ちょっとだけファンシー寄りな大剣は、それでもグリップだけで彼女の前腕ほどあり、ブレイドは彼女の背丈を軽く超える。
ブレイドは黒く、厚みがあり、少し丸みもある。
この大剣で何でも切断する。だからこその切断姫。アテュラの別名だ。
護拳の端に指を引っ掛け、ずりずりと引っ張り、刀身で床を傷つけながら、彼女は建物の入口へ向かう。
店主は黙認である。どうせ、彼女たちの働きがなければ、店などやっていられないことは良く分かっている。
それに、多少の傷なら自分で回復する素材でできているのだ。気にするまでもない。
多くの客が口々に、アテュラに労いの声をかけると、彼女はもうちょっとだけやる気になってきた。
いつもの皆が励ましてくれるなら、やっちゃおうかなぁ~、くらいに気分が上がったのだ。
「やるかぁ~。当番だしね」
アテュラは、まるで散歩中に脇道を目指す犬を誘導する飼い主のように、重そうに剣を引っ張りつつ扉をくぐる。
実りの日の収穫係。
アテュラ、出番である。
お読みいただき、ありがとうございました。
どうぞ、ごひいきに。




