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世界回帰回答編 第六話

色を失い、完全に停止した古民家。

風すら吹かず、囲炉裏の炭火すら凍りついた絶対の牢獄の中で、神は無機質な宣告を下した。


「転送を開始するよ。魔素も、物理的な熱も、もはやこの空間には存在しない。このままでは君たちはただ、ゆっくりと凍えて死を待つだけ――」


「……はっ」


静寂の中、ナオキの低く、乾いた笑い声が響いた。

彼は両手をだらりと下げたまま、古民家の土間に立つ神を睨みつける。その瞳の奥には、絶望ではなく、暗く底なしの『熱』が宿っていた。


魔素がないなら、どうする?

物理的な熱が発生しないなら、どうする?


凍りついた古民家の土間に立ち、神のアバターを見据えたまま、ナオキの脳裏に鮮烈な熱がよみがえる。

 あの冷たい橋の上で、死に向かおうとしていた俺の背中からしがみついてきた、信じられないほど熱い体温。


『直樹は、もう誰かのためじゃなくて……ナオキのために、生きていいんだよ』


アイリの熱さが、俺の胸の奥底でカチカチに凍りついていた「自分自身への諦め」を、暖かく溶かしていった。他人のために空っぽになった俺の器に、彼女自身の「自分のために生きろ」という強烈な愛を、包み込むように流し満たしてくれた。


『世界がどれほど理不尽だろうと……あなたが自分自身の価値を貶める理由にはなりませんわ!』


ツカサの激しい怒りは、俺から奪われていた「人間としての尊厳」を、強引なまでに叩き直してくれた。お前は怒っていいんだ、理不尽に抗っていいんだ、お前には生きる価値があるんだと、ツカサの気高い怒りが、俺の冷え切った魂に強烈な火を点けた。



そして、セリア。


『あなたが流した汗も、泥まみれになった手も、誰かを救いたいと願ったその心も、すべて私は知っています』

『誰も認めなくても、私が……この私が、あなたの忠実な影として、永遠に証明し続けます』


俺が誰にも認められず、ただ消費されただけだと思っていた過去。俺の影として、ただ静かに、無条件でそこにいてくれる存在。何かをしてあげたからじゃない。役に立つからじゃない。ただ「ナオキだから」という理由だけで、俺のすべてを全肯定してくれる、絶対的な安らぎの居場所。


俺は、あの日、あの橋の上で。

三人から注がれた途方もない愛情と熱量によって、文字通り『魂を産み直された』のだ。


空っぽだった器に、

アイリの我儘なまでの生きる愛が注がれた。

ツカサの気高い誇り高い愛が注がれた。

セリアの無償の信頼の愛が注がれた。


今の俺の魂は、空っぽなんかじゃない。絶望なんかに染まっちゃいない。

三人に救われ、愛され、満たされた、圧倒的な『熱』でパンパンに膨れ上がっている。

俺の中には、俺一人の命じゃなく、三人が注いでくれた愛の分だけ、巨大な魂の質量が宿っているのだ。


神の理不尽なシステムがどれだけ周りの魔素や温度を吸い上げようが、知ったことか。

俺の魂の奥底には、この凍りついた世界を焼き尽くしてなお余りあるほどの、あいつらからもらった無尽蔵のエネルギーが、今もドクドクと脈打っている。


そうだ。今ここでこれを燃やさずして、何が男か。

俺に「生きる意味」を与えてくれた愛しい女たちを、絶対に守り抜く。

その最高のエゴを貫くためなら、俺の命の一つや二つ、喜んで極上の薪にしてやる。


なんだアイリ。もう自己犠牲はやめろって?ふざけるな。『ナオキ』の中に、とっくにお前らは含まれている。

なんだツカサ。この怒りだってお前がくれたものだ。お前のおかげで取り戻せた尊厳が騒いでるんだよ。

なんだセリア。どんな失敗だらけの俺だって、お前が肯定してくれるんだろ?だったらやるしかねえだろ。



アイリ、ツカサ、セリア。そこでよく見てろ。


これがお前らが惚れた俺の、本当の魂のエゴだ。そうだろう?



――答えは一つだ。

神が喉から手が出るほど欲しがっていた極上のデータ――『俺自身の魂』を、直接薪にして燃やせばいい!!




「――燃えろおおおおおおおおおおおおおおッ!!」




ゴォォォォォォォォォッ!!!


ナオキの全身から、『赤白いオーラ』が噴き上がった。

それは酸素を必要とする物理現象の炎でも、魔力による魔法でもない。三人の愛によって満たされた巨大なナオキの魂のデータが、限界を超えて激しく削られ、消費されることで発生する【魂の燃焼】だった。


自らを焼き切る激痛に、ナオキの肉体がみしりと音を立てる。だが、その瞳に浮かぶのは絶望ではなく、最高に凶悪で、生気に満ち溢れた炎だった。


『――警告! 警告! 対象個体【ナオキ】の魂データが自己崩壊を開始!』

『――貴重な観測データの著しい損壊! 直チニ停止セヨ!!』


システムの無機質な声が明確なパニックを起こして裏返る。


「はっ、知るかよ。てめぇの実験ノートのために生きてるわけじゃねえんだわ――」


ナオキが吠えて足踏みをした瞬間、彼の内側から噴き上がった赤白いオーラが、物理的な衝撃波となって爆発した。


ズドォォォォォォォォォォォォンッ!!!


絶対零度に凍りついていた古民家の土間が、壁が、そして分厚い屋根が、内側から膨れ上がった莫大な熱量に耐えきれず、チリ芥のように吹き飛んだ。

暗い空へと舞い上がる建材の破片。凍りついた空気が一瞬にして蒸発し、灰色の世界に猛烈な熱風が吹き荒れる。


すべてを焼き尽くすかのような、狂気的な魂の爆炎。

だが――。


「あっ……あったか、い……」


爆心地のすぐ後ろにいたアイリは、思わずその赤白い炎に手を伸ばしていた。

家一つを吹き飛ばすほどの破壊的な熱量が吹き荒れているのに、アイリ、ツカサ、セリアの三人には、熱さも衝撃も一切届いていなかった。


それはまるで、真冬の暖炉のように。

あるいは、絶対に危害を加えないと約束された、巨大な獣の毛並みのように。


狂気に満ちた自傷の炎は、三人の女たちに対してだけは、どこまでも優しく、暖かく、彼女たちを絶対の安全圏として包み込んで守っていたのだ。


「……バカですわね。こんな力任せで、強引な守り方……」

ツカサが、溢れそうになる涙を必死に堪えて微笑む。

セリアは両手を胸の前で組み、自らを燃やして立つナオキの背中を、祈るように見つめていた。


「さあ、見せてやるよ!やれるもんならやってみろ!『観測』とやらをな!!」


ダンッ!! と、ナオキが大地を蹴った。

吹き飛んだ古民家の跡地から、赤白いオーラの尾を引いて、ナオキの肉体が神の眼前へとコンマ0秒で肉薄する。


絶対的な管理者権限に守られた、物理干渉不可のアバター。

だが、三人の愛で満たされ、自らの命を燃やして圧縮したナオキの「魂の質量」の前に、そんなプロトコルは紙切れ以下の意味しか持たなかった。


「やめっ――」


無機質であるはずの神のアバターから、まるで死に怯える人間のような、無様で哀れな悲鳴が漏れた。


その直後。


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!


空間そのものがひしゃげるような轟音。

これまで一切触れることすらできなかった神の実体のない顔面に、ナオキの赤白く燃えるストレートが、明確な打撃感をもって、深々とめり込んでいた。


「――ッ!!!」


バギィィィィィィィィィィィンッ!!!!


硬質なガラスが粉々に砕け散るような、世界を切り裂く破砕音。

ナオキの放った渾身の拳が、神の存在を、一切の抵抗を許さずに物理的に、そして概念的に「破壊」したのだ。


飛び散る光の破片と、真っ赤なエラーコードの血飛沫。

神のアバターが、身体の半分を喪失する。


「ア、アァ……ッ!?」


大地を抉り、無様に転がった神の残骸から、激しいノイズに塗れた複数の声が、パニックを起こして絶叫する。


『そんな、ばかな。我々はただのあばたーでここにおりてきているにすぎない、なぜほんたいにそんしょうがはいるんっだだだだだだだd』


「……観測してたてめぇが一番よく知ってんだろ」


体の半分を失い、文字通り「バグって」のたうち回る神を見下ろしながら。

ナオキは、拳から立ち昇る赤白い炎を揺らめかせ、最高に凶悪な笑顔で嗤った。


「見てるだけじゃ絶対に測れねえのが……人間の『魂』ってもんなんだよ。ルカ達を返せ、クソ神」

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