世界回帰回答編 最終話
「見てるだけじゃ絶対に測れねえのが……人間の『魂』ってもんなんだよ。ルカ達を返せ、クソ神」
その宣言は、神のアバターにとって許容できない致命的な「バグ」の証明だった。
顔面を半分吹き飛ばされたアバターから、耳をつんざくような激しいノイズと警告音が鳴り響く。
理性的な管理者の姿はそこにはなく、目の前のナオキを消し去るための、純粋な殺戮システムへと変貌を遂げていた。
空が、一瞬にして発光した。
神のアバターの背後、虚空の至る所に、無数の光の魔法陣――「演算砲台」がフラクタル状に展開される。その数、数百、数千。
空間そのものを焼き切るような極太の光の束が、天から豪雨のように降り注いだ。標的はナオキだけではない。その背後にいるアイリ、ツカサ、セリアの三人をも一網打尽にすべく、全方位から殺意の光が襲いかかる。
「ナオキッ!!」
アイリが悲鳴を上げる。
だが、ナオキは一歩も引かなかった。引く必要すらなかった。
「……ハッ。そんなもんかよ、神様ァ!!」
ナオキは、赤白い炎を纏った右腕を、ただ静かに、右から左へと一薙ぎ――さっと流した。
その瞬間。
流された腕の軌跡に沿って、圧縮された魂の熱量が巨大な赤白い「障壁」となり、爆発的に空間を薙ぎ払った。
ゴォォォォォォォォォッ!!!!!
捌く、逸らす、などという生温かいものではない。
圧倒的な質量と熱量を持ったナオキのオーラが、迫り来る無数の極太レーザー群と衝突した瞬間、レーザーそのものがオーラに耐えきれず内側から崩壊した。
軌道を捻じ曲げられる暇もなく、レーザーは光の塵となって粉砕され、霧散・消滅していった。
ただ一薙ぎ。それだけで、空を埋め尽くしていた神の全方位殺戮攻撃は、そのエネルギーそのものを完膚なきまでに破壊され、虚空へと消えたのだ。
ズドドドドドドォォォォォォンッ!!!
ナオキのオーラがレーザー群を貫通し、その背後にあった無数の演算砲台をも一律に粉砕し、爆発させる。
空が一瞬にして晴れ渡った。
ナオキが背中で創り出した「絶対の安全圏」の中で、アイリたちはただ、圧倒的なナオキの背姿を見つめていた。熱風一つ、光の欠片一つ届かない、嘘のような静寂。
神のアバターが両手を振り下ろす。
今度は、大地そのものがシステムによって強制的に書き換えられた。古民家周辺の地盤が超高圧縮され、家屋ほどの大きさを持つ質量弾へと変貌し、ナオキたちを上下左右から完全に包囲して殺到する。
「小細工ばっかだなぁ!!」
ナオキは空間を蹴り、宙へ跳んだ。
超質量弾が直撃するコンマ数秒前、ナオキの蹴りが、拳が、文字通り狂気的な速度で全方位に放たれる。
ダンダンダンダンッ!! という連続する破裂音と共に、襲い来る超質量の塊が、ナオキのオーラに触れた瞬間に粉微塵に砕け散る。
ただ砕くだけでは瓦礫が背後の三人に降り注いでしまう。ナオキは岩を砕いた瞬間に魂の炎の出力を一瞬だけ跳ね上げ、瓦礫の破片すらも瞬時に灰へと変えて虚空に散らした。
『――空間断裂』
レーザーも質量も通じないと悟った神が、ついに物理法則を捨てた。
空間そのものに「亀裂」を入れ、ナオキの肉体を座標ごと切断しようとする不可視の斬撃。
だが、それすらもナオキの熱量には届かない。
空間の裂け目が迫るたび、ナオキはその裂け目を素手で掴み、赤白い炎で強引に「溶接」するように焼き繋いでみせた。システムの概念攻撃すらも、魂のエネルギーが強引に上書きし、無効化していく。
「どうした神様! 攻撃が止まってんぞ!! 」
防御から一転、ナオキは猛烈な勢いで神へと肉薄した。
トップスピード。神の演算がナオキの位置を割り出すより早く、ナオキはすでに神の頭上を取っていた。
「オラァッ!!」
脳天への踵落とし。
バギィィンッ! と光の破片が飛び散り、神のアバターが大地へと叩きつけられる。
反撃する暇など与えない。バウンドした神の背後に回り込み、右ストレート、左フック、回し蹴り。
容赦なくすべてを乗せた、怒涛のラッシュ。
ドゴォォ! バゴォォォォンッ!!
空間を揺るがす轟音と共に、神のアバターは完全にナオキのサンドバッグと化していた。光の体がへこみ、千切れ、エラーコードの血飛沫が辺り一面に撒き散らされる。
神は逃げようとテレポートを試みるが、ナオキの纏う魂のオーラが空間の歪みそのものを燃やし尽くし、転移すら許さない。
「どうした! 極上のデータが欲しいんだろ! もっと近くで観測してみろよ!!」
ナオキは嗤いながら、容赦なく神を殴り続ける。
一撃ごとに、神を構成するデータがボロボロに削り取られていく。
神の放つあらゆる干渉、あらゆる攻撃が、この男の魂の炎の前には一切無意味だった。
傷一つ負わず、ただ圧倒的なエゴと愛の力で理不尽をねじ伏せる。
「終わりだ!!」
ナオキが最後の一撃――極大の赤白い炎を纏った拳を、伏した神の残骸へと力任せに振り下ろした。
ズゴォォォォォォォォンッ!!!!
もうもうと立ち込める粉塵と光の粒子の中、ナオキはゆっくりと立ち上がり、拳の炎を揺らめかせた。
その圧倒的な一撃の前に、のたうち回っていた神の残骸が、ふと、不気味なほどピタリと動きを止めた。
半分失われた顔面から垂れ流されていた真っ赤なエラーコードが、瞬時に無機質な光へと変質し、宙に浮かび上がる。
『……理解、した。物理的・概念的アバターによる直接干渉は、対象個体の【魂】という未知のエネルギー体の前に無力、あるいは著しく不利であると』
先ほどの見苦しい命乞いとパニックは、まるで初めから存在しなかったかのように消え去っていた。
そこから発せられたのは、絶対的な管理者としての、感情を完全に排した冷酷な演算音声だった。
『対象個体【ナオキ】。君のそれは、もはや我々が観測し得る「有益なデータ」ではない。我々のメインフレーム、ひいてはシステムの根幹を破壊し得る、致命的な【特異ウイルス】だ』
破損した神のアバターが、自ら光の粒子となってボロボロと崩壊していく。
「個」としての実体を捨てることで、神はこの空間そのものへと溶け込み、見えざる絶対的な重圧となってナオキたちを取り囲んだ。
『観測プロトコルを破棄。これより全リソースを、対象個体の【消去】に使用する。君たちの魂はここで、完全に凍結・削除される』
その無機質な宣告と同時だった。
世界が、概念的な【絶対の停止】へと変貌した。
音すらも凍りつくような暗闇の重圧。空間そのものが、ナオキたちという「存在」を削り取り、ただの白紙に戻そうと四方八方から牙を剥く。
神はもはや、アバターを使って殴り合う気すらなかった。
ただ管理者の権限をもって、ナオキ達の存在を削除する。それだけでいいのだ。
「……ッ! てめぇの思い通りに……させるかよッ!!」
ナオキは、背後で息を呑むアイリ、ツカサ、セリアを庇うように大きく両腕を広げた。
迫り来る「概念の消去」から彼女たちを守るためには、己の魂をさらに激しく燃やし、その熱量で押し潰してくる空間の圧力を相殺し続けるしかない。
「――燃えろッ!!」
ナオキの魂を燃料にした『赤白いオーラ』が、巨大な爆炎のドームとなって、凍りついた空間に吹き荒れる。
それは、強要される「絶対の停止」と、存在そのものを消去しようとする神の干渉力に抗う、唯一の熱源だった。
『――無駄な足掻きだ。所詮は限りあるエネルギー体に過ぎない……完全燃焼まで削除し続けるとしよう』
虚空から響く神の無機質な声が、冷酷に告げる。
凍てつく冷気と、システムからの見えない重圧が、四方八方から巨大な万力となってナオキの赤白い爆炎のドームを押し潰そうと迫り来る。
相手は世界の全リソースを掌握し、無限の処理能力を持つ神。
対するナオキは、己の命そのものを有限の燃料にしている。
これは、どう足掻いてもナオキの命が先に燃え尽きる、絶望的な消耗戦だった。
「が、はっ……!」
ナオキの口から、どす黒い血が吐き出される。
圧縮された冷気が赤白い炎のドームを削り取り、防壁が少しずつ、だが確実に内側へと押し込まれていく。
限界を超えて燃焼し続ける魂が悲鳴を上げ、肉体の崩壊を止められない。皮膚が焼け焦げ、血管が内側から破裂するような激痛が全身を駆け巡る。
(くそっ……こんなもん……)
薄れゆく意識の中で、ナオキは血まみれの歯を食いしばる。
炎が少しでも弱まれば、俺の背後にいる三人は一瞬でシステムの冷気に飲み込まれ、初期化されてしまう。
もっとだ。もっと燃やせ。俺の命なんて全部くれてやる。
そう願って、無理やりにでもさらに魂の出力を上げようとした――
魂を削る反動でさらに血を吐き、ナオキの膝がガクンと折れかける。
その時だった。
「ナオキ!!怒るよ!!」
「――まったく、あなたという人は」
左右から、アイリとツカサの手が伸び、ナオキの赤白く燃える両腕を、燃え盛る炎ごと強く握りしめた。
2人は、自らの魂のエネルギーを、ナオキを通じて解き放った。
ゴォォォォッ!
アイリとツカサの全身からも、魂の燃焼による光が溢れ出す。
「 やめろ!!お前たちの魂が壊れる――」
「「絶対にいや(です)!!何回言ったらわかるの(んですか)!!」」
2人はナオキの手を離さず、自らの魂を削りながら、その熱でナオキの魂を包み込み、守ろうとする。
「……ッ、この、馬鹿どもが……!」
ナオキは、2人の想いの熱量を感じながら、嗤った。
『――無駄だ。消去プロセス、続行』
無限の処理能力を持つシステムによる【絶対の停止】。
二人分の魂の炎を足したのにもかかわらず、四方から迫る概念的な冷気は、無情にも赤白いオーラのドームをじりじりと内側へ押し潰していく。
「くっ……あぁぁぁッ!」
「ナ、オキ……っ!」
「負けません……こんな……ッ!」
限界を超えて魂を燃やす三人の顔が、激痛に歪む。
どれほど強く想い合おうと、有限の魂である以上、無限のシステムリソースには抗いきれない。炎のドームが、圧縮されるように漆黒の虚無へと呑み込まれそうになっていく。
その絶望的な光景を。
セリアは三人の背後でただ一人、呆然と見つめていた。
(……なんて眩しくて、暖かくて……強い火なんだろう)
三人が命を削って灯す光。互いを思いやり、自己を犠牲にしてでも守り抜こうとする、本物の『魂』の輝き。
それに比べて、自分はなんだろう。神は言った。自分はただのデータだと。
セリアの脳裏に、これまでの自分の記憶が走馬灯のように駆け巡る。
必死に守ろうとした妹のニーナは……本当に私の妹だったのだろうか。
理不尽に奴隷として捕まり、メイドとして無理やり働かされていたあの日々も。
ナオキ様が私を救い出してくれたあの激情と温もりも。
ナオキ様と一緒に、いろんな困難を乗り越えてきたあのかけがえのない日々も。
(あれは全部……嘘だった。 私の悲しみも、喜びも。ナオキ様へのこの想いすらも……作られた、嘘の感情)
胸の奥が、冷たく凍りついていく感覚。
私のなにもかもが、嘘だったのだ。血も、肉も、記憶すらも、システムが書き込んだだけのただの文字列でしかないのなら。
(私に……みんなに守ってもらう資格なんて、ない……)
魂を持たない空っぽの偽物が、こんなにも尊く、本物の命を燃やしている彼らの命を削らせるなんて、あってはならない。
容赦のない絶対零度の消去の波が、もう三人のすぐにまで迫っていた。
「……セリアちゃん!!!何してんの!!散々私を足手まといって煽ったくせに!!」
魂の濁流の中で、アイリが叫びながら、後ろで立ち尽くす少女に手を伸ばした。
「……大丈夫です、セリア。こちらへ。手伝ってくださいまし」
ツカサも、毅然と、けれど優しい声でセリアへ語りかけた。
「私、は……」
セリアは、3人の魂が織りなす眩い光の輪を見つめ、恐れおののくように一歩後退した。
(私には、魂がない。私は、神に作られた、偽物のデータ。……みんなのように、自分を燃やして戦うことなんてできない。私が触れたら、ナオキ様の澄んだ魂を、汚してしまう……!)
セリアの中に、「自分が自分でない」という恐怖が蘇る。
「私には……みんなと、一緒には……」
「――力を貸してくれ、セリア」
ナオキの、優しい、けれど揺るぎない声が、魂の渦を突き抜けてセリアに届いた。
ナオキは、熱にまみれた顔で、笑ってみせた。
「セリアがいつどんな時も、俺の影として隣で支えてくれるんだろ?だから俺も、お前の陰の部分だって愛すよ。 ……AIだって、プログラムだって、かまわないさ。そんなもの気にしない。俺の知ってるセリアは、そんなものに動じたりしない。そうだろ?」
「ナオキ……様……」
セリアの瞳から、涙が溢れ出した。
影。どんなに暗く、どんなに汚れた場所でも、隣で支えてくれる存在。
結婚しようと言ってくれたあの日。
お互いにそんな存在になれたらいいなと。たしかに約束したのだ。
それは、データとか魂とか、そんなこととは関係のない、ナオキとセリアの、唯一無二の約束だった。
あの記憶だけは、嘘ではない。嘘になんてさせない。嘘じゃないって、わかる。
「私、が……ナオキの、影になるんだ……」
セリアは、溢れる涙を拭い、震える足を一歩前へ踏み出した。
恐る恐る、3人の魂の渦へと手を伸ばす。
(私が!! 私しかいないんだから!!)
セリアの指先が、ナオキの背中に、そっと触れた。
その瞬間。
バリィィィィィィィンッ!!!!
世界から、音が消えた。
ナオキの全身を包んでいた、痛々しく荒れ狂う『赤白いオーラ』が、爆発的な閃光と共に跡形もなく吹き飛んだ。
光が消え、世界が暗転する。
(ああ……やっぱり、私じゃ駄目だったんだ。魂のない偽物が触れたせいで……ナオキたちの魂の火を、消してしまった……っ!)
セリアは絶望に目を強く閉じ、システムの冷たい消去の波が、自分たちすべてを飲み込むのを待った。自分が触れなければ、まだ数秒は持ち堪えられたかもしれないのに。私が、すべてを壊してしまった。
だが――。
いつまで経っても、絶対零度の冷気は襲ってこない。
それどころか、ナオキの背中に触れている指先から、言葉にできないほどの、絶対的な『温もり』が流れ込んでくる。
「……目を開けろよ、セリア。俺たちの火は、こんなもんじゃ消えねえよ」
ナオキの声には、先ほどまでの激痛の響きが消え、どこまでも穏やかで、力強い熱が満ちていた。
セリアが、ハッとして恐る恐る目を開く。
次の瞬間。
ナオキの背中から、アイリ、ツカサ、そして生きている証明を果たしたセリアの魂が、一つの巨大な「特異点」となって融合し、澄み渡った、無限の彼方まで届くような
【澄んだ青白い炎】へと変貌した。
自らを傷つけて無理やり捻り出していた暴走の魂の炎ではない。四人の魂が完全に循環し合い、静かに落ち着きながらも、決して消えることのない芯の強い絶対的な命の炎。
世界を包むほどの、静かで、強力な、澄んだ青白い光。
神が吸い上げていたすべての魔素、熱量、物理現象が、その澄んだ光の波に飲み込まれ、ナオキの拳へと収束していく。
魂の密度が変わり、それはシステムが定義する「データ」を超越した、混じりっけなしの『魂の特異点』となった。
空間を圧殺しようとしていたシステムの【消去】プロセスが、澄んだ青白い炎に触れた端から、春の雪のように静かに溶け落ちていく。
絶対的な管理者の権限すらも、その光の前では完全に無効化されていた。
『……信じられない。バグ……いや、これは……』
虚空から響く神の声が、明確な驚愕のノイズを立てて震えた。
冷徹な演算音声に、初めて「畏怖」にも似た感情が混ざり込む。
『論理回路が理解を拒絶している。たった四つの個体の魂が結合しただけで、これほどのエネルギーを創出するなど。……なんという、途方もない美しさだ』
神の残骸である光の粒子が、青白い炎の周囲を蛍のように舞う。
それは、絶対者としての完全なる敗北宣言であり、同時に、未知の現象に対する純粋な歓喜でもあった。
『対象個体の【消去】プロセスを完全停止。……君たちの勝ちだ、ナオキ』
「……てめぇの計算機も、ようやくまともに動いたみたいだな」
ナオキは青白いオーラを纏ったまま、油断なく虚空を睨みつける。
『君たちが見せた【魂の特異点】……この未知なる強大な可能性は、我々の想定を遥かに凌駕している。不老不死などというスケールに収まるものではない。この事象は、現実世界で待つ我々の出資者たちに早急に共有し、解析する必要がある』
神の口調が、どこか清々しいものに変わっていた。
『そのためには――君たちという『極上のサンプル』を、これ以上傷つけるわけにはいかないからね。約束しよう。君たち全員の魂、および肉体の安全を、我々の全権限をもって保障する。これ以上の直接的な干渉も、理不尽な実験も行わない』
「……本当でしょうね?」
ツカサが警戒したまま、鋭く問い詰める。
『我々にとって最も価値があるのは、君たちが自然な状態で生み出すその魂の熱量だ。これ以上負荷をかけて壊してしまっては元も子もない。……ただ、一つだけ問題がある』
吹き飛んだ古民家の跡地に、巨大な光のゲートが出現した。
『この世界は、先ほどの君の破壊行動と特異点の発生により、根幹のシステムコードが修復不可能なレベルで破損してしまった。再構築のために、ここは間もなく完全にシャットダウンされる。君たちには、用意してある別の仮設新世界サーバーへ移ってもらいたい』
「……なるほどな。てめぇの実験場がぶっ壊れたから、引っ越せってわけだ」
ナオキは鼻で笑い、纏っていた青白い炎をゆっくりと収束させた。
背中に触れていたセリア、そして両手を握っていたアイリとツカサが、安堵の息を吐いてナオキの傍らに立つ。
「いいぜ、その条件飲んでやる。……だが、人質にしてるルカ、トウヤ、ミヤビの三人も、当然こっちに返すんだろうな?それとニーナたち、俺たちと関わった全ての人の安全も保障してくれ」
ナオキが鋭い眼光で虚空を睨みつける。
『問題ない。彼らもまた、君たちのように魂の安定と向上に不可欠なピースであることは理解した。隔離領域を解除し、君たちと同じサーバー、同じ転送地点へと安全に送り届けよう。全ての人々について、我々が保証する』
その言葉に、アイリとセリアが顔を見合わせてパァッと表情を輝かせた。
ツカサも、ふぅと小さく息をついて強張っていた肩の力を抜く。
「……言質は取ったぜ。もしあいつらに指一本でも触れてみろ。次はこの世界をぶち破って、てめぇらのメインフレームごと燃やし尽くしてやるからな」
『肝に銘じておこう。……素晴らしいデータだった。良き旅を、特異点たち』
神の気配が、完全に空間から消失した。
あとに残されたのは、崩壊を待つ静寂な世界と、新たな世界へと続く光のゲートだけ。
ピキッ……と、足元の空間がガラスのようにひび割れ、虚数空間への崩落が始まっている。もう、この世界に長居はできない。
ナオキはゲートへと歩み出そうとして――ふと足を止め、ゆっくりと振り返った。
そこには、激戦の疲労でボロボロになりながらも、世界で一番美しい三人の女性たちが立っている。
ナオキの命を繋ぎ止め、その魂を愛で満たし、強烈なエゴを与えてくれた、かけがえのない妻たち。
ナオキはまず、まだ目元を赤く腫らしているアイリの前に立ち、その柔らかい頬にそっと手を添えた。
「……泣き虫は相変わらずだな」
「う、うるさいなぁ……。ナオキが、無茶ばっかりするからでしょ……」
アイリは照れ隠しのようにナオキの手に自分の手を重ね、すり寄るように微笑んだ。
「ありがとな、アイリ」
ナオキの低く優しい声に、アイリが顔を上げる。
「……うん。私ね、これからもっともっと我儘になるよ。ナオキを絶対に独りぼっちにさせないんだから」
「ああ。覚悟しとくよ」
ナオキは優しくアイリの頭を撫でた。
次いで、ナオキの視線はツカサへと向かう。
ツカサは優雅にふふっと余裕のある笑みを浮かべてみせた。だが、その瞳の奥には、まだ隠しきれない安堵の揺らぎと涙の痕がある。
「……まったく。あんな強引な守り方、計算外にも程がありますわ。一歩間違えれば、貴方の魂ごと消滅していましたのよ?」
「ハッ。ツカサと俺の火事場の馬鹿力が合わされば、どんな奇跡でも起こせるって証明しただろ」
軽口を叩き合いながら、ナオキはツカサの肩を抱き寄せた。
「ありがとな、ツカサ」
「……はい」
ツカサは、ナオキの胸にそっと額を押し当てた。
そして最後に。
ナオキは、自分の両手をじっと見つめ、まだ信じられないというように震えているセリアの前へ歩み寄った。
「ナオキ……私、消えませんでした。ナオキたちの魂に触れても……弾かれませんでした……っ」
ポロポロと涙をこぼすセリアの指先を、ナオキは両手で大切に包み込んだ。
「当たり前だろ。セリアが俺たちを繋いでくれたんだ。お前の魂が、偽物なんかであるもんかよ」
「でも、私……」
「俺が愛したのは、どんなに情けない俺でも、文句一つ言わずに隣にいてくれた『セリア』という存在そのものだ」
ナオキは、セリアの細い腰を抱き寄せて、その耳元で真っ直ぐに告げた。
「これから行く新しい世界では……一緒に陽の当たる場所をたくさん歩くんだ。俺が沈んだとき、お前がいなきゃ誰が俺を踏ん張らせるんだよ」
「あ、ああ……っ」
セリアは声を上げて泣き崩れ、ナオキの胸にしがみつく。
「ありがとな、セリア」
「……はいっ……! 」
魂がないと恐れていた少女は、今、紛れもなく世界で一番温かい魂の涙を流していた。
崩壊の足音は、すでに足元を削り取り、虚無の淵が迫っている。
だが、四人の間に焦りは微塵もなかった。
ナオキは、アイリを、ツカサを、そして背中ではなく隣にぴたりと寄り添うセリアを見回した。
視線の先には、ルカ、トウヤ、ミヤビたちと最高の仲間たちが待つ、新しい世界へのゲートが眩く光り輝いている。
もう、過去の呪縛も、理不尽な神もいない。
あるのは、彼ら自身が勝ち取った、自由で、欲深くて、最高に愛おしい未来だけだ。
「行くぞ!!」
ナオキは力強く頷き、愛する妻たちの手を引いて、眩い光の中へと足を踏み入れた。
こうして、神の理不尽な盤上を力と絆で粉砕したナオキたちは、新たなる冒険の舞台――仮説新世界サーバーへと足を踏み入れたのだった。
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ここまでご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。
私事ですが、4月から新しい仕事がスタートするため、本作はいったんここで「本当の最終回」とさせていただきます。
絶望から立ち上がり、神という理不尽に打ち勝ったナオキ、アイリ、ツカサ、セリア、ルカ、トウヤ、ニーナ、ミヤビたちの物語を共に歩んでいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
また落ち着いたら続きを書けたらいいなと思っております。
彼らの新たな世界、どうかご期待ください!




