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新世界編 第六話

「――ええ、待っていたわよ。別世界線のナオキ」



「……ああ、やっぱり。どの世界線から来ようと、あなたのその顔を見るだけで、私の奥底から殺意が際限なく湧き上がってくるわ」

「待て、ミヤビ……! なぜお前がそんな力を……ッ!」


元の世界で会った彼女は、弟想いで聡明だが、強いスキルや魔力を持たない、俺と同じただの『凡人』だったはずだ。それが今、この荒野の理を支配する規格外のバケモノとして君臨している。


「問答など不要よ。痛みに苦しみなさい」


ミヤビの指先が振られる。ヒュッ、と風切り音が鳴るより早く、空間そのものを削り取る極小の真空刃が、ナオキの肩口を抉り飛ばした。


「ぐぁぁぁっ!!」


血飛沫が舞う。ナオキは痛みに顔を歪めながらも、必死に水糸のバリアを左腕に纏い、次弾の炎弾を間一髪で強奪し、逸らす。


「ミヤビ!どうして!!話を聞いてくれ!頼む!俺たちは、仲間だろ!!」


説得のつもりだった。だが、その言葉は火に油を注ぐ最悪の引き金となった。


「――ッ!! 黙れ黙れ黙れェッ!!」


ミヤビの表情が、夜叉のように激しく歪む。


「仲間!? どの口が言うのよ! あなたが殺したんじゃない!! 私のたった一人の家族を……トウヤを、その手で残虐に殺したくせに!!」


雷鳴が轟き、荒野の大地が数百メートルにわたって吹き飛ぶ。ナオキは水糸の防御を張りセリアを庇いながら、瓦礫の雨の中で息を呑んだ。


殺した? 俺が、トウヤを?

 予想外の言葉に、ナオキの思考が一時的にフリーズする。


「トウヤの……弟の仇……ッ!!」


血を吐くような絶叫が、荒野に木霊する。

 ミヤビの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。だが、その周囲の数式は悲しみとは裏腹に、より凶悪な致死の魔法を無限に紡ぎ出し続けている。


「あの子はただ、私を助けたかっただけなのよ! チート同盟の連中に私を人質に取られて、従わなければ姉を殺すと脅されて……たった一人で、どれだけ震えていたか……っ!」

「……っ!」

「あの子は優しすぎた!! 無理やり強制されて、やるしかなかったのよ!!なのに、あなたはどうした!?」


ミヤビの声が、憎悪で低く震える。


「『裏切り者は不要だ』って……震えるトウヤの首を、魔法で無慈悲に跳ね飛ばしたんじゃない!!」


「――ッ」


ナオキの脳裏に、強烈なノイズが走った。

 『俺……騙してたんだ……! 本当のスキルはアイテムボックスなんかじゃない。【防御貫通】スキルで、ルカちゃんの結界を内側から破る役として、ここに送られたんだ……!』

 元の世界で、チート同盟に家を包囲されたあの日。

 ルカの絶対防御の結界に触れようとして――すんでのところで手を止め、泣き崩れたトウヤの姿がフラッシュバックする。


もし、あの時。

 トウヤがミヤビの命を惜しむあまり、ルカへの情を振り切って結界を内側から破壊していたとしたら?

 あの瞬間、ルカは【叛逆の愚者】に覚醒することなく、絶望に沈んでいただろう。盤面は完全に崩壊し、ナオキたちはチート同盟の総攻撃に晒される。愛するアイリとツカサ、そしてルカの命が危険に晒される最悪の事態。


その状況に陥った時、自分はどう動くか。


(……殺す、のか?)


ナオキは、自分自身の冷酷な本質を誰よりも理解していた。

 アイリたちを守るためなら、ナオキはどんな手段でも使う。ルカの絶対防御が壊され、チート同盟に囲まれ余裕がない中、盤面を致命的に乱し、敵を引き入れた「裏切り者」に対して、事情を汲んで情を挟む余地などない。裏切られ絶望に沈んだルカの、その命と尊厳を守るため、ナオキは確実な『排除』を選択するかもしれない。

 震えるトウヤの首を、躊躇いなく跳ね飛ばす自分の姿が、想像できてしまう。



 この世界線の「ナオキ」がやったように。



「……なるほど、な」



ナオキの口から、ひび割れた声が漏れた。

 別世界線の全く違う人間がやったことだとは、到底言い訳できなかった。状況さえ揃えば、自分も間違いなく同じ選択をしていたかもしれない。自分と、この世界線でトウヤを殺したナオキを隔てているのは、たった一つだけだ。


「あの日、トウヤが手を止めてくれたかどうか、か」


ほんの紙一重の、トウヤの選択の差でしかなかったのだ。


「私は自力で脱出し、ニーナを連れて生き延びた。あなたを殺すためだけに、この【怨念の魔導演算】を覚醒させたのよ……!!」


すべてが繋がった。

 なぜ彼女が、ツカサと同等の規格外の演算能力を持っているのか。

 天才的な頭脳などではない。最愛の弟を奪われた凡人の少女が、ナオキという存在をこの世から完全に消し去るために、極限の【精神的渇望】によって無理やり脳神経をバグらせて手に入れた『呪い』の力なのだ。


「ナオキ様に……触れるなァッ!!」


セリアが瓦礫を蹴り、無能力の生身の体でミヤビへと飛びかかる。だが、ミヤビが視線を向けただけで不可視の重力場が展開され、セリアは地面に虫のように叩き伏せられた。


「別世界のニーナのお姉さん、あなたを殺すつもりはありません。そこでおとなしくしていてください」


「が、あッ……!!」

「セリア!!」


何度も、何度も殺されかける。

 右足が焼かれ、左腕が凍りつき、腹部を貫かれる。

 それでもナオキは、倒れても倒れても、泥水と血をすすりながら立ち上がり、ミヤビへと一歩ずつにじり寄った。


「頼む……ッ。お前しか、いないんだ……ッ」

「……黙れッ! どの口が頼み事なんて……っ!」


「俺の嫁たちが、神の作った白い部屋の防壁に囚われてる。……お前のその演算能力があれば、扉を開けられるんだ。俺を殺してもいい、だから、アイリとツカサを助けるために協力してくれ……!」


ナオキが血を吐きながら懇願した、その言葉。

 それを聞いた瞬間、ミヤビの表情から怒りがスッと消え去り――代わりに、酷く歪んだ、嘲笑の笑みが浮かんだ。


「……あはっ。あはははははっ!! なによそれ。傑作じゃない」


ミヤビは魔法の構築を止め、地面に這いつくばるナオキを見下ろした。


「私の弟を虫ケラのように殺しておいて。……自分は、愛する女を助けるために、私に頭を下げて力を貸せと言うのね」

「……」

「いいわ、別世界線のナオキ。……一つだけ、殺す前に教えてあげる」


ミヤビは、真実を口にした。


「神の領域に接続して、人間がその扉をこじ開けるための演算をするということは……ただの頭の良さの問題じゃないの。自分の『魂』の容量を、計算を回すための燃料として燃やすということなのよ」


ナオキの動きが、ピタリと止まった。

 地面に叩き伏せられていたセリアも、息を呑んで硬直する。


「私がその計算式を完成させたら……私は、魂ごと、『どの世界からも』永遠に『消滅』するかもしれない。……それでも、私にやれと言うの?まあ、簡単にトウヤを殺したあなたなら、言うんでしょうね」


静寂が、荒野に落ちた。


ミヤビの言葉が、ナオキの心臓を氷の刃で深々と串刺しにした。


『愛する嫁を救いたければ、お前がその手で、お前自身が狂わせた哀れな少女に、お前のために死ねと命じろ』と。


「……あ、あ……ぁ……」


ナオキの喉から、獣のような、ひび割れた呻き声が漏れた。

 この強大な魔法を使うミヤビを何とか凌ぎ、説得すれば、アイリとツカサは救えるかもしれない。だが、その結果、ミヤビの魂は消滅する。

 そんなことをして助け出したとして、あの誇り高いアイリとツカサが、自分を許すはずがない。

 何より、元の世界で自分を信じてくれたトウヤの姉を、自分の代わりに帝都を守ると言ってくれたこの健気な子を、自分の都合で使い潰すことなど……ナオキの魂が激しく拒絶している。


だが、このまま彼女を犠牲にできなければ、タイムリミットを迎え、愛する妻たちは完全に消滅してしまう。


【誰かを犠牲にして嗤うか】、【何もできずに絶望して泣くか】。

 それは、絶対に逃れられない『悪意のデフォルト設定』。


「ふざけるな……ッ」


ナオキは、ボロボロの体で崩れ落ち、血まみれの拳を何度も、何度も荒野の大地に叩きつける。


「ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! 俺は……俺はただ、あいつらと一緒に、くだらねえ日常を笑って生きたかっただけなのに……ッ!! なんで、どうして……っ!!」


理不尽な世界への圧倒的な怒りと、己の無力さに対する凄まじい絶望。

 孤独な荒野に、最弱の凡人の慟哭だけが虚しく響き渡っていた。


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